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秋の日、死霊取り付く

作者: 竹仲法順

     *

 窓を開けると、秋風が吹き付けてくるのだが、俺はずっとパソコンのディスプレイに見入っていた。デイトレーダーで連日ずっと株価を見続けていて、疲れる。だがこの世界は一分一秒が勝負だ。気を抜けない。住んでいる自宅マンションに数台パソコンを立ち上げて、どれが値上がりしそうか、絶えず探るのだった。最近、築二十年近いこのマンションの一室にも霊のようなものが取り付いていて、俺も怖い。確かに今年の暑かった夏は明け方にトイレに立つたびに、死霊のようなものを見た覚えがある。ずっとパソコンに向かっているので、疲れているのだろうか……?いや、多分俺の場合、呪われるようなこともあるかもしれない。ネット上のあらゆる場所でいろんな人間の悪口を言ったりしていたのだから。別にそれが悪いことであるわけじゃなかったのだが、仕事でずっとネット上において株の動きを見ている。当然、俺を恨んでるヤツもいるだろうと思えたのだし、気にすればするほど土坪に嵌まってしまう。焦らないようにしようと考えていた。幸い、夏場に起きた怪奇現象の類も、今は一時的に収まっていたのだし……。

     *

 十月半ばの朝方、徹夜こそしていなかったのだが、トイレに行った。そして用を足し、洗面台で手を洗う。すると右肩にスライムのようなヌルッとしたものを感じ取り、振り返る。瞬間驚いた。トイレの中から死霊のようなものが這い出てきて、俺に触れようとしたからだ。さすがに慌ててトイレを出た。霊が消えると、ホッとしてベッドのあるリビングへと舞い戻る。呼吸を整え、また布団に潜り込む。眠ったような、眠ってないようなそんな感じが小一時間続き、俺も仕方ないと思って起き出した。よれていたベッドのシーツを綺麗に直し、ゆっくりとキッチンへ歩き出す。入っていき、ボサボサだった頭を掻きながら、コーヒーを淹れるため、薬缶にぬるま湯を入れてガス台に掛けた。スイッチを捻って沸かし始める。眠気はあったのだが、確かにトイレの中で見た。さっきのスライムのような死霊を、である。パニックになってしまったのだが、深呼吸し、気持ちを落ち着けて正気を取り戻す。今見たのは別に何でもないものだと。幻覚が見えたわけじゃなかったのだし、霊は確かにこの部屋に潜んでいる。いつの間にか、薬缶の中の温いお湯は沸騰していたので慌ててスイッチを捻り、止める。インスタントコーヒーのビンからコーヒーの粉末をカップに入れ、上からお湯を注ぎ足す。もう一度深呼吸し、気持ちを静めた。今朝見たのも、今見たものも霊でも何でもないと言い聞かせるようにして。コーヒーをブラックで一口飲み、苦さを感じ取っていたのだが、自分が言いようのない怪奇現象に巻き込まれ掛けていると思っていた。コーヒーを飲み終わった後、洗面所で歯を磨いて洗顔までし、髭を剃り落としてリビングへと入っていく。普通の人間が見えない霊が見えたりするのも、疲れが原因だと感じていた。一日の支度が終わるとパソコンを立ち上げ、届いていたメールに目を通し、返信する。そしてまた仕事し始めた。ネットを見て、また株価の変動を絶えずチェックする。俺のようなデイトレーダーは常にパソコン相手だ。外出などをすれば、下手するとケータイやスマホなどからチェックすることもある。だがそれで生計を立てているので、やるしかない。その日も一日中ネットを見ながら、必要な株を買ったり、不必要な類の物を売ったりしていた。その繰り返しである。とりわけ変化のないのが日常だった。家賃や光熱費、それに他に生活に掛かる雑費は全部通帳引き落としにしてもらって、定期的に銀行に記帳しに行く。生活感はあまりない。年間株取引だけで七百万円以上の年収があったのだから……。

     *

 あのスライムのような死霊は一体何なのだろう……?いぶかしんでいた。俺も霊感などはない。普通の人間だからだ。それに今まで人間の霊などはホラー系のビデオやDVDなどでしか見たことがない。普通に縁がないのだった。ただ、その縁がないはずの霊がこの部屋に棲み付いている。俺も気掛かりでしょうがなかった。だが、おそらく一時的に出てきただけで、呪われているわけじゃないだろう。そう思っていた。ずっと株の売り買いをしながら生計を立てている。霊媒師を呼ぶわけにはいかないだろう。仮に除霊をしたとしても、まるでパソコンのウイルスのように霊は絶えず出てくるからだ。俺もあの日の朝以来、ずっと何も見ずに済んでいた。それでいいのである。霊など歓迎する類のものじゃないのだから……。俺もいつの間にか、その存在を忘れつつあった。ところが、そういったものは不意に出現するのである。やはり一度取り付いてしまった死霊は簡単に抜け切れないものらしい。心の深奥に恐怖感を覚え続けているのだった。潜在意識というやつだ。この手の心理面での恐怖が連鎖し、チェーンのように繋がって、やがては人間を呪い殺すものとなる。俺も怖かった。いつまたあの霊が現れるのか……?気になってしょうがなかった。連日株価を見続けながらも、心の中に恐怖感が滞留するのを感じている。何かがあった。あの霊が出現する理由が。

     *

 数日後、ネット掲示板を見ていると、あのスライムのような霊が出現することがまことしやかに噂されていた。掲示板ユーザーの間でもあの霊のことが話題になっている。俺も気にしても仕方ないと思ったので掲示板を閉じ、通常の株のサイトに戻した。そして閲覧し続ける。不意にまた右肩にドロッとした物を感じた。何なんだ?振り返ると、スライムで出来た半透明の死霊がいてこっちを向き、口角を歪めてニヤリと笑っている。違和感を覚えずにはいられなかった。さすがにこの手の霊の底知れない恐怖は見聞きする程度で、実体験を経たわけじゃない。単に霊として出現するのを知っているだけだ。そして死霊が俺の首に手を持っていき、絞め始めた。抵抗しようがなく、力を振り絞ったとしても何も出来ない。まるで奈落の底に落ちていくように力が出てこなかった。これが臨死というものか……?そう感じざるを得ない。

「や、止めろ……う、うっ……く、苦しい……や、止めてくれ――」

 絞められて息が出来なくなるのが分かった。抵抗のしようがない。それに死にたくないと思うのが本音だった。だがそうも行かないようだ。徐々に息が苦しくなった。そしてついに死が訪れる。俺もあの世へと連れて行かれたのだ。なぜか分からなかったのだが、死霊の手によって。あの霊は実にドロッとしていた。触れられると、ぬめりとしていて。だがあのスライムの霊がなぜ俺を襲ってきたのか、理由が判然としなかった。そして霊界にいれば何もないのである。単に毎日霊たちが共に食事を取ったり、茶会をしたりなどで、変化がなかった。退屈だ。これが現実かもしれないのだが……。地上では自宅マンション内で俺の死体が発見され、警察が周辺住民などに事情聴取しているという。やがては俺もシャバへと戻れるかもしれない。そう思っていた。だが、そう簡単には行かないようだ。現に霊界の主は俺をここに留め置こうとする。まるで縛るように。楯突けばとんでもないことになるのは分かっていた。だから、あえて平静を装っているのだ。何も思ってない振りをして。実際、俺もあのスライムのような死霊として霊界から地上へと降ろされるかもしれない。だが、それでも構わなかった。別にいいからである。どんな形でも地上に降りられれば。誰を呪わせるか、霊界の主や側近から指令されるかもしれないのだが、俺自身、別に関係ないと思っていた。単にシャバの空気を吸えれば、それに越したことはないからである。だが今でも鮮明に覚えていた。あのスライムのような半透明の霊が触れたときの、ぬめりとした感触を。そして何よりも霊界に引っ張り込んでくる恐怖感を。今度はその役割をやらされるのだ。俺が。あの秋の日、取り付いた死霊のことは今でも鮮明に覚えていて、決して忘れることはないだろうと思えたのだし……。

                               (了)

                              



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― 新着の感想 ―
[良い点] 1文だけセリフにして強調していたのがいいと思います。
2012/10/10 22:53 退会済み
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