そこに山があるよ・・・・・・
伝「雪山登山って、毎年のように遭難者が出るけど、なぜそれでも人は山に登るんだろうね? 理解出来ない」
巫「いやいやいや、あなた定期的に登っているじゃない?」
伝「仕事ならね。趣味で登るのは御免だわ。大体山なんてのは、下から眺めるのであって登るもんじゃないわ」
巫「口ではああ言ってるけど、内心では彼と一緒なのか」
伝「あたりまでしょ。ただ、男が弱音を吐いている時は、女はその尻を叩くのが役目なだけ」
巫「なっはっはっは、ホントに愛しているんだね~~~」
伝「…………」
大陸と一言で呼んでも、大きさは様々だ。
しかし、俺がいるこの大陸はそれなりに大きな方だろう。なにしろ、大陸の西と東では、気候も動物の生態も、人種も異なるのだから。
国土の七割を荒野が覆い、僅かな水を求め、川沿いに寂れた町が点々と居並ぶ東。
水と緑に恵まれ、栄えている街も多く、とても住みやすい。しかし、冬はとても厳しい西。
そして、国土の全てが山脈を占め、主だった産業も無く、東西の人や物資の搬送を生業にしている中央。
そして俺は今、中央の北側西よりに住んでいた。目指すべき図書館もまた近くにある。
「頼み事があるならそちらから来るのが常識だろうに」
はっきり言って、俺は冬の登山が嫌いだ。例え、家が山の付近にあっても。例え、登り易い道が舗装されていても。例え、夏だったとしても嫌なモノは嫌だ。
「何時までも愚痴の多い男ね」
「お前と違って、俺は寒いのが苦手なんだよ。男は女よりも脂肪が少ないんだぞ」
愚痴を言いながらも歩みを緩めたりしない。もたもたしていたら日が暮れて下山しにくくなる。
唯一幸いなのは、まだ雪が降り始めていない事だろう。
もしも降っていたら、凍った地面が足を滑らせて登りにくかった。その代わり、風がモノ凄く冷たく、頬が痛い。
「大体、老人を動かそうとすると色々と面倒よ。転んで寝たきりになられても困るし」
「あれがそんな貧弱な存在か? 単に引き篭もりなだけだろ」
あのジジィとの付き合いはそれなりに長いが、あの図書館以外で顔を合わせた記憶が無い。
他の人の話を聞くと、一応定期的に新巻を買いに外出しているらしいが、見た事が無い。
「おお、建物が見えてきたわね」
彼女の声に視線を上げてみると、道の先に場違いとしか思えない大きな図書館が見えた。
昔、一度だけジジィに訊いた事がある。何故、こんな所に図書館があるのか――と。
彼はそれに対して『ワシは人が多い所が嫌いなんじゃ』――と答えた。
それはつまり、この図書館はあなたが建てたという事か?―――疑問には思ったが、すぐにどうでもいいかと思い、その質問はしなかった。
その代わりに口から出た言葉は、「あなたの一人称少しワザとらしいな」と言ったぐらいだ。
見上げると立派過ぎる建物が一棟。
こんな所に建物を建てる建築屋さんの酔狂を称賛しながら、毎年誰が屋根の雪下ろしをやっているんだろうと疑問に思いながら、扉を潜る。
「室内は暖かいな。どんな暖房器具は使っているんだ?」
重い扉を開き、広々とした館内に入ると、中は程よく暖かい。
どれだけの薪を燃やしているのか。この広さを全て暖めるなんて、必要性をあまり感じない。
「力を使って暖めているんじゃない?」
「無駄な事に使う人だ」
確かに俺には、ここまでの力はないけど。羨ましいだなんて思わない。
「あなたも大概だと思うけどね。方向性は若干違うけど」
「…………」
そもそも、本を大量に保管してある場所で火の気はなるべく避けたい。館内では燭台の一つも無く、窓から差し込む日の光以外、光源が存在しない。
「そう考えれば、別段おかしい話ではないか」
しかし、日暮れまであと少しという時間帯では、本当に暗い。この状態で、どうやって本を読むのだろう?
「つまらない事を気にしてないで、本の虫を探すわよ」
「虫なら暗がりでも探せばいるんじゃないか。八本足のアイツが――って、すみません。真面目に探します」
「………はあ」
溜息を吐かれてもね。こう暗いと老人一人見つけるのも困難だ。それに目を凝らすと、床一面に本が散らばっている。
普段はもう少し片付いてみる筈なのだが・・・・・・・・
そもそも、来客があれば、普通顔ぐらいは出すものじゃないか?
「奥の部屋で寝ているのかな?」
建物の奥には、生活スペースが用意されている。あの老人は時間のほとんどをそこで過ごしている筈だ。
「本を踏むとあとでうるさいんだよな~~」
慎重に、転ばないように、奥へと向かって進む。
「とかいいながら、普通に踏んで歩いてるじゃない?」
「散らかす奴が悪い」
それに、この図書館は土足厳禁なので汚す事もない。黙っていれば、多分バレない。
「微妙に足跡が残ってるわよ? 圧迫すればこうなるわよね」
「過ぎ去った事は忘れよう。あのジジィだって、次に来るまでには忘れるだろう」
色々と面倒事を回避しようと苦労して初冬の登山をしたら、違う面倒事が増えた。
奥へと続くドアの前に辿り着いた。ドアの隙間から僅かだが光が漏れている。やはり、外出してはいないようだ。
後ろを振り返ると彼女は呆れた顔をしていた。
「ソフィア。一つ訪ねるが、お前は本を踏んだのか?」
「踏む訳ないでしょ。面倒事はゴメンこうむるわ。あの老人は自分のズボラさは棚に上げて、人を責め立てるのが好きだからね」
最悪だな・・・年寄りという生き物は・・・・・・
「まあ、どっちもどっちだと思うけどね」
「・・・・・・さて、一応ノックしてから入るか」
それが大人としての最低限のマナー。それは、あの老人にも適応されるであろう。
「ドアを突き破るぐらいの勢いで、ノックしてみようか?」
「そんな事しても、あんたの拳が痛くなるだけだよ?」
それは嫌だな。俺は基本的に、痛い事はなるべく避けたい。
・・・・・・・・・ノックをしてしばし待つ。だが、いくら待てど返事はなし。
「邪魔するぞ」
一応、大人のマナーは守ったので文句を言われる筋合いはない筈。
返事を待たずにドアノブを回し、手前に引く。
ドアは軽い音を立てて手応えなく開いた。
・・・・・・・・・そして、部屋の中を覗いて俺は絶句してしまうのだ。