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April 14th,2(こちらも前書きアリ)

今回の話に登場する子も親御さんから許可を頂いてお借りさせて頂きました。本当にありがとうございます。




「お、はろはろーっ」


少し頼り無さそうな声で挨拶をする希にセミロング程の長さの黒髪をストレートにした一人の少女が自分の席の近くで立ったままにっ、と笑みを浮かべながら軽くそう返した。1-A教室にはこの少女しかいなかった。そう軽く返されると希はあはは、と苦笑しながらそっと教室に入る。後から神奈も入って来た。


「……もしかして、江練さんが言ってた契約者?」


「あ、はい! 小林希です! 一年B組の……!」


少女が聞いてみると、希は緊張しながら小さく跳ねて頷き答えた。その様子を見て少女はけらけらと笑いながら自分の席に座る。


「そんな緊張とかしなくていいのになぁ。あたしは空閑です。空閑の薊でーすっ。江練さんが話した通り、一年A組ですっ」


自分の席に座ったまま脚を組み、笑みを浮かべたまま頬杖をつきながら少女、空閑(くが) (あざみ)は名乗った。薊は自分の席に座って頬杖をついたまま希の姿をじろじろと見つめてからふむ、と小さく頷く。それから視線を神奈に向けた。


「で……あなたが神様なんだっけ?」


「ええ、そうよ。信じる信じないも貴方次第だけれど。……久那霧 神奈というわ」


「はいはいっ。あ、座りなよ。もう誰もいないみたいだし。誰か来たらすぐに知らせるから」


神奈が名乗ると薊は数回頷いてから希、神奈、江練の三人に座るように手で促す。三人は促されると薊の座っている席のすぐ近くの席にそれぞれ座った。


「もし誰か来たら教えてね、タマ」


薊が教室の入り口に向かって振り向きながら言う。薊の言葉を聞いて、希と神奈も教室の入り口に振り向いた。教室の入り口には鼬がおり、教室に入ったまま入り口の扉からちょこんと顔だけを教室の外に出して廊下の様子を見ていたのだ。タマ、と呼ばれた鼬は薊に振り向いて返事をするように小さく鳴き、それからまた教室の外の様子を見始める。


「薊の契約魔物?」


「そうそう、鎌鼬のタマ。今手は普通になってるけど自由にあの鎌みたいな刃を出す事が出来るんだよー。そっちの契約魔物は?」


「こっちはフェンリル。狼だよ」


希が聞くと、薊は笑みを浮かべながら答えた。希は薊の説明を聞きながら教室の外の様子をじっと眺めるタマに視線を向けてからまた薊に視線を戻し、聞かれるとそう答えた瞬間フェンリルが突然現れて希の側にお座りをした。希は突然現れたフェンリルに少しビクッと驚いてから苦笑し、自分の隣でお座りをしているフェンリルの頭を撫でる。


「わあ、おっきい……タマが食べられそう」


フェンリルの姿を見て薊は小さく笑いながら呟くように言った。それを聞いた教室の外を見ていたタマは素早くばっ、と振り向き警戒するように身構えて威嚇をし出す。「それは無いから大丈夫」と希は苦笑しながら薊とタマに視線を向けて言った。威嚇をしていたタマは希の言葉を聞いて落ち着いたように威嚇を止め、また教室の外の様子を注意深く見始める。そしてフェンリルは心外だと言わんばかりに短く薊に向かって小さめに吠えた。


「あは、ごめんごめん。……さて、じゃあとりあえず本題に入ろうかな」


けらけらと軽く笑いながら薊は謝ると他の三人に視線を向けながら頷く。希、神奈、江練の三人は薊をじっと見つめる。


「聞くけど……出没する魔物とか、契約者とか、怪しい噂とか何か知ってる? 情報共有よ、情報共有」


薊は脚を組んだまま三人にそう問いかけてきた。なるほど、と希は頷きながら腕を組んで口を開く。


「出没する魔物で知ってるのは、狼のガルムと鳥の魔物のコカトリス、あとカマキリの魔物で……契約者については江練と薊しか知らないし、怪しい噂は……怪しい噂って例えば? そっちは何かあったりする?」


希は頭を掻きながら答えつつ怪しい噂やそちらの知ってる情報について聞いてみた。


「こっちはねー……同じだなぁ。希君が今言った狼の魔物と鳥の魔物、あとカマキリの魔物しか見てない感じ。何かこの魔物達がよく出る奴等みたいなんだよね。契約者については江練さんと希君しか知らない。怪しい噂は……一応今の所は無いかな。怪しい噂っていうのは変死事件みたいなそういう不審な、奇妙な感じの事。夜満兎町内とかのね?」


「私も今言った二人と同じだわ」


薊はうーん、と唸りながら首を緩く傾げて答え、神奈もその後にぽつりと答える。そうかぁ、と希は薊をじっと見つめながらそれを聞いてこちらも唸った。


「……江練は?」


「契約者、怪しい噂、無い。……魔物、もっといる」


江練に振り向きながら聞いてみると、江練は首を横に振ってからそう答えた。契約者と怪しい噂については希、神奈、薊と同じようだが魔物は今言った情報よりももっと知っているらしい。希はそれを聞いて鞄から筆箱とノートを取り出すと、ノートはまだ何も書かれていない白紙のページを開いてシャーペンと消しゴムを筆箱から出す。


「なら、色々教えてくれないかな? 今メモするから教えてほしいんだ」


シャーペンを持ちながら希が頼むと江練は黙って頷き、希の持っていたシャーペンを取って開いていた希のノートも引き寄せるとメモを書き始めた。希と神奈と薊の三人は江練の手でノートに書かれていく魔物の情報を覗くように見てみる。ノートには魔物の姿の絵を書いたり、絵の下にはその魔物の特徴や攻撃方法などの情報が詳しく書かれていく。しばらく書いていくと次のページを捲り開いてまた書き始める。そのページをしばらく書いてはまた次のページを開いて書いていく。


「……終わった」


しばらくすると江練は使っていた希のシャーペンとノートを返した。希はシャーペンとノートを受け取り、ノートを開いてみた。後ろから神奈と薊も覗くように見る。


「……全て存在する魔物だわ、私も知ってる。まさかこの魔物も夜満兎町に出没していたとはね」


「色んな魔物と戦ったんだなぁ……」


神奈は驚いたような声を漏らしながら江練の書いた魔物情報のメモを眺めた。希も同じように驚きの声を漏らしながらメモを見続ける。魔物についての情報を書くために使ったページは五枚以上いっていた。ガルムのような獣系の魔物やコカトリス以外にも鳥の魔物、カマキリの魔物以外にも虫系の魔物など、多くの魔物についての情報が書かれてあった。


「十歳から契約者になったんだもんね、江練さん。そりゃ色んな魔物見るよねー……」


「十歳!? 十歳で契約者……!?」


ノートを眺めてから薊が江練に振り向いて呟くように言う。希は思わず声を上げながら江練に振り向く。江練は振り向いてきた希に視線を向けてこくんと黙って頷いた。


「凄いなぁ十歳で契約者って……俺なんてさいき、……え、待てよ。……十歳で契約者になったって。……って事は、もうその時から魔物はいたって事……?」


希は尊敬するような眼差しを江練に向けながら呟いていたがここで気付く。江練が十歳で魔物のアスモデウスと契約したという事はもうその時、今から何年か前から既に魔物がこの世界に存在していたという事になる。希の言葉を聞いて江練と薊は頷き、神奈は驚いたように瞳を僅かに見開いた。


「十歳って事はまだ小学……四年生ぐらい? でもその時はまだ変死事件なんて無かったはず」


「いや、変死事件はまだニュースとかで報道されなかったけど、その時は行方不明になる人が増えていくってニュースは報道されてた」


希は頭を抱えて記憶を整理するようにしながらぶつぶつと呟くように喋っていると薊も喋った。それを聞いて希ははっ、と思い出したように瞳を見開く。それは自分が小学四年生ぐらいの時。いや、その前から。三年生、二年生、一年生の時にもその事件はあった。夜満兎町の住民が行方不明になっていくという事件だ。それも夜満兎町だけでなく、別の地域や、その地域よりもずっと遠くまで離れた場所でも行方不明になる人々がいたのだ。しかも、


「……行方不明になった人は未だに見つかってない」


希は顔を真っ青にしながら呟くように言った。行方不明になった者は未だに見つかっていなかった。警察が今でも捜査を続けていたり、行方不明者を探しているという貼り紙も次から次へと増えていく。


「……何年も前から魔物が存在してたっていうのは」


「確実だね」


希の呟きに薊は頷きながら答えて教室の入り口付近に視線を向けながら立ち上がった。それを見て希達は振り向いてみると、入り口で教室の外を見張っていたタマが急いで薊に駆け寄ってきたのだ。


「おまわりさん来たみたい」


どうやら誰か来たらしい。それも警察のようだ。まだ聞きたい話とかがあったのに、と希は頭を掻きながら立ち上がる。神奈と江練も立ち上がり、フェンリルもすぐに窓の外から飛び出して姿を消し、タマはマフラーのように薊の肩に抱き着いてきた。


「仕方ない、話はまた明日とかにでも色々と話そ?」


「うん、だなぁ。……ところでそれ、バレないの?」


「うん、バレない。普通に誤魔化せるよ」


タマを肩に抱き着かせたまま鞄を担ぐ薊に対して希はじっと見つめながらぽつりと聞き、薊はけらけらと笑いながらそう答え、全員で1-A教室を出た。



























「はあ、まだ時間全然あるなぁそれにしても。どっか寄り道してこうかな」


夜満兎町高校から出てから帰り道。四人で一緒に帰り、薊は歩きながらぐぐっと伸びをしてそう呟いた。放課後、江練に会ったり薊にも会って四人で情報共有をしたりと色々やったりしたが、スマホで時間を見てみると現在の時刻は午前十時二十四分。そんなに時間は経っていないようだった。スマホで時間を見ていた希はスマホをポケットにしまいながら他の三人と一緒に歩く。


「私、家、向こう」


二つの分かれ道になると、江練は右方向の道を指差しながら言った。江練の家は右の道を進めばあるらしい。希、神奈、薊の三人は反対の左方向の道へ進むようだ。


「そっか、分かったよ。じゃあね、江練。また明日」


「またね江練さん!」


「……また明日」


希と薊は笑みを浮かべながら手を振り、神奈は腕を組みながら呟くように言う。江練はそれを見てこくんと頷いてから三人に背を向けて右の道へと進んでいった。江練を見送ってから他の三人は左の道をまた歩き出す。


「やー、まさかもう他の契約者に会うとは思わなかったよあたし」


「だなあ、このままどんどん他の色んな契約者の人と会いそうな気がするよ。俺なんて今日で一気に二人に知り合ったしさ」


帰る途中、薊はけらけらと笑いながら言う。希も歩きながら振り向き、後ろの薊に向かって小さく笑って頭を掻きながら返した。神奈は黙って薊の隣を歩く。


「ね、ほんと他の契約者にどんどん会いそうな気が……、!」








「気を付けて!」




薊は笑いながらそう返しかけたが何かに気づき、希に向かって声を上げながら右手を勢いよく突き出すように伸ばした。右手を勢いよく突き出したのを見て希は驚きながら瞳を見開く。よく見てみると五本の指の腹の中心からワイヤーのような細長い紐のようなものが伸びていた。計五本のワイヤーのような紐は自分の真後ろへと勢いよく伸びていく、と。後ろから獣の呻くような声が聞こえて希は振り向いた。


「……!?」


自分の後ろには何といつの間にか狼の魔物、ガルムが三体いたのだ。今にも襲い掛かろうとしていたのか、しかし口を開いて牙を見せたまま動かずにいた。薊の右手の指の腹の中心から伸びているワイヤーのような紐が三体のガルムの身体や前脚、後ろ足、首辺りなどに巻き付いているようだ。ワイヤーのような紐が巻き付いている事で三体のガルムは呻くような唸るような鳴き声を漏らしながらピクピクと震えている。


「油断し過ぎ、出てきたのに気づかないなんて、っ!!」


薊はそう呟くように言いながらワイヤーのような紐が伸びている指五本を閉じさせるよう拳をぐっと握り締めて勢いよく後ろへ振るように引っ張った。その瞬間、ワイヤーのような紐が巻き付かれたガルム三体の胴体はスパッとバラバラに切り刻まれた。バラバラになったガルム三体の胴体は空中に舞いながらライフエナジーを三つ残して消滅する。残った三つのライフエナジーに、薊の肩に乗っていたタマが飛び出して三つとも食べて吸収した。


「あ……危なかった」


「また油断してる、まだいるのに!」


「え、!?」


希はほっとしているとワイヤーのような紐を引きながら薊がまた声を上げる。薊の方に振り向いてみると、ガルムがそちらの方にもまだ四体と二本脚で立つトカゲの魔物も二体いたのだ。神奈も既に武器である自分の槍を持って構えていた。慌てて希はすぐに刀を召喚して駆け出す。


「き、気付かなかったっ……!」


「油断し過ぎだよほんと、ほんとに契約者なの君!?」


ガルムに向かって刀を振り下ろすも避けられながら希は呟くと怒ったような声で薊はそう聞きながらワイヤーのような紐で希の攻撃を避けたガルムを捕え、拳を握り締めてまた振るように引っ張ってガルムをバラバラに刻んだ。希も今度は避けさせない、と踏み込みながら近くにいた別のガルムに向かって縦に大きく刀を振りかぶって振り下ろし、ガルムを真っ二つにした。


「よし……っ、と!」


真っ二つにされて消滅していくガルムを見て安心したように息を吐いているとトカゲ魔物が前脚の鋭い爪を振り下ろしながら近づいてきた。希は慌てて後ろに逃げるように数歩ほど走ってからトカゲ魔物に振り向き直る。向き直りつつ、後ろへどんどん下がりながら刀を両手で握り締めて刃先をトカゲ魔物に向けた。


「っ……!」


トカゲ魔物に向かって構えた刀を突き出す。トカゲ魔物は見切っていたかのように前脚の鋭い長い爪を胸の前でクロスさせて攻撃を防ぐとクロスさせた両方の前脚を刃先を受け止めた状態で勢いよく広げた。そのせいで希は弾かれたように後ろへよろけ下がる。キシャア、と鳴き声を上げながらトカゲ魔物は身体ごと回転させながら近づいて右前脚の爪を振り下ろしてきた。


「ぬ、っぐ!!」


慌てて自分もトカゲ魔物の右前脚の爪目掛けて下から斜めに刀を振る。刀と爪がぶつかり合うと、お互い後ろへ弾かれてよろけた。すぐに希は体勢を立て直して踏み込みながらトカゲ魔物に体当たりをする。トカゲ魔物は体勢を整えようとしている最中で対応し切れずに当たってまた後ろへよろよろとよろけて下がる。


「貰うわ」


神奈の声が聞こえ、それからすぐによろけて下がっていたトカゲ魔物の胸を神奈の槍が貫いた。神奈はトカゲ魔物と背中合わせのような状態のまま槍でトカゲ魔物を貫くとすぐに引き抜いて槍を一振り。トカゲ魔物はがくっ、と両膝をついて呻き声を上げると黒い煙を上げて消滅し、ライフエナジーを残した。そのライフエナジーを神奈は槍の刃先で吸収する。


「……やっぱり私、今日はもう休みたいわ。だから一気にカタをつけさせてもらうわ」


神奈はそう呟いて前方にいる魔物達にすっと視線を向けた。前方にはまだ残っているガルム二体とトカゲ魔物一体が身構えてこちらを睨み付けていた。神奈はふう、と深く息を吐きながら持っていた槍を一回転させながら左手で持つと、右手に魔力を込めながらゆっくりと自分の胸の前まで持っていく。胸の前の右手に魔力を込めたまま何かを唱え始めた。呪文だろうか、前方にいる魔物達に視線を向けながら何かを唱え続けている。魔物達はここで神奈に向かって襲い掛かろうと動き出そうとした、瞬間。



「止まりなさい」



大声ではないがよく響く冷たい声で神奈が言い放つと、襲い掛かろうとしたガルム二体とトカゲ魔物一体は一瞬で氷漬けになった。大きな一つの氷の中に三体の魔物は動こうとしている状態で固まっている。希は唖然としながらその様子をじっと見つめていた。


「…………」


「トドメはあたしが刺すね」


唖然としていると薊が声をかけ、今度は両方の手の五本の指からワイヤーのような紐を勢いよく伸ばした。ワイヤーのような紐は三体の魔物を氷漬けにしている大きな氷に縦に、横に、斜めにと違う場所に次々と巻き付いていく。薊は両方の手の五本の指から伸びる合計十本のワイヤーのような紐が大きな氷に巻き付いたのを確認すると、両方とも拳をぐっと握り締めながら勢いよく身体を回転させて引っ張った。そして一気に三体の魔物を氷漬けにしていた大きな氷をバラバラに刻んだ。氷と一緒に三体の魔物の胴体もバラバラに氷漬けのまま切り刻まれ、次々と地面に落ちていく。地面に落ちるとバラバラになった三体の魔物の身体と一緒に氷も爆発するように砕け散り、三つのライフエナジーが残った。


「……凄」


希は神奈と薊の技を見てまだ唖然としながら呟く。神奈は一息つきながら槍の刃先をライフエナジーに向けた。タマも薊から飛び出し、フェンリルも突然現れライフエナジーはフェンリル、神奈、タマと一つずつ分け合って吸収した。


「さて、これで終わりね。早く帰りましょう、私は疲れたの」


神奈は持っていた槍を消滅させるとさっさと先に歩き出す。希と薊も自分達の武器を消滅させると神奈に着いて行くように後から歩き出した。


「……こんな近所で魔物が出るなんて」


「油断はしてられないから、気を付けて」


希は警戒するように辺りを見回し歩きながら呟き、それを聞いていた薊は希に視線を向けずに歩きながら言った。























「今日は助けてくれて本当にありがとう」


「別に気にしないでよ?」


希の家に着くと、家の前で希は薊にお礼を言った。薊は軽く笑いながらそう返す。それから神奈に振り向こうとすると「先に入ってるわ」とだけ言ってさっさと先に希の家の扉を開けて入って行った。その様子を見て希は困ったように頭を掻きながら薊に振り向く。


「ごめん、でも悪い奴では無いと思うんだ。……多分だけど」


希は申し訳なさそうに少しおろおろとしながら薊に謝罪した。


「いーのいーのっ。気にしないで? 大丈夫だからさ? あ、そうそう。今のうちに連絡先とか交換しようよ。これあたしの連絡先ね? あとこれ、江練さんの」


薊は小さくくすくすと笑いながらそう返すとスマホを取り出し、画面を操作すると自分の電話番号とメールアドレスが書かれたページを開いて希に見せた。希は「ありがとう」と言いながら自分もポケットからスマホを取り出して連絡先に登録をする。


「これで完了、っと。何かあったらすぐに連絡してね、すぐ向かうから」


「ん、ありがとね? そいじゃ、また明日ーっ。神奈さんにもよろしくね?」


「うん、また明日」


連絡先を登録し終えると希は薊に向かって言い、そう言われると薊はまた小さくくすくすと笑いながら持っていたスマホを軽く挙げながら返事をしてから背を向けて歩き出そうとした時。薊は急に立ち止まった。そして振り向く。振り向いたのを見て希が首を傾げていると薊が一歩近づいた。


「……何だかちょっと危ないし心配に見えてくるよ、あなた」


「え?」


薊は突然そんな事を呟くように言った。希はぽかーんとしたような表情になりながら薊を見つめる。


「だから言っとく。……契約者にだって色んな人はいると思うよ。あなたや江練さんみたいに魔物から人々を守る契約者はいるだろうけど、中には契約者としての力を悪用する人もいるかもしれない」


薊は軽く腕を組んでそう希に向かって喋り始めた。希は頭を掻きながら黙って話を聞く。


「……気をつけなよ、って事。色んな人間がこの世にはいるんだからさ? まあ、私はもちろんこの力を悪用したりなんてしないけどね?……それだけ。じゃねっ」


希にじっと視線を向けたまま薊は喋り終えると笑みを見せて手を振りながら背を向け、今度こそ帰るために歩き出した。希も手を振り返しながら歩いている薊の後姿をその場でじっと見送る。やがてその姿が見えなくなると希はふう、と小さく息を吐いた。


「……色んな人間、か」


希はぼんやりと呟きながら自分も家の中へ入ったのだった。








































深夜。夜満兎町の住民達はほとんどの者が眠りにつき、家の灯りも全て消え街灯だけが暗い夜道を照らしていた。風も吹いておらず、虫の鳴き声も、犬の鳴き声も、猫の鳴き声も何も聞こえない。静かな夜だった。

そんな静寂に包まれた夜満兎町の道を一人の青年がフラフラと歩いていた。


「………………」


ボロボロになった茶色いロングコートを羽織り、虚ろな目をした青年は街灯に照らされながらフラフラと道を歩き続ける。虚ろな目はただ前を向いたまま。青年は死にかけにも見えるような様子で歩いていた。


「……誰か……俺、を……、てくれ……」


ふらふらと歩きながら男は途切れ途切れに呟く。何かに飢えているように、何かを願うように。男は力の無さそうな弱ったような声で呟きながらふらふらと歩き続ける。


「あれぇ、オニイサン何してんの?」


後ろから笑いが混ざった男の声が聞こえ、ふらふらと歩いていた足を止めながら青年は後ろを振り向く。後ろにはチェーンやらピアスやらのアクセサリーをいっぱいつけたガラの悪そうな男三人がニヤニヤしながら立っていた。青年はその三人の姿を黙ったまま虚ろな目で見つめる。


「こんな夜道に一人で歩いてどうしたの? もしかして迷子? いい年して」


「もし良かったらさぁ……遊ぼうよ俺達と」


「あ、料金は二万ね。一人ずつで俺達三人だから合計六万で」


三人の男はニヤニヤしながらそう一人ずつ青年に向かってそう言ってきた。三人目が言い終わった瞬間下品にげらげらと三人同時に笑い出した。青年は表情も変えず何も喋らずにただじっと下品にげらげらと大笑いする三人の男を虚ろな目で見続ける。


「何黙ってんだよ、ほら、遊ぼうよほら。ほら」


三人は笑うのを止めニヤニヤしながら男を囲むように近づき、一人の男が乱暴に青年の肩を掴み引っ張ろうとすると。


「……俺を……殺して……くれるのか……?」


突然青年が口を開き途切れ途切れに喋った。それを聞いた男三人はニヤニヤするのを止めて「は?」と少しぽかーんとする。三人は顔を見合わせて口を開いたまま黙っていたがまた青年が喋った。


「……殺してくれるのか?」


「いや、遊ぼうよって。遊ぼうって言ってんじゃん、オニイサン」


青年の言葉に対して三人のうち別の一人が言う。青年はそう言ってきた一人の男に虚ろな目をゆっくりと向けた。そしてまた口を開く。


「……殺して……くれないのか……」


「さっきから何言ってんだよ、ほら、こっち来……」


先程よりも沈んだような声で途切れ途切れに言う青年に対してイラつきながら男の一人が青年の腕を掴んだ。するとすぐに青年は自分の腕を掴んできた男の腕を勢いよく振り払い、三人の男に向かって薙ぐように乱暴に右腕を横に一度振って下がらせた。後ろに数歩ほど下がった男三人は怒ったように表情を歪ませて青年を睨み付ける。右腕を横に薙ぐように振った事で青年は大きく脚を広げて上半身を前に倒すような体勢になっていた。


「……殺してくれない……のか…………なら……」


途切れ途切れに弱っているような声で言っていると突然上半身を前に倒すような体勢のまま顔を勢いよく上げ、怒りに満ちた表情を浮かべながら男三人を睨み付ける。その目は虚ろな目から殺意に満ちた目に変わっていた。














「死ね……!」














真夜中の夜満兎町に三人の男の断末魔が響き渡った。








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