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1.かみさまなんて、だいきらい

ここからしばらくは「REVENGER」がベースになります。


 


「ごめんなさいね、悪く思わないでちょうだい?」


 豪奢な金の髪を靡かせ、邪気のないあでやかな笑みを浮かべるエメラルドグリーンの瞳をした女性。

 髪色と同じ金糸で刺繍の施された純白のドレスに身を包んだ彼女のおなかは緩やかに膨らみをおびており、陶磁器のような細く長い指が愛しげにそこを撫でる。


「この子は、【聖女】と【聖騎士】の間に生まれる聖なる御子……その前に【穢れ】は消さなければならないの。ですから、エリカ様?」


 申し訳ありませんが、消えてくださいな。


 死の宣告をするその声はどこまでも澄んでいて、顔も無邪気そのもの。

 エリカ様、と呼ばれた【彼女】は受けた衝撃のあまり声も満足に出せず…………ただ、何かに魅入られたかのようにその手を……何十、何百と出来た水疱のようなできものでぶくぶくと膨れあがってしまったそれを、目の前の女性へと伸ばした。


 否、伸ばそうとした。


 しかし、その手が宙に持ち上がったところで動きが止まる。


「…………?」


 熱い。

 胸が、熱い。

 左胸が、焼けるように熱い。


 ゆっくりと、視線は下に向く。

 醜く膨らんだ顔を少しでも隠したくて、ずっと伸ばし続けていた前髪の隙間から見えたのは、でっぷりと膨らんだ己の腹ではなく…………沈みかけた日の光を受けて銀色にキラキラと輝く刀身が。


「ぐ、ふっ……!」


 おおよそ『乙女』と呼ぶには似つかわしくない、呻き声が漏れる。


 左胸から、剣が生えている。

 誰かが、背後から剣を突き立てている。

【聖女】と呼ばれる、美しい女性の目の前で。

 幸せそうな笑みを浮かべた【聖女】、その眼前に立つ醜い『忌み子』を排除しようと。


 この場に呼び出された時、【聖女】以外には誰もいなかった。

 ここには結界が張ってある、だから余計な護衛は必要ないのよと彼女は笑っていた。

 だとしたら。

 この剣の持ち主は。


 ぶっくりと膨らんだ首の所為ではっきりと後ろを見ることは叶わなかったが、それでも彼女にはわかってしまった。


「テオ、ドール……」

「あぁ、やっと……やっと自由になれる。ずっとずっと嫌だった。フィオーラのためだったとしても、こんな醜い【ヒキガエル】を主と慕う……そんな演技を続けるなんて。そのごつごつとして汚らわしい手を捧げ持つことがどれだけ苦痛だったか」

「そんな、うそ……だ、って、剣を捧げるって。……私、に、この、剣を、捧げます、って」

「それは嘘じゃない。だから、捧げてるだろう?今、()()()()()



彼女エリカ】は、ローゼンリヒト公爵の末娘だ。

 彼女は先天的な病を持っており、それは今のように体中に大小様々な魔力の瘤ができてしまうもの。

 そのため、日に何度も魔力の流れを調整してもらわなければ、コントロールできなくなった魔力が彼女の中を暴れ周り、外に漏れ出ようと肌の表面に瘤を作ってしまう。

 まだ幼い頃は父であるローゼンリヒト公爵自らが対処にあたるか、もしくは専属の魔術医師に治療してもらっていたのでさほど重篤ではなかった。

 が……次第に、エリカは諦めてしまった。

 忙しい父、そして国内で数少ない魔術医師の手を煩わせるのが嫌で。

 何より、そうやって手を尽くしてもらっても、すぐにまた元通り膨れ上がってしまう自分に嫌気が差して。


 そうして、彼女は部屋に引きこもった。

 驚いた父や心配した姉、困惑した兄にどれだけ説得されても、一切耳を貸さずに。

 食事は食べる、風呂にも入る、だが部屋からは一歩も出ない。

 魔力の調整も断り、ぶくぶくと膨らんだ体でただ鬱々と過ごすだけの生活。


 そんな彼女に痺れを切らしたのは、年の離れた姉だった。

 彼女はまだエリカくらいの年の頃に情熱的な、たった一つの恋をしたのだそうで……だから妹も恋をすればきっと引きこもりをやめてくれるだろう、とむちゃくちゃな理論で父と兄を押し切った。

 冷静になればそれは一方的な押し付けだとわかる、だがこの時は父も兄も何かに縋りたい一心だったのだ。


『テオドール・ユークレストと申します。本日よりエリカお嬢様の側付きとしてお仕えすることになりました。どうぞよろしくお願いいたします』


 選びなさいと、一方的に押し付けられた沢山の絵姿の中から、キラキラと光を放って見えた銀髪の少年に惹かれた。

 一目惚れ、というものだったのかもしれない。

 よほど腕のいい絵師が手がけたのだろう、優美なカーヴを描くその眉も、穏やかに笑みの形を作るそのマリンブルーの瞳も、朱色に色づいた唇さえも、まるで生きてそこにいるかのようで。

 今にも、語りかけてきそうで。


 部屋の扉に挟んでおいたその絵姿が、その2日後には『本物』となって彼女の目の前に現れた。


 嬉しかった。だって彼は、ずっと傍にいてくれたから。

 幸せだった。だって彼は、いつでもエリカに優しかったから。


 いつだって彼は優しくて、彼女を甘やかすようなことばかりを囁いて、わがままを許してくれた。

 彼を咎めた兄から庇ってくれた。

 彼を諌めた父の言葉も、「貴方が気に病む必要なんてないんですよ」と許してくれた。

 苦手な姉に会うのが嫌だと言うと、それじゃあ病気になりましょうかと悪戯っぽく微笑みながら匿ってくれた。

 エリカ本人に苦言を呈する使用人がいても、逆に彼がやりこめてくれた。


 そうして、エリカの世界は彼一色に染められた。

 そうして、彼はエリカを絶望へと突き落とした。



 ゆっくりと、驚くほどゆっくりと時間をかけて剣が引き抜かれる。

 ぽっかりと空いた左胸から勢い良く空に向かって噴き出したのは、真紅の血液だけでなく……そのでっぷりと太った身体をめまぐるしく駆け回って出口を求めていた、膨大な量の魔力。

 魔力を放出するにしたがって、ぶくぶくと膨らんだ彼女の身体はぱんぱんに膨れ上がった風船がしぼむように、細く、小さく萎んでいく。

 漸く解き放たれた魔力は空に駆け上り、風に乗り、雲を呼び寄せ、やがてそれは稲妻となって地上に落ちてくる。

 ハッと目を見開いたのは、彼女か、それとも【彼女】か。

 その後どうなったのか、知る術はもうない。



 彼女エリカは、死んだのだから。




(そうだ、私……死んだはず、なのに。テオドールに殺されたはず、だったのに)


『フェルディナンド様を煩わせるしかできない、恥さらし!あんたなんて死ねばいいのよ!!』


 ふと思い出したのは、親身になって世話を焼いてくれていたはずの、メイドの顔。

 差し伸べられる手を拒んでばかりの幼い末の娘に、いつも困ったように笑いかけてくれていたその顔が……目は充血し、頬は引きつり、綺麗だ美人だと誉めそやされた面影など全く見当たらない。


(ジュリアは……彼女は、お父様のことを愛してた。愛しすぎてしまったのよ)


 妙に冷静に、彼女は思い返していた。

 幼い彼女を崖から突き落としたジュリアという名のメイドは、雇い主である公爵に歪んだ愛情を向けていたということを。

 下級貴族の娘であったジュリアは、若くして妻を亡くした主を慕っていた。それはもう、狂おしいくらいに。娘にまで、嫉妬するほどに。


 魔力を上手く放出できず、父や魔術医師の手を煩わせなければ風船のようにぶくぶくと膨らみ、魔獣のように醜悪な顔立ちになってしまう。

 そんな彼女を、口さがない使用人達は『公爵家の恥さらし』『ヒキガエル』と呼んで、蔑んでいる。

 そんな扱いを受け続けたエリカはやがて病気の快癒を諦め、引きこもり、そしてせめてもの慰めにと側付きの者をつけたらどうかと提案されるのが、このメイドの起こした事件の少し後。


 その側付きとしてやってきたのが、ユークレスト伯爵家三男であるテオドール。

 子供ながらに綺麗な顔立ちをした天使のようなその少年に一目で心を奪われた彼女は、彼を絶対的に信頼し、片時も傍から放さなくなってしまう。

 それが、彼の策略とも気付かぬまま。仮初の幸せにどっぷりと浸かって。



『ずっとずっと嫌だった。フィオーラのためだったとしても、こんな醜い【ヒキガエル】を主と慕う……そんな演技を続けるなんて』


 彼女は、殺された。胸を貫かれたあの感触は夢だと言うには生々しすぎるし、体内に居座り続けた魔力が外に放出された光景もはっきり見ている。

 魔力が体外に放出されるのは、魔術を使った時と本人が死に瀕した時。

 あの時、エリカは確かに死んだのだ。

 薄れいく意識の中でぼんやりと、それを悟っていた……はず、なのに。


(あれは夢などではないわ。私は覚えてる、この胸を貫いた痛みを。熱さを。覚えてる、フィオーラのあの幸せそうな笑顔も……テオドールの歪んだ笑みも)


 ではアレが夢ではなかったとして、何故また子供時代の追体験をしているのか。

 どうして、ぼんやりと見える手が小さいのか。

 どうして、崖から落ちたその足は小さく丸っこかったのか。

 どうして、夢ならばどうして、涙が出るほどに全身が痛くて痛くて仕方がないのか。


(もしかして、状況が似ているだけで……全くの別人に生まれ変わった、ということかしら?)


『転生』……部屋にこもって物語を読むことだけが娯楽だったあの頃、大好きだった異世界の物語がある。その中に出てきた『転生』という言葉が脳裏にひらめく。

『転生』とは、生まれ変わること。かつての生とは、違う生を生きること。

 その物語の中では、主人公はかつて異世界で生きてきた過去の記憶を持ったまま、子供として生まれ変わっていた。そしてその知識をもとに、今度こそ失敗しない人生を送ろうと努力していた。

 彼女も転生したのだとしたら、別人になっていてしかるべきだが……。


(いいえ、いいえ。違うわ。私を突き落としたのはジュリア。そして彼女が呼んでいたフェルディナンド様というのは、お父様のことよ)


 別人として転生したのではなく、生まれ変わったのは過去の自分自身。

 そう考えないと、めまぐるしく頭の中で再生されるこれまでの自分の記憶とつじつまが合わないのだ。


 どうしてなの、と彼女は絶望した。

 せっかく新しい生を与えられたのに、生まれ変わったのはかつての自分。

 物語の中の主人公達は、神の祝福だったりとてつもない特殊能力だったりを授かって、前世の自分を越えるほどの幸せを手に入れていたのだというのに。

 どうしてまた、魔力飽和の病を抱えたままの醜い『ヒキガエル』へと生まれ変わってしまったのか。

 神は、そんなにも自分のことを嫌っておられるのか。


「神…………ね」


フィオーラは【聖女】だった。

そして彼女は知らなかったが、テオドールは【聖騎士】だった。

それらは神が選び、神官を通じて任命し、一生を神に捧げる存在。


自分を生き返らせたのもまた神という存在なのだとしたら


「神様なんて…………だいっきらい」



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