現(うつつ)と夢の狭間
太「このビデオって凄い機能を搭載してますね。人の夢の中を覗いてますよ?」
伝「そんな今更なボケをかまさないの。それにしてもアイツは、夢の中だからってやりたい放題ね」
太「やりたい放題と云うか、誰だって夢の内容が芳しくなかったら、やり直すぐらいは……」
伝「そうじゃなくてさ。彼にとってのあたしのイメージって何なの?」
太「――――そういえば、彼女が喋っている言葉って『大和言葉』と云うんでしたっけ?」
伝「露骨に話を―――まあ、良いわ。あたしも詳しい事は知らないけど、要は音読みをせず、訓読みだけで構成する日本古来の言葉みたいね」
太「解説は後書きの方に書いてますけど、何故こんな言葉づかいを?」
伝「とても高い家柄を思わせる喋り方を調べたら、こうなったって」
俺は眠りながらの夢を見ていた。遠い……遠い昔の夢だ。
吹きすさぶ嵐、暗雲が立ち込める空。雷鳴が轟く中、海岸に一艘の小舟を沖に浮かべようとしていた。
船出の天候のコンディションは最悪。それにも関わらず、俺は小さな船に乗船する。
「そのような小舟で往れるのですか?」
「――――っ!?」
聞き慣れた声。それまでの人生で一番一緒に過ごした者の声。そして今一番、聞きたいと思わなかった声。
どうして、こんな所にいるんだ? 確か、昔の俺はそう思った。
俺がここにいる事は、誰も知らない筈だったんだ。
誰にも悟らせていないと思っていた。
別れを言うのが面倒臭かったから、何も言わずに蒸発してしまおうとしていた。
「今日は冬至。一年を通して唯一、空乱が弱まる日。外辺の一天へと向かうには、今日を置いて又とはございません」
「…………」
そういえば、彼女は昔から洞察力が鋭かった。小さい頃、俺が世話を焼かなければいけない時も、苦労らしい苦労を掛けられた事が無かった。
一言でいえば、良く出来た子だった。だからこそ、彼女が神としての資質が人並み外れていても、何の不思議も無かった。ただ一言、やっぱりなと。
その年、ようやく二桁の年齢になった少女。
特別な才が何一つ無かった俺とは違い、彼女は――妹は凄い人間――いや、神だ。
「あなたが日並びに起伏を厭い、何方かに往きたいと、ずっと乞い願っていたのは存じていました」
どうして、こいつがそんな事を知っていたのか。
ずっとひた隠しにしてた筈なのに、どうして………
「……男が自分で思っている程、女に隠し事が出来てる訳無いでしょ」
「ちょっと、待てっ! お前、今何て言ったっ!?」
「いいえ、何でもありませんわ。おほほほほっ――――」
思わず振り返ると、彼女はお茶目な仕草で笑っていた。
可笑しい―――俺の記憶では、この場面はもっとしんみりしていた筈だ。
――――確か……そう、こう続いていた筈。
………………
…………
テイク 2
「ですから、あなたが何方へと立ち行かれるというのなら、それを引き留めるつもりはございません」
彼女は今泣いているのだろうか。それとも、怒っているのか。
それを確認する度胸も無く、俺はただ振り返りもせずに、風に混じる、彼女の淀みの無い澄んだ声を聞いていた。
「俺は………」
何を言い出すべきなのか。何かを言い出すべきだと感じていた。
そしてそれは、飾りたての無い自身の本心を言うべきだろう。
だがそれは、彼女の心を傷つけるのではないか―――いいや、違うな。
「俺は俺のやりたい事を探しに世界を見に行く。
お前はもう、俺がいなくても大丈夫だろう」
やっぱり俺は、ただ面倒臭かっただけだ。
彼女に別れの言葉を言うのが面倒だった。
どんなに幸せだと感じていても、それがただの平凡な日常が、俺をどんどん無気力にしていった。
だから俺は、ここにはもういられない。
彼女が神として覚醒してくれたのは、俺にとっては良い契機だった。
「そうですね」
正直な話、泣き付かれでもしたら振り払う自信が無かった。
だから、彼女がそう言ってくれた時、心の中でホッと胸を撫で下ろした。
「確かにわたくしは、一人でも大丈夫です。
傍寂は……ありません」
表面上だけで良い、彼女は笑ってくれているのだろうか。
その時も俺は、それを確認する勇気も無く振り返る事が出来なかった。
………………
「…………っていうか、馬鹿なお兄様がいなくなって、わたくしは清々しております」
「だから何なんだよ、お前はっ! この場面はもっと切なくてしんみりしてたんだよっ!」
「あはははははっ、ごめんなさい……お兄様」
「――――本当におかしい………」
一体どうしたんだ、俺の頭は? シリアスな場面の筈が、どうしてもボケてしまう。もしかして、ソフィアの奴と一緒に暮らしている間に、女性に対する認識が変わった?
見た目も年齢も全然違うのに、あいつの姿がソフィアとダブっている。
「続きは……続きは確か………思い出せん」
ボケまくっている間に、続きが思い出せなくなった。何しろ七年も前の話だし。
「何を、頭を抱え込んでいるんですか? お兄様」
「いや………何でも無い」
だけど、そんなツギハギだらけの記憶の中でも、彼女の笑顔だけは覚えていたようだ。
彼女はとても綺麗に―――綺麗に笑っていた。
意識が急速に目覚める瞬間、それだけは覚えていたと判った時、何故かホッとしていた。
……
…………
眠りから覚めて、最初に考えたのは『何だっけ?』だった。
今は何時なのか、どこで寝たのか、どうしてあんな夢を見たのか、思い出すのに時間が掛かった。
「はあ……何とも、微妙な悪夢だな」
全部思い出してから、最初に口から出たのは溜息だった。
昔ならいざ知らず、どうやら今の俺にはシリアスな展開を考えるのは無理らしい。
あれからもう七年……色々ありすぎた。小舟を出して普通に難破したあげく、この大陸に流れ着いた。そこで何をどう間違えたのか、俺まで神になってしまった。
時計を見ると、まだ昼過ぎのようだ。俺が寝ていたのは、普通に自分の部屋。
「……顔洗って、飯食おう」
「御膳なら、仕度しております」
「おお、そうなのか。ありがとう、ソ―――――どわっあぁ!」
解説
・小舟
・空乱 嵐
・一年
・今日
・外辺 外
・一天 世界
・又と ほかに
・朝夕 毎日 努力する
・日並ぶ 毎日
・起伏 日常生活
・厭い 嫌う
・何方かに 何処かに
・立ち行く(たちゆく) 旅立つ
・傍寂(かたは(わ)らさびしく) 一人寝は寂しい
冬至に嵐が収まるのは、この世界特有の現象です。




