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抱き寄せて、キスをして  作者: 友崎沙咲
vol.4
4/7

喧嘩と裏切り

「白石、お前、ちゃんと食ってるのか?」


は?


チラリと私を見た後に、思いがけない言葉を投げ掛けて、三崎課長は手元の資料に視線を落とした。


「なんですか?」


「最近、痩せたようだから」


「…………」


なに、この会話。


確かに、私は最近痩せた。


3キロは痩せたんだけど、それを三崎課長に指摘されるとは。


「もう上がりだろ?飯でも食いに行かなかいか?おごってやる」


「え?」


私は企画部のオフィスを見回した。


金曜日は残業手当がつかないため、私と三崎課長以外誰もいなかった。


「間抜けな声を出すな」


いやだって、正気か、この人。


「二人で、ですか」


私がそう言うと、三崎課長はスッと立ち上がり私を真っ直ぐ見つめた。


「嫌か?俺と二人だけは」


……それはこっちの台詞だよ。


三崎課長……、三崎翔矢は、私よりも7歳上の32歳。


仕事は出来るし、スラリとした長身と涼やかなイケメンのせいで、社内の女性から圧倒的な人気がある。


けれど、何故か『俺に寄ってくるなオーラ』があからさまに出ているものだから、皆、指をくわえて見ている感が否めない。


そんなイケメンが、私と二人で飯?!


しかも課長は普段から私に冷たい。


加奈ちゃんとか、菜々子先輩には優しいのに、私には冷たいしニコリともしないのだ。


もしかして私、リストラなんだろうか。


「課長……もしかして私、首ですか」


私が上目遣いでそう言うと、彼は一瞬口をポカンと開けて、すぐに眉を寄せた。


「バカか。お前を首にしたら、大打撃だ」


「へ?」


「飯食いに行くぞ。早く支度しろ」


「はい……」


◇◇◇◇


二人で会社を出て並んで歩いていると、不意に課長が身を屈めて、私の顔を覗き込んだ。


「寒くないか?」


「はい」


「何が食いたい?」


私は課長をマジマジと見つめた。


「大丈夫ですか?」


課長は、あからさまに眉を寄せた。


「お前、失礼なヤツだな」


私は立ち止まった。


「白石?」


「……いえ、なんでもないです」


だって、不気味なんだもん。


課長は相変わらず眉を寄せたまま私に歩み寄ると、ガシッと手を握った。


「希望がないなら、俺の行きつけの店、連れていく」


うわっ!


グイグイと手を引かれて、私は三崎課長の行きつけの店へと入った。


「座れ」


「はい」


大通りから一本北に入った、狭い通りを更に北に入り、路地裏に進んだ先にある料理処。


「何でも好きなものを食え」


「はあ」


……多分、会話が弾まない気がします……。


私は何だか物凄く居心地が悪かったから、課長に思いきって言った。


「課長、お酒飲んでもいいですか?」


三崎課長は私を見つめると、フッと笑った。


「いいよ」


ドキンとした。


だって、『いいぞ』じゃなくて『いいよ』だったから。


課長は、私に会社の顔とは違った顔を見せた。


何だかそれが新鮮で、結構楽しかった。


「課長、ごちそうさまでした。課長、お酒強いですね」


店を出て大通りを目指しながら、私が悪戯っぽく笑うと、課長は綺麗な顔を私に向けた。


「弱く見えてたか?」


「ははは。そんなこと、考えた事ないですよ」


「考えてくれないか、これから俺の事」


「は?」


二人だけの路地裏で立ち止まり、ボケッと課長を見つめていると、課長はあからさまに嫌そうな顔をした。


「お前、鈍いのか」


……鈍いんじゃなくて、あんたがビックリさせてるんだよっ。


「そんなに見つめるな」


言うなり課長は、フワリと私を胸に抱いた。


「アンナ」


ドキンと鼓動が跳ねて、私は課長の胸の中で身動ぎした。


「心の中で、ずっとそう呼んでた」


早鐘のような心臓が煩くて、どうしたらいいか分からなくて、私はただただ課長の厚い胸に抱かれていた。


路地裏まで聞こえる何処かの音楽が、やけに良く聴こえる。


「アンナ、好きだ」


「か、課長……あの、あの私」


課長が僅かに身を離して、私の目を覗き込んだ。


「ん?なに?」


課長の涼やかな瞳と、通った綺麗な鼻筋。


それらが凄く近くにあって、私は不思議な気がしてならなかった。


「みんなに、見られます」


「かまわない」


かまわないのかよっ!


私はどうすりゃいいのーっ。


もう、恥ずかしいわ不思議だわで、私はアタフタと狼狽えた。


そんな私を見て、課長は照れたように笑った。


「この間の、サンプルの件、寺田から聞いたよ。頭ごなしに悪かったな」


わたしは、首を振った。


「いえ、あれは私のミスです」


課長は、思いきったように言った。


「ずっと、お前が気になってた。俺との事、考えてみてくれないか」


課長との事……?


「は、い……」


そうしか、言えなかった。


課長は私の額に唇を押し付けてから、体を離した。


「送るよ」


「ありがとう……ございます」


それから私達は、まるで散歩をするようにゆっくりと歩いた。


課長は私の手を離さなかったから、私も素直にそのまま歩いた。


街はとても賑わっていて、手を繋いで歩く私達を、誰も気にしてはいなかった。


街路樹に絡められたライトがとても綺麗で、なんだか私達は恋人同士みたいだった。


「課長、もうここで結構です。ありがとうございました」


いつも新太と別れていた交差点で、私は課長にそう言った。


「そうか。じゃあ、また明日」


「はい」


課長は私の手を離さない。


「あの、課長?」


「アンナ」


「……っ!」


勢いよくその手を引かれ、私は課長に抱き締められると同時に、キスをされた。


唇に課長の大きな唇が重なり、私は眼を見開いく。


多分、3秒くらい。


「おやすみ」


課長は、少し微笑んでから踵を返した。


私は暫く呆然とその後ろ姿を見つめていた。


どれくらいそうしていたのかは、分からない。


だけどなんだか急に寒くなって我に返った。


……帰ろ。


ゆっくりと体の向きを変え、私はトボトボと歩き出した。


交差点を渡ると、大通からそれる為か、人通りが極端に減る。


その時、街路樹の脇から見知った顔が現れた。


背が高く、ボサボサ頭の眼鏡のアイツ。


「新太?!なにやってんの?」


なんだか凄く久し振りな気がしたから、私は少し笑った。


「なんか、久し振りだよね。どうしたの?」


新太は何故か黙りこくったまま、私の真正面に立ち、唇を引き結んでいた。


「なに、どーしたのよ?今日は加奈ちゃんと一緒じゃないの?」


新太は答えない。


私は新太の腕を掴んで揺すった。


「ねえ、新太ってばっ」


それから新太の眼鏡越しの瞳を見上げる。


「新太?!」


「アンナって三崎課長嫌いじゃなかった?なんでキスしてんの」


新太の声は低く、冷たかった。


「へ?」


私はビックリして、新太の腕から手を離そうとした。


その手を素早く新太が掴んだ。


「なあ答えて、アンナ」


「新太?」


「アンナってば。なんでキスしたの」


口調は静かだけど、怒ってるのが私には分かる。


「新太?私からキスしたんじゃないよ、されたんだよ」


「関係ない!キスしたのは確かだろ?!」


新太が声を荒げた。


私はビクッとして肩をちぢめた。


混乱して思わず息を飲む。


だって、なんで新太が怒るの?!


なんで怒られてんの、私。


「なに怒ってんの」


驚きのせいか声が掠れたけど、そんなのどうでもいいといったように、新太は私を引き寄せて至近距離から睨んだ。


「拭け」


「え?」


「唇、拭けって!!」


新太が私の首に片腕を回して、もう片方の袖を私の唇にあてがうと、乱暴に擦った。


「痛っ!痛いよ新太っ!」


袖との摩擦で、私の唇は一気に熱くなった。


「痛いってば、新太っ!」


その時、新太が乱暴に私の頬を掴んだ。


眼鏡の奥の瞳が苛立たしげに光っていて、私は眉を寄せたまま、それを見つめた。


「俺とのキスより、良かった?それとも、もうヤったわけ?感じた?イッた?」


「し、ん」


ヒリヒリと痛む私の唇に、新太が自分の唇を寄せて乱暴に塞いだ。


嘘でしょ。


私は暴れた。


ふたりに距離が生まれ、唇が離れる。


私はすかさず叫んだ。


「加奈ちゃんに悪いって思わないの!?」


「思わない」


斬って捨てるように、新太が冷たい声を放った。


「な、んで」


新太はこんな人だった?


出来たばかりの恋人を裏切るような男だった?


なんなの?なんで?


「新太、どうしたのよ!?変だよ、新太。私達はもうそんなんじゃないでしょ?」


新太は拳を握りしめたまま、私から顔を背けた。


「あんた、加奈ちゃんと付き合ってるんでしょ?!なのに、こんなのダメじゃん!」


「俺の事はどうでもいい」


はあっ!?


「どうでもよくないわ!加奈ちゃんと」


私の言葉を新太が遮った。


「三崎課長と付き合ってんの?」


「付き合ってないよ」


新太が意地悪そうに笑った。


「じゃあ、なに?俺に恋人が出来たから、三崎課長が、代役って訳?」


「はあっ!?」


新太が一歩ずつ私に近付く。


「愛とかないのに、一緒に飯食って、DVD観て、買い物行って、セックスすんの」


新太が再び私の二の腕を掴んだ。


「答えろよっ!」


「いい加減にしろっ!!新太のバカッ!」


新太が、我に返ったように眼を見開いた。


「新太……」


新太は小刻みに頭を左右に振ると、苦しげに顔を歪めた。


「アンナ……」


足早に新太は去っていってしまい、私はガタガタと震える体を自身の腕で抱き締めた。


ポツポツと雨が降り始めていたが、私は全く気付いてはいなかった。


◇◇◇◇


翌日、私は加奈ちゃんの眼を見れなかった。


加奈ちゃんの恋人である新太と、キスをしてしまったから。


加奈ちゃんはいつもと変わらない様子だったけど、私は必要以上に彼女と関わることはなかった。


三崎課長もいつも通りで、彼を見ていると昨日の事が嘘みたいだった。


……今日は早く帰って寝よう。


何だか疲れてるし。


……総務課、行かないと。


私はパタンナーとの打ち合わせでいない菜々子先輩の為に、領収書を総務課へと届けに向かった。


エレベーターが私達企画部のある3階に止まり、扉がゆっくりと開いた瞬間、私は息を飲んで硬直した。


エレベーターの中に、新太がいたから。


新太に言われた言葉が甦る。


『 愛とかないのに、一緒に飯食って、DVD観て、買い物行って、セックスすんの』


新太も私を見て僅かに息を飲んだ。


今エレベーターに二人きりはキツイ。


私は素早く踵を返した。


階段に向かいながら、唇を噛み締めた。


……なんでこんな事になっちゃったんだろ。


新太に恋人が出来たから?


その恋人が、加奈ちゃんだったから?


私が三崎課長に告白されたから?キスされたから?


どれも違う気がするし、どのせいにも思える。


新太と、もう二人で会うことはない。


鳥姫で、焼き鳥を食べビールを飲み、愚痴をこぼし合うことも。


そう思うと、胸がグーッと重かった。


◇◇◇◇◇


週末、私は街に出掛けた。


理由は……三崎課長に、映画に誘われたから。


独りになると、新太と仲たがいした事ばかり考えて、苦しくなる。


お互いに長い間恋人がいなかったために、馴れ合いすぎたのだ。


けれど、新太には恋人が出来た。


もう、友達以上の関係は終わりにすべきだ。


三崎課長の誘いは素直に嬉しかった。


だって気が紛れる。


新太の事を考えなくてすむ。


劇場の前で、三崎課長の姿を見つけた。


「課長!」


私が走り寄ると、課長は決まり悪そうに口元に忙しなく手をやり、私を困った顔で見た。


「課長はやめろ」


「あははは!すみません。三崎さん、何が観たいですか?」


私がそう言うと、課長は人混みも気にせずに私を引き寄せて、腰に手を回した。


「いつか、翔矢って呼んでくれるか?」


「か、ちょう……」


「アンナ」


課長が綺麗な唇を私の頬に寄せた。


「んっ、くすぐったい」


思わず首を縮めた時、信じられない光景が眼に飛び込んできた。


加奈ちゃんがいたの。


彼氏と。


腕を組んでにっこり笑っている加奈ちゃんは、相変わらずウルウル系女子だった。


でも、違ったの。


彼氏が、新太じゃなかった。


動揺する私になどまるで気付かず、加奈ちゃんは、彼氏にキスをされてフワリと微笑んだ。


「アンナ?」


「あ、ごめんなさい!」


私は我に返って三崎課長の整った顔を見た。


「私、なんでもいいですよ」


「じゃあ、これにしよう。時間も待たなくてすみそうだし」


「はい」


いつの間にか、加奈ちゃんの姿は消えていた。


私の動揺は、映画中も収まらなかった。


……まるで意味がわからない。


なんなの?!


加奈ちゃんが新太に告白して、二人は恋人同士になったんだよね?


まだ、飽きるような段階じゃないでしょ?


なのに、なんで他の人とイチャついてんの!?


意味分かんない。


加奈ちゃんが、二股掛けてるの?


だとしたら、許せない。


新太に、そんな事するなんて、許せない。


確かめなきゃ。


確かめなきゃ。


私は加奈ちゃんに真相を確かめる決心をした。

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