プロローグ
その光景は、一時の静寂が支配していた。
ところどころに突き出す枯れ枝は、行き倒れた獣の骨のように見える。
時折吹きすさぶ風が木々の枝や葉をカサカサと揺らす。
深海にいるような錯覚にとらわれそうになる樹海と化した森は砂漠と同じく、「この世の終わり」にもっとも近い情景を描写しているのだ。
風がぴたりと途絶え、時の流れが止まる。
永遠とも思わせる静寂が森の中を支配する。
なんと、ふさわしい舞台だろう。
ワタシは思った。
あの許しがたき者どもを葬り去るには、この薔薇とツタで覆われた美しき洋館ほど、ふさわしい場所はあるまい。
時計を見た。
あと一時間で四時……。
その時になればこの墓場のように静かな洋館は、ひとときの賑わいをみせるはずだ。
だがそれも束の間。
すぐに死の沈黙が支配する。
そのための小道具は、すべて用意した。
細身のナイフ。
丈夫なロープ。
ビニール袋に封入した、薬品。
注射器。
カプセル。
よく干して粉状にした、毒草の根。
逃げ場所はない。どこに隠れても、鍵をかけて部屋に閉じこもっても、逃れることはできないのだ。
『ワーム』からは。
ワタシは、テーブルの上に並べた『道具』をリュックに仕舞い込むと、再び柱時計に目をやった。
あと五十分。
洋館の入口のドアが開いたその瞬間が、『ゲーム』の始まりだ。
ひとり、またひとりとゲームキャラクターが集まって、七人全員が揃ったとき、この閉ざされた樹海の洋館で『事件』が起こる。
それが、このゲームの筋書き――。
ゲームの名は、『胡蝶の夢』。
そして我が名は、『ワーム』。
この世界を支配し、洋館の主でもある、死刑執行人。
恐怖に怯えるゲームキャラクターたちを「消去」する者。
――あと四十分。
さあ、早く現れるがいい。
ゲームの主人公たちよ。
そして、自ら運命のスイッチを入れろ。
『皆殺しゲーム』の、スタートのスイッチを……胡蝶蘭の散る頃に――。