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胡蝶蘭の散る頃に  作者: うどんもち
七つのハンドルネーム
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薔薇の館

「ちょっと寄り道してたから遅刻するかと思ったけど……よかった、十分前に着けて」


 薔薇に囲まれたアーチを目の前に、雪藤詩歌(ゆきとうしいか)は安堵のため息をつく。

 バス停から、ここまで四十分もかかった。

 森の自然歩道を通ってきた。

 もちろん民家もほとんどなし。 

 今日はオンラインゲーム仲間の集まり、いわゆるオフ会というやつだ。

 サークル『SAS』のメンバーが今日この洋館に全員集まることになっている。

 雪藤の心臓の鼓動が少しずつ高まってきた。


「はぁ、どうしよう緊張してきた」


 薔薇とツタで囲まれた洋館をうつつな瞳で眺める。

 自分と同年代の人が来るのだろうか。

 雪藤は高校2年の、現役バリバリの女子高生だ。

 学校で部活には入ってない。

 バイトとオンラインゲームの日々だ。

 勉強も留年しない程度にはやっている。


「どんな人が来てるのかな」


 今日、初めて『SAS』のメンバーと顔合わせをするのだ。

 そもそも雪藤にとってオフ会というのも初めての経験だ。

 最初は出会い系みたいで戸惑いはあったが……。

 雪藤は自分の頬を両手でパシッと叩いた。


「よし」


 意を決して、薔薇のアーチをくぐり抜ける。

 赤、黄、白、黒と色とりどりの薔薇が雪藤を囲う。

 その中を颯爽と歩いていく。


「すごい数の薔薇……。本当に、『ローゼンメイデン』の世界に飛んだみたい」


 『ローゼンメイデン』とはここに来るきっかけになったオンラインゲームのことだ。

 対戦型RPG(ロールプレイングゲーム)で、薔薇に囲まれた美しき世界でプレイヤーで徒党、つまりサークルをつくり、他のサークルと対決するというもの。

 最近でいう、オンラインFPS『コールオブデューティ』の集団対戦版みたいなものだ。

 このサークルに入ってからおよそ1年が経つ。

 『ローゼンメイデン』ではボイスチャットはなく、書き込み形式での電脳チャットしかないので、声でどんな人か想像することもできない。

 薔薇のアーチをくぐり抜けると、ひとつの大きな扉が目の前に出てきた。

 洋館に似合った、木造の少し古いが大きく、形が整っている。

 取っ手に手をかけ、玄関扉を引いて開ける。

 エントランスホールだろうか。広い場所に出る。


「うわぁ、すっごいおっきい」


 思わず声が漏れる。

 エントランスホールは雪藤の部屋の広さの十倍はありそうだった。

 あちこちに薔薇が飾ってある。

 全部本物なのだろうか。だとすると凄い量だ。


「すごい量でしょ」


 突然、雪藤の横から声がした。

 自分の考えていることを言われ、雪藤はビクッと身体を震わせる。

 見ると、白色のノースリーブを着た少女がソファーに座っている。


「あはは、ごめんごめん。そんなに驚くとは思わなかったから。でも私もここに来たときそう思ったから」


 そう言うと、ソファーから少女が立ち上がった。

 ズボンが迷彩柄で、まるで軍服だ。

 髪の色は白く、髪の長さは腰くらい。

 顔は可愛らしくて幼く、背も雪藤よりも低い。150cmくらいだろうか。

 雪藤は小動物のような印象を受けた。

 歳はきっとあまり変わらないだろう。


「ええと、あなたは?」

「普通は自分から名乗るものじゃない?」


 質問を質問で返された。

 見た目とはうらはらに性格はキツそうだ。

 雪藤の表情を察知したのか、少女はすぐに前言撤回した。


「ごめんね、別に意地悪したかったわけじゃないの。私は叶美羽(かのうみう)。『ローゼンメイデン』でのハンドルネームは<うどんげ>。わかる?」

「え、<うどんげ>さんですか!?」

「ちょっと待ってよ。私が名乗ったんだからあなたも自己紹介してよ。そうじゃないと誰かわかんないし」


 叶が頬をぷくっと膨らませる。


「え、ああ、すみません。私は雪藤詩歌(ゆきとうしいか)。ハンドルネームは<まろん革命>です」

「あは、あなたがまろんちゃんね。私のイメージ通りだわ」


 叶が雪藤をまじまじと眺める。


「それにしてもびっくりしました! <うどんげ>さんがまさか女の子だったなんて」

「私ってネットじゃ男口調でチャットしちゃうのよね。それにほら、この通りミリタリーオタクだし」


 叶はそう言うと、靴を雪藤の方に向けてあげてきた。

 それは紛れもない、軍靴だった。

 それにしても意外だ。

 『ローゼンメイデン』での<うどんげ>はダンディな三十くらいの男性だと思い込んでいたから、なおさらである。


「でもびっくりですよ。てっきり私より全然年上の人かと思ってたのにまさか同じくらいの年の人だなんて」


 雪藤が驚きの口調で言った。

 その言葉を聞いて叶が盛大に笑う。


「ははは、それは間違ってないよ。歳はあなたよりずっと上」

「え? でも、見た目、高校生くらいですよ……ね?」

「それ大外れ。よく言われるの。歳は26だから」


 もっと驚いた。見た目はどう見ても高校生――いや、中学生にも見える。


「いやーこの年でモデルガン買おうとしても未だに年齢聞かれるのよね。童顔ってのも楽じゃないわよ。雪藤さんは、高校生?」

「あ、はい、そうです」

「じゃあ、人生まだまだこれからね」


 叶がくすくすと笑う。

 雪藤が困惑の表情を浮かべる。


「えっと、あの、叶さんは、OLとか……ですか?」

「医者よ」

「え! い、医者!?」


 雪藤はまた驚いた。


「とてもそうには見えないでしょ。でもほら、ちゃんと医師免許も持ってるから」


 叶がポケットから財布を取り出し、免許証を雪藤に見せた。

 顔写真に叶美羽の名前。間違いない。


「凄いですよ、<うどんげ>さんが女の人でしかも医者だなんて。みんな絶対驚きますよ!」

「そうかな? まあ、ネットじゃ男演じてたわけたし、そこら辺は驚いてくれた方がうれしいかな」


 叶が免許証をしまってくすくす笑う。


「叶さん以外に誰か来てないんですか?」

「うん、あなたが二人目の来場者。もうすぐ来るんじゃないかな」


 叶がそう言った途端、雪藤の後ろの玄関扉が開いた。

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