#3
被ったマントのすき間から、用心深く周囲を探る少女の手を握る。あなたがここにいる間は、私が保護者だと言葉をかけて、安心させる。
知らない場所で、頼る者もないのは不安が募るばかりだ。微力でも、味方がいるのだと知っていてほしい。
一度に情報を与えてこれ以上混乱させるのもかわいそうなので、こちらからは核心を避け、雑談を装って彼女を知る。
好きな食べ物、苦手なもの。こちらのことも織り交ぜ、関係のない話を挟んでいるうちに、はりつめた空気は薄れ、笑みを見せるようになった。
彼女を部屋へ誘導すると同時に、私はメイドたちに湯の用意を頼み、人払いした。
他人の目に怯えているようだったので、慣れるまで接する人数は少ない方がいい。
側に付けるのは柔らかい空気の無口なエナと、警戒心を抱きにくい小さなシアンにしよう。
本当は私が付きっきりのほうがよいのだけれど、この宮の家政を任されている身としてはそうもいかない。
頭の中で段取りしつつも家具の覆いを払って、少女をソファに座らせると、案山子のように突っ立っている主を振り返り「任されましたから、お仕事にお戻りください」と退去を願う。
「その、――大丈夫なのか」
「心配ご無用ですわ。旦那様のお食事の仕度が遅くなりますけれど、かまいませんこと?」
適当にする、と答えた主の背に向かって、「そうそう」と声を投げる。
「例のお二方に、詳しいお話をお伺いしたいと思いますので、後ほどよろしくお願い致しますわ」
暗に拝謁を願う要望に、どういうわけか主が天を仰ぐような仕草をした。
「……わかった……」
そんなに憂鬱な声をお出しにならなくても。
主が去ったことで、少女の緊張は完全に解けたようだ。
くたりとソファに身を沈めて、深い息を吐いていた。
表情筋がわずかにしか動かない美形は、立ってるだけで怖いという事実は私も経験済みなので、彼女の気持ちがよくわかる。
考えていることが読めるようになった今は、怖くもなんともないのだけれど。私も理解するのに五年ほどかかったから、気長に慣れてもらうしかない。
私が面倒を見るといっても、最終的な責任は主にあるので、顔を見ないわけにはいかないし。
『悪い人じゃないのよ? 良い人とも言い切れないけど』などと言ったら誤解が増しそうなので、結局私は主の弁護を控えた。
ノックの音に、扉へ向かう。
「イルマ様」
「ありがとう。あとは私がするわ」
軽食の乗ったワゴンを押したメイドたちは、隅に湯を運び込むと静かに部屋を出た。
他人が現れたとたん身を縮めていた彼女の頭を撫でて、大丈夫だからとマントを預かる。あとで誰のものか調べて返さなくては。
水を口にし一息つき、ようやく自分の状態を認識したらしい。泣き腫らして熱を持った顔を手で押さえて、羞恥の声らしき音を発する。
湯で絞った手巾を手渡すと、強ばった顔にきつく押し当てた。
もうひとつ手巾を濡らし、彼女が遠慮する間も与えずに手早く擦り傷や打ち身のできた足を拭う。
最後に櫛を手に、乱れた髪から抜けかけたゴムを取り、肩を少し越すほどの黒髪を梳いた。
ゆるく編み込みを作って、毛先を内側に丸く結って留める。
満足の頷きをひとつ。
大地の色を含んだ色彩は、愛しむべきもの。
この地でも、数人しか持たない色。
身なりを整えられる間、もじもじと恥じらう様子を見せていた少女は、物問いたげに私を見上げると、意を決した表情で口を開いた。
恐れを秘めて、問われる。
――ここはいったいどこですか、と。