#8
召喚術は、その昔魔術研究が盛んだった頃に編み出された。
今では禁呪扱いになっている術のひとつ。
術を記した書物は神殿で管理され、めったなことでは見ることもできない。
禁書庫の鍵を持つのは、神官長、その補佐官のみ。
生まれ持つ能力に傲ったお馬鹿さんでもない限り、禁書を紐解こうなどと思わない。
「そのお馬鹿さんがこちらです」
『ええっとぉ……』
目の前で土下座する、美目だけは麗しい青年に、チホさんは戸惑いのまなざしを向ける。
虚ろに儚げな笑みを浮かべ、ロシフェール神官補はチホさんの手を恭しく戴いた。
「私の浅慮により、貴女様には多大なるご迷惑とご心労をおかけしてしまいどうお詫びすればいいのか、私にできることがございましたら遠慮なくおっしゃってください」
なに言ってるのかわかんない! と涙目でこちらに助けを求めるチホさんに、『下僕志願者』だと通訳する。
お詫びのため、何でもすると言っているので好きにしてやってください。
『あのあの、頭を上げてください。お聞きしたところ、故意じゃなかったようですし……事故みたいなものだと、思うので、しょうがないっていうか……私も怪我をさせてごめんなさい!』
チホさんの言葉を伝えると、「愚かな私を許してくださるとは女神のような方だ……」と神官補は引っ掻き傷の残る顔を陶酔に浸らせて呟いた。
チホさんがとっても素直で可愛くて優しい子だというのは同意するけれど、ちょっと思い込みが激しすぎやしないかしら。
チホさんかなり腰が引けてるし。
神官補に握られた手と反対側を王子が取る。
「私からも詫びを。そもそも私が神官補を戒めるべきだった。国を担う者として、考えが足りなかった。すまなかった」
深く頭を下げた王子様に、チホさんはすっかりおののいていた。
『通訳! 通訳をお願いします!』
真っ赤になって涙目だ。なんと可愛らしい。
召喚直後は混乱していたため、彼らをちゃんと認識していなかったのだろう。
うちの王子と神官は、見た目だけなら文句の付け所がない美青年だから、一般人には目の暴力。
その二人が美少女に跪いて許しを乞う様はなかなかの絵面だった。
二人に会うかどうかを訊ねたときに、事情はすべて話した。
喚び出した彼らが、必ずチホさんをもとの世界に還す術を見つけ出すと誓ったことも。
どれほどの時間がかかるかわからないけれど、諦めないでやりとげると。
恨み言を言いたいだろうに、健気に呑み込んで、チホさんは信じますと頷いてくれた。
チホさんの信頼を裏切らぬよう、コネと権力を総動員して、是非とも失われた術を見つけ出すか、生み出すかしてもらいましょうね。
「古には、双方向での召還が可能な術もあったようです。他国の文献など、昔集めたものがうちにあるので、必要ならば贈答しますが」
若者たちのやり取りを覚めた目で見つめていた主は、目録を取り出してテーブルの上に置く。
主の言葉にお詫び合戦を止めた王子たちは、チホさんの手を引いて各々ソファに腰を下ろした。
「お前、これずいぶんと貴重な……」
「よく集められましたね」
「必要があったもので」
しれっと答えた主に、青年たちは顔を見合わせる。
「助かります、が――いただいてもよろしいので?」
「――我々には必要がないものですから」
そう口にした瞬間、主が浮かべた自嘲を私以外の誰も気づくことはなかった。