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独り暮らしの憂鬱

作者: 野々村

「一人」

 自分でも鬱陶しくなるくらいの体温だった。体全体が気怠さにでも浸ったような疲労感に、脳髄をじりじりといやらしい熱で焼く自分の免疫反応がうらめしい。

 意識は薄い霧の中をひたすら彷徨っているような感覚で、いっそのこと混濁するかはっきりとするかどちらかにしてほしい。中途半端というものが一番辛いということを知らない馬鹿ではあるまいに。そう自分自身に毒づいても、意識でコントロールできない防衛機能を制御することは無理だった。

 とにかく、まずは水分をとることが先決だろう。炎天下と呼ぶに相応しいこの季節にインフルエンザは有り得ないだろうから、この酷い自分自身にも、適切な処置を施せば三日ほどでおさらばできるはずだ。這い這いになりながら冷蔵庫の扉を開き、中から冷えた清涼飲料水を取り出そうとして、・・・冷蔵庫の中身がほぼ空になっていることに気づいた。

 まずい。非常にまずい。水だけならいよいよ危ない時には水道水を飲めばいいが、問題はそれよりも冷蔵庫の中に食料が見あたらないことだった。ほぼ空なのだから当たり前だけど。

 中身が砂一粒の玉手箱を開けた浦島太郎とはこんな気分なのだろうか。

 非常に危険な事態に直面して、現実逃避の一つや二つ、三つ四つでもしたい気分に襲われたが、それに飲まれたらそれこそ悪循環というものだ。気力を振り絞りながら、僕は外出の支度を始めた。自分の風邪を外へばらまくような気がして、少々罪悪感に駆られるが、最早仕方ないだろう。自分の身が第一だ。

 マスクをつけ、せめてもの周囲への気配りをして、ポケットに財布をねじ込んで玄関のドアを開いて、早速絶望した。

 熱い。比喩表現が陳腐になってしまうくらいに熱い。むわっとした嫌な湿り気を帯びた空気だけならまだよかったかもしれない。そこにさらに肌をミディアムの焼き加減で調理でもしてくるような太陽の熱線に、外に出ているだけで体力を奪われた。僕は慌てて自分の部屋へと逃げ帰る。あんな灼熱地獄のような場所に出ていたら、最寄りの食料品店に辿り着く前に、見事に倒れてしまうだろう。それこそ、ミミズが乾涸らびて焦げ付くようなアスファルトの上で、同じような境遇を体験するだろう。今現在は自分自身でもいくらか発熱しているぶん、さらに質が悪い。

 結局、こうした時に感じるのは、何一つできやしない自分の無力さだった。一人暮らしと意気込み、その言葉が持つ独特の格好良さへの幻想が打ち砕かれるのに時間はかからなかった。自分の体調管理は当たり前、食事に睡眠全てが自分自身の行動に依存するこの状況で、頼る人がいやしないこの状況で、僕はなんだか泣きたくなってきた。

 みっともないので本当に泣きはしない。もっとも一人なのでみっともないと思う人もいないだろうが、そこは小さなプライドだった。それさえ崩壊してしまうと、なんだか自分が認識できなくなりそうで、怖ろしい。

 最早溜息すら吐こうとも思えず、僕は布団を広げて睡眠を貪ることにした。自分の自然回復力に身を任せ、元気になることを祈りながら僕は眠りについた。

 怠惰の極みだとも感じたけど、それでも、もう何もやる気が起きなかった。けれど、それでもいいだろう。どうせ自分は一人なのだから。


初投稿です。拙文ですがお暇な時にでもご一読頂ければ嬉しいです。

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