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11.お姉様と一緒

 


「えぇっと……この国の名前が【ヴィラージュ】で、その南が【ウィステリア】よね。北にあるのが【アルファード】、っと。ここまではいいのよ。それから東にあるのが…………レグ、えー、レグズ?レッグス?レッズ?あー、もうなんだっけ?」

「残念、【レグザフォード】よ。ちなみに南の国は【ウィステリア】じゃなく【ウィスタリア】ね」

「そう、それそれ!……もー、なんでこんなに覚えにくい名前ばっかりなのよぉ。簡単に、一の国、二の国、三の国とかで良くない?」

「でもユリア、そうなると今度はどこの国が【一の国】と名乗るかで争いが起きるわ」

「むー……そうなんだけどぉ」


 ローゼンリヒト公爵家、中庭。

 ちょうど日陰になる場所にテーブルを出し、二人の少女が休憩がてらお茶を楽しみながら、先程までの授業のおさらいをしていた。


 青みがかったアッシュブロンドにラピスブルーの瞳、どこか儚げな印象の公爵令嬢エリカ。

 薄紅色という珍しい色合いの髪にチェリーレッドの瞳、愛らしく無邪気な印象の侯爵令嬢ユリア。

 ユリアはこのローゼンリヒト領と養父であるマクラーレン侯爵の治める領地とを定期的に往復しており、今の時期はローゼンリヒト領での勉学の期間に当っていた。

 といっても、元々勉強自体が苦手で飽きっぽい性格なこともあり、なかなかその成果が出せずにいるのだが。


「にしても、貴族のご令嬢ってただ『うふふあはは』って笑いながら刺繍したりお茶会したり、そんなのだけじゃないんだね……なに、地理とか政治経済とか果ては建築関係の知識とか」

「そうね、普通はいらないのだけど……」

「でも、高位の貴族であればあるほど必須の学問だわ。だって、王族や爵位継承者に嫁ぐ場合、夫の代わりに采配できる程度の知識がなくてはね」

「え、」


 エリカの背後、つまりユリアの正面からかけられた第三者の声。

 透き通るようなプラチナブロンドをゆったりと結い上げ、瞳は明るい空の色。

 年の頃は10代後半、だが幼さよりも貴族の威厳のようなものが背後に見える、その人は。


「いらっしゃいませ、お姉様!」


 どちら様、と問う前に振り返ったエリカが体ごとそのご婦人に飛びついた。

 あまり積極的に人と触れ合おうとしない彼女にしては非常に珍しく、だからこそ彼女にとって大事な人なんだとわかる。

 エリカが『お姉様』と呼ぶのはただ一人、歳の離れた姉アリステアだけだ。


「あらあらまぁまぁ、エリカったら。最近ますますお父様に似てきたのではない?」

「そうでしょうか?」

「ええ。お父様がお小さかった頃はね、硝子細工の貴公子という…………ふ、くくっ……あら、ごめんなさい。そんな似合わな……いえ、コホン。つまり、そう言わしめるほど繊細で儚げな少年だったそうよ?うふふふっ」

「…………お姉様、笑いすぎです」

「だぁって、今のお父様からは想像できないんですもの」


 フェルディナンドは騎士団の中でも魔術に特化する者を集めた黒騎士団の団長を務めていた。

 剣の腕も魔術の腕も一流、そんな黒騎士団を纏める団長であった彼は『一見穏やかそうな美形』とは言われるが、決して『繊細』でも『儚げ』でもない。



「まぁお父様の話は今度改めてじっくり、ね。それより…………また随分と楽しそうだこと。そちらのお嬢さんね?エリカが保護した『落ち人』というのは」


 ちらり、と視線がユリアに向いた。

 反射的に、背筋がピンと伸びる。


(確か、目上の人から話しかけられてからじゃないと、お返事しちゃいけなかったはず。落ち着いて、落ち着いて、あたし!)


『そちらのお嬢さん』とは言われたが、これはユリアにではなくエリカに話しかけたもの。

 そう判断して視線を合わせないように会釈の姿勢のまま固まっていると、


「アリステア・ディバインよ。顔を上げて頂戴」


 直ぐ側で、声がした。


「は、はいっ。わたくし、マクラーレン侯爵が娘、ユリアと申します。先程は大声で騒ぎ立てました無礼をどうぞお許し下さい、ディバイン侯爵夫人」



 そう、アリステアは既婚者である。

 10歳の頃、彼女は運命の恋をした……相手は、彼女の誕生日に呼ばれた近隣の領地を治める若き領主……フレドリック・ディバイン侯爵25歳。

 さすがに年が違いすぎると父は大反対、しかしその頃まだ健在だった母の


『運命の方と出会うのに、年齢は関係ありませんわ旦那様。もしこの機を逃してアリステアが婚期を逃したら…………どう責任を取られるおつもりですの?』


 という一言で、ディバイン侯爵へ婚約の打診が持ち込まれることとなった。

 勿論この時点で、かの侯爵に婚約者ならびに恋人がいないことは調査済みであり、更に格上の公爵家からの打診をもし断っても今後の付き合い等には響かないと確約した上での申込だ。

 そしてその申し込みは、結果的に断られることはなかった。

 その理由は……アリステアの粘り勝ちとも、フレドリックの一目惚れとも言われているが、真相は本人達のみぞ知る。


 そうして無事婚約にこぎつけたアリステアは、15歳で規定通りのデビュタントを済ませるとその翌月には正式な婚姻を結び、アリステア・ディバイン侯爵夫人となった。

 とはいえまだ身分は学生であったためしばらく籍は学園に置き、18歳になったこの年ようやく卒業と同時に侯爵夫人として正式デビューを果たした、というわけだ。



「ふふっ、まぁまぁ及第点といったところかしら。これからが楽しみだわ。うちの可愛いエリカをよろしく頼むわね、ユリアさん。わたくしのことはアリスと呼んで頂戴な」

「はいっ。光栄です、アリス様」


(ふっはー、緊張するぅ。威圧感すっごいよ、この人……【紅薔薇姫】って呼ばれてるの、わかるなぁ)


【紅薔薇姫】というのは、アリステアが社交界デビューしたその日につけられた異名である。

 デビュタントは15歳に行われるのだが、その頃既に『華やかで誇り高い』イメージで見られていたというのも凄いが、結婚した今現在もその異名で呼ばれ続けているというのもまた凄い。


「でもお姉様、今日はどうしてこちらに?侯爵様はご一緒ではないのですか?」

「あら、わたくしとしたことが。そうそう、エリカ。貴方も無事病が快癒したのだし、少し遅れてしまったけれど、魔力検査に行きませんこと?」

「魔力検査……ですか」

「気が進まないという顔ね。でも、貴族の魔力検査は本来5歳で受けるもの……貴方の場合、特例で待ってもらっている状態なのよ?」


 そう、エリカは魔力飽和という病にかかっていたため、まだ魔力検査を受けていない。

 アリステアの言う通り、貴族位を持つ家の子息令嬢は5歳になると魔力検査を受けに行く。

 平民の場合はおおむね10歳までに受けに行くようだが、強制ではないので受けない者もいるようだ。


 では何故貴族は義務なのか?

 それは、貴族の方が総じて魔力量が多かったり力が強かったりするからだ。

 貴族は貴族同士、魔力の強い者は強い者同士が婚姻を繰り返してきた結果、ということだろう。

 その強い力を早いうちに見極め、万が一にも暴走したり悪用されたりしないように管理する、それが5歳で行う魔力検査の真意であるらしい。


 ちなみに、かつての生を生きていた【エリカ・ローゼンリヒト】も、10歳という年齢まで待ってから魔力検査を受けていた。

 だが魔力飽和という厄介な病の所為で正確な魔力量は不明、うまく魔力を放出できないからか属性もわからず、という散々な結果に終わっている。

 そのことが、今のエリカの心に深い陰を落としていた。


 行きたくない、という内心が表情に現れていたのだろう、アリステアは「それじゃこうしましょう」と手のひらを合わせ、心配そうに友人を伺っていたユリアにとびきりの笑顔を向けた。


「せっかくお出かけするんですもの、ユリアさんも一緒にどうかしら?」





 というわけで、エリカ、アリステア、ユリアの三人は連れ立って街に出ていた。

 勿論ご令嬢と呼ばれる地位にいる三人だけで外出できるわけもなく、つかず離れずの距離に護衛が複数名ついているし、アリステアはたおやかなご婦人に見えて体術の天才、ユリアはどうやら剣術の才能があったらしく日々めきめき上達中だ。

 現状何もできないのはエリカだけだが、彼女の場合下手に何かしようとすると魔力暴走の危険があるため、何かあっても何もしないのが正解である。


「それじゃまずは、手土産を買っていきましょうか。研究所の方達は殆ど頭脳労働者ですから、甘いものがいいかしらね」

「研究所、ですか?」

「ええ。平民の検査は警備隊の本部で出来るけれど、貴族となると専門の器具が必要になるの。だから魔術研究所に出向かなくてはいけないのよ」


 魔術研究所、というのはその名の通り魔術について研究する機関のことだ。

 大体各領地に最低ひとつはあるその研究所では、それぞれその領地に合った魔術の研究や魔術具の開発などが行われており、まだ10歳という若さでありながらラスティネルもこの研究所の特別研究員という肩書を持っている。


「えっ!?それじゃもしかして、ラス様に会えるんですか?」

「そうねぇ、いつもなら顔を出しているはずなのだけど……今日はお父様の御用で執務のお手伝いをするのだと聞いているわ」

「そう、ですか。まぁそうですよね、お忙しい方ですもんね」


 ぱぁっと輝いた表情が、一瞬で沈み込む。

 わかりやすい子ねとアリステアは苦笑を浮かべ、同じくシュンと残念そうに項垂れる妹の髪をそっと優しく撫でてやった。



 手土産、という名の荷物を護衛に持たせ、【紅薔薇姫】御一行は研究所へと足を踏み入れた。

 案内に立ってくれた男性は栗色の髪で、エリカはまずここでホッと安堵の息をつく。


(外に出れば当然金髪や銀髪の人なんて普通にいるのだから、気をつけなくては)


 父や兄は克服したが、それでもまだ透けるような銀髪や明るい金髪は目にするだけで怖い。

 これまでは邸とその近辺、そして入場者が制限された特別庭園内くらいしか出歩いていないため、こうして全く知らない外部の建物内を歩くのは、ゾンビが潜む城の中を探索する気分だった。

 つまりは、どこから何が出てくるかわからないので常に恐怖状態にある、ということだ。


「こちらです、どうぞ」

「ありがとう、ございます」


 開かれた扉の中に、まずエリカが一歩。

 当然のように後に続こうとしたユリアは、しかしアリステアに「だめよ」と止められた。


「魔力のゆらぎがあるといけないから、検査は基本一対一で行われるの」

「でも、エリカが……」

「あの子を一人にしたくないのは、わたくしも同じ。だけど貴方は『落ち人』でしょう?魔術を通さない貴方が傍にいたら、結果が変わってしまうかもしれないわ。大丈夫よ……きっとね」

「だったら、いいのですが」


 頑張って、とチェリーレッドの双眸が見つめる先。

 パタンと閉じられた扉の中で、エリカは恐怖心と必死で戦っていた。



(どうしましょう、まさか検査担当の方が金髪だなんて……!)


 ちらりと見ただけだったが、色は明るいハニーブロンドだった。

 瞳の色までは見ていないが、性別は男性だった。それは間違いない。

 エリカのトラウマは、長い金髪の女性と銀髪の男性。つまり金髪の男性は恐怖とはならないはず、だ。

 だけど、そのキラリと光る金色の光を見ただけで、震えが走る。

 彼女の姉や自分自身のように淡い金色なら気にならないのに、鮮やかな金色は例え男性であってもやはり怖いのだ。


「こちらへ。…………どうかしたか?」

「いえ、あの……」

「私が、怖いか?」


 男性特有の低く艶のあるバリトンボイスに問いかけられ、エリカは必死で首をぶんぶんと横に振る。

 貴方が怖いわけじゃない、だけどどうしようもなく怖いのだと。


 理由がわかったわけではないのだろう、しかしその男性はパチンと指を一度鳴らして部屋の明るさをギリギリまで落とした。

 急に薄暗くなった室内……恐る恐るエリカが視線を上げると、くすんだに見える髪をサラリと揺らし、研究員らしき男性は「では、始めようか」と薄く微笑んだ。


(私、何も言ってないのに…………不思議な人……)



 これが、彼女の運命に関わるとの出会いだったことを知るのは、まだずっと先の話だ。



ちょっと難産でした。毎日更新、止まるかもしれません。


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