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April 8th

四月八日。季節は春で、桜は満開となり肌を撫でるような心地良い緩やかな風が吹けば桜の花弁は散り桜の木の下へ、草むらへ、日向ぼっこをする野良猫の鼻の上へと落ちていく。この時期は入学や進級、入社、それだけではない。出会いや奇跡、事件、事故、その他にも様々な新しい出来事がたくさん起こりそうな時期だった。




「今年は何か、新しい出来事でも起こるのかな」


入学式を終え、高校一年生となった小林(こばやし)(のぞみ)は帰り道を歩きながら雲一つ無く思わず瞳を閉じそうになるほど明るい太陽が昇っている青空を見上げそう呟いた。今自分の学生生活は色は若干ついているものの、中学生生活はほとんどが灰色だった。そしてぽっかりと身体の何処かに穴が空いているような、何かが欠けているような。中学生生活最後の中学三年の時は目立ったような思い出や出来事なんて無かったし、中学二年の時も何も無かった。……いや、中学一年の時はあった。だがその時にあった出来事を思い出すだけで自分への激しい怒りと恨みが腹の底から湧き上がってくる。今すぐ死んで皆や、彼女に詫びたい。中学一年の時はほぼ毎日そんな事を思い続ける一年だった。

途中で軽く俯き気味になりながら歩いて自宅へ着くと、階段を上がって自分の部屋の扉を開けては鞄を机に置いて窓を開け空をもう一度見てみる。空は清々しいほど青く、太陽はもうすぐ夏だぞ早く夏支度しろよと言わんばかりに明るく照らしている。しばらく空を見上げてから一つ頷いた。


「……暗い気持ちになっちゃダメだな」


自分に言い聞かせるように呟く。そうだ、もう俺は高校生なんだ。高校生なのにこんなに落ちてちゃダメだ。散歩でもしてこよう。そう思い制服を脱ぎ、白の長袖Tシャツを着ては黒のパーカーを羽織り、ジーンズを穿いて私服姿になる。それから鞄が置かれたままの机に近づき、家族と一緒に撮った写真、友人と一緒に撮った写真と一緒に飾られるように置かれてある淡いピンク色の石がはめられたペンダントをそっと手に取り少しの間眺めるとゆっくりと首に着けた。よし、と頷くと自分の部屋から出て階段を降り、靴を履いては玄関の扉を開けながらなるべく元気な声で「いってきます」と言いながら散歩へ出掛けた。







うん、やっぱりいい天気だ。希は笑みを浮かべながら呟き歩いていた。だが家に帰る前と少し外が変に感じた。心地良くて緩くて涼しい風が吹いていたのに今は生温い風が吹いている。春の日差しは夏を感じさせるようにだんだん暑くなっていく。帰る前は気温とか風もよかったのになぁ、と少し残念そうにしながら歩き続ける。歩き続けているとだんだん近所で飼っている犬達の吠える声、猫の鳴く声が聞こえてきた。しかしどうも変だった、いつもは大人しい近所の犬も激しく、何かを恐れているかのように吠え野良猫は毛を逆立たせてシャァァァ、と威嚇をしていた。それがどんどん進むごとに酷くなっていく。生温い風もだんだん納まっていく。何か変だ。それにこの時間は一緒に歩くおじいさんおばあさんや下校途中の小学生達が通るはずだ。散歩をする為に外へ出てからまだ一人も人を見ていなかった。希も進むごとに不安と焦りが心の中に現れ、辺りを警戒するように見回しながら歩いていく。


「……ん」


すると希は突然立ち止まった。何処かから何か臭いがする。動物の臭い…?くんくん、と辺りを見回しながら僅かに感じる臭いを辿りながら歩いていく。歩いていくと次第にその動物のような臭いが強くなり、そして真冬のような冷たい空気を一瞬感じた。歩きながら思わずぶるっと身震いをしてしまい、不安と焦りを感じ冷や汗を流しながら歩き続ける。しばらく臭いを辿って歩いていると路地裏に着く。この辺から動物のような臭いが感じるのだ。路地裏へ着いたと同時に嫌な予感がどんどん溢れ出てくる。


「何かおかしいな……さっきから妙な……」


頭を掻きながら呟いていると突然ガキンッ、と金属と金属がぶつかり合う音が聞こえた。突然聞こえた音に希はビクッと跳ねながら辺りを見回した。すると今度は獣が唸るような声が聞こえた。背筋に大量の汗が流れる。おろおろと素早く辺りを見回し音と声、臭いを頼りに駆け出す。


「やっぱりおかしい、一体何が」


駆けながら辺りを見回していると瞳を大きく見開いて立ち止まる。希は唖然として見ていた。視線の先にはローブを羽織り顔まで隠された者と、白く美しい毛並で鋭い爪、そしてグルルルルと唸り爪と同じぐらい鋭い牙を剥いている犬……いや、あれは狼だ。それも大きさは普通の狼より一回り大きい。大きな狼はローブを羽織った者に飛び掛かり、前足の鋭い爪で切り裂こうとしてきた。ローブを羽織った者はそれをひらりとかわすが大きな狼はすぐに目の前で着地すると、かわしたばかりのローブを羽織った者に向かって身体全体を回転させながらまた前足を振った。ローブを羽織った者は尻餅をつくように後ろへ下がろうとするが大きな狼の爪を右腕に受けてしまう。右腕を隠していたローブは切り裂かれ、右腕からは少量の血が噴き出す。ローブを羽織った者は左手で傷を負った右腕を押さえる。大きな狼はじりじりと近づいていく。


「な、何だあれ、何だあの化け物……っていうかこのままじゃあの人……!」


希は唖然としながらローブを羽織った者と大きな狼のやり取りを見ていた。血を見た事により顔を真っ青にしてはガタガタと脚を震えさせ後退ろうとしたその時。最初に後ろへ動かした足が何かを蹴る。足元を見てみると、蹴ったのは鉄パイプだった。鉄パイプを見てから視線をローブを羽織った者と大きな狼に向ける。……それから覚悟を決めたように頷くと鉄パイプを掴んで駆け出した。


「うああああああああああああああああああっ!!!」


大声を上げながら走り、鉄パイプを振り上げ勢いよく大きな狼に振り下ろした。ローブは顔まで隠されている為顔は見えないが、ローブを羽織った者は突然大声を上げながら乱入してきた希を見て驚いたようにしており希はそれを何となく感じて苦笑した。それからはっ、と忘れてたように大きな狼に視線を向ける。大きな狼は背中に鉄パイプの攻撃を受けたのに平然としており唸りながら顔を希へと向け鋭い眼光で睨み付けてきた。


「早く逃げて!!」


大きな狼に睨まれた希は叫ぶようにローブを羽織った者に言うと、それと同時に大きな狼は狙いを希に定めて飛び掛かってくる。希は呆気なく吹っ飛ばされ地面を転がり、そんな彼を狙って容赦なくまた大きな狼は飛び掛かり彼を覆い被さるようになって鋭い牙を生やした口を大きく開いた。食い殺すつもりらしい、希は慌てて持っていた鉄パイプを横にして大きな狼に噛ませ押し飛ばそうとする。


「ふ、っ……、グ……!!」


だが大きな狼の力は想像以上で、どんなに力を入れて押しても全く動かない。鉄パイプをガリガリと噛みながら逆に押してくる。大きな狼を押し飛ばそうとしながら辺りを見回す。ローブを羽織った者は逃げたのかもういなくなっていた。安心しようとするも今度は自分だ。この大きな狼を何とかしなければ、と思っていると大きな狼は噛んでいた鉄パイプを粉々に噛み砕いた。


「……終わっ、た…………!!、うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


噛み砕かれた鉄パイプを見て冷や汗を掻きながら引き攣った笑みを僅かに浮かばせ呟き、瞳を閉じて大声で叫んだ。俺は食い殺される……いやいいんだ。人を助ける事が出来たんだ。これでいいんだ、これで。瞳を閉じたまま心の中で呟く。と、一瞬だが強烈な寒さを感じて思わず瞳を大きく見開いてしまう。そしてまた瞳をより大きく見開いた。自分を食い殺そうとした大きな狼は氷漬けになっていたのだ。


「な……何、で」


身体を起こし、尻餅をついたままずりずりと後ろへ下がり氷漬けになった大きな狼から離れる。するとピキパキ、と氷が鳴って一瞬で氷は大きな狼と一緒に粉々に砕け散り跡形も無くなった。その出来事も唖然としながら希は尻餅をまだついたまま見ており固まっていた。それから我に返ると立ち上がり周囲を警戒しながら確認する。一気に静まり返り、力を入れたせいだけでなく緊張や焦りなどもありいつも以上に疲れて肩を大きく上下に動かし息をぜえぜえと荒く吐いていた。


「……、!!?」


それから帰ろうと後ろへ向けばビクッと大きく身体が跳ね上がる。振り向いた先には灰色の毛並をした大きな狼がお座りをしておりこちらをじっと見ていたのだった。ヤバい、今度こそ殺される。そう思っていたが灰色の大きな狼はお座りをしたままじっと希を見続ける。希は軽く身構えながらも恐怖と焦りと緊張で固まっていた。しばらく灰色の大きな狼は希を見続けると立ち上がり、希に尻を向けて高く跳躍。希は驚いて空を見上げるが既にその灰色の大きな狼は見えなくなっていた。


「何だよ……本当にどうなってるんだよ、何が何だか……っ、もう帰ろう……!」


さっきから色々と起こり過ぎだ。それもおかしな事が。希はすぐに駆け出して大急ぎで逃げるように自分の家へと戻るのであった。










              魔なる契約 光を守る影





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