神と祝女(はふりめ)
太「この蹴鞠って、貴族の人がやる遊びみたいですが、雷神さんは判りますけど、東風さんもイイトコの出なんですかね?」
伝「さあね。ここに来る前は狩人をやっていたって言ってたけど、それ以前の事は何も聞かなかったからね」
太「狩人ですか? 確かにあの人、弓が得意ですもんね」
巫「最後に彼が思っていた事についても、当人たち以外は誰も知らないね」
伝「考えただけで、誰にも言わなかったからね。きっと、あたしたちに突っつかれるのが嫌だったんでしょうね」
太「シャイな人ですからね、東風さんは」
「結局、妹さんと無事に逢えたのは良かったけど、あの挨拶がわりの雷はなに?」
一体どこから現れたのか、帰ろうとしたらソフィアに後ろから羽交い絞めにされて動けないでいる。
何も説明していないのに、あそこにナルカミが現れた原因が俺にあるとバレているようだ。
「いや、俺も意外だったんだぞ。まさか、あそこまでするなんて、想像しなかったんだよ」
あれは一瞬、ヒヤリとさせられた。まあ、神としての格の差があり過ぎるから深手を負う事はないと思っていたけど……
どうでも良いけど、羽交い絞めにしながら耳を引っ張るのは止めて欲しい。
「その対応も、ローブが焼け落ちたら激変したよな~」
「あれは一体、どういう理由でなのかは、面倒だからあとで訊くわ」
「そうしてくれ」
手を回した本人からしても、あれはビックリでした。
「しっかし、あの焼けたローブはリンから借りたんだよな? 俺が弁償しなくちゃいけないんだろうな~~」
「そうでしょうね。それとも、妹さんに払わせる?」
「…………そうだな。俺が頼んだ事だし」
幸いな事に、まだ小金はある。なので、ローブの一着や二着、三着ぐらいは買える。
未だに耳を引っ張るのを止めてくれないんだけど、そんなに怒っているのか?
「やっぱり、楽をしようとするとお金が掛かるよなあ」
悲しい現実に、大きな溜息を吐く。せっかくのヘソクリなのに、これでまた懐が寒くなる。
「時間はお金で買えるとも言えるよね」
その逆も言えるんだが、それはこの際どうでもいい。それよりも、向こうから少し重みのある足音が近づいている。
「一体、誰だろう?」
「このタイミングで現れるなら、ヨミしかいないでしょ」
「―――あたり」
暗がりの向こうから、現れたのはナルカミを背負ったヨミだった。
遠目からだったが、確かに毬が顎を直撃していたので、普通なら気絶しても不思議ではないのだが………
「この人の被っている帽子かな? 背負うのに邪魔だから首の後ろに下げておいたよ」
「それは、一向に構わないだけどさ……」
――――おい、この態勢に対するコメントはナシか?
口に出して訊こうと思ったけど止めた。どう見ても、無駄だもんね。
他人の力を当てにせず、自力で何とかすべきだろう。なれば、一計を案じてみよう。
「あいつはどうも夜目が利かないらしいからな。不安がる前に、早くアマノの所に戻れ」
そして、耳を離して欲しい。そんな切実な眼差しが通じたのか、しぶしぶと離してくれた。
「今日は近くに宿を取って、明日帰るから。そっちはどうする?」
「俺はちょっとリンの所に行って、ローブの弁償代を払いに。ヨミは……ついてくるのか? だったら、向こうに置いてある棺桶を回収しなくちゃな」
「うん……」
ジンジンと痛む耳を押さえていると、ソフィアはそのまま向こうに消えていった。
それをしっかりと確認してから、俺はおもむろにヨミに背負われたナルカミに視線を向ける。
「さて……そろそろ、起きたらどうだ」
「さすがはお兄様。見破られてしまいましたか……」
いきなり耳元で喋られ、珍しくヨミがビックリしている。
先程、顎を打ち抜かれて卒倒した人物は、ちゃんとした足取りで地面に降りる。
「飛ばされた距離が大きかったし、暇に託つけて、よく一人で赤い石を使って球を操っていたからな」
当時、神となってから同年代の子と遊べなくなった妹。
別に、周りに嫌われた訳じゃない。何しろ、誰も彼女が神になった事に気づかなかったのだから。ただ、恐かったのだ。力を制御出来ずに他人を傷つけるのが……
「そうですね。無聊を慰める為に、手慰みとしてやっておりましたね。懐かしむも、差し離る記憶かと思いましたが、覚えていらしたんですね」
「たまたまだ」
実はこの球遊び、新しい神が制御訓練でよくやるのだ。
手元にある神具を操るのとは違う、遠くにある球を立体的に自由自在に動かすのは難しい。
これが、手練れな神同士がやると、白熱した戦いになるのだが、
「一人、不器用な奴がいると、あそこまで場が白けるんだな」
「ふふふ、わたくしは楽しかったですよ。国里で子供と手遊びをしている時を思い出しました」
「いや、確かにあいつはお前より年下だけどさ。一歳違いだぞ……」
そう感じるのは、もしかしなくても、あの特注の装具が原因だろうな。
あの服は本来、人間が着るのを想定されていなかったのだが、渡来した者には先入観が無いから、違和感も無いのかも知れない。
「―――それは、別にしてだ。おい、ヨミ。お前その豆大福はどうした?」
「う~ん、朝ごはんだけど?」
「そうじゃなくて、どこで手に入れたんだ? もしかしなくても、アマノに買った奴をちょろまかしたのか」
「違う。私は正当な報酬として、半分抜きとっただけ」
「正当な報酬って、そりゃ、お前の助力が無ければ訓練にならなかったから感謝してるが、黙って抜きとっただろ?」
「大丈夫。知らなければ、みんな幸せだよ」
「それは犯罪者の思考だぞ? あまり調子に乗るなよ」
「ふふふふっ……」
何が面白いのか、俺とヨミの掛け合いを、面白そうに見つめる妹がいた。
「一体、何が面白いんだ?」
「さあ」
そして、ひとしきり笑った後、おもむろに彼女は口ずさんだのだ。
それはとても古い、この世界に生きる者ならば、誰もが知っている有名な唄。
「『この常ならぬ世は 神の命の遊びにて 惑わかされことあれ
直人は 皇神を慰むろう 神の匹如身を癒ゆるとぞ思うべし』」
―――――――――――――
「また古い唄を思い出すんだな」
「とても優しい心に染み入る唄なので」
「そうか? 俺には双方に打算的な唄に聞こえるがな」
別にそれが悪いとは言わないけど、それが優しい唄に聞こえるかと言えば微妙だ。
「これを詠った者は、古のとある祝女の方らしいです。
言い伝えによれば、とても心安い間柄だったようですよ」
微笑むナルカミの視線は、自然と後ろで豆大福を食べているヨミへと向けられた。
「こいつらはただ遠慮が無いだけだぞ」
「だからこそ――ですよ。その祝女の方もきっと、憚りを持たないからこそ、『遊び』や『惑わかされ』と口に出せたのでしょう」
「―――親しい間柄だからこそか……そうかも知れないな」
昔から俺は、世の中を斜に見えていた、捻くれた物の見方しか出来ない自分
それに対し、妹は俺が居なくても孤独に負けず、純粋に育ってくれた。
「―――はいっ!」
そんな風に考えていたからか。俺の言葉に頷いてくれた、妹の満面の笑顔に、あの時の―――七年前の去り際、その夢の続きをやっと思い出した。
「そうか……そうだったな」
俺はあの時、大切な約束をこの子としたんだった。
バカだよな、どうして俺は今の今まで忘れていたんだろう……
思えば、どうして俺はあの二人と暮らそうと思ったのか。
それはあの二人が遠慮の欠片もなく、日常を騒がしくしてくれるからだ。
「ふふふっ、やっと微笑んでくださいましたね。―――よかった」
その言葉が、俺の記憶違いではないと教えてくれた。
「言っておくが、俺は普段から仏頂面という訳じゃないぞ」
「はい、わかっております」
その答えを聞いた瞬間、やっと俺はこの子と兄妹に戻れたような――そんな気がした。
「……ま~た見栄張っちゃって、この人は」
後ろでヨミが何やら呟いているが、そんなモノは聞こえない。
ただ昔と同じように、ナルカミとノンビリと歩いた。
――――――――
――――
「私の棺桶、忘れてない?」
「あっ……すまん。忘れていた」
・――に託つ ――のせいにする。
・無聊 気が晴れない 暇 退屈で辛い
・心安い間柄 親友 仲が良い
・憚り 遠慮
・『物』の見方 又は 目は口ほどに『物』を言う 『物』別れ など 『物』には物体を指す以外に、事象、真実、真理、法律など、ある種の変えられない事柄を意味する。
・祝 又は 祝女 神に仕える男 又は 女 神主や巫女よりも幅広い意味を持つ。 一応、ソフィアとヨミはこれです。
・心に染み入る 心に惹かれる
これは大和言葉と云うよりは、古語の分類になります。
・匹如身 孤独 財産も係累もない身の上である事 無一物。
・皇神 神への最上位の敬意を表した言葉
・『この常ならぬ世は 神の命の遊びにて 惑わかされことあれ
直人は 皇神を慰むろう 神の匹如身を癒ゆるとぞ思うべし』
(訳)この何も定まらない世界は、神の気まぐれによって、混乱するからこそ、
人は神様のその孤独を慰め、癒そうと願うべきである。
古語はまだ勉強したてで、あとで修正が入るかも知れません。
古語と大和言葉は、殆ど意味は一緒なのですが、違いは章の終りに説明します。
次回の更新はまた、明後日の夜の十一時か十二時です。
章の最後になると、一行一行、時間が掛かります。




