April 13th,2
「うわ、っ!」
魔物カマキリは羽を羽ばたかせ、羽音を立てながらこちらに飛び掛かってきた。希は刀を握り締めて身構える。魔物カマキリは鎌のような前脚を両方とも振り下ろしてきた。希は何とか下がりながら握り締めていた刀を横にして危なっかしく防ぐと軽く吹っ飛ばされる。予想以上に力が強かった。希は軽く吹っ飛ばされるが何とかすぐに着地をするように立ち直すと今度はこちらが、と魔物カマキリに向かって駆け出す。
「うへえ、気持ち悪い……!」
攻撃するために距離を詰めた事で魔物カマキリの姿は嫌でも視界に入ってくる。普段はカマキリなど怖いとか気持ち悪いとか感じはしないが流石にこんな大きなカマキリがいたら怖いし気持ち悪い。出来れば見たくない。だが見ていなければ隙を見て殺される。希は自分よりもでかい魔物カマキリに向かって刀を縦に振り下ろした。
「ぬえ、やっ……!?」
しかし魔物カマキリは鎌のような前脚をクロスさせて振り下ろされた希の刀を受け止めてきた。希は受け止められながらも両手で刀を握り締めて力を込め、押し切ろうとする。が、魔物カマキリはすぐにクロスして刀を受け止めていた両方の鎌のような前脚で弾いた。希は弾かれた事で後ろへよろけながら後退る。魔物カマキリは小さくキシャァァ、と鳴き声のような奇妙な奇声を小さく漏らして歩み寄ってきた。
「この、っ……!!」
希は一旦刀を左手で逆手に持って何も持っていない右手を力を込めて握り締める。そして歩み寄ってくる魔物カマキリを睨み付けながら右手に力を込めつつ頭に思い浮かべる。コカトリスの時に出したあの時の飛び道具。そうしているとだんだん何かが握り締めた右手に溜まっていくのを感じた。
「これでっ!!」
希は何かが溜まってきていた握り締めた右手を広げて魔物カマキリに向かって突き出す。右手の掌からは黒い炎のような球体が放たれた。黒い炎のような球体は真っ直ぐ魔物カマキリへと向かっていく。どうだ、と希は放った後の右手を握り締めてそれを見た。だが魔物カマキリは球体が目の前まで来れば片方の鎌のような前脚を横に振って球体を切り裂いた。切り裂かれた球体は真っ二つになり、すぐに消えた。
「あ……あれ……」
簡単に防がれ希は唖然とする。もう一回だと希は右手を握り締めて力を込め、もう一度球体を放った。だがまた魔物カマキリがそれを鎌のような前脚で切り裂いて消滅させる。まだだ、とまた希は右手から放つ。しかしまた魔物カマキリは前脚で真っ二つに切り裂く。これなら!?と希は今度は先程よりも時間をかけて力を込めて溜め、先程よりも大きな球体を右手の掌から勢いよく放った。だがそれも、魔物カマキリは片方の前足を振って真っ二つに切り裂いて消滅させた。
「な、何にも効かない……!!」
そんな、と希は顔を真っ青にする。魔物カマキリはまた小さく鳴き声のような奇声を上げて歩み寄ってきた。
「貴方の攻撃を全て受けては無意味だと教えてくれるとはなかなか良い魔物ね」
「言ってる場合!? というか何で助けてくれないの!?」
魔物カマキリが歩み寄るのに対して希は後退りを続けながら神奈に視線を向ける。神奈は武器も召喚せずに戦いに加わったりもせず、近くの木に立ったまま凭れかかって平然とした態度でその様子を見ていた。
「あら、そこの魔物も所詮は雑魚クラスなのよ? まさか雑魚一匹程度も倒せないのかしら。本当に貧弱な契約者ね、貴方に命を守ってもらうこの町の人間達が可哀想だわ。まあ私には関係無いのだけれど。逃げてもいいのよ? その代わり他の人間数人、いえ数十人ほどが逃げた貧弱な貴方のせいで死んでいくわ?」
神奈は腕を組んで希に視線を向けたまま軽く鼻で笑って視線を少しだけ逸らした。するとその言葉を聞いて怒ったのか希は口を閉じたまま少しだけ俯いたようになる。歯を食い縛って悔しがっているらしい。刀を両手で握り締めたまま小刻みに震えている。そのまま希はまた駆け出し魔物カマキリ目掛けて刀を少し乱れ気味に振り下ろす。魔物カマキリは片方の鎌のような前脚で防ぐようにしながら後退りする。
「……ちょろくて扱いやすい男ね」
神奈は呆れた様に小さく呟く。その言葉も聞こえたのか希はまた先程よりもムキになったように刀を滅茶苦茶に振り回すように何度も縦に、横に、斜めに乱暴に振り下ろす。魔物カマキリは希の乱暴な猛攻に最初は後退りながら鎌のような前脚で防いでいたが慣れたのか後退りはしなくなり、その場で次々と防いでいく。
「……っ、ふ……はあ……!! はあ、っ……ぁ……!!」
ここで希は乱暴に振り回すように攻撃を繰り返してきたせいか息切れをしながら刀を振り続ける。もう疲れたせいか刀を振るスピードも力もどんどん無くなっていく。それに気づいた魔物カマキリは一歩進みながら鎌のような前脚を素早く縦に振り下ろした。希は防ぐように刀を振るが呆気なく力負けして後ろへ後退りするようによろけた。
「こ、こいつ強い……!」
「……もう一度言っておくけれど、雑魚魔物よそいつは」
「くっ!」
木に凭れ立って呑気に見物しながらまだ神奈は呆れた様子でそう声をかけ、希は悔しそうにしながらまた刀を握り締めて構え直した。
一方1-D教室でも魔物との戦闘が始まっていた。利人は襲い掛かってきた魔物カマキリの一匹の攻撃を後ろに軽く跳ぶように下がり、それからすぐに走り出し魔物カマキリの横を過ぎながら腹を狙って斬りつけようとする。しかし魔物カマキリは移動しながら鎌のような前脚で防ぎ、別の魔物カマキリが攻撃を防がれた後の利人目掛けて大きく鎌のような前脚を振り上げた。
「スッカスカだぜ……!!」
鎌のような前脚を振り上げた事で腹辺りががら空きになり、利人はすぐに魔物カマキリの腹を狙って横に勢いよく長剣を振った。斬られた一匹の魔物カマキリは上下真っ二つになって教室の床に倒れて消滅していく。それを横目で一瞬だけ見てからすぐに襲い掛かってきた一匹の魔物カマキリの攻撃を長剣で防いだ。魔物カマキリは小さく奇声のような鳴き声を上げて鎌のような前脚を両方利人の長剣に押し付けて顔を近づけてくる。
「止めろ、そんなシュミねえっつの!!」
鍔迫り合いのように押し合いながら顔を近づけてきた魔物カマキリの顔面に利人は叫ぶように言いながら頭突きをかます。頭突きをかますとゴッ、という鈍い音が響き魔物カマキリは痛がるかのように後退る。ゴッ、という音の中に小さくグチャッという音も聞こえたが今そんな事は気にしてられない、と何度も心の中で自分に言い聞かせながら後退りした魔物カマキリに向かって追い打ちをかけるように右足で前蹴りを放ち、その後斜めに長剣を振り下ろして斬りつけた。魔物カマキリは奇声のような鳴き声を大きく叫ぶように発しながら後ろへ倒れて消滅した。
「…………」
構えていた長剣を下げて刃先を地面につけると利人は先程魔物カマキリの顔面に頭突きをした場所をそっと恐る恐る触れてみる。やはり気になったらしく何度も撫でるように自分の頭を触った。……特に濡れたりとかドロッとしたのがついてたりとかそういうのは無い事が分かると、わざわざ確認している自分を待ってくれていたのかじっと動かずにこちらを見つめていた魔物カマキリに向かって駆け出す。魔物カマキリも少し後から羽を広げて飛びながら飛び掛かった。
「らッ!!」
利人は回転をつけて斜め下から長剣を魔物カマキリに向かって振る。魔物カマキリは羽を広げて飛んでいたが攻撃をしてくるのに気づくと途中で着地し、鎌のような前脚で長剣を防ぎながらまた羽を広げて後ろに飛び後退った。利人は後ろに飛び後退った魔物カマキリを追い掛けるように走り出してそのまますぐにまた長剣を振る。着地した魔物カマキリは鎌のような前脚で長剣を防ぐとまた羽を広げて逃げるように後ろへ飛び下がった。
「逃っげんなっ……!!」
利人は腹が立ったように歯を食い縛って飛び下がる魔物カマキリを追い掛けた。魔物カマキリはまだ羽をバタつかせながら後ろへ飛んで下がっていく。利人はすぐに追いつき真下で待ち構えるように長剣を構えた。それを見た魔物カマキリは突然羽をしまって急降下しながら利人に鎌のような前脚を振り下ろしてきた。
「野郎……!」
利人は地面を踏み締めて刀で魔物カマキリの前脚を防ぐ。しかし急降下からの振り下ろしのため力が強かった。利人はしっかり地面を踏み締めていたが力負けをしてしまい尻餅をつくように後ろへ倒れてしまう。
「ぐっ!」
利人は仰向けに倒れながらも前脚を振り下ろそうとしてきた魔物カマキリの腹を蹴って自分から離れさせると両手を自分の頭の真横の地面に押し付け、両脚を大きく上げて地面に振り下ろしながら身体を浮かせるようにするとバネのように一気に跳ね起き長剣を握り締めて駆け出した。
「ハッ!!」
大声を発しながら利人は長剣を振りかぶり、すぐに魔物カマキリは防ぐために鎌のような前脚を向けた。が、利人は振り下ろさずに魔物カマキリの脇腹辺りに回し蹴りを当てて怯ませるとその隙を見て一気に振りかぶっていた長剣を振り下ろす。魔物カマキリは体勢をすぐに整えようとしたが間に合わず斬られ、鎌のような前脚を両方上げながらゆっくりと倒れて消滅した。三匹とも倒し終え、倒した三匹分の浮遊するライフエナジー三つだけが残る。利人は長剣の刃先を三つのライフエナジーに向けるとその刃先に吸い寄せられるようにライフエナジーが移動していき、長剣の刃先からライフエナジーは吸収されていった。
「……よし、倒」
呟きかけたがここで気配を感じて教室の出入り口に振り向く。そこには大きさは先程の魔物カマキリの半分くらいの一匹の茶色っぽい魔物カマキリがいた。
「何だ、まだいたか……そういや確かカマキリの子供ってああいう感じだったよな、卵からいっぱい出てきて…………、待てよ。…………って事は……」
利人は長剣を握り締めて子供魔物カマキリを睨み付けつつぶつぶつと呟いていたが途中で気付く。しかし気付いた時には遅かった。今出入り口に立っていた子供魔物カマキリの後ろからどんどん他の子供魔物カマキリがやってきたのだ。利人は軽く顔を青くしてそれを見てしまう。
「上等だ、まとめて来いよ……!」
引きつったような表情で子供魔物カマキリの群れに長剣を突き付けて利人は構えた。
「……埒が明かないわね」
一方、学校の外にて。神奈は呆れながら希と魔物カマキリの戦いの様子を見ていた。希は刀を握り締めたまま疲れ切ったようにぜえはあと荒く呼吸をしていた。魔物カマキリの方は鎌のような前脚を希に向けて身構えている。
「くそ、諦めてたまるか……!!」
希は息を切らしながらそう呟き、何とか体勢を立て直して刀を前方の魔物カマキリへと向けた。魔物カマキリは羽を広げて飛び掛かってくる。飛び掛かってくる魔物カマキリ目掛けて走り出しながら刀を振った。魔物カマキリも同時に鎌のような前脚を振って刀にぶつからせ、希は刀を握り締めたまま吹っ飛ばされて倒れ地面を転がった。神奈はそれを見てため息を吐きながら首を横に振る。まだだ、と呟きながらよろよろ希は立ち上がった。
「まだ、まだ……!」
「もう見てられないわ。……仕方ないから新しい技教えるわ、よく聞いておきなさい」
構え直す希に神奈はため息を吐きながら声をかける。希は刀を構えたまま顔を神奈に向けた。
「貴方がさっきも使っていた飛び道具の技があるでしょう。あの溜めをまずやりなさい、両方の手で。その後溜まったら飛び道具技を放たずその溜めた手で刀の刀身に触れるの。その間にも刀を持つ手にも溜めてた魔力は放たない事。失敗したら最初からやり直しになるから気をつけなさい」
早口気味に神奈は説明を始め、希は何とか聞きながら言われた通りにまず刀を一旦右手で持つ。それから刀を持つ右手にも何も持っていない左手にも魔力を込め始めた。魔力を込め続けているとその間にも魔物カマキリはゆっくりと近づいてくる。急がないと、と希は両手に魔力を込め続ける。
「……よし、これを……!」
魔力を込め続けていると何かが両手に溜まってきたのを感じ、すぐに何も持っていない魔力を溜めた左手で刀の刀身を握るように触れた。すると触れた途端、希が触れた場所から黒色の炎のようなものが発生して刀身を纏っていく。希は慌てて左手を刀身から離す。刀の刀身全てはあっという間に黒色の炎のようなものを纏い、刀身は通常の時よりも伸びた。希は驚きながらも刀を持つ右手には魔力を込め続ける。
「……観察していたけれど、貴方の契約者としての属性は『闇』のようね」
神奈はぼそりと呟きながら刀の様子を眺める。闇、と希は呟きながら自分の刀を見つめた。刀身を纏うこの黒色の炎のようなものは闇らしい。希はじっと刀身を纏う闇を見つめていたがここで魔物カマキリが飛び掛かってくる。希はすぐに視線を魔物カマキリに向けて刀を横に振った。
「うわっ!!?」
刀を振った瞬間、近くの木を真っ二つに斬ってしまう。魔物カマキリか飛んで回避したため当たっていない。希は慌てて魔物カマキリを追い掛けながら斜めに振り下ろす。
「っ……!!」
神奈は慌てて地面にしゃがむ。しゃがんだ瞬間、闇を纏う希の刀が神奈が先程凭れていた木を真っ二つに斬りつけた。少しでも反応が遅れていたら自分も真っ二つにされていたところだった。しゃがんでいた神奈は立ち上がりながらキッと希を睨み付ける。希は神奈も危なかった事に気づかず闇を纏った刀の切れ味にビビりながら魔物カマキリを追い掛けていた。
「こ、ここまで切れ味凄いの!? 俺聞いてないんだけど!?」
「滅茶苦茶に振り回してないで早く魔物を倒しなさいこの馬鹿!!」
希は慌てながら聞くと神奈は怒声を上げ、少しビクついて「はい!!」と返事をしながら魔物カマキリを追い掛け間合いを詰めていく。魔物カマキリも飛んで逃げるのを止めて着地すると振り向き、鎌のような前脚をこちらに向けて待ち構えた。
「これで、どうだっ!!」
走り続けて刀の届く間合いになると希はそこで踏み込み、勢いよく刀を左から右へと横に振った。魔物カマキリは鎌のような前脚で防ごうとするが闇と纏った刀は鎌のような前脚ごと魔物カマキリを真っ二つにした。魔物カマキリは鳴き声も何も発さずに真っ二つにされた上半身はどさりと音を立てて地面に落ち、消滅していく。そして浮遊するライフエナジーだけが残った。ここでフェンリルが突然現れ、飛びながらライフエナジーを食べた。
「……やっと倒した」
安心したのかほっと息を吐き、一気に力を抜く。力を抜いたことで魔力を右手に溜めるのを止め、刀の刀身を纏っていた闇は消えて行った。希はそれを見て「なるほど」と呟きながら刀を消滅させ、神奈に振り向く。
「雑魚魔物相手に時間をかけ過ぎよ。……それと、安心していると殺されるわよ」
「え?」
どういう事、と聞こうとしたが神奈の言葉の意味に気づく。後ろから感じる気配に希は振り向いた。後方には先程の魔物カマキリの半分くらいの大きさの子供魔物カマキリがいたのだ。それも一匹だけでなく何匹もいる。
「な、っ……あれって子供の魔物カマキリ!?」
慌てて希は刀をまた召喚させた。数匹の子供魔物カマキリはそれぞれ小さく奇声のような鳴き声を上げてこちらに向かってくる。希は刀を握り締めて身構え、子供魔物カマキリ達も速いスピードで向かってきた。来るか……!希は刀を振りかぶる。しかし子供魔物カマキリ達は希に襲い掛からず、希とすれ違って行った。
「……え?」
希は唖然としながら振り向く。希だけでなく、神奈にも襲い掛からずに子供魔物カマキリ達は遠くへと速いスピードで向かって行った。それを見ていた神奈も少し唖然としている。
「何で……って、放っておける訳ないよこれ!」
唖然として固まっていたが希はすぐに我に返って慌てて子供魔物カマキリ達を追い掛ける。神奈も仕方ないとでも言いたさそうな表情を浮かべて後から走り出す。二人は子供魔物カマキリ達を追い掛けているとまた気配に気づき、気配を感じた方向を走りながら振り向いてみる。
「うわ、まだいるのか!?」
希はそれを見て声を上げた。視線の先は学校で、学校の色んな窓から子供魔物カマキリが次から次へと出てきていたのだ。しかし子供魔物カマキリ達は希にも神奈にも全く興味を示さずに自分達が追い掛けている子供魔物カマキリ数匹に着いて行っている。
「(何故別々の窓から一斉に……? それにちょくちょく見かける傷つきの個体まで……)」
神奈は走りながら考えていた。子供魔物カマキリは学校の一階の窓や二階の窓、三階の窓からなど、別々の窓から出てきていたのだ。そしてその子供魔物カマキリの身体をよく見てみると傷がついているのが分かった。火傷したような跡、何か打撃を受けたのか身体が少し凹んでいるものや何故かずぶ濡れなもの、斬られたような跡、全身に棘らしきものが刺さったものもいた。まさか、と神奈は考えながら走っていたが立ち止まっていた希にぶつかって自分も立ち止まる。神奈は希を睨み付けるように視線を向けた。
「……何、どうしたの」
「…………あ、あれ」
「え?……!!」
希は小刻みに震えながら見上げており、神奈も希のように視線を上へ向けてみる。そしてそれを見て大きく瞳を見開いて反射的に身構えた。
「集まっていたのはこのためね……」
神奈はそれを見上げながら忌々しげに呟いた。
「な、何だ……?」
1-D教室で子供魔物カマキリと戦っていた利人は辺りを見回す。自分に襲い掛かり続けた子供魔物カマキリ達は教室から出て廊下の窓からぞろぞろと出て行ったのだ。利人は窓の外から出て行った子供魔物カマキリを見ようと廊下の窓に駆け寄る。……利人は廊下の窓から顔を出して固まった。それからすぐに駆け出して階段を急いで駆け上がり、三階まで着くと三階の廊下の窓からまた顔を出してみる。
「な……んな、っ……!!」
視界に入ったのは巨大なカマキリの顔だった。
「な、んだ……よ、あれ……!!」
利人は瞳を見開いて窓の外を見続ける。外には巨大な魔物カマキリがいたのだ。よく見てみると子供魔物カマキリ達は巨大なカマキリの身体に次々と近づき融合していく。その度に魔物カマキリの大きさは少しずつ増していった。
「デカ過ぎだろ……!!」
利人は長剣を右手で握り締めたまま呟く。すると巨大な魔物カマキリは三階にいる利人に気づき、ズシン、ズシン、と大きな足音を響かせながら体勢をゆっくりと変えて近づいてきた。
「やっべ……!!」
利人は慌てて逃げるように廊下を走り出す。走り出すと巨大魔物カマキリは鎌のような前脚を三階の廊下の窓から突っ込ませてそのまま横へと動かした。利人は走り逃げていたが伏せて巨大魔物カマキリの前脚を何とか回避する。巨大な鎌のような前脚が横へ動く度に窓のガラスが次々と割れては破片が飛び散り学校自体も揺れた。
「ッ……!!」
利人は頭を守るように抱えて伏せてやり過ごし、何とか匍匐前進で三年生の教室内へ一旦避難する。
「何だあれ……!!」
学校の外では希は唖然としながら下がりつつ巨大魔物カマキリを見上げていた。デカ過ぎる。夜満兎高校と同じぐらいの大きさだったのだ。希は刀を握り締めたまま身構える。
「流石に貴方一人じゃ勝ち目は無いわ、私も戦いながら策を考えるから時間稼ぎをしなさい!」
「わ、分かった!」
神奈も左手に武器である槍を召喚して巨大魔物カマキリを睨み付けながら希に声をかけた。希は返事をしながら頷くと神奈と同時に巨大魔物カマキリに向かって駆け出す。巨大魔物カマキリの大きな脚に気を付けながら先に神奈は素早く迷わず走り抜けていく。希もどうするか、と走りながら考えていたが巨大魔物カマキリが三階の窓を攻撃している事に気づいた。
「まさかまだ残ってる人……!?」
希は攻撃を止めさせようと巨大魔物カマキリに向かって駆け出し、地面についている脚目掛けて刀を振る。だが刃は全くその脚に通らず、斬るというよりぶつける、当てる、という風になってしまった。刀を脚から離してみると、当てた場所は何か棒などで叩いて凹んだような跡にしかならなかった。
「かたっ……!」
希は小さく呟きながら何度も刀を振って脚を攻撃する。が、やはり刃は脚に通らずただぶつけるような形になるだけだった。一方神奈は巨大魔物カマキリの羽の場所目掛けて高く跳び、着地しながら槍を突き刺した。巨大魔物カマキリは鎌のような前脚を振り回しながら軽く苦しむようにもがき暴れ出す。
「く、っ……!!」
神奈は何とか突き刺した槍にしがみついて耐えようとする。希はその隙に両手に闇の魔力を込め、魔力が込められた左手で刀の刀身に触れて闇を纏わせた。闇を纏わせ刀身も長くなった刀でもう一度さっきから攻撃していた巨大魔物カマキリの脚を斬りつける。今度は効いたようで切り傷をつける事に成功し、巨大魔物カマキリは先程よりももがき暴れ始めた。この調子で、とまた刀を振り下ろそうと。
「うあ、っ……!」
先程よりももがき暴れ出したせいか羽に突き刺していた槍は抜け、神奈は巨大魔物カマキリから投げ出されて地面に叩き付けられ転がった。
「神奈!?」
希は投げ出された神奈を見て慌て、そのせいで刀を持つ手に魔力を込め続けるのを忘れてしまい刀身を纏っていた闇を消してしまう。そして攻撃を止めて神奈に視線を向けて注意不足となり、巨大魔物カマキリは脚を動かして希にぶつけて大きく吹っ飛ばした。
「ぶっ……!!」
近くの木に叩き付けられるようにぶつかり、ずりずりと木に背中が擦れながら何とか体勢を立て直そうと刀を握り締めて巨大魔物カマキリを睨み付ける。巨大魔物カマキリは三階から希へと狙いを変え、ズシン、と足音を響かせながらゆっくりと近づいてきた。
「っ……!!」
歯を食い縛りながら刀を両手で握り締めて身構える。巨大魔物カマキリは足音を響かせながらゆっくりと近づく。……と、巨大魔物カマキリの真ん中の右脚が上がった途端動きが完全に止まった。
「…………え? あれ?」
動きが突然止まったのに気づき希はフラフラしつつも恐る恐る歩き出して巨大魔物カマキリの横へ移動していく。巨大魔物カマキリは完全に止まっているという訳ではなく何かピクピクと僅かに震えていたのだ。ここで希は横へ移動していると何かに気づき、瞳を細めてよく見てみる。上がったままの真ん中の右脚を見てみると、細長い透明な糸のようなものが何本も巨大魔物カマキリの上がったままの右脚に巻き付いていたのだ。どうやらこの糸のせいで巨大魔物カマキリは動けないらしい。
「え……、え?」
一体何処から、と希は何処から伸びているのか辿り探してみる。巨大魔物カマキリの真ん中の右脚に巻き付いた透明な細長い糸は学校の二階の窓から伸びていた。学校から!?と希は驚いていると今度は速いスピードで何かが数個ほど飛んできて、巨大魔物カマキリの顔面に命中した。命中すると水音を立てて巨大魔物カマキリの顔を濡らし、前脚を振り回してもがく。顔面目掛けて飛んできたのは水のようだ。
「な、何だ……! 一体どうなって……!?」
すると巨大魔物カマキリが前脚を振り回してもがいていたせいか、上げたままの真ん中の右脚に巻き付いていた数本の細長い透明な糸が食い込み、巻き付かれていた右脚がバラバラに切断された。脚一本をバラバラに切断された事で体勢が若干不安定になりつつも大きな奇声を上げて巨大魔物カマキリは苦しみ暴れ出す。希は慌てて暴れ出した巨大魔物カマキリから走って離れる。その最中希はまた何かに気づく。巨大魔物カマキリの大きな奇声と暴れる音と一緒に何かが聴こえてきたのだ。
「(……これは……笛……?)」
希は耳を澄ませて何の音か聴いて分かった。巨大魔物カマキリによる大きな奇声と暴れる音の中から聴こえてきたのは笛を吹く音だった。何故笛の音が、と思っていたその時。巨大魔物カマキリの真下の地面から無数の長く大きい茨が飛び出すように生えてきた。茨は巨大魔物カマキリの真ん中のまだ残っている左脚と後ろの両脚と合計三本の脚に巻き付いていく。どうなってるんだ、と希はまたすぐに離れながら何処から聴こえるのかもっとよく耳を澄ませてみる。
「……学校からだ……」
希は驚いたように学校へと視線を向けた。笛の音色は学校の一階、一階の一年生の教室がある辺りから聴こえてきている。よく耳を澄ませていると笛の音色や吹く強さ、スピードが変わったのに気づく。すると残っていた巨大魔物カマキリに巻き付いていない茨の数本が鞭のように巨大魔物カマキリに攻撃をしてきた。どうやら笛でこの茨を操っているらしい。
すると次は希と同じ闇属性の魔力で形成されたような真っ黒い剣圧が何処かから三発飛んできた。真っ黒な闇の剣圧は一発は巨大魔物カマキリの胸に当たって大きな斬撃の傷跡をつけ、二発目は背中に胸と同様に大きな斬撃の跡をつけ、三発目は左の鎌のような前脚の付け根の部分を切断した。巨大魔物カマキリはまた大きな奇声を上げてもがき苦しみながら残った右の方の鎌のような前脚を全く別の方向へと振り下ろし、鎌のような前脚はその場所に突き刺された……かに見えた。
「……な、何だ……!?」
建物や巨大魔物カマキリのせいでよく見えないが巨大魔物カマキリの鎌を何かが受け止めているらしい。また耳を澄ませてよく聴いてみると、巨大魔物カマキリの鎌が振り下ろされた場所がある方角からエンジンのような音とガリガリガリ、と何かギザギザのものが鉄を削っているような音が聴こえた。今度は何だ、と思いつつ辺りを見回していると学校の二階の窓からまた細長い透明な糸が勢いよく巨大魔物カマキリに向かってきたのが分かった。細長い透明な糸は地面から生えた茨が拘束している後ろ左脚に巻き付き、無数の透明な細長い糸がピンッと張れば一瞬で後ろ左脚はバラバラに切断された。バラバラに切断された瞬間、巨大魔物カマキリはまた大きな奇声を上げながら暴れもがこうとするがここで何かに受け止められていた鎌のような前脚を引っ込めて大きな羽を広げる。
「に、逃げる気か……!?」
希は羽を広げて飛んで逃げようとする巨大魔物カマキリを見上げながら何とか逃がさないようにしようと左手に魔力を込めて握り締め、闇で形成された球体を放った。闇の球体は斬撃の傷跡に命中し、呻くように巨大魔物カマキリは小さく奇声を漏らす。ダメージは少し効いたもののそれでも羽をバタつかせて巨大魔物カマキリは逃げようとする。と、突然上空から青色に輝くレーザーのようなものが大量に降り注ぎ、巨大魔物カマキリの広げていた羽に次々と貫通していき、羽は穴だらけになって巨大魔物カマキリは飛びなくなって地面に落ちるように着地した。
「うわ、っ……!!」
希は巨大魔物カマキリが落ちるように着地した衝撃で吹っ飛ばされそうになったが何とか刀を地面に突き刺して飛ばされそうになるのを防ぐ。飛ばされそうになるのを防ぎながら見上げてみると、今度は巨大魔物カマキリの頭上を何かがバチバチッと音を立てながら高速で何度も通り過ぎては時々巨大魔物カマキリは何かにぶつかったように身体が少し揺れたり僅かによろけたりしていく。
「こ、今度は何だ……!?」
希は地面に突き刺していた刀を引き抜きながら一歩下がって何かを見ようとする、とまた今度は何処かから無数の矢が何本も雨が降ってくるかのように飛んできて巨大魔物カマキリの顔面や胸など全身に刺さっていった。巨大魔物カマキリはその場で苦しみ暴れ回り出す。暴れ回っていると今度は学校の屋上からバスケットボールが飛び出してきた。
「……バスケット、ボール?」
誰かが投げたのだろうか。希は瞳を細めるようにしてまた一歩下がりながら飛び出してきたバスケットボールを見つめる。屋上から飛び出してきたバスケットボールは巨大魔物カマキリの顔面目掛けて飛んでいく。巨大魔物カマキリの顔と飛び出したバスケットボールの距離が一気に縮み、巨大魔物カマキリの顔に当たった瞬間、
バスケットボールは大きな爆発を起こした。
「んのああああっ!!?」
希は両腕で自分の顔を庇うようにしつつ地面を踏み締めて爆発の衝撃に耐えようとするが結局耐え切れず後ろへ吹っ飛ばされる。吹っ飛ばされながら巨大魔物カマキリに視線を向けてみると、巨大魔物カマキリは大きな奇声を上げながらゆっくりとその場に倒れて行った。
「バスケットボールって爆発するもんなの……!?」
吹っ飛ばされて地面に仰向けで倒れていた希はふらふらと起き上がって呟き、倒れた巨大魔物カマキリの身体に視線を向ける。倒れている巨大魔物カマキリの身体中からは黒い煙が発生していき、どんどん消滅していく。巨大なためか、消滅に時間はかかった。やっと完全に消滅すると、巨大魔物カマキリが消えた後のその場所には大量のライフエナジーが残った。
「……あ……」
大量のライフエナジーは色々な方向へと風に飛ばされるように移動して行き始める。学校の一階の窓へ、二階の窓へ、屋上へ、さらには町やそのまた反対方向へ行ったりと行先はバラバラだった。フェンリルも現れ、自分も遅れをとるものかと言わんばかりに自分もライフエナジーを食べていく。希はぽかーんとしながらその場に立ち尽くしていた。
「……今までのって、まさか」
「ええ、間違いないわ。……全て契約者による攻撃よ」
呆然と立ち尽くしたまま呟く希に神奈はそう言いながら少しふらふら気味に歩み寄る。希は素早く振り向いてそんな神奈に駆け寄った。駆け寄る希を見て神奈はしっしっ、と払うように右手を振って「大丈夫」という事を希に伝える。
「……今のは……」
学校内にいた利人も先程の他の契約者達による攻撃を見ていた。利人は唖然としながら窓の外を眺めようとしたが契約者を探しに行こうと駆け出して急いで階段を降りて行った。
「夜満兎高校に契約者が数人はいるようね。……気付けなかったのが悔しいわ」
槍を消滅させながらふう、と息をため息のように吐いて呟くように神奈は言った。希は夜満兎高校をじっと真っ直ぐ見つめる。
「もちろん、この学校だけじゃなくこの夜満兎町の何処かに……契約者はいるわ。……何処で潜んで何をしているのかしらね」
「…………」
神奈の言葉を聞いた希はゆっくり後ろへ振り向いた。この町の何処かに、自分と同じ契約者がいる。希は緊張からか、胸の高鳴りが大きく速くなっていくのを感じた。自分の胸に手を添え落ち着かせるようにする。
「何処でどんな契約者と出会うか、その契約者とどう関わるか……それは貴方次第という事ね」
「…………分かってる」
背を向けている希に向かって神奈が言うと、希は頷きながら空を見上げたのだった。