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April 13th


「……ん」


朝。目を覚ました希はむくっとゆっくり起き上がる。それから枕元で充電していたスマホを手に取り時間を見てみる。時刻は午前七時十分。今日は月曜日、学校に行く日だ。希は時刻を見てふう、と息を吐く。まだ時間はある、今日も余裕を持って学校へ行けそうだ。一応自分は小中でもしっかり学校がある日は毎日ちゃんと早起きはしていた。目覚まし時計もちゃんとかけてたし、遅刻は一度もした事がない。今日もスマホにアラームを設定していた。希はスマホを操作してアラームの設定画面を開いた。鳴る時間は七時二十分にしていたが今日はその時間よりも早く目を覚ましてしまったのでまだ鳴っていない。


「今日は俺が先に起きたよ」


アラームの設定画面を表示しているスマホに向かって希は小さく笑いながらそう呟くように言い、アラームを切った。それからゆっくりとベッドから降りて立ち上がる。しかし、立ち上がった瞬間少しふらっとした。


「……っと」


希は何とかしっかり立ち直してふらつくのを止めた。やはり土曜日の疲れがまだ残っているのだろうか。それと身体中が痛い。土曜日は散々だった。神奈によるバイクフェンリル暴走(?)運転でバイクから振り落とされたり、元々運動はそこまでしない身なのに魔物と戦い動き回った事で筋肉痛が酷くなったり、その後ケガの手当てをするために間木花病院へ行ってまたあのホモ医者、島田仁に襲われそうになったりと色々あり過ぎた。次の日の日曜日は魔物は出なかったし、バイクに振り落とされた時の傷も島田仁特製の特効薬のおかげでもう日曜日で完全に治っていた。……が、筋肉痛と疲れはまだまだ消えていない。


「……こんな状態で学校に行かなきゃなのか」


……不覚にももう「今日は休みたい」と思ってしまい、そう呟いてしまった。希は慌ててそんなのダメだ、と一人で首を横に振りながら支度を始める。休んでいられない。もしかしたら今日魔物が出るかもしれないのに。希は制服姿に着替え終えると頷き、学校用の鞄とスマホを持って自室から出てリビングへ向かった。






リビングに来ると制服姿の神奈がソファーに座って朝のニュース番組を見ていた。テーブルに視線を向けてみると、テーブルには食パンが二枚乗った皿、目玉焼き一つとウインナー二本が乗った皿、牛乳が入ったコップと箸が二人分向かい合わせるように置かれてあった。神奈がもう先に用意をしていたらしい。


「……おはよう」


「ええ」


希はニュース番組を見ている神奈に挨拶をしてみた。神奈は視線を向けないままそれだけ返してニュース番組を見ている。それしか返さなかった事に希は少し不安を覚えながらもまた話しかけてみた。


「朝ごはん、作ってくれたの? ありがとう」


「ええ」


朝食を食べようと席に着きながら希は話し掛けるも先程と同じような返答だった。参ったな、と希は頭を掻きながら神奈を見つめると「いただきます」と手を合わせて呟くように言ってから食パンを食べ始める。少しの間ニュース番組を眺めると神奈もソファーから立ち上がって希と向かい合うように席に座り、朝食を食べ始めた。


「貴方がここに来る前に、ニュースでまた変死事件が流れたわ。別の地域であったらしいわね」


ウインナーを一本食べてから飲み込んだ神奈が突然そう言い出す。何、と希は瞳を見開いてまだニュース番組をやっているテレビの画面に慌てて視線を向けた。


【昨日、夜満兎町でまた新たに遺体が発見されました。遺体は顔や胸、背中など全身に切り刻まれた跡があり】


昨日、とは日曜日の事だ。昨日は魔物は出てこなかったと思っていたがどうやら別の地域で現れたらしい。


「こ、これ……!?」


「いいえ、これじゃないわ」


「え、違う?……ってそれじゃあ今のいれて昨日二件も魔物の変死事件あったの!?」


「そういう事になるわね」


「…………!!」


希は頭を抱えた。何てことだ、気づかないだなんて。両手で頭を抱えて両肘をテーブルにつきながら頭を抱える希をちらりと見つめてから神奈はまた平然とした表情で朝食を食べ進めている。


「その程度で落ち込んでいたら何も始まらないわ」


「その程度って、人が死んだんだぞ……!?」


朝食を食べ進めながら神奈はそう言った。それを聞いて瞳を見開きながらばっと顔を上げて神奈に視線を向けて怒りを含んだ声で言う希を見て神奈は面倒臭そうにため息を吐き、目玉焼きとウインナーを食べ終え空になった自分の皿に箸を置いて口を開く。


「私には関係無いわ。人間が生きようが死のうがその人間の勝手よ。それに病院でも言ったけど魔物には色んな種類がいるの、魔物の行動パターンも性格さえも何もかも不明なのだから。貴方は魔物が週に一回で一匹から三匹くらいのペースで出没するとでも思ったのかしら?」


「……流石に、週一ペースとか一匹三匹ぐらいしか出ないとは思ってないけど」


「ならいいの。食べ終えたらすぐに学校へ行きましょう」


言っている途中で遮るように神奈はそう言って席から立ち上がり自分の食器を台所へ運んで行った。食器を運んでいく姿をじっと見つめてから希もため息を吐いて自分も朝食を食べ終えて席を立ち、食器を台所へ運んだ。

それから洗面所へ行くと歯磨きを始める。もう神奈は自分よりも先に歯を磨いていた。希も歯をしっかり磨いてから水を口に含めて口をゆすぐとそれを吐きだしてからふう、と息を吐き歯磨きを終える。隣に振り向いてみると神奈はまだ歯磨きをしていた。ここでようやく神奈は口に水を含ませてゆすいでから吐き出して振り向く。


「何か用かしら」


「いや、別に。……歯磨き長いな、って」


「当たり前でしょう。私は常に清潔でいたいの。身だしなみを整えるのは常識よ」


神奈はそう言って洗面所を先に出た。希も後から続いて出ていく。










「さて、また今日から学校な訳だけど……別教室使うって椿は言ってたけどどの教室になるんだっけ」


二人は支度を全て終えて鞄を持ちながら靴を履いており、靴を履きながら希は呟き立ち上がる。神奈も後から靴を履き終えて立ち上がったのを見て希は玄関の扉を開けた。


「うわっ」


「ああ」


玄関の扉を開けた瞬間、希は少しビックリしたように声を上げる。外の玄関前には椿が立っていたのだ。インターホンを押そうとしていたようで、その手を引っ込めながら椿も少しだけ希と同時に驚いて声を漏らした。


「お、おはよう椿……びっくりした」


「ああ、おはよう。すまない、迎えに来る事を携帯で伝えればよかったな。支度の最中で気づかないだろうと思って連絡せずに来てしまった」


まだ少し驚きながらも小さく笑いながら挨拶を希はする。椿も挨拶を返して少し申し訳なさそうにそう言った。希は気にしないで、と笑いながら返す。


「……? ああ、久那霧もいたか。おはよう」


「ええ」


椿は希の後ろにいた神奈の姿に気づき、彼女にも挨拶をした。神奈はじっと椿を見つめてからそれだけ返して玄関の真ん中で立っている希を避けて家から出る。「俺達も行こう」と希は椿に声をかけて自分も家から出て扉を閉めると持っていた家の鍵を鍵穴に差し込んで鍵をかけた。確認で一回扉の取っ手を引っ張って開けようとするが開かない。ちゃんとかかった事を確認して頷くと椿と一緒に歩き出した。


「……あれ、新しく引っ越してきた人かな」


歩き出しながら希は視線を向ける。希宅の右隣の家の前には引っ越しのトラックが停まっていた。トラックから引っ越し業者の男二人が小物や皿などが入った段ボールやソファー、ベッド、テレビなどの家具を次々と家の中へと運んで行っている。


「らしいな。この町で起きてる変死事件を知らずに引っ越して来たのか、それとも知った上で引っ越して来たのか……どっちにしても、巻き込まれないといいんだがな」


「ほんとだなぁ……引っ越して来た人、何か女の人二人だけみたいだし」


その家に視線を向けつつ歩きながら椿が言うと希も言った。それを聞いた神奈は黙って歩きながらちらっと視線を希に向けてからまた前へと視線を戻す。


「……引っ越してきたのを今気づいたのに、何故その引っ越して来た人物が女性二人と分かったのかしらね」


視線を前へ向け直してから神奈は呟くように言った。「え?」と希は立ち止まりながら緩く首を傾げる。神奈と椿も立ち止まった。椿も希の言葉を変に感じたようでじっと希を見ていた。


「いや……話し声、聞こえたから。さっき。ほら、扉開けっ放しにしてるでしょ? 開けっ放しだから話し声がちょっと聞こえたんだ。業者の男の人と、あと女の人の声が聞こえて。……それで、業者の人が「妹さんとの二人暮らしは楽しいですか?」って話してたから。女の人二人で暮らしてるんだな、って」


希は少しぽかーんとしながら頭を掻きつつそう答える。椿と神奈は視線を先程の家へとまた向ける。学校へ向かうために歩き進んで行った事で今いる場所とその家の距離はあったが、確かにその家の玄関の扉は家具などを運び入れるために開けっ放しになっていたのが見えた。


「……聞こえたの? ここからの距離で」


「流石にここからじゃ聞こえないよ。引っ越しの作業してるのに気づいた時に聞こえたんだ」


「ああ、それなら聞こえるか。……いや、俺でももっと家に近づいて耳をよく澄まさなければ分からない、これは。……お前は本当に耳がいいな」


「そうかなぁ」


三人はそんな会話を続けながら歩き、夜満兎高校へと向かったのであった。




















「別の空き教室使うって言ってたけど何処の教室使うの?」


「1-E教室だ。……B組の教室の調査や修理が終わるまではB組でやるHRや授業もここになるだろうな」


夜満兎高校に着き、もう既に来ている他の同学年の生徒や二年、三年の生徒とちょくちょくすれ違いながら希と神奈と椿の三人は1-E教室を目指して歩く。


「全身筋肉痛の状態で階段はきっついなぁ……」


一年の教室がある三階へと向かうための階段を上りながら希は呟いた。その呟きを聞きながら階段を上りつつ神奈は「情けないわねそのくらいで」と呟くように言いながら希と椿に着いていく。階段を上って三階へ着くとすぐ近くにあった1-E教室に入ろうとしたが三人は立ち止まる。廊下の向こう側で人だかりが出来ていたのだ。その場所は丁度1-B教室がある場所だった。


「早速野次馬が来ているな」


椿はそう呟いて人だかりが出来ている場所へと歩いていく。希と神奈もその後を追った。何とか生徒達の間を通って見てみると、1-B教室内とその前で警察が現場の捜査をしていたのが見えた。入れないように立ち入り禁止の黄色いテープも周りに貼られてある。


「あんまり見てると注意されたり先生に怒られたりするし、もう俺達は戻ろう」


「ああ」


希は椿と神奈に声をかけてまた生徒の間を何とか通って行って人だかりから出ようとした。と、途中で希は躓いて転びそうになる。また転ぶのか、と希は慌てて体勢を立て直そうとしながらふらつく。しかし立て直そうとしても上手く行かず身体が倒れそうになる。


「おっと」


倒れる前に誰かが自分を受け止めてくれた。受け止められた希は弓のようにしなっているような変な体勢になったまま顔を上げながら受け止めてくれた者にお礼を言おうとする。


「……あ、利人君」


「よお。お前が転んでる所見たの久しぶりだわ」


希は自分を受け止めてくれた少年、棚橋利人の顔を見上げ気味に見つめて声を漏らす。利人は小さくけらけらと笑いながら変な体勢で自分に受け止められている希をぐいっと引っ張ってちゃんと立たせた。立たせられた希は安心したように息を吐きながら利人にまた視線を向け直す。


「ありがとね、利人君。助かったよ」


「おう。……学校でとんでもない事起きたんだって?」


「うん、まあ……利人君は知らなかったの?」


「寝坊して学校行かなかった」


「……寝坊して正解だよ」


二人は同時に小さく吹き出して笑い合う。それから「じゃあE教室行ってるね」と希は言って手を振りながら椿と神奈の元へ小走りで戻っていく。利人も「おう」と返事をして戻っている姿を見送った。

それから利人は人だかりにちらりと視線を向けてから歩き出し、E教室に近い階段の側にある男子トイレに扉を開けて入る。男子トイレには誰もいなかった。利人は用を足そうと小便器に近づき、制服のズボンを少しだけ下ろそうとする。






「魔物の仕業だろうな」






「っ!!?」


突然背後から女性の声が聞こえ、下ろそうとしていたズボンを慌ててぐいっと上げ直しながら素早く振り向く。後ろには自分と契約をした長い金髪の女性、ヴィーザルが堂々と立っていた。装備していた銀色の鎧が触れ合い金属音を僅かに立てながら腕を組んでこちらをじっと見ている。


「……急に出てくるなよ……!」


ズボンを上げ切ったまま利人はヴィーザルを少し睨むように見上げた。利人よりも長身である彼女は少しだけ不思議そうな様子で利人を見下ろしながら瞳を細める。


「今ここには他の人間はいない。よってここならばお前と会話が出来るだろうと思ったから出てきた」


「……ここは他と比べて結構頻繁に人来る場所だぞ」


ヴィーザルは腕を組んだまま堂々としたような様子でそう言うが利人はため息を吐きながら呟くように言う。ヴィーザルはまた不思議そうにしながら腕を組んだまま首を傾げた。


「何故だ?」


「……男子トイレだから」


「…………利人よ、何故私をここへ出したのだ」


「お前が出てきたんだろうが!?」


やれやれ、とでも言いたさそうにヴィーザルは瞳を閉じてため息を吐き利人は言い返す。そんな会話を男子トイレで続けていると「何か男子トイレから女の声聞こえねえ?」という他の男子の声が聞こえてきた。利人は慌ててヴィーザルに早く消えるように言い、ヴィーザルはすぐに光に包まれて姿を消す。それと同時に二人の男子が男子トイレの扉を開けて入ってきた。自分と同じクラスの男子達だ。


「利人、何か女の声しなかったか?」


「あ? いや、俺今までここにいたけど女なんていなかったぞ」


「あ、マジで? まあ流石に女が入ってくる訳ねえか」


男子二人とそう会話を続けてから利人は男子トイレを出る。いきなりヴィーザルが出てきたせいで尿意が引っ込んでしまった。


『先程の話の続きだが、あの教室も魔物が関わっているだろう。用心しておけ、利人』


すると、姿は無いが何処かからヴィーザルの声が響くように聞こえて利人は立ち止まる。バレるだろ、と思わず大声で言いそうになったが丁度自分の近くを歩いていた他の生徒や近くで立ち止まって喋っていた生徒達は何の反応も無かった。ヴィーザルの声は聞こえてないらしい。


『安心しろ、今私の声はお前にしか聞こえない』


「……だったら最初からそうすればいいだろ」


ヴィーザルの堂々としたような言い方に利人はため息を吐きながら呟くように言い、自分の教室である1-Dの教室へと入っていったのであった。















「おー希ー!! 退院おめでとうな!! ほんっと無事で何よりだぜー!!」


1-Eの教室にて。希がE組の教室に入ると一番先に気づいた和也が駆け寄り希の両肩を掴み嬉しそうに笑いながらがくがくと揺さぶった。後から他にも数人ほど男子と女子が寄ってきて希に声をかける。希は和也にがくがくと揺さぶられながらありがとうと言いつつ自分の席へと向かい、席に座る。椿と神奈もそれぞれ、椿は希の席の右隣、神奈は希の席の左隣にある席に座って鞄を置く。


「いやあほんと安心したぜ、調子はどうだよ!」


「うん、大丈夫だよ。ありがとう和也」


和也は自分の席ではないが希の席の前にある席に座り、身体だけ希のいる後ろへ向けて話しかける。希は笑いながら頷き、そう返した。


「何だ、いつも以上に元気だな」


「そりゃ当たり前だろ、ケガした仲間がちゃんと元気になって来たんだからな!」


和也の様子を見て椿が小さく笑いながら言うと和也は満面の笑みで頷きながら言った。こんなに嬉しそうにされると自分でもやはり嬉しく感じる。他の者から嫌われてたりしても、こうやって自分の無事を喜んでくれる人がいると本当に幸せだ、と希は心の中で思う。そう思っていると何処かから視線を感じた。何処かから感じる視線は誰からのものかはすぐに分かり、希はちらちらと一瞬だけ視線を感じる方向に視線を向けてみた。


「(……まあ、やっぱりか)」


希は心の中で小さく呟く。その方向には川内達の女子グループがいた。希が無事で帰ってきたのが気に入らないのだろうか、じっと希を睨み付けていた。それからちらちらとこちらに視線を向けて何かをひそひそと小声で話し始める。本人達は聞こえないと思っているかもしれないが耳の良い希は全て聞こえた。「何でまた来た」とか「そのまま来なきゃいいのに二度と」とか「あのまま死ねばよかったのに」と言った悪口が全部聞こえてくる。希は小さくため息を吐きながら何とか笑みを作って椿と和也の会話を聞きつつ自分も何か返したりとした。


「あ、っと」


和也が声を上げる。和也に視線を向けてみると、和也は希の足元を見ていた。希は自分の足元を見てみる。そこにはスマホが一台落ちていた。


「和也の?」


「おお、わりいわりい」


希はそう和也に聞きながら席に座ったまま前屈みのような体勢になってそのスマホを拾おうとする。和也は頭を掻きながら笑っていたが希がスマホを拾おうとしているのを確認してから椿とほぼ同時に川内達女子グループに向かって振り向き鋭く睨み付けた。希への視線も希への陰口も全て椿と和也にも感じたり聞こえてたりしていたようだ。女子グループ達は二人の視線に怯えたのかすぐに視線を逸らして別の場所へ移動しようとする。そうしてると希が和也のスマホを拾って体勢を直し、机に置いた。


「はい」


「おー、ありがとな! お前はほんといつも優しいよなぁ」


「大袈裟だよ」


すぐに和也は椿と一緒に女子グループ達を睨み付けるのを止めて希に向かって笑顔で振り向き、スマホを自分のポケットにしまった。希は照れたように苦笑しながら頭を掻く。


「(……さっきのは狙ったのね、わざと)」


神奈は頬杖をつきながら和也と椿を黙って見つめて心の中で呟いた。神奈はしっかり見ていたのだ。女子グループ達の希への視線と陰口に気づいた和也が椿とアイコンタクトをしてから和也がまず自分のスマホをポケットから取り出し、わざと希の足元に置いたのを。少しだけ呆れたような様子で神奈は和也と椿を見つめてふう、と息を吐く。

するとここでチャイムが鳴り、E教室に教頭が入ってきた。


「皆さんおはようございます、先週の木曜に起こった事件でB組の教室は現在も捜査中なのでしばらくはE教室でHRなどをさせていただきます。今日の日程は…………」


教頭は今日の日程について話し始める。希達B組の生徒達は席に座ってじっと教頭に視線を向けたまま話を聞くのだった。






















「全校集会と授業の時間割りの紙とかの配り物だけ配られて終わったなぁ」


「ああ、まだ午前だ」


それから時刻は午前十一時三十三分。今日の日程は全校集会で学校で起きた事件やB組教室は今でも捜査中だという事と現場の捜査もあるため捜査が終わるまではしばらく授業は全て午前帰りである事、新一年生への歓迎の言葉や日常の何気ない話を校長がして全校集会は終わり、それから教室へ戻ると授業の時間割が書かれた紙や学校便りなどが配られて教頭が少し話をしてからもう下校になった。希、神奈、椿、和也の四人はまだ他にも生徒が数人ほど残っているE組教室で帰る支度をしながら会話をしていた。


「まあいいんじゃね? 午前でもう学校終わりなら午後からは遊び放題じゃんかよ! おい、寄り道して帰ろうぜ!」


「またか。中学でも寄り道する癖は高校でも変わらないな、今日は何処に行くんだ。……二人はどうする?」


和也は帰る支度を終えて鞄を担ぎながら笑顔で三人に声をかけ、その様子を見て椿が若干呆れかけながらも苦笑してから希と神奈に振り向いて問い掛ける。


「ああ、行」


「私達これから用事があるの。だから断らせてもらうわ」


行く、と希が答えようとした時神奈が素早く遮るようにそう答えた。用事なんて何もないでしょ、と言おうとしながら希は神奈に振り向くが神奈はじっとこちらを睨み付けるように見つめてきた。希はびく、と小さく震えてから椿と和也に振り向く。


「ごめんよ、用事があるの忘れてた。だから俺と神奈はこのまま帰るね」


「そうかぁ? じゃあ今日は俺も寄り道せずに帰るかぁ」


「ああ、その方がいいだろうな。俺もすぐに帰るとしよう」


希がそう言うと和也と椿も頷いて先に教室を出た。その姿を希と神奈は教室で見送る。いつの間にか周りは誰もいなくなり、希と神奈だけがE組教室に残った。


「……それで、用事って?」


「ええ、知りたい事が色々とあるの。まだ曖昧なところもあったりするの、この夜満兎町の事とかこの高校の事とか、この町の人間や魔物と契約者……まだ他にもあるわ」


希が振り向いて問うと、神奈は腕を組んで自分の席の机に座って脚を組みながら喋る。


「……この学校についてはまた明日色々調べるとして、しばらくは学校も早上りが続くみたいだし町の事や周囲の人間達の事を先に調べましょう」


自分の席に座っていた神奈はすぐに椅子から降りて立ち上がり、喋りながら鞄を持ってすたすたとE組教室から出て行った。希も鞄を持つと小走りで神奈の後を追う。廊下を歩く間、神奈は人間界に来てから調べた夜満兎町についての情報などを話し始める。夜満兎町で起きた変死事件の今までの件数、いつ頃から始まったか、変死事件が起き続けている今のこの夜満兎町の状況……など話す。神奈の調べた情報は全て希も知っていたし間違った情報も一つも無かった。神奈の問いに希も答えながら歩く。


「……変死事件の数は最近になってどんどん多くなってきたんだ、もう数十件はいってるはず。その死に方もどれも普通じゃない。……確か、俺が中学一年生になった時ぐらいから変死事件が突然始まったのかな。その頃はそんなに変死事件は起きてなかった。町の皆は怯えて防犯対策したり警察も常にパトロールとかしてる。怖くて遠く離れた街とかに引っ越して行く人もいたし」


「なるほど」


二人は話を続けながら学校から出てくる。空は晴れ、温かくぽかぽかとしていてたまに少し涼しめの心地良い風が吹いていた。希は空を見上げて息を吸ってからまた神奈と一緒に歩く。


「……そういや、俺以外にも契約者ってこの町にいるのかな」


歩きながら希がぽつりと呟くように隣の神奈に聞いてみた。


「契約者についてはまだ分からないわ。調べてはいるのだけれど見つからないの。契約者はもしかしたら貴方だけ、という可能性もあるわ。人間を襲う魔物が多い中で貴方が契約したフェンリルのような人間を襲わない友好的な魔物を見つけて契約、だなんて簡単な訳ないでしょう? ただでさえ化け物を怖がるんだから、ほとんどの人間は」


神奈はふう、と困っているのかため息を吐きながら立ち止まって腕を組む。希も立ち止まり、隣の神奈に視線を向ける。


「けどいるかもしれないわ。上手く潜んでいるだけで本当はいるという事も有り得なくは無い。潜んでいたら気付けなかった私は悔しいけれど。……契約者の数は少ないとしても、今みたいに魔物がどんどん出て来れば潜んでる契約者と会えるかもしれないわ?」


「え?」


神奈は視線を前に向けたままそう言う。神奈の最後の言葉を聞いた希は少しぽかーんとする。それから素早く神奈の視線の先へ振り向いてみた。自分達から二メートルほど離れた場所にはカマキリがいたのだ。……しかしすぐに気付いた。そのカマキリ、明らかに大きいのだ。大き過ぎる。その大きさは背の高い大人とほぼ変わらないくらいだった。大きなカマキリは希と神奈に狙いを定めて自分の大きな鋭い鎌のような前脚を両方ともぶつからせる。ぶつかった鎌のような前脚はキィンッ、と金属音を響かせた。


「ま、っ……!! 魔物が出たならそうやってさらりと言わないでもらえる!?」


希は瞳を見開いて慌てて身構えながら手に刀を召喚させた。













「……早速来やがったな」


一方、学校の1-D教室にて。利人は教室内の他の者の席を蹴り飛ばして退かしながら自分の前方にいる大きなカマキリの魔物を睨み付け、右手を伸ばした。伸ばした右手に細長い光が出現し、その光が現れたのを確認すると利人はそのまま右手を勢いよく振った。細長い光は細かな光を散らしながら一瞬で武器である長剣へと姿を変える。するとD教室の両方の入り口から大きなカマキリの魔物がまた一体ずつ入ってきた。


「来いよ」


計三体になった大きなカマキリの魔物を睨み付けながら利人は長剣を一振りする。


「……つーか、俺の他にも契約者っていねえのかな」


それからそんな事を呟き、利人は大きなカマキリの魔物達に向かって長剣を振りかぶりながら駆け出した。








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