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17.側付き選考会 ─ 対面編

 

 拝啓

 未だ厳しき寒さの折、我が婚約者殿におかれてはいかがお過ごしだろうか。


 兄上の立太子の儀以降、母上の臣籍降嫁に伴う手続きや移り住みの準備、一度は途絶えた公爵家復活における諸手続き等、やらねばならないことがあまりに多く、そちらへ一度も顔を出せていないこと、申し訳なく思っている。


 最後に訪れたあの後一日寝込んだと聞いたが、体調はどうだろうか?

 公爵からは問題なく回復していると連絡はもらったが、やはり直接会わねば落ち着かない。

 もうじきこちらの手続きも終わる、その時は前もって連絡を入れるので、できれば半日ほど時間をとってもらいたい。

 この件に関しては、先に公爵の許可を得ておくので安心して欲しい。


 さて、遅くなってしまったが7歳の誕生日を迎えたこと、心より御祝申し上げる。

 ささやかながら贈り物を同封したので、よければ使ってもらいたい。

 正直、女性への贈り物を選んだのは母上に差し上げたもの以来であるので、エリカ嬢の好みに合っているかどうか、気に入ってもらえるかどうか、手紙を書いている今も不安で仕方がない。

 今度会う時は是非、忌憚なき意見を聞かせて欲しいと思っている。


 そういえば、公爵よりそろそろ側付きを決めた上で、魔術の訓練を正式に行うのだと聞いたのだが、あまり深く思い悩まず己の魔力を体に馴染ませるつもりで始めてみるといい。

 公爵も、兄君も、魔術の使い手としては先達にあたる。

 困った時は存分に頼り、相談に乗ってもらうがよかろう。

 私も微力ながら何かあれば相談に乗りたいと思っている。

 とにかくあまり無理をせず、抱え込まぬよう。


 それでは、これにて。

 これより段々と暖かみが増していくとは思うが、くれぐれも自愛されたし。


 敬具


 リシャール・フォン・ヴィラーシュ改め、リシャール・スタインウェイ





「エリカ、今日は側付き候補達が何人か顔を出すからね。集まったら広間に呼ぶから、支度をして待っておいで」

「側付き!強制フラグキタコレ!」

「お願いだから黙っていてちょうだい、ユリア。後で話を聞いてあげるから」

「……はぁい」


 しぶしぶ、といった様子で後ろに下がる薄紅色の髪をした少女、ユリアを横目でちらりと確認してからエリカは小さく息をついた。


 かつての生においても、エリカの側付きは彼女が7歳の誕生日を迎えたすぐ後に決められていた。

 だがあの時は既にエリカは部屋にひきこもっており、痺れを切らした姉によって側付き候補の絵姿が室内に放り込まれ、そこから一目惚れしたテオドールを選んだ……という流れだった。

 だから少なくとも、実際に邸に呼ばれた候補達に直接会って選考するというのは、既にかつての生とは違ってきていると思っていい。



「んー、でもちょっと意外だったかなー。あたしがいることで死亡フラグ折れたと思ってたのに」


 エリカの部屋で向き合って座りながら、不満げに足をぶらぶらとさせるユリア。


 彼女はエリカの境遇を聞いたことですっかり同情し、「あたしが側付きになれば、そいつと会わなくて済むよね!」と意気込んで養子入りしたマクラーレン侯爵家で厳しい修行に励んだのだという。

 元々彼女は身体能力の強化、そして『落ち人』特有の魔術無効化という特殊能力に開花していたため、今では赤騎士団長である養父アーネストとも3回に2回は互角の勝負ができるほどの実力なのだそうだ。

 そして、その実力を引っ提げて「是非ローゼンリヒト公爵令嬢の側付きに!」と強く逆指名してきたことにより、つい2ヵ月前からここローゼンリヒト家に正式に住まうことになった。

 勿論、溺愛してくれている実家には定期的に連絡を入れ、1か月に最低1度は顔を出すのが条件ではあるのだが。


 と、そんな彼女がエリカの側付きになったことで、かつてはテオドールが選ばれていたという側付き選考が立ち消えたかに思えた……だが無情にも、フェルディナンドから側付き選考会の知らせを受けて、フラグが折れなかった、これは強制フラグだったんだ、などと不満げにぶつぶつ呟いている。


「後は、エリカが他の子を選ぶとか、そいつがヤだとかって拒否ることだけど……ねぇ、そのテオドールってやつ、どんだけハイスペックなんだっけ?」

「はいすぺっく?……ああ、どれだけ才能があるかってことね?そうね……」


 テオドール・ヴァイスという男(現段階では少年)は、天使の如きと称えられた美貌を持ち、子供ながらに周囲を魅了してやまない不思議な魅力を備えていた。

 性格も温和で社交的、頭の回転も速く特に水の魔術に長けた彼は、魔術を学ぶために入った国立の学園で文句なしの首席となり、熱心にスカウトされて魔術師団へと入団する。

 しかもそこそこ歴史の古い伯爵家の三男とあって、年頃の女性のみならず年配からお子様まで相当に人気の高かった、お婿さんにしたい男性ナンバーワンという人物である。


「確かお父様同士が古くからの知り合いで……だからもしあの時私が誰も選ばなくても、恐らく彼に決まっていたでしょうね。一応、婚約者候補の選考も兼ねていたようだし」

「うーん……だとしたら本当にわかんない。だって今のエリカにはあたしっていう側付きがいて、婚約者だって非公式にだけどいるわけでしょ?じゃあ今回の選考会って、何のため?」

「それはユリアが侯爵令嬢だからじゃないかしら。側付きというのはあくまでも使用人になるわけだし、ユリアの場合は行儀見習いの友人枠だと思うの」

「友人枠っていうのは光栄だけどぉ…………それじゃ死亡フラグ、折れないじゃない」

「いいえ、多分大丈夫だと思うわよ。だって」


 コンコン、


 ネタばらしをしようとしたところで、控えめなノックの音。


「お嬢様、ユリア様、旦那様がお呼びです」

「わかったわ」

「あたしも行っていいってことかぁ。それじゃ、張り切って牽制しまくりますか!」

「…………ほどほどにお願いね」


 一人くらい残しておいて欲しいのだけど、という小さな呟きはユリアの耳には入らなかった。




(とにかく、お父様を信じましょう。それに、今回はユリアもいるんだもの)


 かつての生に、『シジョウ・ユリア』という少女はいなかった。

 否、存在はしていたかもしれないが、何しろ筋金入りのネガティブ引きこもり令嬢だったエリカのこと、社交界に飛び交う噂話はもとより使用人達が囁き合う茶飲み話ですら、彼女の耳には入ってこなかった。

 もしかすると、領内の特別庭園でそんな名前の落ち人が保護されていたかもしれない。

 もしかすると、そのまま王宮へと連れて行かれた彼女は、この世界を自分のための世界だと勘違いしたまま、いいように利用されて生を終えていたかもしれない。


 だが今、『シジョウ・ユリア』改め『ユリア・マクラーレン』はエリカの側付きとしてここにいる。

 ユリアとの付き合いは1年半ほどとまだ短い方だが、それでもエリカはユリアのことを心から信頼し始めているし、恐らくユリアもそうだろうと思っている。

 現に、テオドールが側付きだった頃は幾度となく「あの方はいけません」と諌めてくれたナターシャが、今は何も言ってこない。

 もっと言うなら、実力で騎士団長にまで上り詰めた彼女の養父アーネスト・マクラーレンが、ユリアを娘と認めている……それが何よりの証明であろう。



(……大丈夫。だってお父様はもう『テオドール』って名前をご存じだもの)


 そう、これが先ほどユリアに話そうとしていたことだ。

 フィオーラの件を明かすにあたって、彼女はで己を害した銀髪の男性の名が『テオドール』だと明かした。

 そしてその際、フェルディナンドは何と言っていたか。


『この家には絶対に近寄らせない』


 なら、いくらテオドールが将来有望な伯爵家三男だったとしても、彼が『銀髪』で『テオドール』である限りこの場には呼ばれていないだろう、そう確信めいたものがあるのだ。




 邸の大広間前。

 既に父は接客中であるのかその姿はなく、扉の向こう側からは時折笑い声まで聞こえてくる。


「…………エリカ、行くよ?」

「えぇ」


 お願い、と扉の横に立っていた警備隊員に一つ頷いて見せると、彼は恭しく一礼した後「お嬢様のご到着です」と一声かけてから扉をゆっくりと手前に引いた。

 びくりと反射的に後ずさりかけるその背を、そっとユリアが支えてくれる。


「お待たせいたしました」


 発した声は、決して大きくはなかった。

 むしろ緊張しすぎて掠れてしまったほどだったが、それでも広間で父を囲んで談笑していた大人達はぴたりと話すのをやめ、隅に固まっていた子供達の話し声だけが異様に大きく響く。


(あら。意外と少人数、なのかしら?)


 確かに、父は『何人か』と言っていた。

 とはいえローゼンリヒト公爵家が「娘の側付きを探している」と声をかければ、その権力にあやかりたい数多の貴族から是非うちの子をとの声が上がるはずだ。


 ぐるりと見回してみて、エリカはどうしてここまで人数が絞られたのか、分かった気がした。

 テオドールがいない…………それは予想通りなのだが、それだけでは勿論ない……子供たちの髪色に、金色も銀色も存在しないのだ。

 金に見えるかもしれない薄い茶色の髪の子ならいる、だが恐らくあれやこれやと理由をつけて金髪と銀髪の子は除外したのだろう。

 ユリアもそれに気づいたのか、エリカにしか聞こえない程度の小声で「いないみたいね」と囁いてくる。



 そうしてエリカが落ち着いたタイミングを見計らったかのように、フェルディナンドが歩み寄ってきて隣に立つ。


「紹介しよう、娘のエリカだ。生まれついての難病の所為でこれまで外に出ることがなかったのだが、この度奇跡的に快癒してね。これから社交界や学園入学などで外に出る機会も増えるだろう。そうなった時、護衛と学友を兼ねた者が傍にいてくれたら、と思ってね」


 とここでフェルディナンドは一度言葉を切り、ユリアに視線を向けて前へ出るようにと促す。


「彼女はユリア・マクラーレン。家名を聞いてわかった方もいるかと思うが、赤騎士団長アーネスト・マクラーレンのご令嬢だ。まだ幼いが彼女の実力は父である騎士団長も認めるほどだという。……と、このように優秀な()が既に一人ついているのだが、何しろ一人で全てを背負うのは荷が重すぎる。そこで、できれば魔術の才能という方向性で有能なご子息・ご令嬢にうちの娘の側付きになってもらえないか、と声をかけたわけだ」


(お父様、奇襲攻撃成功ですわ。さすがです)


 エリカの紹介でやんわりと『護衛と学友を』と期待を持たせておいて、次いでユリアを紹介することで一気に合格の壁の高さを示す。

 赤騎士団と言えば、赤・青・白・緑・黒と五つ存在する騎士団のうち、魔物討伐や反乱鎮圧など常に前線に立って戦うことの多い、つまり最も実力を重視される団である。

 その団長といえば、実力主義を掲げるこの国の象徴と言ってもいいほどの人物で、実力さえあれば部下の身分や過去の罪状などは問わないと豪語する御仁だ。


 身内とはいえ、そんな男に実力を認められたまだ7歳の少女……暗にその彼女と実力が拮抗するほどの才能を、と求められた親達はさすがに揃って顔を青ざめさせた。

 対する子供達の方は大人の会話に興味津々の者もいれば、我関せずという顔でぼんやりと外を見ている者まで反応は様々だ。

 彼ら、彼女達こそ『高い才能を』と求められた張本人なのだが、ぐるりと顔を見回してみても親達のようにあからさまに顔色を変えている者はいない。



「さて、エリカ。お前の側付きなのだから、最終決定権はお前にある。気に入った相手を指名するもよし、簡単な試験をするもよし。……さぁ、どうする?」


 気に入った、と宣言できるほどの子はいない。

 そのほとんどが親の意思によって連れてこられた子ばかりなのは見ていてわかるし、これという決め手があるわけではないので試験をするにも何をしたらいいか。

 どうしたものかと考えていると、ちょいちょいと肩を突かれる。

 振り向くと、ユリアが口パクだけで『あたし、あたし』と自分を指差しながらそう伝えてきていた。


(あぁ、そういうことね。……最悪、一人も残らなかったらお父様にお詫びしなくては)


「お父様、ではひとつ提案があります」

「なんだい?」

「ユリアと肩を並べてもらうのですから、彼女の認める実力がないと務まらないのではないでしょうか?ですから、彼女と手合わせをしていただく、というのは?」


 瞬間、ざわりと空気が動いた。




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