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12.困った時の交渉スキル

どうにか連日投稿、予約間に合いました。

※8/15第二王子の異名を変更(でもやっぱり厨二病)




 


「名前を」

「エリカ・ローゼンリヒトと申します」

「よろしい。ではこの水晶の上に手を置いてくれ。心を静め、何も考えないように目を閉じて」


 エリカは言われるがままに測定用の水晶のの上に手を置き、そっと瞳を閉じた。

 途端、パリンと涼やかな音がして、手のひらに違和感を覚える。


「…………あ、」

「手を離しなさい。…………怪我は?」

「いいえ、大丈夫です」


 だが、測定用の水晶がものの見事に真っ二つになっていた。

 道中アリステアが言っていたように、ここにあるのは貴族用の専用測定器であるはずなのだが、どうやらその測定レベルすら超えてしまったらしい。


「申し訳ありません……」

「謝る必要はない。代わりはある」


 割れて用を成さなくなったそれを無造作に横に除け、研究員らしきその男性は背後の棚から今度は石版のようなボードを持ってきた。

 その形状には、エリカも見覚えがある。

『落ち人』についての文献を読んでいた際に、彼らが知識を提供して作り上げた魔術具のうちの一つに、この石版型の魔術具も紹介されていたのだ。

 これは、魔力を持たない相手であっても使える、その者の基礎的能力を測るための【ステータスボード】というものだ。


 これは、その名の通り能力ステータスを測定するための『スキャン』という魔術を組み込んだ魔術具である。

『スキャン』は落ち人が開発した魔術のひとつで、人体に使えば身体の異常がわかり、能力判定として使えば加護の有無や特殊能力まで識別できる、という優れものである。


「では、この上に手をおいて。……そう、それでいい」


 静かな声に促され、エリカは再び目を閉じる。

『スキャン』での測定には少々時間がかかる、その間彼女はひたすら『冷静に冷静に』と己に言い聞かせつつ、恐怖や不安と戦いながら結果を待ち続けた。

 そして、


「…………もういい。手を離して、目を開けなさい」


 待ち望んだ声は、少しだけ掠れていた。




 沈黙が、部屋中を支配する。

 余程の結果が出たのだろう、先程まで冷静沈着だった男性の表情が険しいものになっている。

 それがどんなものなのか聞いてみたい気はしたが、何事か考え込んでいる様子の相手に話しかけるだけの対人スキルを持たないエリカは、仕方なくこの不思議な男性の観察をしながら待つことにした。


 部屋の明かりをギリギリまで落としたお陰で、明るいハニーブロンドは今はくすんだ茶色に見える。

 瞳の色はわからないが、黒っぽく見えるということは明るい色合いではないのかもしれない。

 そして、落ち着いたその話し方や低く艶っぽい声からそれなりの年齢なのだと予想していたその外見は、しかし意外と若く……姉と同年代と言っていい青年のものだ。

 瞳は切れ長、鼻筋も通っていて高すぎず低すぎず、顔立ちはやや怜悧すぎる気はするが文句なしの美形レベル。

 そして、恐らくは貴族……しかも高位の貴族であろう、その堂々とした威厳と品の良さ。


(こんな方が研究所にいらしたら、真っ先にお兄様がお話の種になさりそうだけど……)


 と、そんなことを思ったところで、青年が顔を上げた。


「明かりを、戻しても?」

「え、えぇと…………今でしたら、多分」


 エリカの『金髪・銀髪恐怖症』は主に、恐怖の対象である相手をきちんと認識できない場合、強く発症してしまう。

 最初の頃フェルディナンドやラスティネルを怖がってしまったのも、蘇ってすぐに目にした銀髪の男性という認識しかできず、どうしてもテオドールの印象を重ねてしまったからだ。

 それ故、相手をきちんと『違う個体』として認識できれば、怖いと思う意識もなくなってくれる。

 少なくとも、これまではそうだった。


 今の場合も、なんの予備知識もない状態でこの青年と二人きりという状況下が恐怖だったのであって、彼がどんな姿かたちをしているか、だいたいどのくらいの年齢か、それがわかっただけでも充分『個』として認識できたと言える。

 だから「大丈夫です」と頷けば、パチンと指を鳴らす音と共に部屋が元通り明るさを取り戻した。


 恐る恐る、青年の顔を見つめる。

 彼も、真っ直ぐにエリカを見つめている。


(…………大丈夫。怖く、ない。……良かった)


 明るいハニーブロンドはキラキラとして眩しかったが、それでももう怖いとは思わなかった。




「ローゼンリヒト嬢」

「はい」

「魔力の総量はおよそ2万。……これは平民の一般的な値の200倍、下位貴族の20倍、高位貴族の4倍の魔力量だ。……王族の場合は……いや、これはやめておこう」

「そう、ですね……私も聞くのが怖いです」


 平民であれば概ね100、下位貴族は1000、そして高位貴族であっても平均5000。そしてエリカは20000。

 もはや桁が違う。

 代々純血統を持った者が後を継いできた王族ならこれより更に高い数値だろうが、それにしても王族レベルというのははっきり言ってシャレにならない。


「それから属性だが、最も強いのが『光』……これは光の精霊の加護付きということからも明白だな。それから次が『水』そして『火』だ。三属性というのは高位貴族であれば稀に存在する、が……精霊の加護付きというのは明かさない方が身のためだろう」

「はい、そう致します」

「うむ」


 ありがとうございました、と頭を下げるとその青年も律儀にきちんと頭を下げてくれる。

 真っ直ぐに見つめた瞳の色は、たまに父が嗜むワインの色……深みのある深紅だった。



 よろしければお茶を、と誘われるままに姉や友人と合流して、応接間へ。

 人払いをした上で検査結果を伝えると、ユリアは「すごーい!最強フラグキタコレ!」と途中意味の分からない言葉で喜んでくれ、対してアリステアは微妙な表情で額を押さえてしまった。

 貴族としての正解は言うまでもなくアリステアの態度だろう。


「参りましたわね……エリカの魔力量がお母様以上だというのは聞いておりましたけれど、まさかその上三属性持ちとは」

「えっ?あの、何か問題なのですか?」

「いいこと?貴族というのは何より血統を重んじますの。というのも、高位の貴族であればあるほど高い魔力を保持しているからですわ。ですから、王族であっても血統の良い者が代々王を継承してきましたのよ。次代に強い魔力保持者を残すために。……ここまで言えば、わかるかしら?」

「えぇとつまり、エリカの能力を公にすれば即座に王家に囲い込まれてしまう?」

「正解。元々ローゼンリヒトは公爵家ですから、わたくしが生まれた頃から『王家との縁付きを』との声がありましたの。まぁわたくしはこうして他家に嫁ぎましたけれど……」


 その分、エリカが高能力者だとわかったなら、王家は今度こそ速攻で手を伸ばしてくるだろう。


 現在、国王の直系である息子は三人。

 第一王子はアリステアと同年で今年18歳、そろそろ婚約者をとの噂が飛び交っている。

 第二王子はそのふたつ下で16歳、第三王子はそこからかなり離れて現在5歳……エリカの1歳下だ。

 他に二人の王女がいるが、一人は既に嫁いでおりもう一人はデビュー前なので話題にすら上がることはない。


「エリカにとって一番いいのは、仮でもなんでも婚約者を定めてしまうことですわね。まぁ、これはお父様に相談致しましょう。……さて、本題ですけれど」


 す、とアリステアの背筋が伸びる。

 ここからは高位貴族の奥方、ディバイン侯爵夫人としての話ということだ。

 その視線は真っ直ぐ、目の前に座る若き研究員に向けられている。


「こうして人払いをされたということは、『貴族としてのお話』をしてもよろしいということですわね?」

「いかにも。貴族専用、というのはそういう意味だとご理解いただければ」

「わかりましたわ。では交渉に移りましょう」



 まずは、とアリステアはエリカのステータスについて公表制限がかけられるかどうか、と問いかけた。

 それに対し青年研究員はいともあっさりと『可能』と答え、ではどの程度に制限するかと逆に問い返してきた。


「高位貴族の標準、というのは難しいかしら?」

「……それはさすがにやめておくことをお勧めする。これから魔術を学んでいくなら、魔力量を大幅に誤魔化したままでは難しい。不完全燃焼による暴発、という危険性もないわけではないし」

「でしたらその倍、くらいでは?」

「それならどうにか…………なるだろう、と思う。余程いい教師につけば、の話だが」

「それはこちらでどうにでも致しましょう。では、魔力量については標準の倍ということでお願い致しますわね」


 すごいね、と小さく囁かれたユリアの言葉に、エリカもこくこくと頷くしかできない。

 姉はどうやらエリカの能力が悪目立ちしないように、どうにか公表を抑えられないかと頑張って交渉してくれているらしい。

 そして、この研究所が『貴族専用の検査所』であるのはつまりそうした交渉も受け入れる、という意味合いなのだということも初めて知った。

 ただ、貴族としての見栄やプライド故の能力水増しは日常的にあるとしても、その逆の能力制限というのは恐らくそれほどない例だろうなと、彼女は複雑な気持ちを抱えながら姉の独壇場を見守ることにした。


「では次は属性ですわね。……さすがに一属性だと主張するのは、無理がありますわよね?」

「令嬢にも話したが、高位貴族で三属性持ちという例は稀にある。加護持ちということさえ前面に出さなければ、さほど目立つこともないとは思うが…………どうしても、というなら力の強い『光』と『水』だけに留める、というくらいならできる」

「でしたらそれで手を打ちますわ」


 記録を、と促された青年は手元の記録用紙に次々とこの決定事項を書き込んでいく。

 どうやらその記録が研究所、ひいては王家に提出される書類であるようだ。



『貴族としてのお話』が一段落ついたところで、アリステアはようやく表情を緩めた。


「全く……お母様とお父様の血が、とんでもない奇跡を生み出してくださいましたわ……この子はまさしく国の宝、いいえローゼンリヒトの宝物ですわ。ですから絶対に、わたくしが守ってあげなくては」

「あた、わたくしも、エリカ様を守ります!」

「あら、頼もしいですわ。ユリアさん、貴方はエリカと同い年……学園に行っても頼みましたよ」

「はい、お任せください!」


(なんだか仲良しねぇ…………ちょっと羨ましいわ)


 初対面ですっかり意気投合してしまったらしい姉と友人を見比べて、エリカはふぅっと小さく息をつく。

 羨ましくはあるが、妬ましく思うことはない。

 ただ、対人スキルがマイナス値に達している自分には到底できない芸当だと、情けないやら恥ずかしいやらで少々自己嫌悪が襲ってくるくらいだ。


 と、そんな彼女の目の前に甘い匂いのする入れ物が差し出された。

 視線を上げると、こちらもどこか所在なげな青年研究員が「そちらからの戴き物だが、良かったら」とチョコレートを勧めてくれている。


(本当に、不思議な人……名前くらい、聞いてもいいかしら?)


 名前を聞いておけば、後で兄にあれは誰だと聞くこともできる。

 礼を言ってひとつ摘み、意を決して名前を聞こうとしたその寸前


「ところで、【不遇の人形王子(マリオネッタ)】と呼ばれる貴方様がどうしてこんな地方の研究所におられるのか、いい加減お教えくださいませんこと?──── リシャール・フォン・ヴィラージュ第二王子殿下」






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