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18.側付き選考会 ─ 実践編

 


「まっ、参った!参りました!!」

「んもう、だらしないなぁ……まだ全然試合になってないんだけどー」


 ぶつぶつとぼやきながら、ユリアはあわあわと及び腰で逃げ出した挑戦者を他所に、「次は誰?」と待機組の方に視線を向けた。



 公爵令嬢の側付き、という立場は下位の貴族達にとっては余程魅力的であるらしい。

 挑戦するかどうかは各自の判断に任せようとフェルディナンドが告げたことで、数人は帰るだろうなと思っていたエリカの予測は外れ、顔色を悪くしながらも集まった全員がユリアに挑戦することとなった。

 場所は、邸からそう遠くない場所にある私有の訓練場で、時折ラスティネルやフェルディナンドの部下達が魔術の練習をするのに使っているところだ。


 挑戦者は、男子3人女子2人の合わせて5人。男爵家、子爵家、伯爵家のいずれも『跡取り以外の子供』ばかりで、魔術の才能ありと認められた者ばかり……の、はずなのだが。

 へっぴり腰で逃げ出した男子は3人目の挑戦者だったのだが、得意属性の風の魔術を魔力最大で放ったもののあっさりとかわされ、無防備になったところをユリアの得物である彼女の背丈ほどもある長剣を突きつけられ、あっさり降参となった。

 他の二人の挑戦者も似たようなもので、自分より小さな子供に負けたことが悔しかったのかすっかり意気消沈してしまっている。



「もう終わり?そっちの子達はやらないで諦めちゃう?」

「…………それじゃ、僕が」

「いいよー、どこからでも」


 意を決したように進み出たのは、おどおどと視線が定まらない気の弱そうな薄茶の髪の少年。

 彼はこれまでの挑戦者とは違い、ユリアに直接攻撃しようとはせず、己の得意分野である水の魔力を手に集めて、それを一気に地面へと叩きつけた。


「ふぅん?」


 ユリアが軽々と地を蹴り、宙に飛び上がる。

 そのタイミングで彼は手を上へと掲げ、それに合わせて流れる水もまるで水竜のように渦を巻いてユリアを下から追いかけていった。


「……へぇ、やるじゃん」


 嬉しそうにそう言って、ユリアは肩に担いだままだった剣を力いっぱい振り下ろす。

 と同時に着地した時には、そこはただの水浸しの地面に戻っていた。


「んー、中々アイディアは良かったんじゃない?ただ……キミ、まだ本気出してないよね?」

「…………な、んのこと、ですか」

「まぁ、単なる勘かな?ちょっとさっきの水竜もどきに、違和感があっただけ」


 まぁいいか、結構楽しかったし。

 そう告げて、ユリアはこの対戦の終わりを示した。

 そして最後に、と向けた視線の先…………一人残った女の子は、「もう嫌、怖い」と泣きじゃくって母親に縋り付いていた。




 結局、最終的に『見込みあり』として残ったのは、ユリアが『まだ何かある』と直感したあの少年ただ一人。

 その他の子供は泣き出すやら意気消沈してしまうやらで、とてもじゃないが側付きとして耐えられないと判断したのか、その親達が渋々手を引いて連れ帰って行った。


 ユリアを楽しませた水の魔術の使い手はシュヴァルツ男爵家の三男、ジェイド・シュヴァルツ7歳。

 エリカと同い年のこの少年に付き添ってきたこれまた気の弱そうな父親を、フェルディナンドは別室に呼んだ。

 何しろ跡継ぎではないにしてもまだ幼い子供を他家……しかも男爵家にとっては雲の上の存在にも等しい公爵家に預ける形になるのだ、契約の詳細を話すと同時に先方の要求も聞いておこう、ということのようだ。


 というわけで、その間当事者である子供達は客間のひとつに集められ、ここで待っていなさいと待機を命じられた。


「でもまぁ、ひとまずあいつが乗り込んでこなかっただけまだ良かったよね。正直、もし計画を進めてる状態なら髪を染めてでも紛れ込んできそうだな、って思ってたから」

「そうね……お父様が『銀髪お断り』と名言されたわけでもないでしょうし、髪染めは考えつかないかもしれないけれど……どうして断られたのか、納得できないとは考えていそうね」

「まぁねぇ。普通に考えて、伯爵家の三男坊だったら一次面接すらお断りってこと自体、想定してなかったかもだし。それに確か、お父さん同士が知り合いなんだっけ?コネでなんとかならないか、って考えてた節もあったかもね」

「こね?」


 ってなにかしら?

 そうエリカが首を傾げたところで、それまで少し離れたところで黙っていたジェイドが、「あっ」と小さく声を上げた。


「なに?」

「静かに。…………下から、誰かの怒鳴り声が、聞こえ、ます」

「は?この部屋防音仕様のはずだから、聞こえるわけ」

「待ってユリア」


 聞こえるわけないでしょ、と言いかけたユリアを手で制し、エリカはそのまま口をつぐんだ。

 集中するように目を閉じ耳を澄ませていたジェイドが、それまでのおどおどした口調からは考えられないほど荒々しい言葉を吐いたのが、次の瞬間。


「『どういうことですか、公爵!何故我が家が選考外であるのか、理由をお聞かせ願いたい!対象は男爵家から伯爵家までの、魔術の得意な爵位継承対象外の子供……我が家の三男もこの条件に当てはまっているはずです。息子の実力もご存知でしょう!?魔術も使え、剣も使える、顔立ちも整っているし、礼儀作法もしっかり叩き込んであります、これのどこにご不満がおありか!!なのに何故、しがない貧乏男爵家の落ちこぼれなぞ!これは、歴史ある我がユークレスト伯爵家への侮辱ととらせていただきますぞ!!』」


 とそこで、ようやくジェイドは言葉を切って、ふぅっと大きく息をついた。

 彼のこの突然の変化も気になったが、エリカにはそれ以上に気になる単語がある。


「ユークレスト伯爵…………テオドールのお父様だわ」

「あっちゃー……直接怒鳴り込んできちゃったかぁ。にしても、情報早すぎない?」

「恐らくあの集まった中に、懇意の家か分家が紛れていたんでしょうね。それにしても……」


 エリカは、ユリアと顔を見合わせて、二人同時に深いため息をつく。


「公爵家に喧嘩を売るなんて、バカだよねぇ」

「そうね……お父様相手にアレはないわね……命知らずだこと」

「ねぇジェイド、公爵様は何か仰ってる?」

「え、えぇと…………『話がそれだけなら、お引き取り願おう』と、だけ、です」


 それを聞いて、ユリアは遠い目になり、エリカは額を押さえる。


「オワタ……終わったよ、ユークレスト伯爵家」

「以降、我が家には出入り禁止でお付き合いもこれまで。取引も停止、悪評は……まぁ自然と流れるでしょうね」


 ローゼンリヒト公爵家に怒鳴り込んだ、礼儀知らずの伯爵家。

 今後のユークレスト伯爵家の没落が、二人……否、三人には目に見えるようだった。





 途中いらぬ邪魔が入ったものの、どうにかシュヴァルツ男爵との契約が終わったところで、ひとまずこの日は息子ジェイドも家に帰ることとなった。

 勿論、ユークレスト伯爵家をはじめ、貧乏男爵家の幸運が気に入らない他家の邪魔が入らないようにと、フェルディナンドは警備隊員を護衛につけ、念のために定期的に様子を見に行くようにと命じておく。

 そうすることでシュヴァルツ男爵家はローゼンリヒト公爵家の庇護下にあるのだと示せるし、そうなればおいそれと手を出されることもなくなるだろう、と考えたからだ。


「それにしても、驚いたよねー。まさかあの子が()()()能力持ちだなんて」


 ラスティネルの【精霊視】のように公に認められた特殊能力以外にも、何らかの特異な能力を持つ者が稀にいる。

 ユリアの場合は『落ち人』であるのでまた違うが、それでも彼女は秀でた身体能力の他に直感が鋭くなるという能力を持っており、リシャールは言わずと知れた『人の感情が色で見える』という色彩の能力。

 そしてジェイドは、たとえ防音の効いた場所であっても外の音が聞こえるという、聴覚に優れた特殊能力を持っているのだという。

 彼は物心つく前からずっとその異様に発達した聴覚に悩まされており、聞きたくない陰口や遠くの喧嘩の声まで拾ってしまうため、すっかり人間不信になってしまったとのことだった。



「……あんなに気の弱い子が、大丈夫かしら……」


 ローゼンリヒト公爵家は、他の高位貴族に比べるとさして高慢でもなければ、権力主義でもない。

 社交界に顔を出すのも必要最低限、故にドレスや礼服装飾品などもさほど買い換えることはないし、社交シーズン以外は領地に留まることが殆どだ。

 領地改革のためには惜しみなく財力は提供するが、己のためには殆ど使わない。

 特定の派閥に入っているわけでもなく、神殿に過剰な寄付をしているわけでもなく、敵は少ないが絶対的な味方もまた少ないという奇特な貴族である。


 そんな家であっても、公爵家という貴族の最高位についているわけで。


 更に言えば、長女アリステアの嫁いだディバイン侯爵は現在王城にて宰相補佐の役割を担っているし、嫡男であるラスティネルは12歳という年齢でありながら有能な治癒術師だ。

 領主であるフェルディナンドは今でこそいち領主として収まっているが、かつては魔術と剣術の双方を操る黒騎士団の団長であり、今も彼を慕って領地の警備隊への入隊希望が後を絶たないと言われるほどの人気カリスマである。


 とどめに、末娘のエリカは魔力飽和を患うほどの桁外れの魔力があり、()()『光』と『水』の二属性持ち、そして未だ非公式ではあるが元第二王子現スタインウェイ公爵家嫡男であるリシャールの婚約者。

 もっと言えば赤騎士団長の養女であり『落ち人』でもあるユリア・マクラーレンが、これも非公式にではあるがエリカの御側付き……ここまで来ると、妬むという次元を遥かに超えている。


 むしろ、シュヴァルツ男爵家のように権力とは無縁な下位貴族からすれば、雲の上の存在、もしくは別世界の住人に見えるほどだ。


 とはいえ、他の高位貴族にとってはこれほど脅威な家もないだろう。

 なにしろローゼンリヒト公爵がひとたび権力を望めば、王家ですら思いのままに操れてしまうほどの【力】が、彼の手元には揃っているのだから。


 だからこそフェルディナンドは、今回護衛を兼ねた側付きをと募集をかけた。

 そこに必要なのは顔立ちの美麗さでも、叩き込まれた礼儀作法でも、将来有望な魔術の腕ですらない。

 これから育っていけるだけの伸びしろ、素直で真っ直ぐな気性、権力に媚びない家柄、ただそれだけだ。

 故にジェイド・シュヴァルツが選ばれ ──── 故にテオドール・ユークレストは選ばれなかった。



 エリカが心配しているのは、激怒して帰って行ったユークレスト伯爵やその息子テオドールが、ジェイドに妬みの目を向けないかどうか……もし向けてきた場合、あれほど人間不信でおどおどと怯えている彼がそれに耐え得るかどうか、ということだ。


 だがその呟きに、ユリアはあっけらかんとこう答えた。


「あの子なら、多分大丈夫だと思うよ?だって他の子があれだけコテンパンにやられたのに、あたしに挑んできたんだもん。気が弱いのはまぁ性格的なものとしても、根性はありそう」

「そう、かしら」

「うん。…………今のところ、ただの勘だけどね」



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