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April 9th.2

「はい、皆さんおはようございます」


教室に入ってきたのは眼鏡をかけていて少し白髪が生えた男性教師だった。一年B組の生徒は男性教師に向かって「おはようございます」と軽く頭を下げたりして挨拶を返した。男性教師は教卓で眼鏡を指で押してかけ直すようにしながら挨拶を聞いて頷く。


「えー……皆さんはこの高校に来たばかりなのでね、私の顔を忘れてしまった人のためにですね、もう一度自己紹介させていただきます。私は夜満兎高校の教頭です。趣味は囲碁だったりチェスだったり、テレビゲームやスマホゲームだったりします。いい歳した男がこういう趣味って変わってるでしょう。今日は代わりに担任を務めさせていただきますね」


ははは、と笑いながら白髪が少し生えた頭を掻きながら教頭は軽い自己紹介をする。教頭の自己紹介にB組の生徒達は和んだように小さく笑った。教頭はB組の和んでいる様子を見て安心したようにまた笑みを浮かべながら一つ咳き込む。


「さて、今日はですね。この一年B組に転入生が来るんです。今もうB組の教室の前で待機してるんですよ」


教頭が笑みを浮かべながら言うと、B組の生徒達はざわつき出す。「どんな子だろう」「可愛い子かな」「カッコイイ男子かな」などと近くの友人達と話し始めた。


「それでは、入ってきてください」


教頭は教卓側の教室の扉に向かって声をかける。すると教卓側の教室の扉が開かれ、転入生が入って来た瞬間一瞬だけB組の教室内が冬のように寒くなった。今日は天気も良く寒くないはずなのに、一瞬だけ肌をまるで撫でる様な寒気を感じた。B組の教室にいる生徒も教頭も寒気を感じて一度ぶるっと震えたりする。希も寒気を感じたが、この寒気を希は体験した事があった。これは昨日、外に出ている時感じた寒気だ。何でまた……と思っていたがすぐに、違う違う昨日のは夢なんだ。ただの幻覚なんだ。流石に有り得ないとまた自分の心の中で焦るように考え直す。だが昨日の寒気はハッキリと覚えていた。今感じた寒気と昨日の寒気は一緒だった。


「……一体どうなって」


希は呟きかけたがB組の男女のざわつきで掻き消された。周りからは「すげえ可愛い」「超美人!」「モデルさんかな?」「素敵!」という声が上がっていく。希は下を向いて考え事をしていたせいで転入生の姿が分からなかったため、顔を上げて姿を見てみる。


「えー、今日から彼女はこの一年B組で皆さんと一緒に」


教頭はもう転入生の事を紹介していた。その教頭の隣に立っていたのは一人の少女だった。まず視線が行ったのは少女の髪だった。髪の色は美しい銀色で、長さは背中まである。綺麗に整った顔立ちは美人女優とか美少女アイドルとは比べ物にならないほど美しく、体型もモデルのように華奢で肌も雪のように白く、スカートから伸びたスラッとした細長い脚は黒タイツで覆われていた。まるで別の世界から来たんじゃないかと思うくらいの美しい少女だった。希も思わずじっとその転入生の少女の姿を見つめてしまっていると、すぐに我に返ったかのように瞬きをして自分の額を撫でる。そしてもう一度転入生の少女の姿を見てみると気づく。転入生の少女はじっと希を見つめていたのだ。真っ直ぐと。宝石のような綺麗な水色の瞳で見られていた。


「…………ぇ。……え?」


少し焦ったようにぽかーんとしていたが少女に見つめられ続けているとだんだん寒くなってきた。またこの感覚か、と思ったが寒さはどんどん強くなっていく。肌に突き刺してくるかのような寒気、ついには身体の中がどんどん冷えていくような感覚を受けて思わず自分の胸を押さえて震え出す。苦しさと寒さを感じて胸を押さえたまま震えながらじっと少女をまた見つめ返してみる。


「…………」


少女はまだ希を見つめ続けているがここで突然突き刺すような寒さと身体の中が冷えていくような感覚が消えた。ほっと希は息を深く吐きながら自分の胸を擦る。


「初めまして。久那霧(くなぎり) 神奈(かみな)です。よろしくお願いします」


ここで転入生の少女が口を開き、澄んだ声で自分の名を言った。転入生の少女は久那霧神奈というそうだ。神奈はまだじっと希を見つめている。


「えー、では神奈さん。貴方の席は……彼の隣ですね」


神奈が名乗り終えると教頭は手を伸ばして神奈の席を示す。示された場所は希の席の左隣だった。神奈の席が自分の左隣だと気づいた希は驚いたように瞳を見開いて少し慌てる。それを聞いたグループを作っていた女子達は席が離れているにも関わらず希を睨みつけた。


「よかったじゃないか」


希の右隣の席に座っていた椿は少しおかしそうに笑いながら希に声をかける。希は何か返そうとしたが既に神奈が鞄を持ってスタスタと自分の左隣の席に座った。神奈が自分の近くを通る時、ひんやりとした冷たい空気を感じて思わず振り向いてしまう。


「貴方は才能があるのかしらね」


神奈は頬杖をついてこちらをじっと見つめながら呟くようにそう言ったのだった。突然そんな事を言われて希は固まる。


「……え。……何の、事」


「何でもないわ?……まあ、よろしくね」


少しだけ間が空いてから聞いてみるも神奈はさらりと返して頬杖をついたまま視線を希から教頭が立っている教卓側へと向けた。希は教卓側を向いている神奈を少しじっと見つめていたが首を傾げながら自分も教卓側を向く。


「皆さん仲良くしてくださいね。それと連絡です、今日はこの後緊急で全校集会があります。遅れないように体育館へ集合してください」


ここでまた教頭が言う。だが教頭の表情は先ほどの楽しそうな笑みを浮かべておらず、重々しく悲しい表情をしていた。椿がその表情に気づき、何か聞こうとしたが教頭は教室の扉を開けて教室を出て行った。出て行った瞬間B組の男女はすぐに立ち上がって席に座っている神奈に一斉に駆け寄っていく。希は椿と一緒に体育館へ行こうと立ち上がるが先程睨んでいたグループの女子達が押し飛ばすように退かしたせいで転んでしまう。転んだ希を見て椿が慌てて駆け寄る。


「大丈夫か。……転入生に夢中だな」


希を助け起こしながら神奈に質問攻めをする男女を見て椿は少し呆れた様子で言った。「好きな男のタイプは!?」だの「彼氏とかいるの!?」だの「メアド教えて!」とか「何処から来たの!?」とか次々と質問を神奈にしていく。違う質問を同時に言ってきたり同じような質問が連続で来たりとしてきているせいか神奈はうんざりしたような表情で席を立つ。彼女も体育館へもう行くつもりらしい。神奈の後をB組の男子と女子達はぞろぞろと着いていく。


「……凄いね人気」


「モテる女は辛い、というやつだな」


「椿も辛いだろ、いつも」


「まさか。……俺がモテる訳ないだろう?」


もう体育館へ向かおうと廊下を一緒に歩いていた希と椿は自分達の後ろで会話をしながら歩いている神奈とB組の男女達を見て話していた。神奈はうんざりとした様子で相槌を打ちながら話している。その様子を見て希と椿は苦笑し合いながらまた前を向いて体育館へ向かおうとした。すると後ろの方でこんな言葉が。


「ねえ、希が何か言ったりしたら何も信じなくていいし頼み事とかしてきたら遠慮なく断っていいからね。あんな奴とは関わらない方がいいわよ、あんなゴミと」


一人の女子がそう言った。その言葉が聞こえた椿は瞳を見開き立ち止まって怒りのあまり歯を食い縛りながら後ろを振り向き睨みつける。睨みつけてきた瞬間神奈と、神奈と一緒にいた男女はその場で立ち止まった。椿はそれから希の事を言った女子に近づこうとし、希がすぐにそんな彼の腕を掴んで阻止する。


「希……!!」


「椿、いいんだ。……間違ってない」


腕を掴まれて阻止された椿は希に向かって振り向くと怒りを抑えながら悔しそうな様子で希を見つめた。希は僅かに苦笑しながら椿に向かって優しく言う。


「だがお前は……!」


「全校集会遅れると悪いしさ、早く行こう」


椿はまた言おうとするが希はそれを遮るようにまた優しく声をかけると椿の腕を離して優しく肩を叩きながらまた歩き出した。椿は立ち止まったまま歩いていく希の後姿を見つめ、それから後ろを振り向いて希の事を言った女子を睨みつけるとまた前を向いて希の後を追いかけるように小走りで向かう。


「……ほんとあいつ希の事好きよね、希の何処がいいんだか」


「ホモなんじゃないの」


先程言った女子グループのリーダーらしき女子生徒が呟くように言うと同じグループの一人の女子がそう返し、グループの女子達が鼻で馬鹿にしたように笑う。


「おい、てめえら」


神奈や他の男女と一緒にいた内の一人の男子がグループの女子達を睨みつけながら文句を言おうと出てきた。それを見た他の男子数人が慌てて「落ち着け」と出てきた男子を何とか抑えさせる。椿のように文句を言おうと出てきた男子は悔しそうに下唇を噛んで黙った。


「それでね、神奈。さっきの希って奴は」


「しつこいわ。いちいちそういう情報を私に言わないでくれるかしら? 今だけじゃなく教室でだって質問攻めばかり、私昨日は大変だったんだから。身体的だけじゃなく精神的にもこれ以上私を疲れさせないで」


グループの一人の女子がまた何か言おうとした時、神奈はため息を吐きながらすたすたと男女達から離れるように早く歩いて不機嫌そうに言った。グループの女子達は少し焦ったように神奈を呼び止めようとするが神奈は全く聞かずにすたすたと早歩きで体育館へと向かって行く。








時刻は午前九時三十分。体育館には夜満兎高校の全校生徒と教師が集まっていた。しかしよく周りを見てみると何故か警察官が十人ほど体育館にいたのだ。多くの生徒達がそれに気づきざわついていた。教師達もよく見てみると顔を真っ青にしてガタガタと怯えていたり、常に警戒するように体育館内を見回したりしている。


「……何で警察までいるんだ?」


「……嫌な予感がする」


一年B組の列にて、希はすぐ近くの椿に小声で聞いてみた。椿は険しい表情で希に視線を向けないままぽつりと小声で呟くように返す。するとステージに小太りで頭は剥げかけている中年の男性がマイクを持って上がってきた。どうやらこの夜満兎高校の校長らしい。


「皆さん、おはようございます」


校長は重々しい声で挨拶をした。校長の挨拶の後、全校生徒達は頭を下げながら挨拶を返す。


「えー……今日は緊急で全校集会を開かせていただきました。今から話す事ですが、皆さん落ち着いてよく聞いていてください」


喋っている校長の顔をよく見てみると顔は真っ青で、冷や汗をだらだらと流して何かに怯えているかのようだった。校長は一旦マイクを持つ手を降ろして深呼吸を始め、少し続けてから終えると話し始めた。


「夜満兎高校の教師である、鈴木先生ですが……」


校長は冷や汗を流しながら喋っていたがここで黙り込み、冷や汗を滝のように流しながら瞳を閉じる。鈴木先生とは以前から夜満兎高校にいる男性教師で、今年は一年B組の担任になっていた。昨日B組の生徒達は初めて鈴木先生に会ったがとてもいい先生だった、と全員言っていた。真面目そうな外見だが明るくて優しく、他の学年の生徒達からも評判がよかった。今日はまだその姿を見ていない。

瞳を閉じて喋っていた校長は覚悟を決めたかのように瞳を開いて息を吸い、言った。


「夜満兎高校の教師である鈴木先生が今朝、自宅前で遺体で発見されました」


校長が僅かに震えた声で言うと、静かになっていた全校生徒達はざわつき始める。冗談だろ、という声がちらほらと聞こえてきたが校長は自分の顔を流れる冷や汗をマイクを持っていない手で拭いながらまた話を続けた。


「警察の方からの話によると鈴木先生の遺体には脇腹や胸の肉、手首などを食い千切られたような跡があり……近所の方が発見し、すぐに警察に連絡をしたそうです。体育館に来た時皆さん分かったと思いますが、体育館内には既に警察の方がいらっしゃっております。…皆さんへ今朝の事件の連絡が遅れてしまい大変申し訳ございませんでした」


校長は冷や汗を流しながら震えた声で言うとその場で深く頭を下げた。話を聞いて嘘じゃないという事が分かった生徒達は大騒ぎし始める。悲鳴を上げる生徒や鈴木先生の死を悲しんだり恐怖で泣き出したりする生徒、恐怖で過呼吸になったりその場で嘔吐してしまう生徒の姿もあった。


「皆落ち着いて! 大丈夫!」


「大丈夫だ皆、慌てるな! ちゃんと警察の方や先生達がいるんだ! まずは落ち着こう!」


パニック状態になった生徒達を見て慌てて教師達が駆け寄ってくる。だが生徒達のパニック状態は収まらない。


「皆さん落ち着いてください、皆さんは指示が出るまで自教室で待機していてください! 絶対に学校から出てはいけません! 現在夜満兎高校周辺でも厳戒態勢で……皆さん、大丈夫! 大丈夫です! 落ち着いてください!」


体育館で待機していた警察の一人がマイクを他の教師から受け取り生徒達を落ち着かせようと話し始めるもやはり生徒達のパニック状態は収まらず落ち着く気配はなかった。





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