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20.未知との遭遇

 

「そういえば、前に手紙で書いておいたことは覚えているか?」

「えぇと?」

「次に会いに行った時は半日ほど時間をもらいたい、と」

「あぁ、そういえば」


 言われてみれば、そんなことも書いてあった気がする。

 とはいえあれから随分時間が経ってしまっているし、先にフェルディナンドに許可を得ておくと書かれてあったのに対し、今日はまだ父から何も言われてはいない。

 言いたいことがわかったのだろう、リシャールはややバツが悪そうに「今日は突然だったからな」と視線を庭園の奥へと流した。


「ようやく身辺が落ち着いて、王都を離れる許可がもらえたのだ。だからとりあえずは挨拶をと、魔導列車を使って飛んできてしまった」

「魔導列車!」

「興味があるのか?」

「えぇ、勿論です!」


 魔導列車とは、『落ち人』が伝えた技術から生まれた画期的な移動方法である。

『落ち人』達の世界では独自の動力源を使って走っているという【列車】という乗り物、その動力源を魔力へと改良して更に空を飛ばせてしまったのがこの魔導列車だ。

 と言っても【列車】自体がこの世界に落ちてきたわけではないので、動力部分や車体の構造などは研究者達がプロジェクトを組んで取り組み、最近になってようやく王都とその周辺の領地の間を運転できるほどになった、とラスティネルがそう興奮気味に話してくれた。


 とはいえ、まだそれを使えるのは王族と一部の研究者のみとなっているようだが。

 リシャールがそれを使えたのは、彼自身この魔導列車の開発に関わっていた研究者だからだろう。


 とにかくその魔導列車のことを書物で読んだ時、エリカはそれはもう感動した。

 そしてその話を聞いたユリアも、「リアル銀河鉄道きたああああああっ!!」と大興奮していたのだから、こういった乗り物へ憧れを抱くのはなにも年頃の男の子だけではない、ということだ。


 ラピスブルーの瞳をキラキラと輝かせるエリカの髪をひと撫でしてから、リシャールは「そのうち、な」と苦笑する。


「それはそうと……時間をもらうのはまた後日改めて、ということになる。といっても私も卒業準備でそろそろ学園に戻らねばならないからな、その前にとなると少々急な知らせになるかもしれないが、構わないだろうか?」

「はい。あの、ところで一体どちらへ?」

「たいしたことではない。一度両親に会わせたいだけだ」

「…………はい?」


『両親に会わせたい』

 そう言われて初めて、彼女は自身がまだリシャールの家族に挨拶していないことを思い出した。

 それもそのはず、彼の母親はつい最近まで国王の側妃として王城にいたのだし、父親となった人はつい最近までは他人だった。

 不遇の王子と呼ばれていたリシャールの【家族】……そこに将来的にエリカが加わるかどうかは、まだわからないが。

 それでも、婚約している以上いずれは対面することを避けられない。


(本当ならもうご結婚されててもおかしくない方なのに、その婚約者がこんな子供だなんて……申し訳なさすぎて、何をお話していいかわからないわ)


 いくら人生二度目で大人びていても、エリカ・ローゼンリヒトは未だ7歳。

 仮成人まであと5年もある上に、体つきだってお子様体型そのものだ。

 先程のダンスのように軽々と抱き上げられてしまえば、もう親子……はさすがに無理でも、兄妹にしか見えない。

 しかも彼女は、前世から引き続いての対人恐怖症。

 相手は元側妃とそんな彼女を愛して待ち続けた元侯爵、現公爵閣下。

 失礼があっては勿論いけないし、子供だとがっかりされるのもショックだし。


 どうしよう、どうしよう、そうして悩むことしばし。

 リシャールはそんなエリカのくるくる変わる感情の色を観察しているのか、時折目を細めたり首を傾げたりしながらも黙ったままだ。


「あの、っ」


 ようやく顔を上げた彼女は、まずどうしてもこれだけは聞いておかなくてはと思ったことを口にした。


「ご両親やその周囲の方に、明るい金髪と銀髪の方はいらっしゃいますか?」





「それで、世にも珍しい元第二王子殿下の爆笑が見られたってわけね。……まー、エリカにとったら死活問題なんだけど……よりにもよって、最初にそれ聞いちゃう?もっとさぁ、お母様は何がお好きですか?とか、お父様は子供嫌いではないですか?とか、突っ込んだ質問が来ると思うじゃない」

「え、えと、でも、きちんとスタインウェイ様は答えてくださったんです、よね?」

「えぇ…………まぁ」


『幸い、私の髪は陛下譲りらしい。母は深い茶色、父は黒髪なので安心して欲しい。……使用人全員となると、正直よく覚えていないが。必要なら調べておこうか?』


 はいと頷けば本気で使用人全員分の髪色調査までやってくれそうな口ぶりだったため、エリカは慌てて『大丈夫です』と頭を振った。

 確かに不意をつかれれば恐怖は蘇って来るが、見慣れてしまえば怖くはなくなる。

 しかもこれから初めてお邪魔しようとする婚約者の家で、『金髪と銀髪が怖いので、該当者は出てこないでください』などと言えるはずもない。

 それこそ、どこの我儘お嬢様だと最悪なファーストインプレッションとなるだろう。


(いっそのこと、張本人に会ってこれを克服できれば、怖くなくなるかもしれないわね)


 そう、最近エリカはこんなことを思うようになった。

 いつまでもフィオーラやテオドールの影に怯えているから、彼らと同じ髪色の者まで怖くなるのだ。

 だったらいっそ、本人と対面してしまってその恐怖を乗り越えてしまえれば、きっと今後金髪も銀髪も怖くなくなるだろう、と。


 ただ、本人達に会った時……どれだけの精神的負荷がかかるのか、果たして寝込む程度で済むのかどうかわからない以上、軽々しく『会いたい』などと口にはできない。

 だから今はまだ、その可能性もあることを心に留めておくだけにしている。



 そうこうしているうちに、リシャールから先触れが届いた。

 迎えの馬車にはリシャールとその護衛、こちらから乗り込むのはエリカとその父フェルディナンド、そして護衛兼側付きとしてユリア。

 ジェイドはまだ側付きとなって日が浅く、しかも今回はフェルディナンドも同行するとあって、それならと留守番役を割り当てられた。


『私達がいない間、邸の者達が余計な噂話をしていないか、耳を澄ませておくように』


 と、そんな指令を出されれば、ジェイドも張り切るしかない。


 一方同行を許されたユリアはと言えば

 出発前に『くれぐれも失礼のないように』とフェルディナンドにいい笑顔で釘をさされたこともあり、馬車の中ではひたすら借りてきた猫状態でおとなしくしていた。

 彼女の存在意義は、フェルディナンドが大人同士の社交と称してスタインウェイ公爵夫妻と歓談する間、エリカを一人にしないことにある。

 そうなってもリシャールが側についていてくれるだろうが、いつもはローゼンリヒト公爵家……つまり『ホーム』であるのに対し、今回は『アウェー』なのだから何があるかわからない。

 ……という、彼女以外にはあまり意味が通じない主張を引っさげて、ユリア自らが強く同行を望んだため、こうしてマナーの授業を実地で試される羽目になってしまったのだった。


(大丈夫、こんなの全然平気なんだから。猫にだって人形にだってなってやるわよ!)


 そこでふと、彼女は思い出した。

 斜め前に座って時折フェルディナンドと火花をちらしているこの元第二王子が、『不遇の人形王子』という厨二病めいた異名で呼ばれていたことを。


(人形……たしかに無表情がデフォルトだし、わかる気はするけど。確かアリス様、マリオネッタって言ってたよね?マリオネッタ……マリオネット……操り人形ってこと?)


 だとしたら一体誰の、と考えたところで馬車が止まった。




「ようこそおいでくださいました、ローゼンリヒト公、ご令嬢。わたくしはスタインウェイ公爵位を拝命致しましたアベルトと申します。こちらは妻のミレーヌ」

「ミレーヌ・スタインウェイと申します。はじめてお目にかかりますわ、ローゼンリヒト公、それからエリカ様。心より歓迎申し上げます」


 出迎えてくれたのは、黒髪碧眼の40代くらいの男性と、濃い茶色の髪に薄茶の瞳の同じく40代前半くらいの女性。

 男性は人の良さそうな整った顔立ちで、女性は飛び抜けた美貌というわけではないが一見すると気の強そうな美人という印象だ。


 まずはフェルディナンド、次いでエリカという順で型どおりの挨拶を済ませると、公爵夫妻に先導される形で三人は邸の中へ足を踏み入れた。



「うわ、…………っとと」


 驚きのあまり声をあげかけて、ユリアは慌てて猫を深く被り直す。

 同じ公爵家とはいえ、シンプルな中にも気品のあるローゼンリヒト公爵家の内装とは違い、こちらはとにかく目に眩しい色合いといかにも高価そうな置物、家具も凝ったデザインという、どちらかというと正統派の公爵家のお邸という印象を受ける。

 別にローゼンリヒト公爵家が貧乏というわけでは勿論なく、置いてあるものも実は名の知れたアンティークであるのだが、目に見えてわかる贅沢品は置いていないというだけでこうも印象が変わるものか、とユリアはもとより他家に行ったことがないエリカでさえもただただ呆然とするしかなかった。


「……落ち着かないか?」

「え?……えぇと、その」

「大丈夫だ。私も居心地が悪い」

「そう、なのですか?」


 これまでずっと王城内で育ってきたリシャールにとっては、この程度の豪華さなど見慣れたものだと思っていただけに、意外に思って視線を上げる。

 そこには、最近ようやくわかるようになってきた、どこか困ったような色の浮かんだ双眸があった。


「王城内と言っても、側妃に与えられている区画はさほど豪華でも華やかでもない。人も少ないし、一般的な高位貴族の方が余程派手なくらいだろうな。ただ……義父はそれを知らない」

「……あぁ、そういうことなのですね」

「然り。貴方とだと話が早くて助かる」


 頷いて僅かに表情を緩めるリシャールと、それを見上げて小さく微笑むエリカ。

 唯一話がわからないユリアはしきりに首を捻り、どうにか今の会話の意味を理解しようとうんうん考えるが、結局諦めて小さくエリカのドレスをちょいちょいと引っ張った。


 つまりね、と小声でエリカが説明したのは、わかってみれば微笑ましい事実。

 国王陛下の側妃とされてしまった元婚約者を、それでも想い続けてはや20年。念願かなって側妃の臣籍降嫁という内々の御触れが出され、そこに名乗りを上げたことで見事長年の想いを実らせるに至った。

 と、そこで彼は奮起した。

 新たに公爵位を賜り、王都内に邸宅を建てるにあたって彼は、豪華絢爛な王城からやってくる妻にがっかりされまいと、可能な限り贅を尽くした内装をと考えたのだ。


 が……実のところ、側妃に割かれる予算は微々たるもので、住まいも後宮内の端も端。

 がっかりどころかびっくりされてしまった、ということらしい。



「微笑ましいね」

「ええ、そうね」


 二人で頷きあった、その時


「エリカ様、ちょっとよろしいかしら?」

「え、……はい。どうかなさいましたか?公爵夫人」

「先程から殿方のお話ばかり弾んでしまって、わたくし少々退屈ですの。ですから女性は女性同士、お話致しませんこと?」


 話し込みながら応接室へと向かったはずのアベルトとフェルディナンド、そして夫にぴったりと寄り添って行ったはずのミレーヌ。

 だがそのミレーヌだけが何故かエントランスに戻ってきて、エリカを手招きしている。


 どうしたものかとリシャールに視線を向けるが、彼が何か言う前に「殿方は参加を禁じますわ」と宣言されてしまい、視線だけですまないと謝られてしまった。


「えぇと、これって…………姑が嫁を品定めしたいとか、そういうの?」

「さ、さぁ……」


(品定めもなにも、私まだ7歳なのだけど……)


 遠慮という選択肢がない以上、おとなしくお付き合いするしかなさそうだ。

 こっちこっち、と喜々として先を歩いていくミレーヌの後を追いながら、エリカはこっそり服の中につけてきたネックレスをぎゅっと握りしめた。



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