表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Long trip  作者: 深月織
7/12

#7

 

 再び仕事に戻る主を見送り、チホさんの様子を窺いに行く。

 チホさんには申し訳ないけれど、すぐに還してあげることはできないだろう。

 不自由のないよう、いろいろと手配が必要になる。

 私が若い頃着ていた衣服は残っていたかしら。新しい服を作ったほうがいいかしら。チホさんはこちらのことを学ぶ気はあるかしら。

 とめどもなく考えていると笑い声が聞こえてきた。

 チホさんの声と、まだ幼い少年の――いま、ここにいるはずのない者の声。

 扉前で控えていたメイドに視線を向けると、申し訳なさそうに頷く。

 まあ、皆があの子に逆らえないのは仕方ない。

 叱るのは私の役目だ。

『本当です。機会があれば、試してください』

『そんなの怖くてできないよー! イストくんてば無謀ー』

 ……チホさんがずいぶんリラックスして楽しげなので、少しだけお仕置きの内容を減らしてあげましょうか。

「めずらしい顔が見えますね?」

 私の声に、チホさんとソファで談笑していた少年が飛び上がる。

 茶に透ける黒髪と、同じ色の瞳を持つ少年――イストルードは、一瞬の動揺のあと見事に体勢を立て直し、にこりと微笑んだ。

「ごきげんよう、母上」

 立ち上がってお手本通りの礼を取る息子に私は眉をひそめた。

 この一年でかなり背が伸びたイストルードを見下ろすことができるのも、あと少しだろう。

 にょきにょき伸びてくれて、腹立たしい。

「よろしくなくてよ。学院寮にいるはずの我が息子がどうしてここにいるのかしら」

「母上はお忙しいでしょう。客人の話し相手になるようにと、氷水公から命が下りまして、しばらくのあいだこちらから学舎に通うことになりました」

 ハキハキと説明する息子によると、午後の授業が始まってすぐ、主からの伝書が来てそう命じられたという。

 旦那様、私の許可もなく勝手なことを……。

 何も言わずに執務室へ去った主に、頭の中で苦情を申し立てた。

「帰宅は遅くなる」と言っていたのは騒ぎで仕事が滞ったせいではなく、これが原因かと悟る。

 お帰りを待たずに先に寝てやろうかしら。

「貴方の勉強に支障はないの?」

「予習ですでに先の授業内容まで済ませていますし、ちょっと退屈していたので大丈夫です」

 生意気な口をきく息子の額を軽く小突いた。

 どうやらイストルードはチホさんが目覚めた直後に訪問して、無駄に回る口を働かせ、彼女の好意を得ることに成功したようだ。

 まだ十の子供だということも、彼女の警戒心を削いだ原因だろう。

 つたないけれど、会話ができることも。

 キョトキョトと私とイストルードのやり取りを不安げに見ていたチホさんに、失礼はなかったか訊ねる。

 首を振って、楽しかったですよと笑うチホさんは本当に可愛い。

 こうして笑うチホさんを前にしたら、あのお馬鹿さんたちがノックアウトされるに違いない。

 ちゃんと目を光らせておかねば。

 もちろん息子といえど、よそ様のお嬢さんに近づきすぎぬよう釘を刺す必要がある。

 調子がいいところは、一体誰に似たのか。

 イストルードはチホさんに、自分が私の息子だと言っていなかったのか、事実が判明してとても驚いていた。

 私に似たのは髪や目の色だけなので、無理もない。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ