これなるは 我がいくさば
太「あっ、やっとこさこの章の主役が登場したね」
雷「そうですね。しかし、前の章でもあなたの出番は遅かったので、取り立てて驚く事でもないかと」
太「いや、確かにそうだけど、狙っていると云う訳じゃなくて、自然とこうなるみたいですよ」
錬「それこそ、風のむくままに書く人だからね、この作者は。それで、ここからやっと話の本筋に入るのかな?」
太「そうですね。これまでは次の章の種まきに勤しんでいましたが」
錬「このネコって、よく私のアトリエに顔を出すんだけど、面白い特技を持ってるのよね」
太「特技ですか?」
錬「ええ、手足を掴んで逆さまにして離すと、当たり前のように半回転して着地するんだけど、何と一センチの高さから落としても綺麗に着地するのよ」
太「ええっ、本当ですか? 雷さんも見た事あります?」
雷「あるというか、己で試しました。さすがに五十ミリでは無理でしたが」
太「うわ~~、妙さんも、しょうもない事をやらされたんだな~」
普通の人はまず立ち入らない、薄暗くも小奇麗な路地裏。そこに、小さな生き物たちが円を描いて座っていた。
その者たちは、黒や茶、縞にシャチ模様と、様々な毛並みを揃えている。
彼らの姿形はいと可愛らしく、が、その眼光は野生味を帯びていた。
「姐さ~~ん」
その輪の中へ、ドタバタと、ネコとは思えない足音を立てながら、なんとも騒がしい黒ネコが近づいてきた。我はそれを、ただ俯瞰して見つめる。
「ミルク、締まらぬ声を出すな。ここは戦場だ」
雰囲気を締めるため、しばし強く睨みつける。やがて、彼女の府抜けた顔が少しはマシになる。
「いや~、まあ~、それは~そうなんですけどね~~~」
それでも、その間延びした声は直らないようだ。まあ、そこは長い付き合い、もう諦めている。
「戦況はどうなっているの?」
「はい、それがあまり~良くありませんね~。西方と東方は~~頑張って逃げていますけど~~北は壊滅~。東も五割の損失です~~」
散々たる戦況、されど我は狼狽えず、報告を続けろと促す。
「やはりか。北は人に懐いている家ネコが大部分。端から勝負は見えていた。東は……」
「東も~やっぱり、家ネコが~半分を占めていますからね~。逃げる以前に~~、飼い主さんの手で~~無料の検診に連れていかれます」
「嫌が応もなくか」
すると、例年通り主戦場は西と南となる訳か。毎年の事とはいえ、この町の人間のネコ愛は些か閉口せずにはいられない。
「毎年~何でこんな事を~人間はやっているんでしょうね~?」
「げに、治療なぞされたい奴だけが、されれば良いだろうに。無理強いするモノではない筈なのだが」
それもまた、人の驕りなのだろうか? すべてを己らの手で掌握しようなどとは……
「そうですよね~~。だけど~、捕まっても~、特に殺されるわけでもないので~、今一つ~~指揮が上がらないんですよね~~~」
そう述べて、二匹で周りを見回す。そこには先程から全く発言をしようとしない幹部が雁首そろって―――目を閉じていた。
「…………存じておる。されども尚、やらねばならん」
そうしなければ、いずれネコがネコとしての尊厳を護る事が出来なくなる。
それを知ってか知らずか、目の前の黒ネコは眠たそうに大きなあくびを一つ。
「南の大将は、この雷ジジィだったな」
このとは、先程から黙して語らぬ白黒の大理石模様のネコの事。前足で指し示す。
町全体のネコの総数は、我でも万事を把握出来ぬほどに多い。故に、毎年全滅だけじゃ免れているのだ。
「あっ、は~い。十五を過ぎても~、未だに若いオスネコを追い散らすのが趣味の~、困ったジジィです~。そのくせ、人間嫌いで誰よりも本気で逃げる事で有名な、臆病ネコでもあります~」
剛毅で臆病。ある意味、理想の大将と云えなくはない存在。性格に多少難ありだが、今となっては彼より古参の者は皆死に絶えたので、抜擢させた。
「去年は大勢の人間に囲まれた際~、ビビッて失禁したらしいので~、今年は奴らを失禁させるぐらいビビらしてやると意気込んでいます~」
「……ヘタを打って、反撃されぬようにな」
注意したところで、あの年寄りが聞くとは思えぬが、釘を刺さねば際限なく暴走するだろう。
「西大将は、攻撃的で正確な有名なこの粘着ババァだったな」
もう一人、これも先程から喋ろうとしない茶色いネコが一匹。前足で指し示す。
「あっ、はい。二度やられたら百回やり返す事が有名な~、困ったババネコです~。幸いなのが~恩は恩で~、返してくれるネコなので~、ジジィより付き合いやすいネコではあります~。今年は~、孫が人間たちのせいで~ノイローゼになったとかで~、毎夜~、犯人の家の窓を爪で引っ掻いては~、嫌がらせをしているみたいです~~」
「……どちらも、程々という事を忘れんように」
報復するのも構わんが、程度を忘れれば人間を本気にさせる。
ネコの本領は、ヤマネコのように人間と距離をとるでもなく、犬のように徒党を組んで人を襲う事もせず、付かず離れずの距離を保ち、倉庫に巣食うネズミどもを食い、適度に媚びを打って生き残る事にある。
そうと考えれば、我の行動は違うとも思われん。
「されど、昨今の若い者の無軌道なる様は目に余るものがある」
「そうですよね~。昔はネコ同士のケンカなんて殆どなかったのに、ケガをしても人が治療してくれると学習してから、バカな争いが多くなりましたね」
バカな争いが多くなった。それは余裕の出来た証であり、平和な証でもある。それを幸せと思うべきか、嘆き悲しむべきか、答えは個々の考えで違うのだろう。
ともすれば、個々の思いを尊重せぬあの人どものやり方はこの上なく好かん。
「やはり、指揮の向上と維持を、如何にして行うかが命題だな」
「そうですよね~」
そう言って、二匹でもう一度、周りにいる発言一つとない者どもを見回す。
彼らは皆、目を閉じて―――ぐっすりと眠っておる。誰も彼も、緊張感の欠片もない姿だ。
「ネコだから~、集会中にも平気で寝ていますね~」
その有様に、深々とため息と共に、全身の力が抜けるのを感じる。
「我には己の意思を人へと伝える事は無理なのだろうか……」
「いや~、姐さんでダメなら、本当に誰にも不可能ですよ~」
――――
「コチさん、まだ具合が悪いんですか?」
「……具合が悪いというよりは、体の使い方を忘れてしまっていると云うのが正しいのだが、少しは良くなったかな」
朝食の後、マルティたちと別れた俺たちは、ノンビリと四人で一般道を船で走っていた。
帆の紐を握っているのはソフィアだが、高速に比べると、揺れも少なく、安定感がある。
それを、アマノはセクハラを受けずに万々歳と喜んでいたのだが……
ソフィアは上半身と下半身を、全くべっこに動かすわざを持っているのだ。
「ねえ、アマノ。足で背中をマッサージしてあげようか?」
「うぎゃ~~! お願いですから、両足でこちらを捕まえて弄らないでくださ~~い!」
「うっふっふっふ……あいたっ!」
「お前ら、遊んでいないで前をちゃんと見ろよ」
こんな事で事故を起こすなど、間抜けすぎて笑い話にもならん。
「だけど、船旅って髪の中に砂が入って気持ち悪いですね。船を降りたら、真っ先にお風呂に入りたいです」
船に長時間乗っていると、どうしても起こる現象。その洗礼を彼女は受けているようだが、その意味をまだ理解していない。
「あまり口を開けて喋らん方が良いぞ。口の中に砂を入れすぎると、それが研磨剤となって、虫歯になるからな」
「それ、本当ですかっ?」
「ああ、だから船乗りたちは口を覆うモノを身に着けている」
それがマスクなのか、マフラーなのか、それとも全く別のモノか。とにかく、この界隈でそれを身に着けているという事が、船乗りの証でもある。
「どうして、すぐに云ってくれないんですかっ!」
「忘れていた」
「うがっ~~~!」
吠えられても、本当に忘れていたのだから、仕方ないじゃないか。今さらだが、彼女にもマスクを渡しておく。
船は風に吹かれるまま、風のまにまに、帆を張り続けている。
路面は整備されているような平らさ。タイヤはパンクする事なく進み続けている。
「考えてみれば、マルティはともかく、ナルカミの奴はどうして船に乗っているんだ?」
本当ならば、真っ先に聞くべき事だったのだが、色々と考えている内に訊きそびれてしまった。
「それなら、ボクが話を聞きましたよ。何でも受けた注文の経緯と動向を知りたいと、リンさんから頼まれたみたいです」
「経緯と動向?」
「多分、目的はボクたちと同じだと思いますよ」
「同じ目的? それってどちらの方だ?」
「ネコの方です」
そうか、ネコか。まあ、リンの奴もネコが好きだからな。気になったとしても不思議ではない。
不思議ではないのだが……―――
「リンさんが色々と心配だから、様子を見て来て欲しいって。商品を届けるついでに事態を伺うらしいです」
「―――呑気だな、お前は」
「はっ?」
俺の言葉に、顔全体で?を浮かべて、間抜けな声を上げるアマノ。
問題は、この事態をナルカミが解決した場合、依頼料が出ない可能性があるのだが、この子はそこに気づいていないのだろうか?
―――まあ、その辺りはきっと、あの子も空気を呼んでくれる事であろうと期待しつつ、船は順調に進んでゆく。
停泊した町から、目的の町まで、一般道では半日を要するが、高速では半分の三時間ほどで到着する。
恐らく、彼女らはすでに到着しているだろう。俺たちが到着するのは昼過ぎの筈。
そこで、ソフィアとアマノ、二人を降ろし、俺とヨミは森へと向かう。
「順調に行けば、明日には帰れるのだが、さてはて、どうなることやら―――」
・実に 同意を表す言葉。じつに 本当に という意となる
・随に おまかせします 御心のままに という意。
・一日の長さについて 和時計を見た事のある人ならピンとくると思いますが、昔の日本では一日の長さは十二時間であり、二十四時間を一両日と呼んでいました。古語においても一日を『朝夕』と呼び、陽が昇り沈むまでの時間を一日としており。この作品ではそれに習い、表記しています。




