#6
大丈夫だからという言葉に背中を押されて、自分の身に何が起こったのか思い返した。
ゆっくりと、朝、家で目覚めてからのことを。
いつも通り少し寝坊ぎみに起きて、いつも通り慌ただしく登校して、教室に向かって歩いていたはずなのに、一瞬めまいがしたと思ったら床に倒れていた。
廊下のツルツルした感触じゃなくて、柔らかく毛羽立った織物の上に。
何が何だかわからなくて、目をぱちぱちさせながら身を起こすと、ファンタジーものや歴史もののフィクションでしか見たことがない衣服を着た外人の人々が、あたしを見下ろしていた。
映画の撮影? なんてとぼけたことは言えなかった。
彼らの驚愕した顔、何事か問いかけられるような、だけど通じない言葉の波にパニックになって。
わけがわからなくて怖くて、まるでオバケにでも出くわしたように叫んで。
いま思うと、彼らも驚いていてあたしを落ち着かせようとしていたのだと思う。
殴ったり引っ掻いたり、けっこうメチャクチャに暴れたというのに、力づくでどうにかしようとはしなかった、と思うし。
あれ? あたしのほうが乱暴狼藉を働いてない?
――そうしてるうちに、やたら無表情で反応の少ない男の人がやって来て、辺りを見回したあと、冷たい声でその場にいた人たちを、叱ったようだった。
そのあとあたしに話しかけたんだけど、あたしはあたしでパニックが頂点を迎えて金切り声を上げた。完全にヒスってた。
だって! あり得ないほど美人な人の感情のないまなざしが、あんなに怖いものだと思わなかったんだもの!
気がついたら布を被せられて担ぎ上げられていた。
そこでも暴れたと思う。
正直、興奮しすぎて覚えてないんだ。
どこかに運ばれて、布越しに、怖い人が誰かに話しかけて――
『大丈夫よ』
と。
ささやく女の人の声に、あたしは暴れるのをやめた。
やっと、意味がわかる音を耳にした。
――異世界トリップ。
そんなファンタジーなことがあるなんて思ってもいなかった。
「普通に思っていたら、ちょっと痛いかしらねー」とは、あたしを保護してくれた人の言葉だ。
ここではイルマと呼ばれているらしい彼女は、おっとりとした物腰と話し方なのに、実際はテキパキとした不思議なひと。
いきなりやってきて子供みたいに泣きわめいて、ぐずっていたあたしをあたりまえのように宥めてくれた。
こうして落ち着いたら、さっきまでの自分が駄々っ子のような真似をしてたのが、転がり回りそうなくらいに恥ずかしい。
おまけにご飯食べたら眠くなるとか、そのまま寝ちゃうとか、どこの子供なの。
頭を撫でてくれたイルマさんの手が、お母さんみたいで、余計に安心しちゃったんだろうな。
知らない人だけれど、あたしの側に属する人だとわかったから。
不安を全部、預けられた。
彼女がいたから、確かめることができたんだ。
半ば答えがわかっていた疑問を。
――ここは、あたしが知っているどこの場所でもない、知らない世界だった。