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April 9th,5


「ねえ希、知ってる?」


何処かの野原で長めの黒髪をサイドテールにした一人の少女が振り向きながら聞いてきた。少女が振り向いた時、心地の良い涼しい風と木や花などの自然の香りを感じて息を大きく吸う。大きく息を吸いながら、自分はただじっとその場に立っていた。振り向いた少女は小さくにこにこと笑いながら両手を後ろにして近づいてくる。自分の目の前まで来て立ち止まると後ろにしていた両手を出してきた。その手にはシロツメクサで作った指輪があった。


「シロツメクサの花言葉はね、『約束』っていうの」


にこにこ笑いながら言う少女はシロツメクサの指輪を右手で持ち左手でこちらの右手を優しく握ってくる。握られると暖かくて優しくて、安心するような懐かしい感覚を感じた。少女は右手で持っていたシロツメクサの指輪をこちらの右手の薬指に填めた。自分は右手の薬指に填められたシロツメクサの指輪を見つめる。それから顔を上げ、まだにこにこと笑っている少女に視線を向けた。


「約束だよ? どんな事も負けずに一緒に頑張って行こうね?」


少女は満面の笑みを浮かべながら右手を上げて小指を立て、差し出した。






「ファイト! 大丈夫だよ、希は出来る! 頑張れ!」


近くにいた少女の声で気が付くと、自分は野原ではなく小学校のグラウンドにいた。小学生達やその親の大声の応援が周りから聞こえてくる。実況らしき小学生が「さあ、リレーもいよいよ終盤!」とマイクでの元気な声がグラウンドに響く。その声に驚いたのか自分はビクッと小さく震えて思わずシロツメクサの指輪をした右手を自分の胸に添えた。するとサイドテールを揺らしながら少女がやって来て自分の胸に添えていた右手を両手で優しく包むように握ってきた。


「大丈夫だよ、大丈夫」


少女は自分の右手を両手で優しく包むように握りながら自分を見つめ、優しく微笑んだ。






「もう希なんて知らないっ」


次に気が付くと今度は自分の部屋にいた。自分は少女と向かい合って座っており、少女は頬を膨らましながらぷい、とそっぽを向いた。そんな事をされたら少し傷つく。自分はしゅんとしたように項垂れた。どうしてそんな事を言うんだろう、と心の中で思いながら自分は落ち込む。すると少し経つとぽん、と自分の右肩に右手が置かれたのに気づき顔を上げた。顔を上げてみると少女はこちらを見つめてちょっと困ったように笑みを浮かべながら右手を自分の右肩に置いていたのだ。


「ごめんね、ちょっと意地悪しちゃった」


えへへ、と少し申し訳なさそうにしながらも小さく笑って緩く首を傾げながらそう言った。







「はい、希っ」


また次に気が付くと、今度はちらほらと雪が降っている外にいた。少女はコートを着てマフラー巻いた姿でラッピングされた細長い小さな四角の箱を両手で持って差し出してきた。自分はそっと両手でその箱を受け取る。凄く嬉しくて、自分は受け取った箱を大事に抱き締めるように持ちながら少女を見つめた。少女は少し顔を赤くしながら嬉しそうに笑う。


「大事にしてね?」


笑顔を見せながら少女は言った。






「の……ぞ、み……」


少女の声で気が付くとまた場所が変わっていた。今までいた場所とは全く違う場所だった。自分がいたのは崩れ掛けている大きなビルのような建物の中で、周りからはゴゴゴゴと崩れていく音が鳴り響き瓦礫が次々と落ちてくる。自分は素早く辺りを見回す。


「のぞ……み……の……ぞみ……」


呻くような声がする方向へ振り向いてみる。そこには瓦礫の下敷きになって動けなくなっている少女がいた。少女はケガをしたのか額から血を流し、瓦礫の下敷きになっている事で苦しそうにしていた。自分は助けに行こうとする。だが脚が動かなかった。動かそうとしてもビクともしない。身体は小刻みに震え、呼吸も震えて乱れていく。助けに行かなきゃ、助けに行かなきゃ。助けたいのに。そう思いながらもただ自分は瓦礫の下敷きになっている少女を見て立っているだけだった。


「希……たす、」


瓦礫の下敷きになっている少女は震わせながらも助けを求めるように手を伸ばして苦しそうな声で言いかけた。それと同時に自分と少女の間に大量の瓦礫が降ってくる。ここで自分の脚が動き、駆け出しかけながら勢いよく右手を伸ばした。勢いよく右手を伸ばした事で右手の薬指に填めていたシロツメクサの指輪は茎からぷつっと切れて地面に落ちる。それでも自分は右手を伸ばしながら駆け出し、瓦礫の下敷きになっている少女の伸ばしている手を握ろうとした。


























「っ!!!」


希は瞳を大きく見開いて目を覚ました。呼吸を乱したまま辺りを素早く見回す。目を覚ました時にまず視界に入ったのは白い天井で、見回せば清潔な白い部屋……病室だ。ここで自分は学校で狼の化け物と戦ってその最中に気を失ったという事を思い出した。病院に運ばれたらしい。荒くなっていた呼吸を何とか整え、落ち着いたように深く息を吐く。それからゆっくりと起き上がろうとする。狼の化け物からの攻撃で出来た傷がまだ痛むのか小さく呻きながら痛みに耐えつつ何とか起き上がった。ベッドに座った状態で頭を掻き、自分の身体を見てみる。狼の化け物の攻撃を受けた場所には包帯が巻かれてあった。


「あら、もう気がついたのね」


病室の扉を開く音が聞こえ、その次に澄んだ声が聞こえる。振り向いてみると、病室の扉の前に神奈が立っていた。彼女も無事だったらしく、希はほっとしたように深く息を吐く。


「ひ弱で情けない貴方の事だから一日中気を失っているのかと思ったわ」


神奈はそう言いながらすたすたと歩いて希が座っているベッドの横まで行くと近くに立てかけてあった折り畳み式のパイプ椅子を出して座り、黒タイツに覆われた細長い脚を組んだ。失礼な事を言われて少しカチンときながらもあえて何も言わず自分が思っていた事を言った。


「無事でよかった」


「そう」


即答だった。座っていた彼女は脚を組みつつ腕も組みながらそっぽを向くように横を向いてさらりと冷たくそう返した。神奈が無事でほっとした事で小さく浮かべていた希の笑みは引きつる。


「……心配、してたんだよ?」


「そう」


「……本当だよ?」


「そう。別に問題なんて無いわ」


「ケガとかは大丈夫?」


「問題無いわ」


次々と冷たく返されていく。希は落ち込んだようにガクッと項垂れた。本当に心配してたのに。希は項垂れたままため息を吐いていたがここではっと我に返ったようになり、ばっと顔を上げた。神奈の事は心配していたが聞きたい事が山ほどあるのだ。あのさ、と声をかけると神奈は返事もせずにこちらを向いた。


「……あの化け物って一体何なんだ? 神奈って一体何者なんだ? まだ他にも聞きたい事があり過ぎて……」


色々と質問をするが神奈は腕を組んで黙ってじっとこちらを見ていた。色々質問をしている希は「もしかしたら教えてくれないんじゃ」と内心不安になり始める。


「そうね。貴方も『契約者』になったのだから。色々と知ってもらわなきゃ困るわ」


瞳を閉じてはあ、と息を吐き少し面倒そうな様子で言うと瞳を開いて組んでいた腕を解きながら話し始めた。


「まず貴方が学校で戦ったあの化け物……あれは『魔物』って言うの。分かってると思うけれど生き物よ。魔物はライフエナジーや人間、動物を食べたりして生きているの。もちろん色んな種類の魔物はいるわ?……基本人間に心を開いたりなんてせず、人間全てが自分の餌だと思っている」


希はベッドに座って状態で唖然としながら彼女の話を聞いていた。魔物……? アニメとかゲームとか漫画とかに出てくるような奴がこの世に存在してるというのが信じられなかった。口を半開きにしたまま視線を彼女に向けて話を聞き続ける。


「因みにあの襲ってきた狼の魔物の名前は『ガルム』と言ってほとんどは数匹のグループを作って狩りをするの。一匹だけで行動するのは稀かしら、その一匹はかなり強い個体なのよ。私の中では下級魔物なのだけれど。そこにいる『フェンリル』もガルムと同じ狼の魔物だけど強い個体のガルムの何倍、何十倍も強いわ?」


「え?……うわ」


神奈は話しながら視線を希から斜め下へと向けた。希も視線を斜め下に向けてみるといつの間にか自分と神奈を助けてくれたあの灰色の狼、フェンリルがそこにお座りをして自分をじっと見つめていたのだ。


「…………」


今まで気付かなかった希は少し驚きながらも恐る恐る手を伸ばしてみる。フェンリルはじっと希を見上げて大人しくしていた。伸ばした手をゆっくりとフェンリルの頭に近づけていき、そっと乗せるように優しく触れる。フェンリルはまだこちらを見つめたまま大人しくしており、希はフェンリルの頭に置いた手を少し動かして撫でてみた。それが心地よかったのかフェンリルは瞳を少し細めながら希が撫でやすいように頭を少し下げてこちらに向けるようにしてきた。撫でながらその様子を見た希は思わず笑みを浮かべる。


「……話を戻すけど、フェンリルは他の魔物達と違って人間や動物の事を餌と思っていないようね。だから貴方との『契約』も快く受けたのでしょう」


神奈がまた話を始め、希はフェンリルの頭を撫でる手をそっと離しながらまた視線を神奈に向けて聞き始める。それからまた気になった事があったのか、希は言ってみた。


「……最近、この夜満兎町で変死事件が連続で起きてるんだ。本当に不自然な死に方で、何でこんな事になってるんだとか、普通じゃ有り得ないような死に方をしてる人ばっかで……もしかしてそれの原因って」


「魔物よ。全て魔物が関係しているわ。さっき言ったように魔物には色んな種類のものがいるの、貴方が戦ったガルム以外にもね。夜満兎町の変死事件については一応ある程度は調べたけど全て魔物達が出来るようなやり方ばかりだわ」


原因って、と言った直後に神奈は即答してまた話し始める。希は右手の拳を握り締めてゆっくりと俯く。やっぱり今までの変死事件は魔物が原因のようだ。罪の無い人間が次々魔物達に殺されていったなんて。怒りが湧き上がってくる。


「まあ、私には関係無いのだけれど。人間が何人死のうと何十人死のうと何百人何千人死のうとも、私には何の関係も無い。私はただこの夜満兎町に来ただけ。……けど、自分に危害が来なくても貴方には関係あるんでしょうね。勝手に一人で首突っ込んで『契約者』になった程なんだから」


神奈は平然としながらそんな事を言った。何千人死のうと関係無いって何て奴だ、と希は心の中で呟きながら俯き続けていたがゆっくりと顔を上げてまた質問をしようとする。


「契約者、っていうのは?」


「そのままの意味。フェンリルと貴方のように、魔物と契約した者の事を言うの。契約すれば武器と、その魔物の持った力や能力が使えるようになるわ。契約する魔物と、契約する者次第で使える武器や能力も変わるの、貴方は運が良かった方かしら。契約魔物のフェンリルは高スペックだけれど……貴方は、ね。低スペックにも程があるわ。かなりのポンコツよ貴方」


「……説明されながらこうやって馬鹿にされるっていうか、ポンコツ呼ばわりされるとは思わなかったよ」


また腕を組んでは左手の人差し指をとん、とん、と腕に軽く当てながら神奈は説明する。神奈の説明とポンコツ呼ばわりを聞きながらじろ、と希は神奈を見つめて呟くように言う。だが間違ってはいないから文句は言えない。反論出来ない。仕方なくため息をまた吐きながらまた聞いてみる。


「神奈は槍を使ってたけど、神奈も契約者なのか?」


「いいえ、違うわ。私は契約者じゃないの。魔物に頼らなくても自分の力があるから充分よ」


ため息まじりの神奈の答えを聞いて驚く。契約者じゃない? でも槍を出したりしてたし、契約者だと思っていたが違うようだ。


「……じゃあ、何なんだ? 契約者じゃないって、神奈は一体何者なんだ?」


少し緊張気味になりながら恐る恐る希は聞いてみる。じっと神奈の顔を見つめていたが、神奈は深くはーっとため息を吐いてパイプ椅子から立ち上がった。


「質問し過ぎよ。私そうやって質問攻めされるの大嫌いなの。昨日とさっきと続いて色々大変だったんだから。わざわざ契約者や魔物の事も知らない貴方の為に我慢していたけどもう限界よ。ここで質問は打ち切らせてもらうわ」


苛立った様子でそう言いながらすたすた歩いていく神奈。それを聞いた希は慌てて「ごめん」と言いながら何とか呼び止めようとしながら待ってというように手を伸ばす。しかし彼女は病室の扉までさっさと歩いていき、扉を開けて病室から出て行ったのだった。


「……やっちゃった」


落ち込んだように希はガクッと項垂れた。まだ他にも聞きたい事はたくさんあったが流石にこういう反応されると傷つくし落ち込む。頭を掻きながら項垂れていると病室の外から病院の廊下を全力で走る足音が聞こえてきた。よく耳を澄ましてみると二人ほど走っているのが分かった。慌てているのか大きな足音を立てて走っている。その大きな足音がどんどんよく聞こえるようになってくると勢いよく自分のいる病室の扉が開かれた。






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