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10.傍に、いるから

 

「………………どうして?……なんで、主人公ヒロインのあたしを見てくれないの?」

「どうしてって、当然だろ。君はうちの妹を怒鳴りつけて侮辱したんだから」

「でもあたし、ヒロインなのに……パパも、あたしを愛してくれた。パパのお付きの人だって、すぐに好きになってくれた。近所の子達だって、ちやほやしてくれた。あたしは王子様級のイケメン達に愛されて、傅かれて、そして幸せになるの。そうじゃなきゃおかしいの!だって、主人公なんだもの!なのにどうしてなの、【お兄ちゃん】!どうしてあたしのこと、愛してくれないの!?どうしてそんな、冷たい目であたしを見るの!?ねぇ、どうして!!」


 その顔から、年齢不相応な媚びた表情が消えた。

 代わりに現れたのは、必死に己が『主人公』だと、愛されなければおかしいのだと訴える素顔。


(あぁ、この子もしかして…………)


「……もういい、話にならない。そこの……えぇっと、レイラ?すぐに警備隊に連絡を」

「お兄様、それは少しだけ待ってください」

「だけどね、エリカ」

「お願いします。……ほんの少しでいいんです、彼女と……二人だけで話をさせてください」


 ダメだ、と即座に却下されたがエリカは諦めない。

 皆出ていっても、精霊達はこの部屋に残ってくれる。もしエリカに何かありそうなら真っ先に彼らがそれに気づいてくれるだろうし、そうなれば精霊の声が聞こえるラスティネルにもそれが伝わる。

 だから、せめて部屋の外にいて欲しいのだと再三頼み込むと、根負けしたらしいラスティネルは渋々何度も振り返りながら、部屋を出ていった。



「…………なによ?さっきのことなら、謝らないわよ。だってあたしは」

「『主人公ヒロインだから』……ですか?」

「そうよ、わかってんじゃない!」

「貴方は何もわかっていないようですね」


 パシン、と軽く何かを弾くような音がした。

 それは本当に小さな音だったが、それでも薄紅色の髪をした少女はみるみる顔を歪め、小さな手のひらで叩かれた頬に指先でそっと触れる。


「な、な、な、な」

「……貴方はこうして、誰かに叱られたことがないんですね……それはいけないことだと、言ってはいけないことだと、誰も教えてくれなかったんですね」

「…………っ、それ、は」

「私も、同じでした」

「…………え、っ」


 夢を夢見て、恋に恋して。

 誰も彼女を本気で咎めようとはせず、本気で諌めようとした頃にはもう手遅れで。

 いつか王子様が……そう夢見て、恋した相手は王子様などではなく、最初から他の女性に心を捧げただけのただの男だった。


「……私は、そんな彼に殺されました」

「っ、だって!あんた今、生きてるじゃない!そんないい加減なこと言ったって」

「殺されて、でも何故だか過去の自分に蘇ったんです。信じられなくても構いません、私だってわけがわからないのですから。ただ……やり直せと言われている気がするんです。だから今度こそ、私は幸せになりたい」

「しあわせ、に…………」

「はい。……貴方も、そうでしょう?」


 どうして愛してくれないの。

 愛されるのが当然なのに。

 そう訴える彼女は、本当に心の底から愛を求めているのだとわかってしまった。

 父じゃなく、そのお付きの人でもなく、近所の子供でもなく、ましてや王子様でもなく、彼女が愛されたかったのは【お兄ちゃん】と呼んだ存在ただ一人。

 だが彼は、彼女を愛することはなかった。



 少女の目に、今度こそ偽りのない涙がじわりと浮かぶ。


「……あたし、絵物語ゲームの主人公だったの。だから、愛されて当然だと思ってた。たくさんの人に愛されるように、頑張ったつもりだった。でも、お兄ちゃん……って言っても血はつながってないんだけど、あの人だけは違ったの。お前は傲慢だ、冷酷だってあたしのこと拒絶して……精神病院……心の病気にかかった人の病院に入院させられて」


 絶望した。希望なんて、とっくに失った。

 でも愛してほしかった。兄の愛だけが欲しかった。

 求めすぎて、そのたびに絶望して、気がおかしくなりそうだった、そんなある日。


「体が、小さくなってたの。そう、今のこの体。……なんだかわからないけど、これはチャンスなんだって思って。だから部屋を抜け出して、庭まで走って、そこの桜の木の下に来たところで穴に落ちて……」

「気がついたらここだった?」

「うん。…………べ、べつに信じられないんならそれでも」

「いいえ。私の話も、信じられないような内容ですから」


 エリカも、この少女も、ただ愛されたいだけだった。

 ただひとつの愛が欲しいだけだった。

 なのに、間違えてしまった。

 エリカは、周囲の愛情に気づかずに。

 この少女は、周囲からの愛情を求めすぎて。


「似ているわ、私達」

「う、っ…………うわあああああああああああああんっ!!」


 ぼろぼろと、チェリーレッドの瞳から雫が溢れ出す。

 これまできっと、我慢していたのだろう。

 愛されたい、ただそれに必死で自分を取り繕い、装い、本音をあかせる相手もつくらずに、たったひとりで。


 これだけ大声を上げれば兄がすっ飛んでくるかとも思えたが、精霊が騒いでいないからか誰も入ってはこない。

 それなら、とエリカも我慢するのをやめた。


 大声で、あたりを憚らず泣きじゃくる少女の側にあった椅子に座り直し、そっと手を握る。

 すでに視界は潤み始めており、このまま静かに泣こうと思ったそんな時


「なっ、泣かないでえええええええっ!!あた、あたしが、あたしがいるからぁっ!!」

「え、ちょっ」


 ゴスン、とすごい音がした。

 ベッドの上からダイブするように勢い良く抱きついてきた少女、その体を受け止めきれずにエリカは椅子の背に力いっぱい頭と背中をぶつけてしまったのだ。


 驚いた所為で、涙も引っ込んでしまった。


「……………」


(頭、痛いわ……)


 声に出したら間違いなく兄に割り込まれてしまうため、仕方なくエリカはしばらくそのまま鈍い痛みに耐えるしかなかった。






「たっだいまぁ!」

「おかえりなさい、ユリア」

「あーん、やっと帰って来られたぁ。もう、エリカ成分足りなくて窒息しそうだったよ~」


 帰って早々、エントランスで抱きついてきた少女をどうにか受け止め、先日6歳になったばかりのエリカ・ローゼンリヒトは「相変わらずね」と苦笑を浮かべた。



 あの日、異世界から落ちてきた不思議な少女は、『シジョウ・ユリア』と名乗った。

 一時はラスティネルが「すぐに警備隊に」と息巻いて大変だったのだが、当のエリカがどうにかそれを宥めすかし、父も説得したことで、彼女はローゼンリヒト家が保護した『落ち人』として、当主であるフェルディナンドとともに王都へ向かうことになった。


『すぐに帰ってくるからね!アイルビーバック!』


 という不思議な言葉を残して、ユリアが王都へと旅立ったのは1ヶ月も前のこと。

 そんな彼女を送り届けて、ついでに国王の前で挨拶もしてきたというフェルディナンドに話を聞いたところ、久しぶりの『落ち人』の来訪とあって王城内でのフィーバーぶりは相当なものだったらしい。

 ただし、それもユリアを目にするまで。

 やってきたのがまだ幼い子供だったと知ると、揉み手せんばかりに寄ってきた数多の貴族がこそこそと離れていき、国王自身も失望したような諦めたようなそんな表情を隠しきれていなかった、とのこと。


「ったく、失礼しちゃうわよねー。こぉんな可愛い女の子がよ?たった一人で見知らぬ世界に落ちてきたってのに、『子供ならさしたる知識も持っておらんだろうし』ってなんなの?馬鹿なの?こそこそ話してたつもりだろうけど、全部聞こえてるっつーの!」


 ばっかじゃないの、と悪態をつきつつ、程よい温度になった紅茶を一口。


「それで?ユリアのお眼鏡に叶う見目麗しい騎士はいなかったの?殿下方は?」

「あぁ……うん、かっこいい騎士様はたくさんいたわよ。えぇっと多分、懐柔ってのしようとしたんだと思う。色々優しい言葉とかかけられたから、前のあたしだったらイチコロだったかもね。それから王子殿下だけどー……まぁなんて言うの?美形過ぎて置物かと思っちゃった。キレイだとは思うけど、アレの隣に立つのはないわー無理だわー」

「そ、そう……」


 大変だったのね、と勧められたクッキーを口に放り込む。

 サクサクとした舌触りにユリアの表情がとろんと緩み、「これよね、これこれ」と満足げにもう一つ。



 と、ユリアがこうして保護されたローゼンリヒト家に戻ってきて、のんびりくつろいでいられるのには理由がある。


 本来『落ち人』は、王城で名前を登録された後に所属を決められる。

 元々携わっていた職があるのであれば、それに関連した職業に。

 何か特殊能力を発現しているのであれば、それ相応の訓練所へ。

 ユリアの場合、五感が鋭くなった程度だと申告したためと、なによりまだ幼い子供であったこともあり、ひとまずは養子としてどこかの家に身を寄せることが決まった。

 といっても、ローゼンリヒト家はその対象には含まれない。

 何故ならその養子入りというのは、『落ち人』の監視も含んだものだからだ。


 名乗りを上げよとの声がかりに、我こそはと声を上げたのは9つの家。

 能力的なものは期待できずとも、ユリアは文句なしに美幼女だ……このまま育てれば政略の駒にできると考えた者、もしかしたら後天的に何か発現するかもしれないと期待した者、とにかく『落ち人』を取り込んでおきたいと考えた者、ユリアの境遇に素直に同情した者、立候補動機は様々だ。

 その中から選んで良いと告げられたユリアは、なんの躊躇いもなく最も厳つい外見で最も子供受けしなさそうな、真紅の騎士服を身にまとった男性の前に立ち、


『よろしくおねがいします』


 と、手を差し出した。

 握手という文化を知らないその騎士はぽかんと数秒固まり、そして謁見の間全体に響き渡るほどの大声で嘲笑うと、「これでお前はうちの娘だ!歓迎するぞ、娘!」とユリアを抱え上げて謁見の間を出、そのまま領地へと連れ帰ったのだそうだ。



「…………実はね、知らなかったのよねー。親父サマが、騎士団の中でも実力主義で一番強面揃いの赤騎士団長だなんて。あの中であたしを最初から最後まで馬鹿にしなかった、同情もしてなかった、ってただそれだけだったんだけど」


 赤騎士団長、アーネスト・マクラーレン。

 実力主義の赤騎士団において無名の一兵士から上り詰め、あっという間に団長位と侯爵位をかっさらったと言われる伝説級の御仁である。

 というわけで、侯爵家に養子に入ったユリアはその日のうちに【ユリア・マクラーレン侯爵令嬢】となり、娘が、妹が、可愛いお嬢様がやってきたと大喜びのマクラーレン家で大いに歓待された。


 の、だが。


「とにかくマクラーレンの家って、大らかであけっぴろげなのよね。侯爵令嬢だっていうのに、礼儀作法とかも適当でいいって言うし。でもさすがに、公爵令嬢エリカと付き合いを持つんなら適当にってわけにもいかないし?」


『行儀見習として、ローゼンリヒト家に行かせてください』


 そう言って無理を通し、あちらとこちらを定期的に行き来する生活を認めてもらった、というわけだ。

 ちなみにこのローゼンリヒト家では礼儀作法やその他の勉学を、あちらのマクラーレン家では主に剣術や体術といった護身術を学ぶことになっている。

 ユリアは『落ち人』であるため魔術が使えない、だからせめて身を守る術をと彼女自身が言い出したことらしい。



「それより、エリカの誕生日に間に合わなかったことが悔しい!来年は絶対絶対一緒にお祝いするんだからっ」


 悔しいから紅茶おかわり!と差し出されたカップとユリアを見比べて、エリカはおかしくてたまらないというように声を出して笑った。



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