13.第二王子vs公爵 ROUND1
(第二王子殿下…………この方が。まさか、王家の方だったなんて)
第二王子と聞いてエリカが真っ先に思い出したのは、この国で一夫多妻が許される唯一の存在である国王と、その周囲を固める王家の構成についてだった。
と言っても彼女はまだ王城にあがれる年齢ではないため、父やユリアから聞いた話に限られるが。
まずは何はともあれ国の中心人物である国王陛下。
年齢はそろそろ50歳に到達するくらいだそうだが、それより5歳は若く見えるのだとか。
何人もいた兄弟の中から国王の座を勝ち取ったというだけあり、魔術も剣術も相応の実力を持っているのだという。
公の場ではその向かって左側に座すのが正妃。
国王との年の差を考えると恐らく40代になって間もないほどだがこちらも若々しいと評判だ。
彼女は隣国の王女として生まれ政略的に嫁いできたのだが、隣国内でもそしてこの国内でも女性としてはかなりの剣の腕前を持っているのだとか。
正妃の産んだ子供は二人……第一王女と第一王子だ。
第一王女アデレードは今年20歳、母から受け継いだらしき剣の腕前はめきめきと上達し、中堅の騎士とでも互角の戦いができるとの噂が国内外に広まった結果、その腕を是非にと強く望まれて彼女が17歳の時、北のアルファード帝国皇太子の正妃として嫁いでいった。
18歳である第一王子レナート、彼の剣の腕前は姉にやや劣るものの魔術に関しては明らかに彼の方が上であり、学園においては魔術科の総合トップとして君臨したまま今年卒業を迎えた。
婚約者は正式にはまだ決まっておらず、現在は多くいる候補達の中から絞り込みをするため、あれこれ家同士の駆け引きが行われているとのことだ。
そして国王の右側に座すのが第二妃。
この国では正妃が第一、そしてその補助として第二妃が座し、それ以外は生家の身分関係なく側妃と呼ばれる。何が違うのかといえば、側妃は公式の場には出ることを許されないのだ。
その第二妃として選ばれた彼女は国内の侯爵家から嫁いできた魔術の使い手であり、穏やかに笑うその顔立ちからは考えられないほど発言は辛辣で、少々浪費家であるという噂もある。
第二妃が産んだ子供もまた二人……こちらは殆どそっくりな5歳の双子、第二王女アリエッタと第三王子ルーファスだ。
5歳であるためまだ本格的な教育は施されておらず、今は侍女や侍従などから礼儀作法やマナーなどを学び始めている、という段階らしい。
とはいえまだ幼いからか、作法よりも我儘、マナーよりも悪戯の方に興味が向いているようだが。
と、ここに名前が上がらなかった第二王子リシャールは現在16歳。
正妃のもとに第一王女、次いで第一王子が生まれた後、王が気まぐれに手をつけた侍女から生まれたのがこの第二王子だ。
王の子を授かった侍女は側妃となり、現在は離宮で暮らしているという。
やはり正妃、第二妃の子とは違い公の場に出ることの出来ない妃の子ということで、彼自身も滅多に公の場には出てこない。
ただ外交の場であるとか年に数回ある王家主催の夜会だとか、そういった場所には参列するようにと命じられているのか、華やかに着飾った王家の面々に紛れてそっと隅に佇む姿が見られるらしい。
噂ではその能力は凡庸……とまでは言えないまでも、魔術は第一王子である兄には到底叶わず、剣術では姉に負ける程度だとされている。
恐らく将来的に彼は臣籍降下され、王族ではなくなるだろうというのが専らの評判だ。
そんな第二王子が、どういうわけだかローゼンリヒト領内の魔術研究所に、何食わぬ顔で紛れ込んでいた。
いくら不遇の第二王子が公の場に顔を出さないとはいえ、身分を完全に偽っていち研究員として潜り込んだ、などということは勿論ありえない。
そもそもいくら身分を偽ったところで、ステータスボードで照会してしまえばあっさり看破できてしまうし、ここにはラスティネルという【精霊視】の能力を持つ者がいる。
ステータスボードをどうにか誤魔化せたとしても、宙を漂う精霊達を欺くことなどできはしないのだ。
「…………お父様はご存知、ということですわね」
「無論。許可はもらってある」
「目的はわたくしの大事な大事な妹、ということでよろしいかしら?」
「……その言われ方は不服だが、まぁ否定はしない」
エリカがここに来ることはアリステアが突発的に決めたというように見えたが、とはいえ研究所に先触れを出さなければならないし、領主である父の許可も必要であるため、実はそれほど突発的な思いつきというわけではなかった。
恐らく何らかの形で第二王子サイドから、もしくはフェルディナンドサイドから交渉を持っており、しかもそれはエリカに関することであった……と、アリステアはそこまで見抜いた上で、あえて身分を明らかにしない第二王子の名を出した、というわけだ。
彼女は不機嫌さを隠そうともせずしばし扇で顔を扇ぎ続け…………ややあって、意を決したように立ち上がった。
「二人共、帰りますわよ」
「えっ?」
「あの、お姉様?」
まだ第二王子は何も話していない。
何か話があるからこそこうして紛れ込んでいたのだろうに、それを放置して帰るなど許されるのか。
戸惑ったように姉と、そして座ったままの第二王子を見比べておろおろするエリカ。
そんな彼女に、彼は「構わない」とひとつ頷いて見せた。
「用は済んだ。事態の説明は、公爵に頼む方が賢明だろう」
「……というわけですの、お父様。一体どういうおつもりなのか、きっちりご説明いただけますわね?」
「久しぶりに顔を見せたかと思えば、いきなり尋問か……お前は本当にレティシアに似てきたな、アリス」
「あら、褒め言葉として受け取っておきますわ」
「褒めているよ、勿論」
とにかく座りなさい、と執務を早々に切り上げたフェルディナンドは、溺愛する娘達に事情を説明すべく口を開いた。
彼の王子がフェルディナンドに接触を図ってきたのは、彼がユリアを伴って王城へ出向いたその帰りのこと。
かつての部下とひとしきり話しながら王家の居住エリアを抜けたところで、不意に彼の前にふらりと現れた第二王子リシャールは、感情の読めないワイン色の双眸で彼を数秒見つめてから、ひとつ頷いて目の前の客間に消えた。
ついてこいという意味だと察し、フェルディナンドも何も言わず素早くその客間に入り、静かに扉を閉める。
「ローゼンリヒト公フェルディナンド殿。まずは、不躾に呼びつけたことを詫びよう。申し訳なかった。その上で、話を聞いてもらいたいがどうか?」
室内に二人きりとなった途端、第二王子の顔つきや雰囲気ががらりと変わった。
……否、戻ったのだ。彼本来の姿に。
正妃から生まれた第一王子レナート、第二妃から生まれた第三王子ルーファス、彼らはそれぞれ大きく強固な後ろ盾を持っているが故に優遇され、持たざる者である側妃の子の第二王子リシャールは生まれながらにあらゆる面から劣った存在だと貶められてきた。
実力主義を謳う国故に、王子として生まれたからには例え側妃の子であろうと順当なる王位継承権が発生してしまう。
そしてそれを理由にして、貶められ、比較され、時には離宮に引きこもっている母をも笑いものにされ、お前は卑しき存在なのだと指を指され続ける。
そこで、物心ついた彼は早々に学んだ。
『彼ら』の前で、実力を出すのは愚か者のすることだ。隠せ、潜め、凡庸を演じろ、と。
フェルディナンドの前にいる彼は15歳……略式ではあるが社交界デビューを済ませ、大人の仲間入りをしたばかりの年齢だ。
本来なら10歳になった時点で婚約者候補を決められ、ある程度実力を見極めるテストをされた上で今後の進路について協議されるはずだが、彼の場合は魔術の適性を見極める検査をされた程度で終わったのだと聞いている。
当然、婚約者候補という言葉すら挙がっていない。
(何の話かは見当がつく。……つきすぎて嫌になるほどだが……さて)
彼がこうして接触を図ってくるだろうことは、実は既にわかっていた。
彼は凡庸を装った不遇の王子、母である側妃と共にできれば王城を辞して王位継承権を放棄したい、そう願っていることも知っている。
公爵家当主である以上、最も近い王家の内情はある程度知っておく必要があったからだ。
「…………伺いましょう」
低く、だがはっきりとそう応じると、リシャールはほんの僅かホッとしたような表情を浮かべたが、それはすぐにまた無表情の下に隠れてしまった。
「貴殿に持って回った言い方をしても無駄だというのはわかっている。だから率直に言わせてもらおう。私はご令嬢……エリカ嬢との縁組を考えている」
「っ!!」
「…………ああ、誤解しないで貰いたい。これは『契約』の申し入れだ。すぐに攫ってどうこうと思っているわけではないのだから、そこまで殺気立つ必要もあるまい?」
(……このクソガキが。私が動揺することを計算に入れてやがった)
ふざけるなと恫喝して席を立ってしまいたい気持ちを抑えこもうと、フェルディナンドは、頑張った。本当に頑張った。
そして心の中で念仏のように『あれは王族、あれは王族』と唱えながら深呼吸を繰り返し、なんとか平静を保てるようになったところで、「殿下」と地を這うように低くこれでもかと威圧感たっぷりな声を絞り出した。
「……確かに、必要以上に持って回った言い方は好みませんが、殿下のお言葉は率直過ぎて誤解を招きかねません。この際、『契約』なのか『婚姻』なのかということは二の次でよろしい。どういった背景で、どういう理由をもって、何故あの子なのか。最低限そのくらいは説明していただかねば。可愛い娘の将来に関わる重要なことですので、易々とお返事差し上げるわけには参りません」
「なるほど。つまり貴殿が言いたいのは、『率直過ぎて紛らわしいわ、ボケ』ということだな」
「…………ボケ、とまでは申しておりませんが。まぁおおむねそんな解釈でよろしいかと」
フェルディナンドは、言葉を飾るのをやめた。
相手は末席とはいえ王族だ、公爵という貴族の最高位についている彼であっても頭を垂れなければならない相手である。
が、当人が遠まわしに言葉を飾るなと指摘してきたのだから、そこは受け入れるべきだろうと考えたのだ。
「あらお父様、まだお話は始まったばかりですのよ。……どちらへ?」
『契約』の話題が出たところで、フェルディナンドはふと立ち上がった。
そして訝しげな表情になったアリステアの隣に座っていたエリカをおもむろに抱き上げ、そしてそのまま早々に嫁いだ愛娘の隣に腰掛け直す。
と同時に、末娘をぎゅっと膝の上で抱きしめて、深い息をひとつ。
「この後の話は私も平静ではいられない気がするんだ。……せめてこうして、二人の愛娘に癒されながら話させておくれ」
「お父様……」
「まぁお父様ったら。仕方のない方ね」
くすくすと笑いながらも、アリステアは小さく体の向きを変え、父にそっと寄り添った。




