3話
そこは真っ白い世界。
見渡す限り白の世界はどこまでも続いている。
そこに場違いにもポツンと一つだけあるのは役所なんかにありそうな業務用の机だ。
「……誰が来たかと思えば、貴方でしたか」
そこに座る女性。
腰ほどまで届く金髪のロングストレートに金色の瞳。
世の女性が羨むほどの精巧過ぎるほどにバランスのとれたスタイル。
言葉では表現できないような美貌の持ち主はため息とともにそう言った。
「女神か?」
「分かりきったことを聞かないでください。この場にいるのですから神以外に何がいるんですか?」
「俺」
自分を指さしながら言う。
「貴方は例外です」
が、ぴしゃりと断言されてしまう。
アリシアスは座っていた椅子から立ち上がりながら自己紹介を始める。
「私はこの世界『ディガーディア』を管理する女神アリシアスです。貴方の事は他の世界の管理神からも創造主神様からも聞いていますよ。古登峯冬弥さん」
「それなら話が早い」
「……はあ、よりにもよってなんで貴方が私の管理する世界に来るんですか」
そうぼやきながらもアリシアスは指をパチンと鳴らす。
それとともにテーブルを真ん中に革張りの豪華なソファーが二つ何もない空間から現れた。
「まあ、立ち話もなんですから座ってください」
「悪いな」
「いえいえ。このぐらいしないと私も落ち着けないので」
「神様ってのはみんな贅沢だからねえ」
「贅沢じゃありませんよ。貴方に機嫌を損ねられると私の身とこの世界が危ないので」
言い合いながらも勧められた通りソファーへと腰を落ち着ける。
うん。やっぱり神様ってのは贅沢だと思う。このソファー、革の肌触りからスプリングに至るまで元の世界だったら何十万とかかりそうな代物だ。
「そんなことしないって。やったら俺があの爺さんに消される」
「創造主神様を爺さん呼ばわりとは……。全く、貴方を相手にするこっちの身にもなってください」
「俺の方が完全に位は下だろ? そんなに気を張るなよ」
「私の方が位が上なのはただ単にこの世界の管理神だからです。力は貴方の方が上じゃないですか」
「今はそんな力はねえよ」
「今はですか……」
そう言ってアリシアスはもう一度深くため息を吐く。幸せが逃げてくぞ。
「……貴方がこの世界に来た時点で私の幸せは神ですら届かないところに逃げて行きましたよ。フフフ……」
あ、なんかヤバい。死んだ目で笑ってる。というか心読んだな。
「いいんですよ。どーせ私なんて他の世界の管理神からも幸薄神だの不幸神だの言われてるんですから……」
あー、自虐スイッチみたいなのが入ったっぽい。ぶつぶつとうつろな表情でつぶやいている。
「げ、元気出せよ。俺は別にこの世界で何かをやらかす気はないから。なっ?」
「知ってますか? 厄介事というのは勝手に向こうからやってくるんです。今も現に私の目の前に……ううっ」
泣いちゃったよ。俺、そんな嫌がられるようなことやったかな?
「何を言ってるんですか。神々の間では知り渡っていることですよ? 貴方、いくつかの世界で邪神とガチで何度もバトってるじゃないですか。そんな存在が自分の世界にいるんですよ? いずれ胃に穴が開くぐらい気を張り詰めなければいつ消されるか分かりません」
「えー。あれはその世界の人間が悪いんじゃないか。狂信だの興味本位だの世界が憎いだのアホな理由で邪神を呼び出すんだから。俺だって出来ればあんないろんな意味で危ない奴らと戦いたくなんてねえよ」
「それもそうですが。……けど、その召喚された邪神をやたら無残に切り刻んで心を完全に折ってから消滅させるのはその世界を担当していた管理神が卒倒してしまうほどだと聞きましたよ」
「いや、だってあいつらってその世界を壊すほどの奴だろう? それくらいは正当防衛に入ると思うんだが」
「神々にそんな法律は適用されませんが、伝え聞く限りそれは完全に過剰防衛だと思います」
「だって爺さんが邪神は世界を食らい尽くす害虫みたいなもんだって言ってたからさ。徹底的にやった方がいいだろ?」
「そうだとは思いますが、やはりそんなことができる存在がいるだけで胃が痛いんですよ」
神様ってのは結構人間味があるんだな。
「……まあ、世間話はこのくらいにして本題は何ですか?」
「ん? 聞いてくれるのか?」
「創造主神様になるべく便宜を図るように言われていますからね。それにここで追い返したら私が文句を言われますからね」
「爺さんはそんくらいの事じゃ文句なんて言わないと思うけどな」
あの好々爺とした主神様ならばな。
「上司にです」
「……大変だな」
「……ほんとです」
アリシアスはまた深海まで届きそうなほどの深いため息を吐く。
世界にはその世界を管理する管理神がいて、さらに複数の管理神をまとめる管理長がいる。
創造主神とはその管理長をも従える神々のトップだ。
「それじゃ本題を言おうか。俺が求めるのはこの世界の情報。主に座標のデータや情勢なんかかな。それとこちらの世界と別の世界を行ったり来たり出来る許可。それとお前との連絡手段の三つだ」
「……分かりました。それぐらいならばすぐにできます」
「助かる」
「この世界の情報はその機械に入れればいいんですか?」
「ああ、そうしてくれ」
そう言って俺は取り出したスマホをアリシアスに手渡す。
「お借りします。…………できました」
「早いな」
「これくらいは神として当然です」
えっへんと胸を張るアリシアス。うん眼福だ。
スマホをアリシアスから受け取る。
確認して見ると使いやすいようにアプリとしてインストールされているようだ。まめだな。
「そういえばさ、確認のために聞いておきたいんだけど、この世界の人間と魔族が争ってる理由って何?」
「……あの、それも今その機械に入れたんですが、聞いちゃいます?」
「まあ、大体の見当はついてるけど、ここに来たついでにお前の意見も聞いておきたいなあと思って」
「はあ……そう言うことなら話しますけど、大体貴方の思っていることで間違いありませんよ?」
そう言ってアリシアスは語る。
「事の発端はまあ、人間側ですね」
「やっぱりか」
予想していた通りではある。
「理由は確か……魔族の国の資源を狙ってでしたね」
「そうなのか? 召喚された国の国王の話じゃ魔族は悪だ~ってのたまってたけど?」
「今はそうなってますね。でも、この戦いはかれこれ六百年ぐらい続いてるんですよ」
「はあ!?」
思わず、素っ頓狂な声を上げてしまう。
「六百年って、資源のためにそんなに戦っているのか? さすがにもうそれはなくなってるんじゃないか?」
もう無い物のために戦っているとかアホらしい。
「そうでもないんですよ。魔族はほとんど自分の身体が武器や防具となりますし、魔法も使うのでそれほど資源を消費しないんです」
「ああ、そうなのか」
そう言えば別の世界でもそう言う魔族はいたな。
「でも、なんで今は魔族は悪だから滅ぼすってことになってるんだ?」
「兵の士気を上げるためですね」
「士気を?」
「ええ、魔族は人間よりも強いですからねすぐ負けて人間側はボロボロになってしまったのですよ」
まあ、自分自身が武器になるようなやつらじゃ普通の人間じゃ敵わないだろうからな。
「それでも諦めない人間の王は異世界から勇者を召喚することにして、そのためにある物語をでっち上げたんです」
「なるほど」
大体わかってきた。
「その物語とは簡単に言えば魔族を悪とし、自分たちは追い込まれているのでどうか助けてほしい。というもので、その時の勇者がそれを承諾。それからは事実を捻じ曲げて聖戦なんて呼ばれるようになってしまいましたね」
「自分たちは正義、しかもその体現者たる勇者がいるってのはそりゃ、士気は上がるわな」
資源を奪うために手を貸せなんて言えないからこその作り話だろう。
「しかし、いきなりそんなことを言われてよくおかしいと気が付かなかったな」
「資源を奪うのが目的だと知っているのは人間ではかなり上の人間だけでしたし。一般の兵士たちは最初、命令だけされて何も知らずに戦っていましたからね。その時の王は悪知恵が働いたようで、異世界の者に迷惑はかけられないから我々だけで戦おうとした。だが、結局その力を頼ってしまい王として申し訳ない。なんて涙ながらに語っていましたよ」
「その王様は役者だな」
そんな一芝居早々打てるもんじゃない。
「ですから目的が資源獲得から悪者退治になってしまっているんですよ」
そういうことか。
「というか、魔王はその勇者に倒されなかったのか?」
「ええ。魔王はいまだ現役ですよ。しかもできた魔王でして召喚された歴代の勇者たちも殺さずに倒しています」
「六百年も現役って……」
どこの世界でも大体魔族は長寿だけど六百年は頑張り過ぎだろ。
「実年齢は確か千を超えていたはずです。私から見るともうお爺さんが孫の相手をしているようにしか見えないんですよね」
「千歳ってもう完全に爺さんじゃねえか。そんなんで魔王を続けていて今でも現役って、ここの魔王は化け物か?」
魔族の平均寿命に近い年齢だぞ。
「……貴方にだけは言われたくないと思いますけど? その魔王だってあなたには敵わないでしょうし」
俺の驚いた言葉にアリシアスはジト目でそう言う。
「今の俺じゃ結構厳しいと思うぞ。よくて五分五分ぐらいだ」
「いや、今の状態の貴方でも五分って十分すぎるほどに化け物ですからね?」
「仕方ねえじゃん。こっちは規格外すぎる奴らを相手にしてんだから」
俺の答えに疲れたような表情をするアリシアス。
「……そうですよね。貴方を普通だと一瞬でも思っていた私が馬鹿でした」
「ひどくないかそれ」
俺だって別に好きでこうなったわけじゃないんだけどなあ。
「けど、その魔王いいやつなんだろ? なんで人間たちが追いつめられて勇者召喚までしてんの?」
「ああ、それは完全に人間たちの自業自得ですね。勝てる見込みもないのに攻め入ってはコテンパンにやられて消耗しきってるんですから」
マジで自業自得だ。
「魔族は人間相手に特に攻めるようなことは魔王のおかげでしていませんからね。勝手に宣戦して勝手に休戦するなんてのを繰り返してますよ」
「よくもまあ、そんな国が成り立ってるよなあ」
普通それだけやっても勝てないなら諦めるだろ。
「そのために信仰面にはかなり力を入れてますからねえ。聖戦と言えば喜んで参戦する人が多いんですよ」
嘆かわしいことです。とアリシアスは言う。
自分も神様だからな。信仰に良いように使われるのは気分がいいものじゃないだろう。
「まあ、人間と魔族の関係は分かった。また何かあったら来るよ」
「その何かは永遠に来ないといいんですけどねえ……」
「俺もそう願いたいよ」
その言葉に俺は苦笑を返し帰るための空間を開け、中へと進んでいく。
出る場所は……周りに人がいない場所でいいか。
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