#2
しゃくりあげている少女の髪を撫でながら主を見上げ、答えを待った。
眉を寄せて私を見下ろす主は、ほとほと困り果てている様子だった。
「私も詳しいことは把握しておらんのだ。人に呼ばれて行ってみたら、この子供が暴れていてだな。女官も近づけぬし、お前なら何とかするだろうと」
何故私が責められなければならんのだ、という無言の訴えを無視して私は微笑む。
私に対する信頼は嬉しゅうございますが、言葉足らずでしてよ。
「旦那様? 一から、最後まで順に、ご説明願います」
「私が執務室で仕事をしていると……殿下の近衛が呼びに来て」
「まあ」
笑みが深くなる。主はサッと目を逸らした。
「……現場に向かったらこの子供が暴れわめいていて、殿下とロシェが慌てふためき、近衛はオロオロするばかりで、女官は怯えて役に立たず、収拾がつかんかったので、ひとまず私が保護した」
私のまなざしに、まるで後ろめたいことがあるかのように、主らしくなく言葉を重ねる。
まさに言い訳。
「旦那様が直接関わっていないようで安心しました。そう、殿下とロシフェール神官補が、原因ですの……」
ウフフ、と思わず笑い声を漏らした私に、少女がきょとんと涙に濡れた瞳を瞬く。頬の滴を手巾で拭いてやると、恥ずかしそうに首をすくめた。
薄れかけていた母性本能が擽られる。と同時にこの少女がこんなに目を腫らす元となった阿呆どもにフツフツと怒りが沸き上がる。
「イルマ、落ち着け。気持ちはわかるがあんな木偶で馬鹿でもまだ生きていて貰わねばならんからな?」
「旦那様、不敬ですわよ?」
付き合いが長いためお互いの思考などお見通しだ。宥める声にツンとそっぽを向いて、しゃがみこんでいた少女を立ち上がらせる。
喉は渇いていないか、お腹はすいているかと訊ねながら、落ち着ける場所まで誘導した。
私の私室近くの空き部屋でいいだろう。幸い掃除は行き届いているから、すぐにでも使える。
主が所在なさげにあとをついてくるのがわかったが、この子を安心させてあげるのが先だと後回しにした。
道々、名前や歳を訊ねて彼女が『ヒサカ チホ』『十六歳』だということがわかる。
『何がなんだかわからない』と現状に混乱して、不安定に瞳を揺らす少女の手を引いて、これから起こるであろう様々な問題に頭を悩ませる。
主が私に預けたということは、ここでのこの娘に対する責任を私に一任するということだろう。
自分でも、私以外に適任はいないと思う。
――さて、あのお馬鹿さんたちに対するお仕置きはどうしようかしらね?