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郭公の森  作者: 山田木理
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プロローグ

 嫌い。キライキライキライキライキライキライキライキライキライ。

 大嫌い。カナリ意地悪で、自己中。臆病モノののくせに、傲慢で、エゴイスト。嫉妬深くて根に持つタイプ。プラスアルファ。

 史上マレに見るぐらい最悪最低。

 ソレハ、ワタシのコト。

 『シイナ ナギコ』のコト。

 ソレハ、ワタシ、『椎名薙子』。

 私は、アナタになりたい。

『シイナ アツコ』になりたかった。

ズットなりたかった。

『椎名篤子』になりたい。

 優しいのに、強くて。ユルス優しさ知っているヒト。

シイナアツコ。シイナアツコ。

 ワタシはアナタ。じゃない。オナジだけど、チガウ人。一卵性双生児っていう別人。

 生まれ落ちる瞬間、私達が分け合ったモノ。 暖かいモノと冷たいモノ。

 シイナアツコになりたい。

椎名篤子になりたい。

『篤子』

 …になりたい。

『お願い。篤子』

 お母さんの声?

『篤子…』

 悲しそうな母の声が頭に響き渡り、熱い息が頬に掛かっているような気がした。

『篤子』

 ワタシが返事をしていいの?

『篤子』

 デモ、チガウよ…。

『篤子』

 違うのに…。




「ナッちゃん?」

 ナッチャン…それは、遠いような、近いような記憶。

そして、その日も私は最低最悪だった。

「何?」

篤子に、私は自分の名を呼ばれ短く問い返した。

「ごめんなさい。こんなに早く帰るとは思ってなかったから夕飯片づけちゃったわ。今からすぐ作るから、もうちょっと待って」

 玄関に私を迎えた篤子は本当に申し訳なさそうに私に謝る。

「要らない!」

 私は篤子に怒鳴りつけると、悲しそうな目をした私と全く同じ顔に背を向け、階段を駆け上がる。そして、力任せに自分の部屋のドアをバタンと閉めた。篤子は何も悪くないのに自分と同じ顔を見ているだけでイライラして、自分と同じ顔をしているのにこうも中身が違う彼女にイライラして、八つ当たりする。

 篤子は何も悪くなかった。

 その日は、土曜日で両親が一泊二日の旅行に出る予定だった。だから、私は友人の家に泊まりに行くと前々から言っていたのだ。にもかかわらず、私は七時前に帰ってきた。勿論篤子が夕食の準備をする義務もないし、謝る必要など何一つ無かった。なのに、篤子は

「ごめんない」

 と謝る。それが、私をさらにイライラさせた。いつからこんなになっちゃったのだろう。本当はもっと優しくしたいよ。だって、私だってみんなから好かれたい。アッちゃんみたいに誰からも愛されるような人間になりたかいから。

「ナッちゃん?」

 部屋のドアの外で篤子が私を呼ぶ声がした。

「簡単な物だけど、パスタ作ったから食べて」

 私は何も答えずに、篤子がゆっくりと階段を下りていく足音を聴いた。篤子の部屋は一階の四畳半である。私の部屋は二階の六畳。これも私の我が儘で篤子は文句一つ言ったことは無かった。私はドアを開き床に目を落とす。トレーに残り物で作ったらしいパスタとサラダ、そして私の大好きなホットココアが並んでいた。私は夏でも温かいココアを飲んでいた。篤子はそれを知っていてわざわざ用意してくれたのだ。私はトレーを部屋のテーブルに置き、冷めない内にとココアに手を伸ばした。

 アタタカイ…

 それは篤子の温かさ。神様が一欠片も私にくれなかった。甘いココアはゆっくりと私の喉を温めていく。私はココアを飲み干すとベッドに横たわった。

 見慣れた天井がその日はやけに遠くに感じられた。

 それは、高校一年目の夏。

私はさらに重くなる自己嫌悪に、さらに嫌な人間になる。


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