恋人の正体は
週末。
暇だなー。
合コンの予定もないしなあ。
いつもなら、仕事帰りに新太と鳥姫で飲み、帰り道にあるTSUTAYAに入ってお互いに借りたい作品を1枚ずつ選ぶのが常だ。
けれど、そんな日はもう来ない。
新太に恋人が出来たから。
あれ以来私は、新太と会っていなかった。
LINEのやり取りもない。
やっぱり、恋人が出来たら、馴れ馴れしくするのはよくないと思うから。
……そういや新太の恋人って、どんな人なんだろう。
社内恋愛かな。
……なんで私、聞かなかったんだろう。
興味なかったとか?
いや、そうじゃない。
けど帰り際で、あまり長くその事について話す雰囲気でもなかった。
しかも新太は、恋人について大して話したくはなさそうで。
…………。
新太が、どこか遠く離れた場所へ行ってしまったような感じがして、私は少し驚いた。
それから立ち止まり、歩道の真ん中でブンブンと頭を振る。
いやいや、同じ会社だし、家も近いし。
会おうと思えばいつでも会えるわ。
外食って気分でもないし……今日は自炊しよ。
私はスーパーに寄ると食材を買い、家へと帰った。
◇◇◇◇
「アンナ先輩、近頃は残業ばかりですね」
「んー?まあね。やること無いし、忙しいしねー」
企画部は大抵忙しい。
私みたいな暇人にはもってこいだ。
「アンナ先輩……すみません、今日はお先に上がらせていただきます」
「お疲れさま。また明日ね」
加奈ちゃんは私にペコリと頭を下げると、スマホを取り出して操作しながらオフィスを出ていった。
……デートかな。
いいなー。
二時間の残業を終えて会社を出ると、私は鳥姫に向かった。
軽く食べて軽く飲んじゃおう。
「こんばんは」
そう言いながら暖簾をくぐった時だった。
新太と最後にここで飲んだ狭い座敷に、加奈ちゃんがいた。
店員が私にかけた『いらっしゃい』の声に、加奈ちゃんはふっと顔を上げてこっちを見た。
彼女の顔が驚きに満ちてゆき、やがてその表情に気づいた連れの男性がゆっくりと振り向いた。
新太だった。
嘘。
新太の、恋人って。
私は何故か頭が真っ白になった。
けど咄嗟に歩を進め、店員に促された席に着いた。
幸いにもこの席から、新太と加奈ちゃんの姿は見えない。
異常に鼓動が早くて手が冷たくなってきて、私は暫く動けなかった。
……新太の恋人は、加奈ちゃんなんだ。
どうなって、そうなったの?
加奈ちゃんは企画部で、新太は海外事業部。
接点はあまり無い。
だとしたら飲み会とか、そういう系?
新太から加奈ちゃんに告白したんだろうか。
それとも加奈ちゃんから?
知りたい、知りたい!
胸がゾワゾワする。なんなのよ、この感覚は。
「アンナさん、ビールでいいの?」
顔見知りの店員……山本君にそう言われて、私はハッとした。
「う、うん。それとツクネ4本と、唐揚げ」
グルグルグルグルと、新太と加奈ちゃんの顔が浮かび、私はどうやって二人が恋人同士になったのかが気になって仕方なかった。
やだ、なんでこんなに気になるわけ?!
多分新太の恋人が、私とは性格的に真逆の加奈ちゃんだからだ。
やっぱり新太も、あーゆー、『ウルウル可愛いオーラ系女子』が良かったんだ。
そう思うと、胸の中が変な感じだった。
いやいや、新太は、私にとっても恋愛対象外だし。
お互い様だから。
最初から、私と新太はそういう話だから。
どちらかに恋人が出来たら、解散。
当たり前だから。
まだ日が浅くて慣れてないんだよね。
だから私、なんか変なんだ。
そう、多分。
◇◇◇◇◇
「アンナ先輩、おはようございます」
翌日、加奈ちゃんはニコニコしていた。
いや、いつもこのウルウル女子はニコニコしているんだけど。
「おはよ」
「先輩、昨日は……」
加奈ちゃんが少し言いよどんだ。
だから私は、
「中山君が、加奈ちゃんの彼氏?」
加奈ちゃんは私を見てゆっくりと頷いた。
「へえー、加奈ちゃんから告白したの?」
加奈ちゃんは私を凝視したまま、再び頷いた。
「そーなんだ。よかったね」
「…………」
「加奈ちゃん?」
「は、はい」
私はちょっと笑った。
「大丈夫!?安心して!そんな根掘り葉掘り聞いたりしないから!」
加奈ちゃんはぎこちなく笑うと、斜め前の自分のデスクへと歩を進めた。
……そっか。
加奈ちゃんは新太を好きだったんだ。
で、新太も加奈ちゃんとなら付き合ってもいいかなって思ったのかも。
そっか。
私は誰にも気付かれないように大きく息を吸って、そっと吐いた。