夜明け前は眠い
伝「みなさん、おはよう、こんにちわ、こんばんわ。はじめまして。伝記者の『伝』です」
巫「巫女の『巫』です。よろしく」
伝「これから私達は毎回、前書きで本編の補足? というよりも、昔あんな事あったねと、勝手に喋り続けます」
巫「イメージとしては、副音声みたいなものと考えて」
伝「設定的に、私達は本編の数年後の人間だからね。絵的にはきっと、アルバムとかビデオとか見て語っていると思って」
巫「アルバムもビデオもこの世界には無いけどね」
薄暗い室内の中、大鍋の前で木ベラを使って中身を掻き混ぜる。
室内を照らすのは大鍋を熱している火。それに大小様々な十三本の蝋燭――の内の十本の小さな火だけ。
カーテンの隙間から輝く星空。大鍋から漂う白い煙が、天井の小さな穴へと向かって吸い込まれる。雨が降った時、蓋を閉め忘れると悲劇なのだが、これが無いと部屋が煙っぽくなって大変なのだ。
「どうして設計の段階で、排気口を横にしなかったんだろう?」
良い塩梅に煮詰まってから、オタマで中身を一掬い。小皿に移して味見をする。
「相変わらず、まずい…………だけど、まあ良いか。食べるのはワタシじゃないし」
それで良いのかお前はと、後ろでにゃ~にゃ~騒いでいる奴がいるが無視。
お薬なんて、効果があればそれで良い。努力すれば美味しく出来るかも知れないけど、面倒くさいから止めよう。
薬の調合が完成したという事で、大鍋の下の火を消し、鍋の中身を小さな容器の中に移す。
「終わった……」
一仕事を終え、ドスッと机の前の肘掛けに腰を下ろす。その際、先に座っていた、にゃ~にゃ~騒ぐ物体は、脇にずらしておく。
「こいつはどうして広い椅子の真ん中で寝たがるのかねえ。小さいんだから端で寝ても不都合はないだろうに」
などと抗議するが、そいつは我関せずとずらされた場所で寝始めた。
それを見て、ワタシもまあいいやと一緒に寝る事にしよう。
「はあ~~~、こんな所にいないで、さっさとご主人様の所に帰りなさいよね」
これで後は、お客さんが来るまでノンビリ出来る。そう考えていたんだけど、そんなワタシの願望は、ポッポーという音と共に、部屋のポストに投函された新たな注文票によって打ち砕かれる。
「あのポストを作ったのは失敗だったな?」
大きなため息を一つ。休ませていた身体を無理やり動かし、ノロノロとした足取りで鳩時計の形をしたポストの前へ。
中に手を突っ込み注文票を読んで、緩んでいた思考が覚醒する。
「新しい神の為の装備を用意してくれ。出来るだけプリティでファンシーな装飾を求む―――か。一体、誰の趣味だ?」
そういえばこの前、蝋燭が一本消えて新しいのと交換したばかりだった。
新しい神は女性なのか。注文票の下には、その人物の身体的特徴が書かれている。これに沿って服を新調すれば良いか。
「今夜は徹夜かな。こっちは本業じゃないんだけどね~~~」
愚痴ったところで一度身に付いた技術はそう無くなるモノじゃない。頼られれば断れない自分の性格が恨めしい。
しかも、彼からの依頼ならばとくにだ。これも腐れ縁かね。
「それにしても、まさか彼が新しい神の教育係とは……面白いねえ」
世の中どう転がるか分からない。とにかく、すぐに準備に取り掛からないと間に合わない。
窓の向こうを見ると、もう星空は消えて陽が昇る。