人と人は想いで繋がる
伝「クモが巣を作る現場をジッと観察した事があるけど……」
巫「あっ、この人本編ではあえて個体名を述べるのを避けていたのに、数年後になったら克服した?」
伝「こらっ、それじゃああたしがまるでクモが嫌いみたいじゃない。確かに特別好きじゃないけど、せっせと巣作りをする姿が可愛く見えたのは事実かな」
巫「へえ~」
伝「等間隔に横糸を張る為に一度中心に少し戻って、一歩外側に歩いてから接着する。大変な手間だけど、その合理的な動きが見てて楽しかった」
巫「ちなみに、そのクモの巣はどうしたの?」
伝「もちろん、壊したわよ。だって、人様の通り道に作るのだもの」
巫「だと思った」
本の虫―――人種、本名不明。大陸を東西に分ける山脈の中腹。
そこに大きな図書館を造り、一年中住んでいる白髪の変な老人。
―――もっとも、俺たちはあの変な老人の正体を知ってしまっている。
色々と納得出来ないモノがあるが、俺の先輩であり、同郷の人だ―――と思っている。
一日中、中で何をやっているのか、覗けば大抵どこかの本の翻訳活動をしている。
本を愛し、本に埋もれた生活をする老人。―――出来れば、関わりたくない人種だ。
そんな人物を、俺たちは敬意と憐み? をもって『本の虫』と呼んでいる。
「嫌な予感がするなあ」
手紙を開く勇気が無い。というより、気力が無い。更に言えば、義理も無い。
「いや、義理はあるのかな……?」
「だけど、関わらなければ後でもっと大変な事になるのよね」
あの老人の依頼は厄介だが、放っておくともっと厄介な事になる。
それを経験で学んでいるので、愚痴を言いながらも引き受ける心構えを取る。
――――というよりも、諦めの境地に達しようとする不幸な自分を慰めるのだ。
「それで……依頼…内容……は」
「新しい神の教育係りよ」
手紙を開くよりも前。あっけらかんと、軽い口調で言った彼女の言葉に、俺は我が耳を疑ってしまった。
「一体どこのモノ好きが、俺なんかに頼んできたんだ?」
神とは何か―――と云うと、答えは千差万別。
共通認識だけを述べれば、国造りをするにあたって。また、国を維持するにも、必要な要素の一つ。
その神の力を持つ存在は、定期的にその国々で生れ落ちる。
目覚めたばかりの神は力が不安定な事が多い。その上、神としての自覚も無く、放って置けば暴走し、災悪をもたらす存在になる。
そのような事態にならないよう、教育係をつけるのが通例なのだ。
「もう一人は起こさなくていいのか?」
出立の準備を終え、外へと続く扉に手を掛けてから、未だ自室から出てこないもう一人の人物を思い出し、後ろにいる彼女に振り返る。
「あれを起こすと後が大変だからね。あなたが責任を負うというのであれば、止めないけど?」
「ははははっ、冗談だよ………」
意地の悪い微笑みを浮かべくれる彼女。
その笑みに、俺は乾いた笑い声しか出ず、小さな溜息を吐いた。
あの子がいると何かと便利で役に立つのだが……夕暮れになれば起きてくるだろう。
一応、書き置きと食事は残しているから。放って置いても大丈夫な筈。
そのまま力ない足取りで扉を開け、寒い寒い外へと足を踏み出す。
頭上に見える太陽。眩し過ぎるその姿は今、雲に隠れて良く見えない。それでも眩しさに思わず立ち止まる。
―――そして、二歩三歩と足を進めてみた。
当たり前だが、外の世界は家と違って冷たい風がイイ音を立てて吹いていた。
そして、やっぱり当たり前だけど外は本当に………本当に、寒い。
「不可解だよな、あの依頼? どうして俺が教育係に選ばれたんだ?」
それは当然の疑問だった。俺以外でも適任者は沢山いるだろうに。
むしろ、俺が教育係になったらいらぬ悪影響を及ぼさないか?
とりえあず、帰って寝直そうと後ろに振り向く。
「一番暇そうだからでしょ? あまりの寒さに回れ右して帰りたいのは分かるけど、あきらめなさい」
「これでも忙しいと思うんだけどね~~~」
言っていて、自分でも説得力無いと思った。よく考えなくても他の神々に比べて俺は暇な時間が多い。
「とにかく歩こう。立ち止まっていると、凍え死んでしまう」
嫌な季節になってしまったものだ。
本格的な寒さはまだ先だというのに……
まあ体感温度というのは、実際の気温ではなく前日との落差で寒くなったり暑くなったりするそうだ。
つまり、前日も寒かったらそんなに寒く感じない……ような気がする。
「昨日は確か……豪雨の中、ヨミ(現在、ベッドの中で寝てる)と二人で獲物を求めて夜間行軍したんだよな。あれは心底寒かった」
そう考えたら、途端に暖かく感じるんだから不思議だ。
おかげで昼だというのに、本当に眠いんだけどね。
「それじゃあ、詳しい話を聞く為に山の中腹にある図書館に向かいましょう」
「こんな寒い日に山登りか~~~~寒くていやだな」
「あっさり、意見をひっくり返すわね。暖かいんじゃなかったの?」
そんな数秒前の過去は忘れた。再び回れ右して帰ろうとすると、ソフィアの奴に襟首を掴まれ引き摺られ始めた。
「手紙に書かれてた以上の情報が無いの。片道で二時間。日暮れまでには戻って来れるでしょう」
実際、俺も手紙を読んだのだが、あれ以上の情報はなく、淡泊に『新しい神の世話をしろ』とだけ。
暗に会いに来いと催促されている。
何しろ、新しい神が誰で、何処にいるのか知らないのだ。
「そういえば、西大陸の国の神が一柱いなくなったんだっけ?」
「いなくなった……というよりも、行方不明になったの。何処に行ったのかは知らないけど、力を失っているのは間違いないでしょう」
神は一国に一柱ずつしか存在せず、同時に二柱存在する事はめったに無い。
大陸にある国の数を数えると、西に四つ。
東にも四つ。山脈のある中央に二つ。
計、十ヵ国で構成されている。それに伴い、神も十柱まで存在出来る。
ちなみに神は完全に自然発生して生まれる。だから、誰かが計算してそうなっているのではなく、結果的に割合で一国に一柱ぐらいしか生まれないらしい。
「確か、六十を過ぎた爺さんだったよな? 名前が思い出せないけど」
「一応、西では最強(自称らしい)と謳われた人よ。病死でもしたのか、大陸の外の神にでも殺されたのか。それなりに、話題になったでしょ」
殺されたなんて、よほどの事があってもありえない。
もしあったとしたら、いくらなんでも気づくだろう。
「興味の沸く話じゃなかったからな~~。………覚えていない。ただの老衰じゃないか」
上の空でそんな事を言っていると、頭を抱え始めた彼女が、「その頭は何のために付いてるのよ。飾りじゃないんだから―――」などと聞こえたが、もちろん聞こえないふりをした。