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April 15th








朝。太陽の光がカーテンの隙間から自分の顔を照らしてきた。希は眩しそうに閉じていた瞳をぎゅっと先程よりも強めに閉じてから身を捩らせてゆっくりと起き上がる。もう朝か。希は伸びを軽くしながらあくびをしつつ、自分のスマホをつけて時間を見てみた。


「九時四十分、か」


時刻は午前九時四十分。希はそう呟きながらまたあくびをしながらベッドから降りようとする。降りるためにベッドから座った体勢になってから動きが止まる。それからすぐに先程つけたスマホを手に取り時間をもう一度確認してみた。時刻は午前九時四十分と表示されている。今、四十一分に変わった。


「遅刻じゃないか!!」


希は大声を上げながら急いで寝間着を脱ぎ放り投げ、かけてあった制服を掴むとワイシャツ、制服の順に着ると鞄とスマホを流れる様に取り、大急ぎでドタバタと廊下を走ってリビングへ向かう。リビングでは神奈がソファーに座ってテレビをのんびりと眺めていた。希はスマホと鞄をテーブルに置きながら支度を始める。


「神奈!? 遅刻だよ!? というか何で起こしてくれなかったのさ!?」


「休みだからよ。学校からのメールは見ていないの?」


「見てない! 早く支度しないと!!」


「見なさい、学校からのメールを」


「見ても無駄だって大遅刻だ! 授業とかもう始まってる時間だよこれ!!」


「学校からのメールを見なさいと言ってるでしょう、休みだと連絡があるわ」


「嘘だそんなの! あっやばいスマホ置き忘れた部屋に!!」


「はあ」


「取ってくる!!」


ソファーに座ったまま平然と答える神奈に対して希は大慌てでその場をうろうろとしながら学校へ行く支度を続ける。それから本人はスマホを置き忘れたと言ってリビングを飛び出して自分の部屋へ急いで戻って行った。その姿を神奈は心底呆れた様子で見ていた。何故ならスマホはさっきからテーブルに置いてあるのだ。慌てているせいかスマホをテーブルに置いた事も忘れている様だ。神奈は溜め息を吐きながらまた視線をテレビに向けた。少し経つと希が戻ってくる。


「無い!! 俺のスマホ知らない!?」


「そこのテーブルに鞄と一緒に置いてある物は何て言う名前なのかしら」


「え!?……あるじゃん……!」


大慌てで辺りを見回し続けながら聞く希に対して神奈は首を横に振った。希はテーブルに視線を向けると自分のスマホに気づき、先程リビングに来た時置いた事も今ようやく思い出して恥ずかしそうに顔を真っ赤にする。それから少し落ち着いたのかスマホをつけてみた。よく見てみると画面の上の方にある通知欄には新着メールの通知があった。学校からのものだという事が通知欄でも分かり、開いてみる。




『件名 夜満兎高校に通う生徒の皆様へ

 本文 深夜に夜満兎高校付近で変死事件が発生した事が分かり、休校とします。一歩も家から出ないようにお願い致します』




「ほ、ほんとだ……休みになってるし……」


メールを見てはあ、とため息を吐きながらがっくりと項垂れスマホの画面を消そうとする。しかし消そうとした直前で固まり、慌ててメール画面をもう一度見た。


「深夜に、変死事件……!?」


希はスマホを持つ手を震えさせながら画面を瞳を見開いて見つめる。それからばっ、と勢いよくテレビに顔を向けた。今ついているのはニュース番組。慌てて神奈が座るソファーに近づいて見てみると、今その変死事件の事が流れていた。


【現場には三人の男性の遺体があり、三人の遺体には何度も殴られたような傷跡や首、腕、脚などをバラバラに切断されていました。警察は連続で発生している変死事件に関係していると見て、捜査を続けています】


それを見た希はすぐにまたリビングから飛び出し、自分の部屋へと走って向かう。神奈はちらりとその様子をソファーに座ったまま見つめてからまた視線をニュース番組を映すテレビの画面へと向けた。それから先程のようにまた少し経つと、ジーンズを穿いて白の長袖Tシャツに薄生地の黒パーカーを羽織った私服姿の希がリビングに戻ってくる。手にはメモ帳とボールペン、江練が昨日学校で書いてくれた魔物の情報が書かれたノートがあり、小さめのリュックも担いでいた。


「神奈、行こう」


希はメモ帳とボールペンをポケットにしまい、魔物の情報が書かれたノートを担いでいた小さめのリュックに入れながら神奈に声をかける。情報収集に行くつもりらしい。神奈はソファーに座ったまま視線だけをこちらに向けてきた。


「……私も行く前提になっているのはどうしてかしら」


「色々調べたいってそっちも言っただろ?」


溜め息混じりに言ってきた神奈に希はそう返す。神奈は何度目かの溜め息を吐きながら面倒臭そうに立ち上がった。


「まあいいわ。流石にずっと動かないのも身体に悪いし。……着いて行ってあげるわ」


ふうー、と息を深く吐きながら神奈は瞳を閉じてすたすたとリビングから出て行く。希はそれを見るとテレビの電源を消してから自分も小走りで後を追った。
















「しかし、お前の父上と母上は良い人ではないか。私を受け入れてくれるとは」


「……バレるとは思わなかったよ」


利人宅のリビングにて、椅子に座って口元を布巾で拭いながら満足そうにヴィーザルは台所で食器を洗っている私服姿の利人に声をかけた。利人は朝食で使った皿を洗いながらため息を僅かに吐きつつそう返す。どうやら利人の両親にヴィーザルの存在がバレたらしく、利人は「日本に来たばかりで困ってるからしばらくウチに住ませてほしい」と誤魔化して頼んだところ、利人の両親は快く了解してくれた。


「……お前は『日本に来たものの日本語ももちろん分からない事だらけで困ってた外国人』って設定だからな、何とか外国人っぽく振る舞ってくれよ」


「どう振る舞えばいい? こう言えばいいか?」


「……言ってみろよ」


「利人の父上、利人の母上よ! 我はヴィーザル、外国人だ!! 日本に来たが分からない事だらけだ!! 日本語も全く喋れぬ!! よろしく頼む!!」


「俺が悪かった」


自信満々に腕を組み堂々と大声で喋るヴィーザルに対し利人は深く項垂れながら呟くように返した。完璧系な女性かと思いきやこのヴィーザル、かなりのド天然だ。戦闘面に関しては物凄く頼れる存在である。心強いパートナーだ。だがそれ以外、生活面に関しては何処か抜けている。さっきも朝食を作ると言い出してきて、いざ任せると米を綺麗にしたいという事で食器用洗剤を手に取ってきたのだ。利人は大慌てで駆け寄ってすぐにヴィーザルを台所から追い出し、結局朝食はヴィーザルのと自分のと二人分自分が作った。今食べ終わって食器を洗っているところだ。


「利人、私も手伝おう」


「いやいい」


椅子に座るヴィーザルがそう言いながら立ち上がろうとすると利人は即答した。利人は嫌な予感がしたのだ。料理だけなのかと思ったがもしかしたら他の家事面でも……と利人は少し不安な気持ちを抱きつつ皿を洗い続ける。


「そうはいかない。私は騎士だ。騎士として、何もしない訳にはいかん」


ヴィーザルは利人の言葉も聞かず立ち上がって台所に入ってきた。入ってきたのを見て利人はギョッとしながら振り向く。ヴィーザルはまだ洗っていない皿に手を伸ばそうとするがすぐに利人は身体をヴィーザルに押し付けるようにして触らせないようにする。しかしヴィーザルも負けじを床を踏み締めて踏ん張る。


「利人、私もやろう。そこを退いてくれ」


「いいって、いいって」


「良くない。私は騎士だ」


「頼む、騎士なら、そこで、どんと……構えて、ろって……!」


「私はいつでも構えている。胸を張ってな」


「もう分かってるから、もう頼むから台所から出ろってば……!」


「しかし利人よ、家事をしながら特訓か。日々の鍛練を怠らないからこそのあの戦闘という訳だな。これは何の特訓だ?」


「『家事をしたら滅茶苦茶になる女騎士を退かして台所から追い出す』ための特訓だよ……!!」


「何だ、そんな奴がいるのか。一体どんな奴だ、家事も出来ないとは。同じ女騎士として情けないな」


「お前だよ! おまえ!!」






そんなやり取りをしながら何とかヴィーザルに食器などを触らせずに洗い物を全て終えた。利人は一気に疲れたようにどかっとソファーに寝転がる。ヴィーザルは平然としたような様子で利人の元へ近寄ろうとしたが、近くの小物などが仕舞われたタンスの上にあった写真立てに気づき、視線を向けてみた。写真には今よりも少し若い利人の父と利人の母と利人ともう一人、車椅子に座った優しい顔をした利人よりも年下の少年が写っていた。


「家族の写真か。利人に、利人の父上に、利人の母上に……この少年は?」


ヴィーザルは写真を手に取り、じっくりと眺めてからソファーに寝転がっている利人に写真が見えるようにしながら車椅子に座った少年を指差す。利人はそれに気づき、むくっと少し勢いをつけて起き上がった。


「俺の弟。天人(あまと)って言うんだ。俺とは二つ離れてる。優しい顔してるだろ?」


ソファーに座り直して小さく笑いながら利人は言う。ヴィーザルも写真をじっと見つめながらしっかりと頷いた。


「そうだな。愛らしい、優しい顔をしている。とても心優しい少年なのだろうな。……ふむ、天人に挨拶がまだだったな。今は学校か? いや、『すまほ』とやらに来た手紙では学校は休みとあったな。利人の通う高校とやらが休みという事は、中学校小学校とやらも休みなはずだ。旅にでも出ているのか?」


ヴィーザルは写真に写る天人の顔を真っ直ぐと見つめながらまた頷く。それから思い出したように顔を上げて写真を小物入れのタンスの上に置き、辺りを見回す。ヴィーザルはまだ天人を会っていなかった。そんなヴィーザルの様子を見て小さく笑みを浮かべていた利人はその笑みをすぐに消して俯きながら言った。




「……死んだ。俺のせいだ」


呟くように言った利人の言葉を聞いてヴィーザルは利人に振り向く。利人は俯いたまま話を続ける。


「俺が中学二年の時、天人を車椅子に乗せて二人で散歩してたら大型トラックが急に突っ込んできて……天人はトラックに跳ね飛ばされた。跳ねられる前に天人は俺を突き飛ばして助けてくれて、俺は無事だった」


「……ふむ」


「すぐに救急車と警察を呼んで、俺は天人を探しに行った。けど天人は何処にもいなかった。跳ね飛ばされた方向を探しても何処にもいなかった。天人の使ってた壊れた車椅子と天人の血だけが残ってなくて、警察も探し続けたけど結局、天人は見つからなかった。……今も見つかってない」


「……すまない。……辛い過去を思い出させてしまった」


ソファーに座り込んだまま俯いて話す利人にヴィーザルは静かに謝った。いいんだ、と利人は呟くように返してから立ち上がる。それからソファーに放るようにかけてあった靴下を履いてはリビングの出入り口の扉の前に行って立ち止まってから振り向く。


「お前もさっきメールは見た通り、学校は休みだ。変死事件の関係でな。……行くぞ」


「情報収集か。協力しよう」


ヴィーザルは利人の言葉を聞いて頷くと一瞬で姿を消した。それを確認すると利人はリビングの出入り口の扉を開けて玄関へと向かい、靴を履いてしっかり紐をきつく結んで何があっても脱げないようにしてから家を出て行った。
































「皆さん離れてください! 離れてください!」


ニュースにあった現場に来てみると既に野次馬が出来ていた。警察は現場から離れさせようと大声を上げている。夜満兎町の住民も集まっていたが現場のすぐ近くにはおらず離れた場所で見ていた。よく見てみると、現場のすぐ近くで野次馬を作っているのはニュース番組の報道陣達や新聞記者達だった。警察は報道陣や記者達を離れさせるために注意をしているのだが、どう注意しても「仕事ですから」と言って現場のすぐ近くから離れようとしなかった。希は報道陣達の姿を見て少しだけ不快そうに眉を顰める。


「……またか」


希は小さくため息を吐きながら呟き報道陣達に話しかけられないように距離をとりつつ、その途中で丁度近くにいた知り合いの近所の五十代の男性に声をかけた。


「また来てますね、あの人達。……警察が何度も注意してるのに何でああやって来るんですかね」


「ああ、全くだ。事件の事を報道したり記事にしたりするのはいいが、ああやって警察の仕事邪魔したり周りの住民が事件の事で深く傷ついてんのにまるで面白そうに、傷口抉るみてえに聞いてきやがる。……ああいう奴等は、自分達がそういう目に遭わなきゃわかんねえんだろうなぁ」


五十代の男性は忌々しそうに報道陣や記者達の姿を睨み付ける。報道陣や記者達はいつの間にか周りにいた住民達にインタビューや取材を始めた。住民達は「止めてください」だの「忙しいので」だの次々と断って逃げるように去っていく。報道陣や記者達は住民達に逃げられてはまた次の住民達に取材をしようとしてくる。


「取材の時間か。希君、うるさい奴等が来る前に戻ろう。また傷口抉ってくるぜ」


「ああ、でもこれからちょっと用事があって、」


「近所の方々でしょうか!!?」


五十代の男性が希に声をかけ、希はそれに答えようとすると報道陣や記者達が一斉に詰め寄ってきた。次の狙いは希と五十代の男性の二人にしたらしい。


「事件についてはどう思われますでしょうか!?」


「これまでの変死事件でお知り合いの中で被害にあった方はいますか!?」


「変死事件の犯人ついて何か一言!」


報道陣や記者達は次々と質問攻めをしていきながら二人に詰め寄ってくる。数台のカメラやマイク、ボイスレコーダーなどが押し付けられるように向けられると希は不快そうに表情を歪ませて一歩下がった。希が一歩下がると報道陣や記者達は二歩近づいてくる。


「帰れお前等!! また町の皆の傷口抉りに来やがって、警察も迷惑してんじゃねえか!! とっとと帰りやがれ!!」


五十代の男性が希を庇うように間に入って怒鳴り声を上げた。


「いえ、我々は仕事で来ているので」


「どうか少しでも取材に協力をお願いします!」


「……止めてください」


五十代の男性の言葉を受け流すようにして報道陣や記者達はまた聞いてくる。希は向けてくるカメラやマイク、ボイスレコーダーを退かすようにしながら報道陣や記者達の隙間を潜り抜けて行く。ようやく報道陣と記者達を潜り抜け終えて歩き出し直そうとすると潜り抜けられた報道陣と記者達が駆け出してまた希を囲むように駆け寄ってきた。


「何か一言! せめて何か一言を!」


「…………」


……こうなるとどんどんしつこくなってくる。希はため息を吐きながらまた先程のようにカメラなどを退かしながら隙間を潜り抜けて行く。しかしまたもや報道陣や記者達が駆け寄って囲んでくる。そしてまたカメラ、マイク、ボイスレコーダーなどを向けてきた。希はため息を吐いて文句を言おうとした時。


「いい加減にしやがれあんた等!! さっさと町から出て行け!!」


「何処まで俺達の傷を引っ掻き回せば気が済むんだ!!」


「どっか行って!!」


夜満兎町の住民達が大声を上げて報道陣や記者達に向かって小石や水などを投げつけてきた。中にはエアガンで撃退しようとする住民、ホースから水を噴射させて撃退しようとする住民もいた。流石に懲りたのか報道陣や記者達は逃げるように走り去っていく。走り去っていく報道陣や記者達の背に向かって住民達は怒り声を上げ続けた。


「やっといなくなったな。希君大丈夫か? 何か言われたりしたか?」


「すみません、助かりました。特に傷つくような事とかは言われてませんよ、いつもの質問攻めです」


報道陣や記者達の姿が見えなくなると五十代の男性と他の住民数人程が希に駆け寄って声をかけてくる。希は苦笑しながら頭を下げた。住民達は報道陣や記者達の文句をぐちぐちと言いながらそれぞれ自分の家に入ったり散歩の続きをしたりと解散していった。


「ようやく終わったのね。面倒だから隠れていたわ。それにしても、随分と嫌われているのね、あの報道陣達は」


住民達が解散していく姿を見ていると神奈がやって来る。今まで報道陣や記者達に見つからないように隠れていたらしい。呑気そうにしている神奈を見て希は苦笑する。


「ああ、まあね。あの人達が前に失礼な事やったから皆カンカンに怒ってるんだよ。……さて、早速情報収集だ。色々調べなきゃ」


希はそう言いながら辺りを見回す。しかしこの周辺はまだ警察が捜査をしているため、あまりウロウロしていると怪しまれたりされてしまうかもしれない。


「……家が現場に近い人達とかに聞いてみるか」


希は呟きながら頷き、歩き出した。神奈も後から着いて行く。





















「ニュースじゃ『遺体はバラバラに切断されていた』ってあった。けど魔物とかがいる世の中だ、どういう風になってるのかさえ分かれば何かに繋がるかもしれねえ」


『なるほど、確かにそうだな』


一方、利人は現場へ走って向かいながら姿を消しているヴィーザルと会話をする。会話をしつつ走りながらも辺りをしっかりと見回して怪しい所や変な所など手掛かりが無いか探して回っていく。


「……あれ、あの人達って」


途中、走っていると進行方向の前方から報道陣と記者達がとぼとぼと歩いてきた。走るスピードを遅くしながら耳を澄ましてみると何かを話しているのが分かった。どうやら先程事件が起こった現場付近で取材をしようとしたら怒った住民達に撃退されたらしい。利人はまたか、とため息を吐きながらその話を聞く。この報道陣や記者達は以前失礼な事を言ったりしてきた者達という事は利人も知っていた。報道陣や記者達の様子をちらりと見つめてから走るスピードを速めて現場へ向かおうとしたが、思いついたのか立ち止まった。


「すみません、現場行ったんすか?」


「え?……ああ、まあ」


利人は報道陣や記者達に声をかける。声をかけられた者達は立ち止まり、一人が答えると周りの者達も頷いた。


「遺体はバラバラに切断されてたって報道はされてましたけど、どんな感じでなってたんですか?」


「え? うーん……切断されてた場所には何か削られたっていうか、そんな傷跡があったって警察は言ってたけど」


「削られたような傷跡?」


質問をしてみると記者の内の一人がそう答えてきた。瞳を細めて首を傾げる利人にああ、とその答えた記者が頷く。


「俺はちらっとその遺体を見たんだけど、本当に削られたような傷跡が確かにあったよ。あと、身体には殴られた跡の他に今言った削られたような傷跡もついてたんだ。何だろう、あの傷跡……まるで何かこう、ギザギザのようなもので斬られたような……」


「のこぎりとかチェーンソー?」


「そう、それだ! 何かのこぎりやチェーンソーとかのギザギザな刃で切断されたみたいな傷跡だったよ」


腕を組んで唸りながら喋っている記者にもう一人の仲間らしき記者が呟くように言ってみると、唸っていた記者は声を上げながら頷いた。


「分かりました、ありがとうございます!」


その情報を聞いた利人は頷き、報道陣や記者達にお礼を言って軽く頭を下げてからまたすぐに駆け出す。駆け出してから少し経つと「取材しとけばよかった!」「今なら間に合うか!?」と後ろから報道陣や記者達の声が聞こえてきたが利人は立ち止まらず走って行く。あの報道陣や記者達の取材やらインタビューやらで時間をかけてはいられない。取材やらインタビューやらに答え続けていると最悪ドキュメンタリーとかの主役として出されそうだ。いくら活発な利人もそれは流石に嫌だ。


「のこぎりとかチェーンソーみたいにギザギザな刃を使ってくる魔物っているのか!?」


『分からん、だが調べてみる価値はある』


「だな、よく調べとかな……っと!」


姿を消しているヴィーザルと話しながら辺りを見回しつつ全力気味で走っていると、前をよく見ていなかったせいか誰かとぶつかった。利人はぶつかってからすぐに走るスピードを落として立ち止まりながら振り向く。後ろには痩せ細った少年が地面に両手を着いてへたり込んでいた。


「悪い、大丈夫か!」


利人は慌てて地面にへたり込んでいる少年に駆け寄る。駆け寄ってしゃがみ込み、少年の肩に手を置くと痩せ細った少年はゆっくりと顔を利人に向けてきた。隈が少し出来た目でじっと利人を見つめてくる。利人はもう一度謝りながらケガはないかと聞こうとすると痩せ細った少年は喋り出した。


「ダメだよ、ちゃんと前を向いて歩かなきゃぁ……ぶつかってケガしたら大変だよ」


「わ、悪かったよ。……次は、気を付ける」


痩せ細った少年は少しゆっくりとした口調でそんな事を言った。利人は少しだけ戸惑いながらもまた謝る。痩せ細った少年は「いいよ」と言いながらゆっくりとふらつくように立ち上がった。


「次からは気を付けてね。……悪い事はやっちゃいけないよ」


「おう、分かってる。悪い事なんて絶対しねえよ、つーかする訳ないさ」


「そうかぁ、ならいいんだ」


利人が答えると、痩せ細った少年は不気味な薄笑いを見せてから背を向けて歩き出した。不気味な薄笑いを見た利人は一瞬身構えるように僅かに震えた。どうも今のあの痩せ細った少年の不気味な薄笑いで何かを感じたのだ。背を向けて歩き出したのを見ると利人も背を向けてまた走り出そうとする。




「魔物には気を付けてね」




走り出そうとした時、痩せ細った少年が確かに今言った。『魔物』と。利人は思わず立ち止まって瞳を見開く。


「おい、お前今何て……!!」


素早く痩せ細った少年の方へと振り向くが、後ろにはもうあの痩せ細った少年の姿は無くなっていた。利人は驚いて辺りを見回し続ける。痩せ細った少年は利人が背を向けて見ていない時、その一瞬でいなくなったようだ。


「……あいつ今、確かに魔物って」


「ああ、確かに言った。どうやらあの少年は魔物の事について色々と知っているようだな。……しかし用心した方がいい。あの少年、不気味だ」


ヴィーザルも姿を現し、利人に近づきながらあの痩せ細った少年の歩いて行った方向(?)へと視線を向ける。


「……この町はどんどんおかしくなってくな」


利人もヴィーザルのように、痩せ細った少年が歩いて行った方向(?)に視線を向けて呟くのだった。
















「はあ、全然取材が出来なかった……」


利人にも逃げられた報道陣や記者達は公園で帰り支度をしていた。全員落ち込んだ様子でマイクやカメラなどを次々としまい始めている。


「まあ仕方ない、『変死事件が多発していますが今はこの様に静かで、外でも昼寝をする住民もいます』とか町の様子だけでも撮っとこうぜ。ほら、あの住民とか」


まだカメラを持ったままの報道陣の一人である男は指を差す。指を差した方向にはベンチがあり、そこで黒の革ジャンパーを羽織り、顔も全て隠すように深めにフードを被った者がベンチに座り込み腕を組んで俯いていた。昼寝をしているのだろうか動く気配が無い。提案したカメラを持ったままの報道陣の男はカメラを構えてベンチに座っている者にゆっくりと近づいていく。他の報道陣数名もカメラを構えて近づく男にそっと着いて行く。


「おい」


「大丈夫だって」


ベンチに座って腕を組み俯いている黒ジャンパーの者は全く動かない。目の前まで来ると一人が持っていたカメラで辺りを撮影してから黒ジャンパーの者を撮り始める。黒ジャンパーの者はカメラを向けられても腕を組んで俯いたまま動かない。黒ジャンパーの者を少しの間撮り続けると「もういいだろう」とカメラを持った男が振り向いて後ろにいる仲間の報道陣にアイコンタクトで伝え、黒ジャンパーの者に背を向けてそっと音を立てないように離れていく。


「俺を撮ったな」


離れている最中、後ろから声が響いた。慌てて報道陣達は後ろを振り向く。後ろには黒ジャンパーの者がベンチに座り直して手を組み前屈み気味になりながらこちらを見ていたのだ。起きていたらしい。報道陣達は驚いたため何も言わず黙って固まっていた。


「もう一度聞く。俺を撮っていたな」


「え、ええ」


黒ジャンパーの者はフードを少し引っ張り直して顔を見せないようにしながらまた報道陣達に聞く。その声でこの黒ジャンパーの者は男である事に報道陣や離れていた記者達は気付いた。報道陣の一人が少しおろおろとしながらも答えてみる。


「撮ったやつは今すぐ消してもらおうか」


黒ジャンパーの男はベンチに座り込んだままそう言ってきた。報道陣達は一度顔を見合わせてからまた黒ジャンパーの男に視線を向ける。


「いえ、すみませんがこの撮ったものは使わせていただけないでしょうか?」


「断る。俺を撮っていいと誰が許可した? 何故俺を撮る」


「仕事です、ちゃんとした情報を撮らないと」


「仕事だからという理由で勝手に撮っていいと言うのか?」


「どうか映像を使わせてください、このままだと給料下げられるんですよ私達」


「なら別の奴を撮ればいいだろう」


「いえ、もうそろそろ帰りますので。時間も無いのでこれで失礼します」


しばらく報道陣達と黒ジャンパーの男の言い合いが続くと報道陣達は逃げるようにスタスタと走るように黒ジャンパーの男から離れていく。記者達も後から続くように報道陣達と一緒に逃げるように走り出した。座り込んでいた黒ジャンパーの男は深くため息を吐く。ため息は報道陣や記者達にも聞こえた様だ。


「諦めたみたいだぞ、まあでも念のためにまだ走って逃げた方が、」


「何処へ行く?」


報道陣達はぐちぐちと小声で喋りながら走って公園から出ようとすると、前方から黒ジャンパーの男の声が聞こえた。慌てて視線を向け直すと、前方には黒ジャンパーの男がいつの間にか立っていた。そんな馬鹿な、と報道陣達は後ろのベンチがある方向へと振り向いてみる。ベンチには黒ジャンパーの男は座っていない。


「今撮ったものは消してくれるとありがたい」


「そ、そんな、さっきまではベンチに座ってて……進行方向には誰もいなかったはず……!」


「も、もう追いついたのか……!?」


報道陣や記者達は驚き、黒ジャンパーの男を見つめながらじりじりと後ろへと後退りをする。黒ジャンパーの男はゆっくりと報道陣、記者達に歩み寄り始めた。報道陣や記者達もじりじりと後退っていく。黒ジャンパーの男はゆっくりと歩み寄っていたが突然スタスタと早歩きでこちらに近づいてきた。突然だったために反応が遅れ、報道陣や記者達はおろおろとしてから下がろうとする。先頭にいた報道陣の一人の男に向かって黒ジャンパーの男は右手を差し伸べてきた。


「今すぐ撮ったものを消せ。それがあると困る」


右手を差し伸べたまま黒ジャンパーの男はまた言ってくる。


「いえ、私達もこれがないと困るんですよ。仕事なんですから……」


「ならば実力行使だな」


右手を差し伸べられた報道陣の男が答え、それからすぐに黒ジャンパーの男の声が聞こえたと思うとバキッと何かが砕けたような折れたような音と「ぐえっ」という呻くような声が同時に聞こえた。何があったのか、報道陣や記者達は黒ジャンパーの男を見てみる。


「……え」


一人が思わず声を漏らした。視線の先には黒ジャンパーの男がさっきまで差し伸べていた右手で先頭にいた報道陣の男の首を掴んでいたのだ。掴んだまま黒ジャンパーの男は先頭の報道陣の男を持ち上げる。首を掴まれ持ち上げられた報道陣の男は瞳を見開き舌をだらしなく出しながら動かなくなっていた。持ち上げられた事で報道陣の男の両脚は左右にぶらん、ぶらん、と揺れる。それから黒ジャンパーの男は掴んでいた男を自分の足元の地面に叩き付けるように投げつけた。地面に叩き付けられた報道陣の男の、先程掴まれていた首を見てみる。報道陣の男は首が変な方向に曲がっていた。まだ瞳を見開いて舌を出したままで、やはり動く事はなかった。


「え……え……え……?」


他の報道陣と記者達は黒ジャンパーの男と首が変な方向に曲がった報道陣の男を交互にしばらく見つめてからようやく気付く。黒ジャンパーの男が今、報道陣の男を殺した。

報道陣や記者達は悲鳴を上げながらカメラを放って逃げ出したり、その場で嘔吐したり、その場に跪いて泣きながら許しを請う者とバラバラだった。黒ジャンパーの男はそんな様子の報道陣や記者達をじっと見つめる。


「これを見た以上、撮ったものを消したとしてもお前達を殺さなければならない。証拠は、残す訳にはいかないからな。狙った獲物は逃がさん。……それに俺はこう見えて、」


黒ジャンパーの男は深く被っていたフードをはずし、呟くように言った。





「とても執念深い」








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