April 9th,Another
カーテンの隙間から差し込む眩しい太陽の光に一人の少年は目を覚ました。少年はゆっくり身体を起こして焦げ茶色の短めの髪を掻き、大きな欠伸をする。寝間着用の薄いズボンだけ穿いた上半身裸の姿でベッドから降りるとぐぐっと伸びをした。伸び終えるとふう、と息を吐いて気持ち良さそうに小さく笑みを浮かべながら自分が通う高校、夜満兎高校の制服に着替え始める。着替えている最中、ベッドに置いてあった自分のスマホが振動する。メールが来たらしい。制服に着替え終えた少年はスマホを手に取り届いたメールを見てみる。よく絡んでいる友人の一人からのメールだった。
件名 まだ来ねえの?
本文 もしかして風邪とかで休みか?
そんな内容だった。少年はメールを少しの間眺めていたがスマホ画面の時刻が表示されている場所を見て気づく。九時二五分。この時間はもう既に学校で授業が始まっている時間だった。スマホの画面をじっと眺めてからふう、とまた息を吐いた。
「遅刻だぜ、最悪だ!!」
大声でそう叫ぶように言いながら少年、棚橋 利人は自宅の扉を勢いよく開けて飛び出したのだった。学校の鞄を担ぎ直しつつ全速力で夜満兎高校へと走って向かう。高校生活始まったばかりなのにもう遅刻をしてしまった。利人はやっちまった、と少し青くなった顔で焦りながら走る。
「……?」
走っている最中、右の曲がり角から警官が三人走って行った。利人はすぐにその場で立ち止まって走って行くのを待つ。警官は三人とも顔が険しく、慌てている様子だった。途中にも「急げ!」「すぐに現場に向かうぞ!」と怒鳴るような声で話しながら走っている。その様子を見て首を傾げながら利人はまた走り出す。その途中、道路を二台のパトカーがサイレンを鳴らしながら通って行った。何かあったかと走るスピードを少し遅くして後ろを向き、パトカー二台を見送るとまた前を向いて走るスピードを速める。
「……うお、っ」
また高校まで走っているとまたもやパトカーが道を通って行った。今度は三台も。サイレンを鳴らしながら猛スピードで走って行く。利人は少し唖然としながら今度は立ち止まって三台の通り過ぎたパトカーを見ていた。
「……何かあったのかよ、マジで」
ぽかーんとしながら遠くなっていくパトカーを見つめてからまた走り出そうとするとまたもや一台パトカーが道を通って行く……と思いきや自分の近くで止まった。利人は少しビクッとなる。俺何か警察に捕まるような事したっけか…!?冷や汗を流して顔を真っ青にしながらその場でじっとする。パトカーには二人の警官が乗っており、運転席側の扉が開いて運転をしていた警官が出てきた。
「君、こんな所で何をしているんだ!?」
「すみません遅刻っす!! 学校行くのに寝坊したんです!!」
大声気味に言った警官に対して利人は大声で正直に言いながら深く頭を下げた。と、言った直後に警官に腕を掴まれ背中を押される。やばい、俺は捕まるのか。利人はさっきよりも顔を青くした。
「そういう事じゃない! どうして家にいないんだ!?」
その言葉を聞いて利人は思わず顔を上げて「え?」という顔をして警官に振り向く。よく見てみるとその警官の顔は激しく焦っている様子で汗をだらだらと流していた。
「どうして家にいないって、どうして」
「乗りなさい、君の家まで送るから! すぐに乗るんだ、早く!!」
意味が分からず聞こうとするも激しく焦る警官に少し乱暴気味に背中を押されてパトカーの後ろの席に乗せられる利人。利人が乗ったのを確認して警官は後ろの席の扉を閉め、素早く辺りを警戒するように見回してから自分も運転席に乗って扉を閉めながらすぐにパトカーを走らせた。利人は急発進したパトカーに軽くよろけて後ろの席で寝転がるようになってしまう。利人は何とか起き上がる。
「君の家何処か教えてくれ! 大丈夫だ、無事に家まで送るから安心してくれ……!」
運転している警官はハンドルを動かしながらそう言い続ける。助手席に座っている警官も後ろを向いて「大丈夫だからね……!」と声をかけてくる。何かヤバい事件でも起きたのか、と利人も少し焦りを感じながらも自分の家の場所を教えた。警官は利人の情報通りにパトカーを猛スピードで走らせて利人の家へと向かう。利人はパトカーの座席にしがみつくような形で猛スピードで走るパトカーに耐えていた。
ようやく自分の家がある道を通る時、突然パトカーが急ブレーキをかけた。座席にしがみついていた利人はがくっと前のめりになり何とか体勢を整えてどうしたんですかと聞こうとする。運転席側の警官は歯を食い縛りながら前方を睨みつけていた。助手席側の警官も顔を真っ青にして前方を見ている。利人も前方に視線を向けてみた。
「な……ん、だよあれ……!?」
前方、丁度自分の家の目の前には三匹の白い狼が何かを貪り食っていたのだ。三匹の白い狼は大きく、唸り声を上げながら何かを食い千切っていた。よく見てみるとその何かは肉の塊だった。利人も二人の警官も肉の塊を見て震える。何の肉なのか三人はすぐに気付いた。
「あれって、人間……っすよね……?」
利人は少し震えた声で呟くように言いながら二人に問いかける。三匹の大きな白い狼が貪り食っていたのは人間だったのだ。もう既に誰だかわからなくなっているくらいに酷い惨状だった。運転席に座っていた警官は前方を睨みつけ続けており、代わりに助手席に座っていた警官がこくこくと震えながら短く頷いた。すると運転席側にいた警官が利人の頭に手を置いてぐいっと伏せて隠れさせる。三匹の大きな白い狼はパトカーに乗っている警官に気づいたらしく、肉の塊を貪り食うのを止めて唸り声を上げながらパトカーにゆっくりと近づいてきた。
「私達であの狼達の注意を引く。その間に君は逃げるんだ。もし出来ればこのパトカーを使って逃げていい。……無免許運転は今回だけ見逃してあげるからね」
自分を伏せさせた運転席側の警官が利人に向かって振り向き、険しい表情のまま小さく笑って見せながら言う。それを聞いた利人は慌てて頭を上げようとするがすぐに助手席側の警官が阻止した。
「おまわりさん達はどうなるんですか……!」
「私達は警察だ。町を、人々を守るのが私達の役目だ。……どんな危険な事があろうとも、どんな困難があろうとも、自分の命が危ない状況にあろうとも。私達は逃げずに、諦めずに、立ち向かう」
「強く生きるんだよ。君も困難には負けないでくれ。おまわりさん達と約束だ」
利人の問いに運転席側の警官はそう答えながら扉を開いてパトカーから降りる。その後からも助手席側にいた警官も利人にそう言ってパトカーから降りた。利人は下唇を噛みながら隠れるように伏せつつ運転席へ移動する。パトカーから降りた二人の警官は腰に装備していた拳銃を抜き、前方の三匹の白い大きな狼を睨みつけた。狼達は唸り声を上げながらじりじりと近づいて来ている。
「今までの変死事件、あの狼達も原因でしょうね」
「ああ、だろうな。言ってもほとんどの人が信じてくれなさそうだが……私達はやれる事をやるだけだ」
「……生きてたらまた飲みに行きましょう、先輩」
「もちろんだ。今度はお前が奢ってくれよ」
二人はそんな会話をしてお互いの顔を見合わせるとふ、と小さく笑ってからまた視線を三匹の狼に向けると「行くぞ!」「はい!」と声を掛け合って走り出しながら拳銃で狼達を撃ち始めた。
「くっ……!!」
パトカーの外から聞こえる銃声を聞いて利人は下唇を噛んだまま運転席に隠れるように伏せながらパトカーを動かそうと準備をしようとする。助手席で親の運転する姿をよく見ているからある程度は分かる。その間にも外からは銃声や狼の唸り声や吠える声が鳴り響く。すると銃声が止み、それからすぐに何かを食い千切り、噛み砕く音が聞こえた。その音を聞いた利人は瞳を大きく見開き思わずパトカーを動かそうとする手を止めてしまう。もう後は運転するだけだ。食い千切る音と噛み砕く音を聞いて利人は震えが止まらなくなった。
「化け物共……ふざけやがって……っ、許さねえ……!!」
怒りで、震えは止まらなくなった。命を捨てて自分を守るために立ち向かって二人の警官を、あの狼達は。利人は拳を握り締めてパトカーの運転席側の扉を乱暴に開けてパトカーから飛び出した。
「……っ……!!」
まず目に飛び込んできたのは三匹の白い大きな狼に肉を食い千切られている二人の警官の死体だった。やはり二人の警官はあの狼達に殺されてしまっていた。狼達は唸り声を上げながら二人の警官の肉を食い千切り食べている。
「……止めろよ……止めろって……」
その光景を見て利人は俯く。怒りで全身が震えながら拳を握り締め、ぼそぼそと呟いた。狼達はまた警官二人の肉を食べるのに夢中になっているのか利人に気づいておらず、まだ警官二人の肉を食べ続けている。
「…………止めろっつってんのが聞こえねえかクソ野郎があああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
俯くのを止めて大声で叫びながら狼達に向かって全力で駆け出した。大声でようやく気付いたのか狼達は警官二人の肉を食べるのを止めて利人に視線を向ける。利人は三匹の内の一匹に向かって飛び蹴りをかました。飛び蹴りを食らった一匹の狼は吹っ飛ばされて地面を転がる。飛び蹴りを終えた利人はすぐに体勢を整え警官が使っていた拳銃を拾い上げながら別の狼の攻撃を前方向に飛び込むように転がって回避し、すぐにまた立ち上がると狼達狙って撃つ。狼達の頭を狙っているつもりだが怒りのせいか銃弾は狼達の前足や胴体に当たったり、外れて地面に当たったりと狙いは定まらない。
「許さねえ、化け物共が……! ブッ潰してやる……!!」
激しい怒りを露わにしながら利人は拳銃で狼達を撃っていると一匹が飛び掛かってくる。利人は横へ飛び込むように転がって避け、丁度さっきまで利人が立っていた場所の後ろはパトカーだったため飛び掛かった狼はパトカーに激突して地面を転がった。利人は立ち上がってまた別の狼の飛び掛かり攻撃を飛び込むようにして回避するともう一人の警官が使っていた拳銃と警棒も拾い上げて拳銃で数発狼に向かってまた撃つ。飛び掛かろうとしていた狼の後ろ足に命中し、その狼は軽く地面に伏せた。
「野郎!!」
また別の狼が飛び掛かり、利人は避けながら警棒で殴りつける。狼は殴られながら飛び後退った。利人はすぐに先程後ろ足を撃って地面に伏せさせた狼に近づき拳銃の銃口を狼の頭に向けた。
「まずは一匹……!! おまわりさん達の仇だクソや、」
ろう、と言いかけた瞬間胸に激痛が走る。胸に視線を落としてみると、自分の胸から血で濡れた銀色に輝く鋭い爪が伸びていた。それから後ろに視線を向ける。後ろには全身を鱗で覆われた、まるで人間とトカゲが合体したような化け物が立っていた。そこでようやく気付く。自分は後ろにいるこのトカゲの化け物の爪で背中から貫かれたのだ。
「……グ、……ぁ……」
歯を食い縛り痛みに耐えながら抵抗しようとしたが口の端から血が流れ、その後すぐに口から血を吐いてフラつき始める。トカゲの化け物が利人の身体から自分の爪を引き抜くと利人は持っていた拳銃を落としながらその場に倒れた。利人は血を口から流しながら何とか立ち上がろうとするが力が出ない。意識が遠のいていく。呻き声を上げながら落とした拳銃に手を伸ばそうとしたがあと数cmのところで利人の手はだらんと地面に落ち、利人は動かなくなった。動かなくなった利人にトカゲの化け物と三匹の白い大きな狼達が近づいていく。
「そこまでだ」
何処かから女性の声が響いた。トカゲの化け物や狼達はその声を聞いて利人に近づくのを一度止めてから声のする方へと振り向く。そこにいたのは西洋の銀色の鎧を身に纏い、太陽を想像させるような明るい長い金髪の女性が立っていた。右手には太陽の光に照らされて輝く銀色の長剣を、左手には銀色の盾を持っている。鋭い目つきでトカゲの化け物と三匹の白い狼達を睨みつけ、右手に持っていた長剣を握り締めた。三匹の白い大きな狼とトカゲの化け物は同時に女性に向かって襲い掛かる。
「甘いな……!」
女性が呟くと長剣の刀身が光を纏い始めた。光と纏った長剣を振りかぶり、横へ振る。すると一つの光の衝撃波のような剣圧が飛ばされ、三匹の白い大きな狼とトカゲの化け物を真っ二つにした。真っ二つにされた狼達とトカゲの化け物は糸の切れた人形のように地面に倒れると身体から黒い煙を出して消滅し、四つの綺麗な光を発する球体だけが残った。女性は光を発する球体に近づき、長剣の剣先を球体に向ける。四つの球体は長剣の剣先に吸い込まれるように近づいていき、剣先に触れると球体は長剣に吸収された。四つとも吸収し終えると女性は長剣と盾を消滅させ、倒れている利人に近づく。しゃがんで優しく支えるように起こしながら彼の左胸に右手を添えるように置いた。
「……やはり死んでいるか」
女性は瞳を閉じて悔しそうに呟く。トカゲの化け物の攻撃によって利人は命を落としてしまったのだ。女性はそっとその場に利人をまた寝かせると立ち上がる。
「待っていろ、すぐに助ける。……まさかもう禁術を使う事になるとは、な」
そう呟きながら先程消滅させた長剣を召喚すると、長剣の刃先を道路に当ててガリガリと音を立てながら何かを描き始める。少しの間長剣で描き続け、完成したのは大きな魔法陣だった。女性は利人にまた近づき、お姫様抱っこをして魔法陣の中心まで利人を運ぶと中心に寝かせる。寝かせると一歩だけ下がり、長剣の刃先を上に向けて両手で握り締め、顔に近づけて瞳を閉じ呪文を唱え始めた。呪文を唱え始めると握り締めている長剣の剣先から先程の綺麗な光の球体が出てきた。一つだけでなく、それも大量に。大量の球体は魔法陣の中心で寝かされている利人の死体の真上に集まっていき、一つにまとまっていく。途中で汗を滝のように流し、顔や手に何かの模様のようなものが浮かび上がってくる。だんだん呪文を唱える女性の息も荒くなり、苦しそうになっていく。大量にまとまった事で大きくなった球体はどんどん小さくなり、通常の元の時と同じ大きさの球体になった。しかし球体から発する光は通常のものとは比べ物にならないくらいに光り輝いていた。
「……っ……っ…………、ハッ!!!」
そして苦しそうにしながらも瞳をカッ、と大きく開いて大声を発する。利人の死体の真上で一つにまとまった大量の球体はゆっくりと真下に落ちていき、トカゲの化け物の爪で貫かれた利人の胸からゆっくりと入り込んでいった。胸から球体が入り込み終えると利人の胸の傷口がみるみる塞がっていき、死んだ事で真っ白になった顔色も良くなっていく。ついには死んだはずの利人が目を覚まして起き上がった。
「お……俺……死んだんじゃ……」
地面に座り込んだまま自分の掌を見つめ、それからトカゲの魔物に貫かれた自分の胸に触ってみる。傷口はもう塞がっていた。女性は利人が生き返ったのを見て安堵しながらその場に膝をつく。唖然としていた利人は女性に気が付き、慌てて駆け寄る。
「おい、大丈……」
側まで駆け寄り声をかけようとした時。白い大きな狼が三匹、唸り声を上げながらまた現れた。トカゲの化け物も今度は二体後から出てくる。まだいるのか、と利人は女性を守るようにしながら辺りを見回していると、女性の手に持っている長剣に気づく。
「貸してくれ、俺が何とかするから……!」
手を伸ばしながら利人は女性に言う。女性は膝をついた状態で息を切らしながら利人に視線を向ける。
「……逃げないのか?」
女性は少し驚いた様子で利人を見つめながらぽつりと言った。利人はすぐに答える。
「逃げるかよ。俺は何でかわからねーけど生き返ったからいいとして、おまわりさん二人を食い殺したあの化け物達は許せねえ……! 絶対に倒す……!」
女性をじっと見つめてからまた大きな狼、トカゲの化け物達を睨みつけて女性の持っている長剣を取ろうとした。女性は長剣を取ろうとする利人の手を優しく掴んで止めるとゆっくりと立ち上がった。立ち上がった女性を見て利人は半歩だけ下がる。
「……奴等を倒したいか?」
女性は利人の黒い瞳をじっと見つめながら問いかけた。利人も女性の綺麗な翡翠色の瞳をじっと見つめて「ああ」とすぐに返事をしながら頷く。
「それなら私の力をお前にやろう。だが……お前はもう後戻りが出来なくなるぞ。もうお前は普通の日常には戻れん。……それでもいいのか?」
女性はもう一度利人を見つめながら問いかけた。これもまた、利人はすぐに答える。
「後戻りは大嫌いなんだ、後戻りなんて絶対しねえ主義だよ。……あんたの力、くれよ」
利人は自分の胸の前でぐっと右手の拳を握り締めながら女性の顔を見つめて答えた。それを聞いた女性は「そうか」と頷いて反応を見せると、胸の前で握り締めた利人の右手に自分の手を添えた。その瞬間、女性に手を添えられた利人の右手を光が包み込む。少し経つと右手を包んでいた光が消えた。女性は利人の手を離し、利人は力を女性から貰った事を感じると白い大きな狼達とトカゲの化け物達に視線を向けて女性の前に立つ。
「『戦う』という思いを頭に浮かべてみろ」
自分の前に立つ利人に言おうとしたが、言いかけている最中に利人は右手に女性が持っていたものと同じ長剣を出現させて握り締めた。
「……説明する必要は無かったようだな」
女性は利人の様子を見てぼそりと呟いた。利人は握り締めた長剣を一振りして両手で握り締めながら構える。
「行くぜ……!」
利人は長剣を構えながら走り出した。