付き神
ミーンミーン…。
セミがどこかで鳴いている。
姿こそ見えないが割と結構近くにいるらしいのがなんとなくわかった。
「あっつ…」
悠二は制服の第一ボタン第二ボタンとはずして、制服をパタパタとし、自身へ少しでも風を送り込む。
額を流れる汗が頬を伝い、首筋へと落ちていく。
悠二は気持ちが悪いなと、顔を顰めたが生憎とそれらを拭えるタオルを持ち合わせていなかったため、そのままだ。
『ゆ…う、じ……――』
悠二はふと、誰かに呼ばれたような気がして空を仰いだ。
空はさすが田舎なだけあって都会よりも青く澄み切っている。
「…?」
悠二は首をかしげた。
僅かで微かにだったが、確かに自分は誰かに名を呼ばれたのだ。
呼ばれたはずなのだ。
上の方から声がしたと思ったのだが姿が捉えられず、視線を元に戻すと、念のため辺りをきょろきょろと見渡す。
だが、やはり悠二の目には誰の姿も入ってこず、ただ見えたのはどこまでも広がっているような田園だ。
悠二は不審に思い、首をかしげた。
おかしい。
確かに声がしたのだ。
男なのか女なのか判断しがたい声だったが、誰かが…何かが呼んだんだ。
『ゆう、じ………』
「!!」
まただ。
声がした。
悠二を確かに呼んでいた。
だが、一体どこで――?
「……――!!」
まさか――…。
悠二はゆっくりと、顔を上に上げた。
上の…自分と空の間で何かが、居た――?
ごくりと息を飲んで、悠二は己の上に目を凝らした。
「…なにも、いないよな…?」
あげた目線には何も映らなくて、けれど悠二はほっといつものように安堵できずに視線を元に戻した。
この村に来てから不可解な声と不気味な影、四六時中感じる舐めるようなねっとりとした視線それらと転校先に大分慣れた頃、それはもう秋だった。
突然、友達の背後に視えた影。
それは悠二が夜うなされる原因の存在で、悠二はそれを背にはべらせている少女に青い顔で言った。
「千歳…何つれてるの、それ――」
「付き神。…もうひとりの私だよ」
そう言って千歳がにこりと笑ったと同時に、背後の黒い影は千歳そっくりな人へと姿を転じ、ついと指をうごかした。
「!」
『そんなに驚かなくともよいだろう、玉木の者よ。私は付き神、影のもの。…お主にもついておろう、わかっているのであろう?もう一人のお主が』
その驚愕の言葉に悠二は目を見開いた。
愕然とした表情でその場に立ち尽くす悠二からすぅと、黒い影が伸びて千歳の付き神に呼応するかのように人型が現れる。
にたにたと笑う千歳の付き神に対し、悠二から出てきたもう一人の悠二――付き神は気だるそうに欠伸を漏らすと、冷たい色をした瞳を剣呑に細めて一言言い放った。
『…軽々しく我の器に話しかけるな下衆が』