#5
食事をして少しだけ話をすると、チホさんはうつらうつらし始めた。
眠る時間でもないけれど、 こちらへ来たのは朝だったそうで、 やっぱり精神的な疲労があったのだろう。
彼女を寝台に寝かしつけると、私は行動を開始した。
今でこそ主の私的空間を維持するため奥向きに引きこもっているけれど、数年前までは私も王宮勤めの身だった。
勝手知ったる――とはいえ、私が許可なく行動できるのはスルニエル公爵家の領域まで。
ひとまず主の執務室へ、と思っていたら、さほど行かぬうちに目的の青年たちを引き連れた主を発見した。
何故かしら、見えない縄が主の後ろのお二人の首についているような気がする。
「イルマ」
あちらも私を認めたらしく、主が私を呼んだ。軽く膝を落として方々を出迎える。
「こちらまでいらしてくださったのですか。私が参りますのに」
「いや――お前はあまりあの娘から目を離したくないだろう。あるいは、同席できるならこちらのほうが良い」
そうですね、と返しながら、今は彼女が眠っているため、同席は無理だと告げる。
私の言葉に、殿下も神官補も落胆と安堵が混ざったような微妙な表情を浮かべた。
神官補はともかく、殿下はもう少しポーカーフェイスの訓練をしなければ駄目でしょうね。
チラリと青年たちに視線を向けると、そろって直立不動になる。
顔色がおかしい上に不自然に汗をかいているようだけれど、医局へ使いをやったほうがいいかと悩む。主に病気を移されても困るし。特にこの世界では早期発見早期治療が大切。
いつまでも立ち話をしているわけにもいかないので、表向きの客間へ彼らを案内した。
「チホさんの目が覚める前に、お話をお聞かせ願えますか」
まずは状況把握、ということで口にした言葉に、殿下方はこの世の終わりでも迎えられた顔をされた。
どういうことかしら。
「……“地味仕事ばかりで退屈していたところにロシフェール神官補がちょっとした面白い術を見つけたんで暇潰しになるかも? やってみよーそうしよー”……で、結果があの子ですか」
先に話を聞いていた主から経緯を説明された私は、確認のために繰り返す。
何故か私の前のお二人は、床の上に正座で沙汰を待つ罪人の面持ちである。
私が強要したわけではありませんよ?
ただ、昔イタズラをした二人を叱るときはいつもこんな感じだったってだけで、なかなか癖って直らないものですね。
「“まったく”、“目的もなく”、“単なる暇潰しで”、“召喚術を行なって”、“結果女の子を誘拐しちゃった”――と」
冷ややかな私の声に、いい年になったというのに子供の頃そのままの半泣き顔で彼らが叫ぶ。
「こんなことになるとは思わなかったんだ!」
「こう、異界の綺麗な物を取り寄せて殿下の癒しになればいいかなと!」
「通販かっ! 支払い方法もないのに迂闊なことするんじゃありません!」
思わず突っ込んでしまった私の頭を宥めるように押さえて、主が深く息を吐いた。
つい激昂してしまった私も深呼吸をして気分を静める。
「……起こってしまったことは、なかったことにはできません。――殿下は事の次第を陛下へ報告し、彼女の身心の安全を保証すること。神官補は彼女を返す方法を何としてでも探すこと。よろしいですか?」
「ああ、それはもちろん」
「あの、夫人……彼女にちゃんとお詫びを申し上げたいのですが」
態度から心底反省している様子は読み取れたので、少しだけ私は表情を緩める。なんだかんだと、小さな頃から成長を見守ってきた青年たちに対して、甘い私が顔を出してしまう。
「わかりました。彼女の了承が得られましたら明日にでも」
だからお前たちはとっととすべきことをやってこい、と丁寧に申し上げて部屋から叩き出した。
残ったのは私と主。
「……彼女は、“召喚”なんですよね。なら、術はありますよね、きっと……」
閉ざした扉に額を預けて、呟く私を、主の腕が引き寄せる。
主は黙ったままだったけれど、伝わる体温に少しだけ安堵を覚えた。