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14.第二王子vs公爵 ROUND2

 


 リシャールはやはり、内々に王位継承権を放棄して臣下にくだりたいと、国王に相談していたらしい。

 ただ、それをするには三兄弟の中で誰が王位にふさわしいかという優劣をきっちりつけてしまう必要があり、それ故『第三王子が魔力検査を受けられる5歳までは待て』と言われていたのだそうだ。

 しかし、第一王子と第二王子の間での優劣は圧倒差で第一王子に軍配が上がるとして、ならば第三王子の結果がどうあれ臣籍降下については検討しておく、と前向きな回答をもらっていたそうで、それならと彼はひとつの案を国王に提示した。


「少々強引だが、母上を誰かに下賜という形で嫁がせることができれば、王子である私もそれについていくという形を取り、その時点で王位継承権を永久放棄するということはできないか。そう陛下に進言してみたところ、運よく母の元婚約者が名乗りを上げてきたそうでな。彼は侯爵家の者だが、王家の者を賜るということ、そして……まぁ母を奪ったことへの謝罪も含むのか、空いている公爵家を継がせるということで話がついたようだ。……と、ここまでは貴殿には関係のない話か」

「ええ、そうでしょうね。基本的に、身内が関わらねば私にとっては関係のない話ですから」

「ではその『身内』に関わる話に移ろう。さて……背景、理由、そしてどうして彼女だったか、だな」


 リシャールがどうして今このタイミングでフェルディナンドに『契約』を切り出したのか、その背景には第一王子とその婚約者候補の関係性が挙げられる。

 第一王子は未だ婚約者を定めてはいない……と公にはそういうことになっているが、実は学園に通っている間に、心惹かれる相手と思いを通わせていたらしい。

 婚約者候補の中でのその娘の実力は魔力、知力、政治力全てにおいてトップクラスであり、しかも実家の地位は侯爵家と比較的高いため、公表すべき時期を現在見極めている最中だという。


 そんな矢先、ローゼンリヒト公爵家の末娘エリカの大病が奇跡的に快癒したと、どこからか噂が流れた。

 末娘はまだ5歳、さすがに王家の婚約者になるには早すぎるが、元々魔力が多すぎる故にかかる魔力飽和の病を乗り越えたとなれば、王家にとっては喉から手がでるほど欲しい人材ということになる。

 そして、年齢的に釣り合うのは第二妃の産んだ第三王子ルーファスだ。


「だが、ローゼンリヒトは公爵家……兄の懇意にしている相手は侯爵令嬢、となればせっかく釣り合いの取れた正妃と第二妃のパワーバランスが大きく変わってしまう。かと言ってバランスのみを考えれば、最悪の場合兄上の婚約者候補筆頭として令嬢の名が掲げられる可能性も否定できない」

「……確かに。いささか年齢が離れておりますが、貴族ではむしろ普通のことですので」

「ああ。しかしそうなると、今度は国内貴族間のパワーバランスが大きく崩れる」


 このまま順当にいけば王位を継ぐだろう第一王子レナート。

 その正妃として力ある公爵家の娘が嫁げば、ただでさえ大きな影響力を持つローゼンリヒト家が益々力を持つことになり、他家の反発を招いてしまう。

 事実、現国王の正妃は他国の王女であるし、第二妃は影響力の少ない侯爵家の娘だ。

 正妃にエリカを据えれば国内貴族間のバランスが崩れ、かといって第二妃に据えれば正妃の身分が問題になる、いずれにしてもいい影響をもたらすとは言えないのだ。



「そこで、だ。母の臣籍降嫁、それに伴う私の王位継承権永久放棄、それが叶ったならば『公爵令息』となる私と『公爵令嬢』であるエリカ嬢、この二人が婚約を結び第一王子を支持すると表明する。であれば、現正妃の座は安泰、侯爵令嬢を正妃として娶る兄の地位も、公爵のバックアップがあれば更に安泰だ」


 リシャールの考えは、フェルディナンドにも理解できた。

 まずは第一王子の枷となりそうな『第二王子』という地位を、母親の臣籍降嫁及び自身の養子入りという事実で捨てる。

 そしてついでに王位継承権を永久放棄し、同時に第一王子を臣下として支えると宣言すれば、彼が王族に返り咲く可能性も打ち消せるし、下手に命を狙われたり陰謀に巻き込まれたりすることも格段に減るだろう。

 そうしてただの『公爵令息』になった彼が、同じく『公爵令嬢』であるエリカを娶ると宣言……そうすれば彼女が第一王子の恋を壊すこともなくなり、第三王子側に組み込まれてパワーバランスを崩すこともない。


 とはいえ、問題も勿論ある。


「王家はなんとしてもエリカの魔力を我が物としたいはず。でしたら、王位継承権を放棄なされた『公爵令息』との縁組は認められますまい。その点はいかがお考えか?」

「その点については、兄上が国王になってしまえば解決する問題だな。魔力は多ければ多いほどいいだろうが、それを求めるのは基本的に王族のみだ。周囲の貴族どもは、自分以外の家が力を増すことを嫌うだろうし、ならば是非ローゼンリヒト公爵令嬢を王族にという声を上げる者も……まぁいないとは言い切れないが、少数派だな」

「…………なるほど。この時点で既に、殿下は兄君と手を結んでおいでか」


 側妃腹の第二王子が王位継承権を放棄し、第一王子の支持に回る。

 そのことだけ見れば全く驚くこともない普通の成り行きだが、しかし国王への直接交渉や公爵家当主への婚約『契約』の持ち込み、そしてそこに至った背景の整理や情報の裏付け、今後の展開に対する予防策など、彼一人で練ったにしては少々出来過ぎな点が多い。

 が、これが彼と第一王子の合作案であるなら話は通る。


(つまり、第一王子はこの方の案に上乗せする形で、ご自分の希望を叶えようとされている、ということか)


 恐らく、第一王子はもし『公爵令息』の婚約が王家に待ったをかけられた場合、こう言うつもりなのだろう。


『ローゼンリヒト家は力を持ちすぎている。そんな家の娘を王家に入れれば、貴族のみならず王家のパワーバランスも大きく崩れるだろう。しかし、このまま手をこまねいていて令嬢に万が一国外に出られてしまえば、国の大きな損失となる。ならば、王家の血を引く我が弟と婚姻を結ばせるのが最善だ。公爵家ともなれば王家に最も近い。いずれはその血と王家の血が交わることもあるだろう』


 そうして自分は、さっさと侯爵家の令嬢との婚約を発表する。

 国内の侯爵令嬢が正妃となるなら、当然バランスを考えて第二妃は国外の伯爵家もしくは子爵家令嬢をとなるだろう。

 いずれ国王となる己の傍らにはあえて大きな権力を持たせず、しかし臣下に下った元第二王子とその伴侶、そして伴侶の実家である公爵家がバックアップにつくことで、王としての地位を盤石にしておく。

 そうすることで、第三王子派閥との争いをある程度食い止められると考えているはずだ。



「とまぁ、そういうわけだ。公爵とて、令嬢をいらぬ権力争いに巻き込みたくはないだろう?」

「勿論ですとも」

「そうか、ではいい返事を期待している」


 話は終わり、とばかりに立ち上がるリシャール。

 そうはさせぬと、今度はフェルディナンドがその行く手を阻んだ。


「上手く纏めたおつもりでしょうが、殿下……まだその理由とやらを伺っておりません。背景やら確執やらバランスなんかどうでもよろしいのですよ。私は、殿下が何故あの子をを望まれたのか、その理由を伺っております」

「…………やはり誤魔化されてはくれなかったか……」


 仕方ない、と彼は覚悟を決めたようにその赤ワイン色の双眸をひたりとフェルディナンドに固定する。


「公爵は、私の魔術属性については?」

「闇属性が最も強く、次いで火属性、風属性をお持ちだと聞いておりますが」

「そうだ。三属性というのは現王族の中では私一人だが、何分なにぶん闇属性というのは忌まれる傾向にあるのでな。まぁそれはいい。……それ以外にもうひとつ、これは誰にも明かしていないのだが貴殿の令息と同じく、私も特殊な属性を持っている」

「…………それは、私が伺ってもよろしいものでしょうか?」

「ああ。……私には、視えるのだ。その者の纏う色が。その者の心が、色となって視えるのだよ」


 怒りであれば燃え盛り、哀しみであれば暗く沈む。

 恋に浮かれる者は桃色に染まり、妬みを抱く者は相応の醜い色に染まって見える。

 この能力のお陰で、彼はこれまで幾度も身の危険を回避してきた。

 誰が信じられて、誰が信じられないか、それを見分けることもできた。

 そして、だからこそ彼は『第一王子を支持する』と断言できた。

 それはつまり、第一王子ならば信じるに値すると彼のその能力が見抜いたからだ。


「…………先に詫びておこう、すまない……実はたった一度だけ、令嬢の姿を垣間見たことがある」

「……な、ん、ですと?」

「私が学園で魔術具を研究していることは知っているかと思うが、その研究の一環で魔力飽和の病に侵された者を直に見ておきたかったのだ。……だからそんなに怒るな、決して興味本位というわけではない。魔力飽和は魔力を上手く放出できないがために起こる、だから魔術具で強制的に魔力を外に出してやれないかと、試行錯誤していたところだったのだ」


 ローゼンリヒト公の末娘は、重度の魔力飽和に侵されている。

 それは、ある程度の地位のある貴族であれば知っている噂。

 公爵本人にアポイントを取れば間違いなく叩き出されるだろうことがわかっていて、だからこそそっと姿を垣間見る程度にと一度だけ訪れた公爵家にて。


 彼は、運命に出会った。


 誰も居ないのを執拗に確認してから、そっと窓を開けるその手は無数の魔力の瘤が浮かび上がり。

 前髪を長く伸ばしている所為で全く顔は見えないが、かろうじて色が白いのはわかる。

 きっと、辛いのだろう。きっと、苦しいのだろう。

 人前に顔を出すこともできず、己に自信も持てず、家族の愛を受けることすら苦痛で、人知れずこうして泣いているのだろう。


 だって、彼女の纏う色は ────── 深い深い藍色をしていたから。


 絶望とはまた違う、単なる悲しみだけでは到底ない、その深い色合いに胸が締め付けられた。


「これまで長々と語ってきたが……その全てが、単なる言い訳でしかないのかもしれない。私はただ、あの哀しいまでに美しい色を持つ彼女の傍にいたい、それだけなのだろう」

「…………」


 フェルディナンドには、他者の纏う色合いなどわからない。

 そんなものが見えてしまったら、きっと疑心暗鬼になって誰も信用できなくなってしまうはずだ。

 だが、この第二王子はそれを武器にしてここまで生き抜いてきた。

 それならきっと、彼の纏う色もまた……エリカに見えたという色と、似ているのかもしれない。


 結局彼は、考えさせてくださいと告げるに留め、その場は辞した。



 そんな彼から再度連絡が届いたのが、2週間前のこと。

 第三王子が5歳の誕生日を迎え早速魔力検査を受けた結果、第一王子に到底かなわない数値だったそうだ。

 故に王太子は第一王子と決定し、できるだけ早いうちに立太子の儀と婚約者披露の夜会を開くことになったようで、その場でついでに側妃の臣籍降嫁及び第二王子の養子縁組が発表されるらしい。


「そのため、そろそろ結論を下してくれと急かされてしまってね。……あちらの都合もあるのだろうが、最後の悪あがきをしたい気持ちもあったのだよ。だから、今のエリカを視てもまだ同じ気持ちを持てるようなら、誠に遺憾だがお任せしても構わないとお伝えしたんだ」


 リシャールが垣間見た時から、エリカは大きく変わった。

 今なら、彼が心惹かれたあの色合いではないかもしれない。

 ギリギリ断ってもまだ間に合う時期であるなら、彼の心変わりを理由にして話をなかったことにしてもいいのではないか。


 しかし、そうはならなかった。


「……そうでしたの。なら、あの時お茶にお誘いくださった時点で、あの方のお気持ちは定まっておられたということですのね」

「そうだな。……すまないな、エリカ。せっかく病が治ってこれからだという時に、よりにもよって厄介な問題に巻き込んでしまうなんて。お前には、アリスのように自由な恋をしてもらいたかった……誰より幸せになって欲しかった。なのに」

「お父様……」


 ぎゅっ、と背後から抱きしめてくる父の腕に手を添えて、エリカは甘えるようにその胸に凭れる。


「大丈夫。大丈夫です、お父様。政治的なことはまだよくわかりませんけど……だけど、殿下は怖がる私を責めるどころか気遣ってくださいました。私が何も言わなくても、気づいてくださいました」


(私は、人を見る目がないのかもしれない。……また信じて裏切られるのは怖い……だけど)


 不思議な人、と思ったその気持ちはほんのり温かさを帯びていた。

 10も年の離れた子供のことなど、適当に言いくるめて囲い込んでしまえばいいものを、彼は律儀にも筋を通そうとした。


 もしかしたら、彼も同じような哀しみを持っているのかもしれない。

 誰にも理解されず、理解されたいとすら思えなくなり、同情の目を向けられることにうんざりし、厭われることに慣れ、人知れず泣くしかできない。

 そんな哀しみを、知っている人なら。


「お父様、あの方とお話がしてみたいです」




結果:第二王子の判定勝ち


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