April 9th,3
その後全校生徒は教師や警察達に誘導されながら自教室へ何とか戻っていった。一年B組の生徒達も自教室に戻るが騒ぎが起こっていた。
「この厄病者!」
大きめの声がB組の教室に響く。声を上げたのは女子グループのリーダーだった。女子グループのリーダーの視線は希へと向けられている。そう言われた希は下唇を軽く一度噛んでから女子グループ達に振り向いた。
「あんたがいるからまた今日も変死事件が起きたのよ、それも今度は鈴木先生が死んだじゃない!」
「どう責任とってくれるのよ!」
女子グループのリーダーとその友人らしき二人の、女子三人が希を睨みつけながら詰め寄ってくる。希は歯を少しだけ食い縛りながら申し訳なさそうに俯く。近くにいたB組の男子達や他の女子達はおろおろと希の女子グループ三人を交互に見つめていた。女子三人は希の様子を見て構う事なく近づいていく。
「何とか言いなさいよ! クズ!」
「また逃げんの!?」
三人の内一人が詰め寄り言い、リーダーの女子がまた一歩詰め寄ると希の左肩をどんと押す。希は俯き気味になったまま押されて一歩下がった。ここで我慢の限界になったのか体育館に向かう途中文句を女子達に言おうとした一人の男子と椿が希を守るように希の前に立つ。
「てめぇらいい加減にしろよ!! 希が何やったって言うんだよ!?」
「何故希のせいになる!? 希は何もやっていないだろう!? 希が殺人を起こすとでも思っているのか!? それも残酷なやり方で!」
先に一人の男子が激しく怒りながら言い、その後に椿も先に言った男子のように激しく怒りながら女子達を睨みつけて言った。
「和也、椿、いいって……!」
自分の前に立って女子三人に向かって激しい怒りを露わにする男子、土田和也と椿を慌てて止めようと二人の腕を掴み下がらせようとするも二人は下がる事無くその場にしっかり立って女子三人達を睨みつけている。
「止めんじゃねえ希、俺はもう限界だ。……こいつの何処がクズだ!? ハッキリ言わせてもらうけどよ、クズはてめぇらの方じゃねえのか!? 最近の連続変死事件の全部が希の仕業みてえに言いやがってよ!!」
「土田から聞いたがお前達は小学生の頃から希に対してそんな態度らしいな。嫌いだからという理由で高校生になってまでそんな無茶苦茶な事を言うのか!?」
「川内、矢代、小野、てめぇらはガキか!?」
和也と椿の二人は希や他の男子や女子達の止めも聞かずに激怒しながら女子三人に言う。女子三人は少し悔しそうな表情をしながらもリーダーの川内が口を開く。
「何よそんな奴の味方して、大体間違ってないでしょ!? あの子が死んでから変死事件が起こり出したのよ!? こいつがあの時、あの子を助けてれば変死事件が起こらなかったかもしれないのよ!?」
「言いがかりは止せ……! あんな事故が普通起きると思うか!? 中学一年になったばかりの人間があんな普通では考えられない突然の事故に対応出来ると思っているのか!? 嫌いだからという子供みたいな理由で希のせいにするのは止めろ!!」
「嫌いだけど何も間違った事言ってないんだけど!?」
「てめぇまだ言うか!!」
川内の言った言葉に椿と和也の怒りもどんどん湧き上がっていき、和也がずかずかと近づいて川内に掴みかかろうとするとついに他の男子達が和也を止めるために羽交い絞めにしたり間に入って「落ち着け」と慌てて抑えさせようとする。他の女子達ももう止めて、と川内達女子三人組を止めようと慌てて駆け寄った。B組教室内は大騒ぎになってしまい希は何とか皆を落ち着かせようとおろおろするように辺りを見回しどうするかと考えていた、その時。
「静かにしなさい」
澄んだ声が大騒ぎするB組教室内に響いた。澄んだ声が響いた瞬間すぐに大騒ぎしていたB組教室内は静かになる。声がした方向へB組の男子や女子達が振り向いてみると、そこには自分の席に座って瞳を閉じている神奈の姿があった。神奈は瞳を閉じたままじっと席に座っていたがここで素早くガタッと立ち上がりながら瞳を開く。
「……来るわ」
神奈はそう呟くように言いながらB組教室の教卓側の扉を見つめた。何が、と希は思わず聞いてみようとしたが突然教卓側の扉が大きな音を立てて勢いよく吹っ飛ばされてきた。吹っ飛んだ扉を見て神奈を除くB組の男子や女子達は驚いてその場から後退りをする。扉が吹っ飛ばされ地面に叩き付けられた後、獣の唸り声が静かになったB組教室内に響いてきた。B組教室内にいた生徒達は怯えた様な様子で辺りを見回し始める。
「お、おい」
一人の男子の震えた声が聞こえ、その男子に向かって全員は振り向いた。その男子は顔を真っ青にしてガチガチと歯を鳴らしており、瞳を大きく見開いて扉が吹っ飛ばされた教卓側の出入り口を指差していた。男子が指を差した方向に全員はまた振り向く。
「……え」
指を差した場所を見てみるとそこには大きな狼がいたのだ。美しい白い毛は所々真っ赤に染まっており、口には人間の手首がくわえられていた。千切られたばかりなのか手首は血で真っ赤に染まりボタボタと血を滴らせている。希は狼を見て驚く。散々幻覚だの疲れてるから夢のようなものを見てしまったと心の中で何度も自分に言い聞かせていたが、この狼は昨日見た狼と同じような狼だったのだ。唸り声を上げながら手首をくわえたまま狼は血で赤く染まった牙を剥き出しにしてB組の教室内にいる生徒達を睨み付けていた。狼は睨み付けたまま、くわえていた手首をバキボキと嫌な音を立てて噛み砕いていき、飲み込んだ。B組の生徒達は瞳を見開いて唖然としながらその様子を見つめていた。狼が手首を飲み込んで数秒後、数人の女子が悲鳴を上げたと同時にB組の生徒達はパニック状態になりながら一斉にB組教室から出ようと逃げるように走り出した。
「逃げろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
一人の男子がそう叫びながらB組教室のもう一つの出入り口の扉を開けると我先にと言わんばかりにB組の生徒達が一気に逃げ出していく。他のクラスも白狼を見たのか教室から多くの生徒達が飛び出してきた。
「あの狼、昨日と同じ……! やっぱり夢じゃなかったのか……!?」
多くの生徒達が逃げていき、希も椿と共に逃げていく多くの生徒達に巻き込まれるような形になりながら逃げつつそんな事を呟いていたがここで希は逃げながら周りにいる他の生徒達を見て気付く。
「……!」
よく周りを見てみるとB組の生徒が足りない事に気づく。そして転校生の神奈の姿も無かった。もう階段を降りようとしている最中だったが希はすぐに方向を変え、何とか他の生徒達の人混みを若干もがくようにくぐってB組の教室へ戻ろうとする。
「……希!? 待て、希!! 何処に行くんだ!? 戻れ、そっちは危険だ!! 行くな!!」
椿は希がB組教室へと戻ろうとしている事に気づき、慌てて大声で呼び止めようとしながら希を追おうとするも急いで逃げようとする生徒達のせいで上手く追う事が出来ず、巻き込まれるようにどんどん希と離れて行ってしまった。
一方。B組教室前まで戻ってきた希はすぐにB組教室に入っていく。
「その強さ、多くの人間を狩ったようね。他とは大違いだわ」
B組教室内には狼をじっと見つめて呟くように喋る神奈と、逃げ遅れたB組の男子一人と女子二人、そして神奈に今にも飛び掛かろうと身構えて唸り声を上げる狼がいた。B組教室内は滅茶苦茶で、黒板は狼が傷をつけたのか爪痕が大量に残っており、机や椅子もほとんどが破壊され教室内に散らばっていた。
するとここで狼が神奈に飛び掛かってくる。神奈は受け流すようにギリギリで回避をしながらすれ違い様に狼の胴体目掛けて掌打をかます。掌打を胴体に食らった狼は軽く吹っ飛ばされるように後ろへ飛び後退ると地面を蹴ってすぐにまた飛び掛かってきた。神奈は先程のように右手の指を軽く動かしてからまた掌打を狼にかまそうと構えていたが直前で狼は飛び掛かりながら勢いよく体勢を傾けるようにして右前足の爪を振り下ろしてくる。
「う、っ……!」
何とか回避しようとするが神奈は自分の右腕に狼の爪を受けてしまう。爪が当たった場所からは血が噴き出し、神奈は左手で右腕を押さえて痛みに耐えながら一歩後退った。狼はそんな神奈を狙ってまた飛び掛かろうとする、かと思いきや神奈ではなく逃げ遅れた一人の男子生徒に飛び掛かってきた。
「うわあっ!! だ、誰か助けてくれ!!」
飛び掛かられた男子は仰向けに倒れ、その男子を覆い被さるように狼が近づき両方の前足で男子の両腕を踏むように押さえつけて動かないようにする。男子はもがいて退かそうとするが狼の身体は重くビクともしなかった。男子はもがきながら助けを求めるように神奈に視線を向ける。だが神奈は右腕を左手で押さえたまま呼吸を整えつつじっと見ているだけで助けに来ようとしない。そんな神奈を見て絶望する男子に狼が口を大きく開いた時。
「逃げて!!」
男子を襲おうとした狼目掛けて希が壊れていない机を持って駆け出し、狼に振り下ろした。攻撃が聴いたのか狼は男子を押さえつけるのを止めて希から逃げるようにゆっくりと離れる。すぐに希は机を放って男子を助け起こした。
「あ、ありがとう、希……!」
男子はよほど怖かったのか涙と鼻水でくしゃくしゃになった顔を希に向けて震えた声で言いながらふらふら立ち上がる。狼が離れたのを見て他の逃げ遅れた女子二人も希と男子に駆け寄ってきた。
「早く逃げよ! 希も急いで!」
「分かってる、今神奈も」
女子の一人が希に声をかけながら避難しようと走り、希は神奈も助けるために神奈の元へ向かおうとした直後。体勢を立て直した狼が体当たりをするように飛び掛かり希を大きく吹っ飛ばした。希は辺りに散らばった机や椅子にぶつかりながら地面に叩き付けられる。
「っぐ……!!」
全身の痛みに耐えながら何とか立ち上がるとまた狼は飛び掛かってきた。すぐに近くにあった椅子を手に取り大きく振りかぶって攻撃しようとするも狼の攻撃の方が強く、希は呆気なく椅子と一緒にまた大きく吹っ飛ばされる。椅子を手放しながら吹っ飛ばされ地面を転がり、痛みで呻きながら仰向けになると神奈が右腕を押さえながら冷めた目で見下ろしていた。
「……貴方、馬鹿ね。椅子や机で倒せるとでも思ったの?」
心配する事無く冷めた目でこちらをじっと見つめ、ちらりと視線を狼に向けながら神奈は言う。狼は希と神奈を睨み付けて牙を剥き出しにしながら唸り声を上げていた。希は痛みに耐えながらもフラフラと立ち上がる。
「ほ、んとうに……本当に何なんだあの狼……! あの狼の事、何か知って」
「邪魔よ。貴方には関係無いわ」
狼を指差して言うも神奈は遮るように言いながら希を退かして前に出ると自分の右腕の傷を押さえていた左手を離し、少し広げた状態で勢いよく振った。振った時、肌を刺すような寒さが希を襲う。神奈を見てみると、神奈が先程振った左手には槍が握られていた。刀身は冷気を放っており、水色で氷のように綺麗に透き通っている。神奈は左手に持った槍を一回転させると狼に向かって駆け出した。
「か、関係無いってそんな!」
駆け出した神奈に向かって希は少し情けなさそうな言い方で言うも神奈は希の言葉も聞かずに狼との戦闘を再開する。狼が口を大きく開けながら飛び掛かってくると神奈は槍を両手で持ち、柄の真ん中を狼にくわえさせると引っ張りながら胴体に蹴りをかます。狼は槍を口から離しながら後ろへ飛び後退り、神奈は狼が後退りしたと同時に踏み込みながら槍を振った。狼はまた飛び後退るが右前足に槍の刃先が掠り、痛がるように低く唸るように鳴きながらまたもや飛ぶように後退る。神奈はまた踏み込むが、狼は飛び後退りながら真後ろの黒板を両方の後ろ足で勢いよく蹴りながら体当たりをしてきた。神奈は防ぐ事が出来ず胸に食らいながら先程の希のように大きく吹っ飛ばされて地面を転がった。すぐに立ち上がるともう狼が飛び掛かってくる。
「っ……!」
「だああああああああああっ!!」
狼が神奈に飛び掛かる寸前で希が椅子で狼の飛び掛かりを防いだ。だが防いだとはいえ力はやはり強く、希は神奈と一緒に吹っ飛ばされ地面を転がっていく。希はまた痛みに耐えながら立ち上がろうとすると神奈に腕を掴まれる。
「邪魔をしないでと言ったでしょう、本当に馬鹿ね貴方って……!」
神奈は力を込めて腕を握り締めながら希を睨み付けてくる。意外と握り締めるその力は強かった。だが神奈はすぐに希の腕から手を離して先程傷を受けた自分の右腕を押さえる。慌てて希は神奈の右腕をどうにかしようと手を伸ばそうとするが神奈はその手を払う。
「早く失せて。あの三人はもうさっさと逃げて行ったわよ、貴方を置いて。貴方も早く行きなさい」
「……神奈は?」
「私は大丈夫だから」
「何で大丈夫なんだ、そんなケガしてるのに……!」
「別にすぐ治るわ。それにこの状況でケガしたから逃げなきゃとか言ってられないでしょう。……あの狼は私一人で充分だから」
神奈はゆっくりと立ち上がろうとするが右腕のケガのせいで上手く身体に力が入らないのか立ち上がってもその場でふらついてしまう。身体の不調に神奈は思わずちっ、と舌打ちをしながら槍を杖代わりにするように体勢を整えようとするがここで力が抜け、倒れそうになる。
「っ!……?」
倒れそうになった時、希が神奈の身体を支えた。身体を支えられた神奈は視線を希に向ける。希は神奈の顔を心配そうに真っ直ぐ見つめながらその場にゆっくりと座らせた。それから狼に向かって振り向きながら睨み付け、吹っ飛ばされた時に手放した椅子をもう一度手に取る。それを見た神奈は少し唖然としながら呆れた様に言った。
「……さっきも言ったでしょう、椅子や机で倒せると思ってるの?」
「何とかするよ。何とかするから。……だから逃げてよ」
「…………何とかなる訳ないでしょ、貴方震えて」
神奈に背を向け、狼を真っ直ぐ睨み付けながらそう返す希。神奈は希を後ろからじっと見つめる。彼の身体は小刻みにガクガクと震えていたのだ。椅子を持つ手も、両脚も、呼吸も、声も、恐怖で震えていた。神奈は呆れながらまた何か言おうとすると希は椅子を大きく振りかぶって駆け出した。
「うわあああああっ!!」
叫ぶような声を上げながら狼に向かって椅子を振り下ろすが狼は横へ飛ぶように移動して回避すると頭突きを希の脇腹に当てる。希は呻き声を漏らしながらその場でふらつくと狼は容赦なく体当たりで吹っ飛ばし、また大きく吹っ飛ばされた。
「っ……う、っぐ……!!」
転がりながら何とかまた近くにあった机を持ってふらつきながら振りかぶる。狼はまた飛び掛かり、今度は振りかぶったりはせずに持ってる机で押し出すように攻撃をしてきた。狼は一瞬怯むも希が持っていた机を数回攻撃して手離させ、希の腹を目掛けてまた頭突きをしてから右前足の爪を振り下ろしてくる。希は頭突きを食らいながら避けようとするが上手く避けれず背を向けた事で背中を爪で切り裂かれてしまう。
「が、っ……!!」
背中から大量の血を流しながらその場で転ぶ。希は何とか起き上がって振り向き、立とうとするも爪で切り裂かれた背中の傷など身体中の激痛のせいで立てず膝をついた状態になってしまう。呼吸を荒くしながら狼を睨み付けるが狼は唸り声を上げながらゆっくりと近づいてくる。希は自分の後ろにいる神奈を逃がそうと手で「早く逃げて」とジェスチャーをするが神奈はまだ逃げずに少し呆れた様な様子でこちらを見ていた。
「……だから言ったでしょ、何とかなる訳ないって。貴方って本当に物凄く馬鹿ね」
「……早く逃げ、っ!」
神奈の言った言葉を聞き、希は膝をついて神奈に背を向けたまま呟くように言いかけたがここで狼が飛び掛かった。これまでか。希は息を深めに吐きながらゆっくりと瞳を閉じようとした、と同時に突然希と飛び掛かってくる狼の間に何かが飛び出し、飛び掛かってきた狼を吹っ飛ばした。瞳を閉じようとした希とその様子を見ていた神奈は間に飛び出してきたものへと視線を向ける。
「……え。……な、にが」
希の前には灰色の狼がいた。大きさは襲い掛かってきた白い狼と同じ大きさで、灰色の狼は希を守るかのように前に立って相手の狼を睨み付けている。この狼も、昨日見た狼と同じだった。吹っ飛ばされた相手側の狼は倒れていたがゆっくりと起き上がり、自分を吹っ飛ばしてきた灰色の狼と睨み合う。
「仕方ないわね」
希の後ろにいた神奈は希と、希を守るように前にいる灰色の狼を交互に見てぼそりと呟く。
「貴方、死にたくないならそこの灰色の狼と『契約』しなさい。何故かは分からないけどその狼は貴方の事気に入ってるみたいよ、契約する気満々らしいわ」
「え?……契約ってどういう」
神奈の言葉を聞いて希は後ろを振り向きながら何とか立ち上がり、自分を守るように前にいる灰色の狼に視線を向けてみた。灰色の狼は希に振り向くとのしのしと近づき、顔を上げてじっと希の顔を見つめてくる。希もじっと灰色の狼の顔を見つめた。少しの間灰色の狼と見つめ合っていると神奈がまた声をかけてくる。
「モタモタしないで、早くしなさい。あの狼がまた来るわよ」
「け、契約って何!? 契約するとどうなるの!? それとどうやって契約をするとか」
「早くしなさい馬鹿!!」
「わ、っ……!? 怒鳴る事ないだろ、もう……!」
希は少し慌て気味になりながら神奈に質問をしようとするも神奈は質問に答えずイラついた様子で希を怒鳴りつけた。思わずビクッと一瞬希は震えるが情けないような表情で少し怒ったように軽く言い返し、灰色の狼にしっかりと視線を向ける。
「……俺と、契約?……っていうのをしてくれる?」
灰色の狼の瞳をじっと見つめて呟くように言うと、灰色の狼は返事をするかのようにバウッと一度鳴いた。それから灰色の狼は希の隣に立って敵側の狼を睨み付けて自分の四本の足で地面を踏みしめる。そして顔を勢いよく上げて長めの大きな雄叫びを上げた。雄叫びを上げている最中、痛いと感じるくらいに希の心臓が一度大きく飛び跳ねるようにして鳴った。思わず希は自分の胸を押さえようとすると、押さえようとした自分の右手に纏うように黒い霧状のものが発生したのに気づく。右手だけでなく、左手、両脚、頭、胴体と身体中に黒い霧状のものが纏うように発生していた。希は自分の身体中を素早く見回すようにしておろおろと慌てていたが、すぐに黒い霧状のものは消え灰色の狼も雄叫びを上げるのを止めた。
「…………何があ、っ!?」
何があったんだ、と言いかけた瞬間。自分の右手に刀が突然現れた。驚きながら落とさないようにすぐ両手で刀を握り締めて持ち、刀をじっと見つめる希。
「な、何だこれ、突然刀が……!?」
「構えなさい、あの狼が来るわよ」
「え、ちょっ!?」
唖然としながら刀を見つめていたが神奈の言葉を聞いて慌てて敵側の狼に視線を向けると、視線を向けたと同時に敵側の狼が飛び掛かってきた。