#4
執政棟へ戻った氷水公は、真っ先に第一王子の執政室へ足を運んだ。
まだ先ほどの騒ぎから周囲は立ち直っておらず、近衛兵の落ち着きがない。
中央部だというのに部下たちのこの落ち着きのなさは、彼らを束ねるべき上の者が温いからだろうか。
うちのが見れば、「あらまあ、再教育が必要ですかしら」と薄ら笑いのひとつでも浮かべそうだ――うっかり遠い目になった彼は、気を取り直し、兵が開けた扉をくぐる。
娘が暴れていた部屋は、あちこちにものが散乱し、慌ただしく女官たちが後片付けを進めていた。
その中、ぐったりと長椅子に身を預けた青年二人が、入ってきた彼を見て顔を上げる。
頬に見事な爪痕を刻んだ王子が、気遣わしげに問うた。
「ダーリエク、あの娘はどうした」
「うちの者に預けました。すっかりなつきかけていましたが」
公の言葉に、この世の終わりかというほど絶望の色を濃くし、王子はブルリと身震いした。
「おおお前が言う、うちのとは、イルマとかいう名前だったり世にも恐ろしい笑顔仮面だったりこっちの胸ほどの身長しかないくせにやたらこう人を威圧する雰囲気の年齢不詳の生き物ではないよな!?」
大げさに身を震わせた王子を呆れたまなざしで見やって、氷水公は訂正する。
「イルマは今年三十三で別に不詳にしているわけではありませんが」
「俺が子供のときと全く姿が変わらないようなのがそんなわけあるかぁっ!」
「近くで見れば小じわくらいありますよ」
「お前……っなんて恐ろしいっっ……」
幼少時、子守りをしていた彼女に尻を叩かれていた後遺症が王子はまだ治らないらしい。
成人した男子にあるまじき狼狽ぶりで、今にも扉の向こうから宿敵が現れないかとおののいている。
「そうですよ姿が変わらないなんてそんなことありませんよ殿下、あれは女性のタシナミと意地と根性と技で妙齢の姿を留めているんですよあのお肌の瑞々しさの秘訣を知りたいと信者のご婦人がたからも評判で」
手にした杯の中身がこぼれそうなほど全身をガタガタと震わせ、金髪の神官が壊れたように呟く。
若年でありながら神官補の銀帯を許されたロシフェールは、第一王子の学友であり、幼少のみぎり彼と一緒に彼女に躾られた仲でもある。
数年後、この国を担う地位に就くだろう青年二人が、小柄な婦女子一人に怯えおののく様に、ちょっと職を辞して両親たちのように田舎に暮らしがしたくなった氷水公だった。
まあ、アレは「楽になりますねぇ」と何も気にせずついてくるだろうが。それもいいかもしれない。
政務方の人々が耳にすれば必死の形相ですがりついてくるだろう計画を頭の隅に書き置いて、彼は青年たちに向き直る。
氷の双眸をさらに凍てつかせて、唇を開く。
「――さて、お二人とも。あの娘をどこから連れてこられたのか、一体何をしでかしたのか、ご説明いただけますか」
大方の予想はついていたが、そう考えたことは微塵も感じさせずに、重々しく彼は詰問を始めた。