April 15th,2
「深夜の変死事件についての情報、ね」
希と神奈にじっと視線を向けてから薊は腕を組み、唸り声を上げる。今、希達は夜満兎町にある図書館、『夜文図書館』という場所にいた。深夜の変死事件について調べたい事もあり、メールで薊と江練にも協力してほしいという事を薊に伝えたのだ。そして集合場所としてこの夜文図書館に集まった。
「江練はもう情報収集に出てるとはね……」
「うん、連絡してみたけどもう事件分かった直後に家出て情報収集やってたからね……やっぱり流石というか」
江練が今いないのは既に情報収集をするために夜満兎町内を現在も探索し回っているからのようだ。今は希、神奈、薊の三人で集まっている。館内は変死事件が深夜にあったのと夜文図書館が開いたばかりなのか、利用客は自分達しかいなかった。
「さて、深夜の変死事件についての情報だけど。そっちは何か情報は掴めたの?」
「何も掴めなかったよ。全然」
「んー……あたしも今は全然情報が掴めてないかな。聞こうとしても皆怖がって家に籠っちゃったからね。変死事件は最近頻繁になってくし」
薊の問いに希は申し訳なさそうに首を横に振る。現場付近の住民達に色々と聞いてみたが詳しい事に関しては何も分からなかった。住民達は事件が起きた時間帯は熟睡していて分からなかった様だ。半分はその変死事件に関して怯えて何も喋れない者も多く(もちろん変死事件に関して詳しい事は何も知らなかったが)、これ以上聞くとあのマスコミ達がやるような人の傷口を抉る行為になってしまうため、希はこれ以上深く聞くのを止めて別の方法で情報収集をする事にしていた。
「被害に遭った男三人についてはあたし、ちょっとだけ知ってるよ」
「知ってるの?」
薊の言葉に希は顔を上げ、ポケットに入っていたペンとメモ帳を取り出しメモの準備にかかる。薊はそれを見て準備が出来たのを確認してから喋り始めた。
「いつも三人でつるんでて……まあ、評判は悪いね。カツアゲとか暴力沙汰とかでよく警察のお世話になってる人で、何度も何度も注意とか逮捕したりしても反省ゼロ。夜中に近所迷惑な事もやったりしてたから夜満兎町の住民達からは嫌われてる人達なの。今回の変死事件で町の住民達から『天罰が下った』って言われてる」
薊の口から被害に遭った男三人の情報を聞き、希は黙ってペンを動かしてメモをしていく。メモには「三人とも悪人」「住民達から嫌われてる」「夜中に被害に遭った」などと情報を書いて希は唸り声を上げた。この情報だけだとあまり分からない。事件を起こした魔物は夜行性なのだろうか、と唸りながら考え込む。
と、ここで突然音楽が静かな図書館内に鳴り響く。その音楽は薊のポケットから出ており、薊はそのポケットに手を突っ込むとスマホを取り出した。音楽はメールが届いたという知らせだったようで、薊はスマホを開いてみる。
「江練さんから連絡。深夜に男三人の断末魔が聞こえたっていう人と、深夜に男三人の話し声を聞いたっていう人がいたみたい。んでね、男三人はその時誰かに絡んでた感じだったって」
薊は自分のスマホに届いた江練からのメールの内容を見て希と神奈に伝えた。希と神奈はその内容を聞いて素早く振り向く。
「誰かに、絡んでた……?」
「うん、どうもまた悪さする感じで誰かに絡んでて……それと、聞こえた会話の中で『おにいさん』って聞こえたんだってさ。でもこの話し声を聞いたっていう情報言ってた人はもう凄く眠かったから途中で寝ちゃって後は分からないって。……んで、断末魔が聞こえたって言ってた人はすぐに警察を呼んで……怖くて外の現場は見れなかったって」
希は慌ててまたすぐに情報をメモをしながら薊に視線を向ける。
「おにいさん……って事は、その誰かは男?」
「うん、多分。……普通に話しかけてる辺り、その誰かは人間なはず」
薊はメールに視線を向けたまま情報を言いながら頭を掻いた。男三人は殺される前に一人の男に絡んでいたという。男三人と足すと計四人だ。しかし遺体は男三人のものしかなかった。普通魔物は希のフェンリルや江練のアスモデウス、薊のタマのように全員が友好的な訳ではない。むしろフェンリル達のような人間に対して友好的な魔物は少ない。ほとんどの魔物は全ての生物、人間達を餌として見て襲い掛かってくる。どんな人間であろうと。ならば絡まれたそのもう一人の男も、男三人と一緒に魔物に殺されてるはずだ。
「……まさか、その人が三人を?」
希は腕を組んで考え込み、それからぽつりと呟くように言ってみる。その後すぐに首を僅かに傾げてぶつぶつと呟く。
「そうだね。それに契約者だったら武器はすぐに出したり消したり出来るから。……契約者が犯人な可能性が高いよ」
薊は頷きながら答える。希は瞳を見開きながら薊に視線を向け直す。
「け、契約者が犯人!?」
「うん、可能性は高いかも。だって外でバラバラ切断だよ? 普通の刃物系だと多分時間はかかるし、それも男三人だからもっと時間かかる。それに深夜に断末魔が聞こえたって事はもうすぐその場で、男三人の意識があるうちにバラバラにされたんだと思う。断末魔が聞こえたっていう人は断末魔が聞こえてからすぐに警察に連絡したし……警察が到着した時にはもう既に男三人の身体はバラバラに切断されてあったんだってさ。……普通の人間が出来る事じゃあないと思うな、あたし」
「なら、その人を見つけなきゃ……え、でも警察にどう説明すればいいんだろ、その人が本当に契約者で犯人で、もし見つけたとしても『この人契約者です、この人が三人を殺しました』とか言っても信じてもらえないでしょ……!?」
「だろうね」
「当たり前だわ」
「そんなハッキリと……! どう探す? そして見つけたらどうするの……!?」
「そりゃ戦うしかないよ、契約者の力を持ってる犯人が黙って何もしない訳ないでしょ?」
「せいぜい貴方はバラバラにされないように努力する事ね」
「他人事みたいに言うなよ神奈……!」
「おい、君達」
希、薊、神奈の三人は喋り続ければ喋り続けるほど声の大きさが増していく。希は冷や汗を流しながら深刻な様子で、薊は落ち着いてるように冷静な様子で、神奈はいつもと同じ呑気に腕を組んだまま他人事のように聞き流している様子で話し合う。
そうしていると後ろから男性の声が聞こえた。男性の声に気づき、希達三人は振り向いてみる。後ろには椅子に座って読書をしている眼鏡の男性が、こちらをじっと瞳を細めて見つめていた。歳は二十代前半ぐらいだろうか。
「ここは図書館だ。スマホの音を鳴らしたり大きめの声で話したりと、さっきからマナー違反行為ばかりだな。そういう事をするなら図書館の外でしてほしいんだが、ダメかい?」
右手で少し短めの黒髪を整えてから眼鏡を中指で優しめに押しながら視線を前方にいる希達に向けて言ってきた。希と薊の二人がしまった、と言いたさそうにしておろおろとする。
「す、すみません、すぐ出ます……!」
「ごめんなさいっ」
「いいんだ、次からは気を付けてくれれば構わない。何か調べ物をしていたのかい?」
慌てて希と薊が謝り、何も謝ったりしない神奈を連れて図書館から出るためにこの場から立ち去ろうとするが眼鏡の男性は呼び止めるように聞いてきた。三人は立ち止まって視線を眼鏡の男性に向ける。眼鏡の男性は先程まで読んでいた本をまだ開いて持ったまま三人をじっと見つめていた。そう聞かれると希はまたおろおろとし始め、薊が一歩前に出て答える。
「ちょっと色々と。勉強関連ですけどねー? ほら、定期テスト日まであっという間に日が経っていくかもしれませんし、一応今のうちに予習復習とかしようと。ね?」
「そうか。今では高校の定期テストは変死事件の問題も出るという訳だね」
薊は誤魔化すように嘘を答えたが眼鏡の男性は自分達が話していた内容をしっかりと聞いていたようで平然とした様子のままそう返してきた。う、と薊は小さく呻くような唸るような声を上げて助けを求めるように希と神奈に視線を向けてくる。希もまたもやおろおろとしてから自分も神奈に視線を向けた。二人に視線を向けられた神奈は呆れたようにため息を吐いた。その三人の様子を見て眼鏡の男性は口を開く。
「まあ、色々と調べたくなるのは無理もない。今回のも含めて、奇妙な死に方ばかりだからね。一体どうやって、とも思ってしまうだろう。……魔法でも使っているのかもしれない」
そう言って眼鏡の男性は自分が先程まで読んでいた本を閉じ、表紙を上にして目の前のテーブルに置いた。眼鏡の男性が読んでいたのは魔法が出てくるファンタジー系の分厚い小説だった。その近くにはこの本の続編や、この本のような魔法が出てくるファンタジー系の小説が数冊積み重ねられて置いてある。
「調べる、という事は大事だ。だが最低限でも普通の日常を過ごしたいのであれば、今回のも含めた変死事件について調べるのはもう止めにするんだ。……深く進めば進むほど、もう後戻りは出来なくなる。それを忘れないように。……それだけだ、急に呼び止めたりしてすまなかったね」
眼鏡の男性は眼鏡を指で優しく押してかけ直しながら喋り終えると、先程テーブルに置いた読んでいた本を手に取り、開いてまた読み始めた。眼鏡の男性の言葉を聞いて三人は顔を見合わせてから眼鏡の男性に向かって軽く頭を下げて静かにその場から去る。
「……あの人、いつからいたんだろ。全然気が付かなかった」
図書館の出入り口へ歩きながら後ろを振り向いて希は小さく呟いた。
「さて、こっからどう敵を見つけるかだ。犯人の魔物は一体どんな奴か……」
一方、利人は辺りを警戒するように見回しながら独り言のように呟く。遺体はのこぎりやチェーンソーのようなギザギザのもので切断された跡があった。ギザギザの刃物を使う魔物はいるのだろうか、と利人はため息を深く吐きながら警戒しながら辺りをじっくりと見回しながら歩く。歩き続けて右の道を進もうと右の曲がり角を曲がろうとした瞬間、誰かと勢いよくぶつかった。本当に勢いがよかったのか、利人は軽く後ろへ吹っ飛ばされながら尻餅をつく。
「いって……!」
尻を擦りながら「何処見て歩いてんだよ」と文句を言い掛けたが突然ぶつかった者がふらつきながらも勢いよくまたこちらに向かってきた。利人はすぐに身構えようとするがぶつかった者は素早く左手で利人の肩を掴んだ。
「た、た、た、た、たす、たすっ、た……たすけ、たすた、たすけっ、て、くれ……助けてくれ……!!」
ぶつかってきた者はガタガタと震えながら震え声のままそう言ってきた。ぶつかってきた者は男。利人はこの男の顔に見覚えがあった。この男、自分が先程会った記者の一人だ。涙と鼻水を大量に流しながら利人を見つめたままガタガタと震えていた。肩を左手で掴まれているため、その震えがよく分かった。落ち着いて、と言おうとしたが記者の男の姿を見て瞳を見開きながら息を呑む。
「……な、何ですかそれ、一体何が!?」
利人も声を震わせながら記者の男の姿を見つめながら言う。記者の男は血塗れだった。返り血かと思いきやそうではないらしい。記者の男が着ている黒いスーツは所々からどんどん血が滲んできている。この記者の男もケガをしたらしい。それだけではない。記者の男は左手で肩を掴んできているため利人はその左手に視線がいってしまい、気が付かなかったがこの記者の男、右腕が無かった。無くなった右腕の跡からは血が滴り落ちている。
「に、に、にんげ、……に、人間……に、人間……っ、っ……!!ばけっ、ば、化け物……!!」
怯えているせいか物凄く焦りながら途切れ途切れな言い方で記者の男は言う。利人は慌てて記者の男を支えるようにしながら話を聞く。
「人間? 化け物? 一体何が!?」
「あ、ああ、あっちの公園、で……皆が、皆が……殺されて……ひ、酷いやり方で……け、け、警察、を、呼んで、い、いや、警察じゃ無理、だ……ぐ、ぐ、軍隊とか、よ、呼んで……!!」
ガタガタと恐怖で怯えながら、公園がある今自分が逃げてきた道を指差し、焦りながら途切れ途切れに言う。利人は指を差した方角に視線を向けた。
『人間、化け物……恐らく契約者の事だろうな。契約者はお前と私のように『人間と神』で契約も出来るが『人間と魔物』でも契約をする事が出来る』
記者の男を支えながら公園がある方角を見ているとヴィーザルが脳内に喋りかけてきた。それを聞いた利人は驚く。人間と魔物が契約をする、組むという事は知らなかった。何で人間と魔物が、と利人は驚きながらもすぐにスマホを取り出して救急車が来るよう連絡をした。連絡を終えると利人はスマホをしまう。
「……馬鹿じゃねえのか、魔物と人間が組むなんて……人を次々と玩具みてえに殺していった奴等と組んで……殺人ってか……!!」
怒りのあまり利人は拳を握り締めて歯を食い縛りながら震える。それから支えていた記者の男をその場にそっと座らせた。
「絶対許さねえ……絶対この手で……!!」
自分の顔の前で右手の拳を握り締め、利人は公園のある道へと全力で駆け出した。
「お、おい!! 待って!! そっちは危険だ、殺される、殺されるぞおおおおおっ!!」
突然走り出した利人を見て驚き、記者の男はその場に座り込んでいたがふらふらと立ち上がって利人に手を伸ばしながら大声で叫んだ。しかし利人は立ち止まらずに公園のある方へ全力で走っていく。記者の男は後ろへ後退りながら残っている左手でポケットから逃げている途中に転んだり、襲われた拍子で画面が割れたスマホを取り出して警察に連絡をしようとする。
「も、も、もしもし、け、け、けけ警察ですか……!? すぐに、す、す、すぐに公園に行ってください、武器とかも、持って、持っ、持って数十人はいっ、行ってください……! あ、あああ、あと、高校生ぐらいの男の子が向かって、るんです、い、い、急っ」
後ろへ下がっていると突然誰かに口に掌の中心を押し付けられながら両方の頬を掴まれ、曲がり角へと引っ込まされた。
「俺から逃げ切れると思ったか」
公園で聞いたあの声が、自分の間近で聞こえた。まだ口を掌の中心で塞がれて両方の頬を掴まれている記者の男はその声を聞いてぼろぼろっと大粒の涙を大量に流し、ガタガタと先程よりもより一層恐怖で震えながらゆっくりと視線を向けようとする。男の両方の頬を掴んだままの右手はぐい、とその手で記者の男を向かせてきた。
「しかし、先程はうっかりしていた。手袋をするのを忘れて素手で始末していたからな。証拠が残らないように、素手で触れた場所はいつも以上にグチャグチャにした」
フードを深く被った黒ジャンパーの男は記者の男の両方の頬を掴む右手、今は何も動かしていない左手に視線を向けて言った。黒ジャンパーの男の両手は黒の革手袋をしていた。
「まあ、黒の革手袋をしていてもしっかり証拠を消すために……お前はグチャグチャにする必要はある。お前を逃がさないために俺はお前の右腕をもぎ、貴様の胴体を抉った。だがその跡は残しておけば、俺を見つけるための証拠となるかもしれない。……確実に逃がさず始末するためにつけた跡は、残したままにはしない。つけたら全て消すためにグチャグチャにする。念入りに、念入りに……もちろんどんな奴にもやっている」
黒の革手袋をした右手で記者の男を掴みながら喋り続ける。あまりの恐怖で記者の男は小便を漏らしていた。自分は今から殺される。公園で他の奴等にやったような、あの酷い殺し方で。公園での惨劇をまた思い出した。そしてこの黒ジャンパーの男を撮った報道陣も思い出す。どうしてあいつ等はこの男を撮ったんだ。どうして勝手に撮ったんだろう。撮らなければ、自分や他の奴等は今こうやって酷い目に遭う事はなかったはずだ。畜生、あいつ等のせいで。記者の男は涙と鼻水を垂れ流しながら心の中で呟く。
「今、公園で俺を撮った奴を恨んでいるな? 俺を恐れながら、撮ったそいつを恨んでいるな?……安心しろ、奴は念入りに殺した。首の骨を折っただけでは気が済まなかったもので、頭を踏み砕いてやった。気は晴れたか?」
記者の男が心の中で思った事を黒ジャンパーの男は当てた。黒ジャンパーの男への恐怖のあまり、自分が心の中で思った事を当てられた事もとてつもない恐怖に感じた。涙が溢れる。今から殺されると思うと恐怖から吐き気が増していく。だが、『助けて』と叫ぼうとも言おうとも思わなかった。両方の頬を掴まれながら口を塞がれているだけでなく、恐怖で声が出せなくなってしまったようだった。
そして、口が塞がれてなくても、声が出せるとしても、叫んでも無駄だと思ったからだ。
「……さて、そろそろ時間だ。今日は約束をしていたんだが、もう約束の時間をとっくに過ぎてしまっている。これでは奴が怒るだろうな」
記者の男の両方の頬を掴む黒ジャンパーの男の右手に力がだんだん入っていく。記者の男の意識はゆっくりと遠のいていくのだった。