言葉の暴力?
伝「今更いろいろと、遅いよね」
巫「うん、私もそう思う」
伝「基本的に神様って呼ばれる人って、ロクな人格してないもの」
巫「後から登場する太陽もどこかおかしいもんね」
太(飛び入り参加)「―――ぐさっ!」
伝「んっ? あれっ、そんな所でなにを落ち込んでるのよ~~ほらほら、元気出しなさい」
巫「笑いながら言ってもなあ~」
部屋は壁一面が本で覆われており、床にはこの国では珍しい畳が(贅沢だ)敷かれている。
その片隅に小さな机と座椅子が一組。捜していた人物は俺たちが入って来た扉を背に、そこに座っていた。服装もまた珍しく、着物――着流しだ。
机に頬杖をして、黄昏れる老人がいる。切なげな眼差し。口から漏れる小さな息。
哀愁漂う後ろ姿。似合わないその姿に回れ右したくなる気持ちをグッと堪える。
「ひもじい~な~」
老人の口から零れた切実な想い。それに呼応するかのように、お腹からぐうぐうと音が鳴り始める。―――とりあえず、後ろ頭を叩いてみた。
「いたっ―――なんじゃ、お前はっ!」
スパンっという小気味良い音と共に、後ろを振り向くおセンチな老人。
―――俺は思ったままを口にした。
「強盗だ。金目のモノを出してもらおうか?」
「違うでしょうっ!」
いきなり後頭部を彼女に叩かれ、我に返る。
「それを言うなら、『地下の食糧庫にいけば沢山食べ物があるんだから、面倒臭がらずに自分で料理をしろ!』でしょ?」
「おお、そうだそうだ。思わず本音がダダ漏れしてしまった」
いくら普段から金欠とはいえ、昨日もお金が無くて真夜中の狩猟をする羽目になった事に対する鬱憤が溜まっているとはいえ、この様な事を考えていては人格を疑われてしまう。
「無表情に、淡々とした口調で脅迫しよって・・・・・普通に怖かったぞ?」
座椅子の上でビクビクと震える老人を見下ろす男が一人。端から見れば、虐待の図にしか見えない。そう・・・・・・あくまで、第三者から見た場合だ。
実際には恒例の顔見知り同士のじゃれあいだ。
「本人から見ても、虐待にしか見えんわっ!」
「嘘吐け。あんたに怖いモノがあるとは思えんな。ましてや、俺みたいな小物に震え上がるなんて信じられん」
だからこそ、遠慮なく叩けたのだ。これでも、弱い者いじめはしない主義・・・だと思う。
「・・・・・・やれやれ、ノリの悪い奴じゃな」
自分で初めておいてあれだが、これ以上ノったら、際限なく付き合わされる。
先程まで怯えていたのが嘘のように、急に気の抜けた顔になると後頭部をさすり始めた。
「それで・・・・・・何のようじゃ?」
「おいおい、あんたが呼んだんだろうが? 何なんだ、あの変な手紙は」
「えっ・・・・・・!?」
後頭部に手を置いたまま、しばし硬直が続いた。後ろから「ヤーサンみたい」と一言。
このジジィ・・・・・・ボケている。
それでも完全にはボケていないようで、やがて動き始めた。
「おおっ、そうじゃったそうじゃった・・・・・・・・・今日はお前さん方がご飯を料理してくれる日じゃった。いやいや、歳はとりたくないもんじゃっ」
「あんた、今本題を思い出した後、わざと外して己の願望を口にしたな?」
「・・・・・・やれやれ、ノリの悪い奴じゃな」
ノってたまるか。生憎と、他人の食い扶持まで世話する余裕はない。
「お前は知らんだろうが、人生は美味い物を食ってなんぼ。生物は空腹を抱える時間が多いと、寿命が縮むんじゃぞ?」
「良い事じゃないか。これで、世界から巨大な害悪が一つ消える」
腕を組みウンウンと頷いてやると、何だが切なそうな顔をされた。
「そっ・・・・・・そんな・・・・・・」
「簡単な仕事内容だけ書かれた手紙を送りつけて、詳細も報酬も秘密されて、冬の登山をさせられたんだ。嫌みの十や二十は当たり前だ」
心がちっちゃい―――と後ろにいるソフィアから聞こえた気がしたが無視した。それでも強く言わなかったのは、彼女もまた不満があるのだろう。
お互い、一通り言いたい事を言い終わると、しばしの沈黙の後、向こうから嘆息が聞こえた。
ジジィは気怠いままの顔で、ごちゃごちゃした机の上を漁り始めた。
「やれやれ、もう少し老人に優しくしても・・・・・・良いと思・・・うぞ・・・っと、あったと」
ようやくお目当てのモノを見つけ、それをこちらに突き出してきた。
真新しいく薄い本。装飾もなく、紙も薄い。価値は高くあるまい。問題は・・・・・・題名だ。
「『あなたもなれる、立派な神様っ! 十一の心得』・・・・・・」
胡散臭い本だな。店頭に並んでいても絶対に手に取らない類だ。
「今年度から、新しい神の必須アイテムとして用意した」
「著者は・・・・・・『本の虫』?」
この老人、本名ではなくあだ名を使っている。
いくら本名不詳とはいえ、この名前を使わなくても・・・・・・気に入っているのか?
「つまりは参考書か?」
「端的に言えばのう。お前、教えるべき内容を考えて整理するとか、面倒くさい事が嫌いじゃろ?」
それはそうなのだが、正直、教えるべき内容が最初から定まっていると面白くない。
大体、どんな神になるのかなんて個人の自由だ。
「まあ、役に立たないと思ったら捨てればいいか」
「おいおい、本人を目の前に何をいっとる?」
「・・・・・・っていうか、俺はまだ仕事を受けるとは言ってないぞ。経緯と詳細を詳しく話せ」
そう言うと、ジジィはやや不満そうな顔をすると、筆とメモ紙を持ち出し、何かを書き出した。
「仕事を受けるかどうか、ワシに訊くより本人に会ってみろ。そこで判断すればいい」
「おいおい」
メモ紙には、恐らくその神の宿泊先と、本人の簡単な特徴が書かれていた。
「随分と手を抜くじゃないか」
「ワシは今、空腹で限界なんじゃよ。これから食料庫へ行って、手軽に食えるモノを発掘しに行ってくる」
「妥協するつもりなら、不気味な顔で黄昏るな。さっさと食いに行けっ」
それだけ言うと、フラフラとした足取りでジジィは奥の部屋――台所へと向かう。
「後はあれじゃな。本人の強い希望でお前にして欲しいと頼まれての。今回のワシはただの仲介人。払うべき報酬も本人と相談してくれ」
「えっ・・・・・・・・・?」
一瞬、理解不能な文章に我が耳を疑う。え~と・・・俺を指名?
「俺は同族内のはみだし者だぞ。そんな奴を教育係に指名だって? 正気か」
まさか、良い反面教師だから――なんて理由ではあるまい。本人の希望がすんなり叶ったと思って良いのか? 他の奴らはどうしたんだ?
「あ~~くそっ、考えがまとまらんっ!」
「随分とイライラしてるわね」
「寝不足なんだよ」
「ああ、なるほどね」
『だから、本の虫と話す時にあんなに態度が悪かったのか』――などと、続けて聞こえた。