人くさい神
『…おい、とりあえず大丈夫か、お前』
ジュクジュクとしたみかんの汁に掌を汚されているにもかかわらず、いまだぎゅっと力の篭もった手でぐしゃぐしゃに無残にも潰されたみかんを握り締めている悠二をなんとも言えぬ顔で見る姫神である。
「……だ、大丈夫だ」
声には反応してくれて大丈夫だと返してくれたが、その目が泳いでいる。
声に動揺が滲みすぎている。
…そして何よりも、そのなんというか…不気味な笑顔が怖いので大丈夫じゃない。
だめだ。
そう姫神は判断した。
だから、
『…悠二、この話はまた明日だ。今夜はもう眠るがいい。どうせ明日も何の用事も予定もないのだろうしな…。さぁ、もう寝ろ』
立ち去り際にぽんと後ろ手に肩を叩いてそれだけで一瞬のうちに悠二を眠りへ誘うと電気をささっと消し、襟首を引っつかんでずるずると布団まで引きずって行ってやった。
布団まで運んでやってから悠二の手に握られた悲惨な姿のみかんに目がいった姫神は、しばしの間それとにらめっこを繰り広げ、そして…負けたという感じに口をへの字に曲げると濡れタオルを用意して後始末をしてやる。
『まったく世話の焼ける奴だ…こういうところは昔と変わらんな…』
既にもう寝息を立てている寝顔に憎らしい奴めが…と小言を吐きつつも丁寧に手を拭いてやる姿はさながら子に手を焼く親のようである。
『………』
手を拭いてやりながら、その手の大きさにふっと優しい笑みが浮かぶ。
『これほどによく…随分と大きくなったものだ…こやつも』
あのころの子供はどこに行ったのやら…。
変わらないと言えば変わらないし、変わったといえば変わった――。
会うたびに笑って手をひいてくれたあの子供の小さな手は、しばらく見ないうちに自分のそれより大きくなっていた。
『…人くさいことを』
神のくせして考えすぎだ。
妙な感慨を久しぶりに思い出した夜だった――。