表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/72

April 10th,2



「ここが使ってない部屋ね?」


家に着くと早速使っていない部屋へと神奈を案内した。部屋は家の二階にあり、希はその部屋の扉を開けると神奈はさっさと入って部屋の中を見回す。本当に何も使っていないようで家具も一つも無かった。神奈は黙って部屋内を歩き回り窓の外を眺めたりしてから希の元に戻ってくる。


「悪くないわ。ここを使わせてもらうわね」


「分かったよ、もし何か必要なものとかあれば言ってよ?」


「ええ。私は好きに生活してるから貴方は構わないで頂戴」


神奈は希とそんなやり取りをしてからまた自分の部屋となった場所でキャリーバッグを開け、中の物を取り出し準備を始め出した。希は部屋の扉の前に立ったままその様子をぼんやりと見つめる。視線に気づいたのか神奈は生活品を取り出している手を止めてじろ、と見つめながら振り向いた。


「……プライバシーの侵害よ。部屋から出ていてもらえるかしら?」


「あ、ああ、ごめん」


そう言われると希は慌てて謝りながら部屋から出て扉を閉めた。それからふう、と息を吐いて神奈の部屋となった扉をちらりと振り向いて見つめる。


「……おっかないなぁ」


頭を掻き扉を見つめてぼそりと小さく呟きながら自分はこの部屋の近くにある自室へ入った。制服姿だったため、そろそろ着替えておかなければと思い着ていた制服を脱ぎ始める。家でのんびり過ごす用のジーンズを穿いて黒の半袖のTシャツを着ると脱いだ制服をハンガーにかけて自室から出て、Yシャツを洗面所に一旦放り投げてからリビングへと入った。リビングに入りながらスマホを取り出して時間を見てみる。時刻は午前十一時を過ぎたばかりだった。今頃学校では授業中だろうな、と思いつつソファーに座り込んだ。と同時にスマホが振動する。メールが届いたようで希はスマホを操作して届いたメールを見てみる。椿からのメールだった。




件名 調子はどうだ?

本文 こっちは昨日の騒動が切っ掛けで今日は休みになった。次の登校日は来週の月曜日らしい。元の教室は捜査もあるので別の空き教室を使うらしい。




どうやら昨日の学校に魔物が出現した事で今日は急遽休みになったようだ。希はそうか、と呟きながら頷いて返信をした。




件名 ありがとう

本文 俺は傷ももう治ってさっき退院してきたよ。連絡ありがとね?




そう返すとすぐにまた連絡が来た。希はメールを開いてみる。




件名 安心した

本文 大丈夫か?昨日の騒動もあってまだ疲れはとれていないだろう、今日明日明後日とゆっくり休んだ方がいい。何かあればすぐにいつでも連絡をしてくれ。




希は「ありがとう、いつもごめんね」とだけ返信してソファーにごろんと寝転がった。ソファーの下の辺りにスマホを置いて寝転がったままリモコンを取ってテレビをつけて息を吐き魔物か、と呟く。ああいうファンタジーな化け物がこの現代に存在しているという事にまだ驚いていた。これからは自分は人々を襲うあの化け物と戦っていく。そう思いながら希は自分の掌を見つめた。


【次のニュースです。昨日、夜満兎高校の教師、鈴木隆弘さんと警察官二人が遺体で発見された事件のその日、また新たに事件が発生していた事が分かりました。現場は夜満兎高校一年B組の教室内で、辺りの机や椅子が無残に散らばり、教室内の壁にはヒビが入っていました。そして一つの食い千切られた後の血塗れの手首もあり、警察は捜査を続けています】


夜満兎高校での事件のニュースに気付き、希は跳ね起きる。皆魔物の事について何か話しただろうか、と思いながらニュースを見ていたがインタビューも生徒からの情報とかそういうものも無くニュースは終わった。希は残念そうにがくっと項垂れる。


「言ったとしても報道される訳がないでしょう」


呆れたような言い方で言いながら荷物整理などを終えた神奈がリビングに入って来た。希は神奈に視線を向けてう、と唸るような声を小さく上げる。


「……大事な事を伝えずに謎なまま伝えるのがほとんどだからね、最近は。ちゃんとした理由とか言ってもそこだけカットして誤解させるような伝え方もしてくるし」


「あら、よく分かっているのね」


項垂れながら唸るような声を上げつつそう呟くように言った希に対して神奈は意外そうな声でそう返した。希はふう、とため息を吐きながら顔を上げた。


「……俺、ニュースの取材班とか新聞記者とかマスコミとか、取材する人好きじゃないんだ。……むしろ嫌いだよ。ニュースや記事のネタとかスクープになる為なら人の気持ちとか考えずに取材するんだから。辛い事件の後でトラウマを思い出したくないのもお構いなしに来るしさ。中には面白がってる風に聞いてくる人もいたし」


「……まるで自分が被害にあったような言い方ね」


ソファーに座り直して希はぶつぶつと喋り始める。悲しそうな表情を浮かべてため息を吐き、俯き気味になりながら言った。神奈は話を聞きながら床に座ってソファーの近くのテーブルに左肘を乗せて頬杖をつきながら希に視線を向け、そうぽつりと返す。俯いていた希は苦笑しながら顔を上げた。


「うん、俺も被害にあったし周りの人も被害にあったよ。変死事件関係でも取材に来る人が前まで来てたんだ。一回本当に失礼な取材班が来て、怒った町中の人々が水撒きのホースとかエアガン構えてきたり石投げつけたりして本気で追い払った事があるぐらいだからね。夜満兎町の人々は皆、取材班が大嫌いだよ」


苦笑しながらそう話して希は立ち上がり、リビングへ入る。喉が渇いたので何かを飲もうと冷蔵庫を開けた。


「何か飲む?」


神奈にも聞いてみる。神奈は頬杖をついて視線をニュース番組をやっているテレビ画面に向けてこちらに視線を向けないまま「普通の冷たいお茶でいいわ」とだけ返した。希は冷蔵庫から麦茶が入ったボトルを取り出し、食器棚から二人分のコップも取り出してそれらを落とさないようにいっぺんに抱えるように持ちながら台所から出てきた。コップ二つと麦茶が入ったコップをそっとテーブルに置くと神奈の近くに置いた方のコップに麦茶を注いでから自分の近くにあるコップに注ごうとすると神奈が口を開く。


「一人暮らしなの?」


ぽつりとそう聞いてきた。希は麦茶を注ごうとしたが注ぐのを止めて麦茶が入ったボトルを持ったまま神奈に視線を向ける。


「うん、まあ。今日からそういう感じになるところかな。仕事の都合で父さんも母さんも家からしばらく離れなきゃいけなくて」


「そう。……寂しくないの?」


苦笑しながらそう答えると神奈は振り向いて緩く首を傾げながらそう聞いてきた。希は頭を掻きながら少し唸り、言いにくそうな表情をした。流石にこんな事を高校一年生の男が同じクラスの女に言ったら軽蔑されるだろうか、とか子供とか思われたりするだろうなぁ、と心の中で呟いた。そう考えたが希は自分のコップに麦茶を注いでから正直に言う。


「寂しいな、やっぱり。前にも仕事の都合で少しの間家を離れるってことはあったけど、未だに慣れないんだ。家族が好きだからね」


苦笑しながら恥ずかしそうに希は答えた。神奈はそれを聞いて「そう」と呟くと視線をテレビに向けながらまた口を開く。


「私も寂しいわ。天界に私の父も母もいるけれど、二人とも天界から離れる事が出来ない身分なの。神の中でもあんまり自由に行動が出来なくて。……私一人で地上に降りてきたの。私も家族は好きよ」


神奈はテレビに視線を向けたままそう言った。希はテレビを見つめる彼女を意外そうに見つめた。まさかそう返されるとは、と心の中で呟きながら頭を掻く。


「『おっかない』女が家族が好きで家族と離れてるのは寂しい、と言うのはおかしかったかしら?」


頬杖をついたままテレビを眺め続けている神奈がぽつりと希に視線も向けずに言ってきた。希は「いや別に」と言おうとしたがここではっと気づく。とある単語で気付いた。そのとある単語を強調するように大き目の声にして彼女は言ってきたのだ。


「……もしかして、聞こえたの?」


「ええ。こう見えて私、地獄耳なの。……さっき呟いた言葉はしっかりと聞こえたわ」


神奈の部屋の扉の前で呟いた言葉、「おっかないなぁ」が部屋にいた神奈にしっかり聞こえていたそうで神奈は頬杖をついたままじろり、と視線だけ希に向けて軽く睨み付けた。希は慌てておろおろとしながら「ごめん」と謝ろうとする。


「別に気にしていないわ? 貴方のような人から見れば私は気の強くて『おっかない』女性なんでしょうね」


瞳を閉じてつんとしたような様子でコップに入った麦茶を神奈は飲んだ。また「おっかない」を強調して言ってくるから本当は気にしてるんだろう、と思いながら希は何も言えずおろおろとしながら自分も自分のコップに入った麦茶を飲む。少しの間沈黙が続くとまた神奈が話しかけてきた。


「……そういえば貴方、食事は作れるの?」


「え?」


「家族はしばらく帰ってこないのでしょう?」


「……あ……」


最初はきょとんとしたがすぐに気付き、固まる。……そうだ、両親はしばらくの間家を離れている。ならご飯はどうする?いつもなら母親が、そしてたまに父親が作ったりしていたがしばらくどちらもいない。希は申し訳なさそうに項垂れながら正直に答える。


「……ごめん、作れない。いつも母さんや父さんが作ってくれたから。他の事は出来るけど」


「……普通その歳ならもう自分一人でご飯の一つや二つ作れるはずでしょう?」


申し訳なさそうに答える希を神奈は唖然としつつ、そして呆れた様な様子で見つめながら言った。文句は言えない、希は「ごめん」と謝りながら項垂れ続けた。神奈は呆れた様子のままため息を吐いて立ち上がる。


「いいわ。なら私が作るから。その代わり貴方は他の家事をやって頂戴。私は料理係よ」


「え」


神奈の言葉を聞いて驚き、希は立ち上がった神奈を素早く見上げた。


「……何? 不満があるというの?」


「い、いや、そうじゃなくて……いいの? ご飯、作ってくれるの?」


不機嫌そうに表情を歪ませて希を見下ろす神奈に希はまた少し慌てながらも恐る恐る聞いてみる。


「別に、構わないわ。丁度今は昼ごはんを食べる時間よ。お母様が言っていたもの、「ご飯をちゃんと三食食べなきゃ何も出来ないわ」って。……それに、私の分とお父様の分とお母様の分も私が作る時だってちょくちょくあったもの。苦ではないわ。材料勝手に使わせてもらうわね」


そう言ってスタスタと神奈は台所へ入っていった。冷蔵庫を開けて中を確認し、下の野菜室からも材料を取り出して並べては調理を開始する。希はソファーに座って少し緊張しながら黙って待っていた。台所からは包丁で材料を切る音、材料を焼く音などが聞こえてくる。もう既にいい香りがしてきた。希はくんくんとソファーに座ったまま台所から流れてくる香りを嗅ぐ。


「……にんにく使ってる?」


「ええ」


「あと何かピリ辛風な味付けしてる?」


「ええ、そうね。私は辛い物が好きじゃないけれど、料理によってはピリ辛の方が好きかしら」


「へえ」


「……鼻がいいのね、犬みたいだわ」


「よく言われるよ」


リビングのソファーで座っている希と台所で昼ごはんを作る神奈は何となくそんなやりとりをした。会話が出来た事に安心したのか希は心の中でほっとしながらソファーに深く凭れる。それから少し経つと神奈は料理が入った皿、そして箸を二つずつ持って台所から出てきた。


「出来たわ。食べて頂戴」


そう言いながら神奈は料理が入った皿と箸二つずつをテーブルに置く。希はありがとう、と嬉しそうに笑顔を浮かべながら神奈を見つめて言ってから料理を見てみる。皿にはナスがたっぷり入った料理、麻婆茄子が入っていた。出来立てのようで湯気がまだ上がっており、匂いを嗅げば香ばしいいい匂いがする。麻婆茄子を見て希の笑顔は密かに固まった。


「……うん、ありがとね?」


希は少しだけ沈黙してから笑みを浮かべてそう返す。実は希は茄子が嫌いだった。でもせっかく作ってくれたのに残すなんて失礼だ。希は恐る恐る箸を持つ。


「……好き嫌いせず食べなさい」


神奈も座って箸を持ち、麻婆茄子を食べようとしていたがこちらの様子に気づいたのか呆れた様子でじっと見つめながら言った。希は一瞬小さくビクッと震えて神奈に視線を向けてからはい、と少しだけ弱い返事をして頷き、茄子を一つ箸で持ってゆっくり口に入れた。


「……、…………」


嫌いな食べ物を無理に食べる時はよく使う。奥歯であんまり噛まずにちょっと押すような感じで噛んで少しずつ食べていく。茄子の味がたっぷりと一つに詰まっているのか、少し噛むだけでもにんにくや長ネギの風味も纏った茄子の味が口いっぱいに広がっていった。……うん、凄く茄子だ。希は小刻みに震えながら茄子を少しずつ噛んでから一気に飲み込んだ。飲み込んだ後も喉に茄子の味や匂いを感じた。


「……まあ、食べたくないなら残してもいいのだけれどね」


「た、食べるよ! せっかく作ってくれたんだから! 大事に食べます!」


嫌いな茄子を食べる自分の姿を呆れながら見つめていた神奈がぼそりと呟くように言う。希はすぐに振り向いてそう言うとまた茄子を一口そっと口の中に入れたのだった。

一人の男子高校生の人間と神の少女の奇妙な同居生活は始まったばかりである。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ