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 エピローグ『アイロンと僕とこれからと』

 なぜ写真を撮るのか、今更ながら気がついた。

 撮った写真は全てエクストリームアイロンの公式ホームページに送られそこでアップされる。

 僕らの活動が世界中のエクストリームアイロナーに知られているのに気がついたのは文化祭が終わってからだ。

 様々な活動の実態を見て、今年最後にイギリスで開催されるエクストリームアイロン世界大会への出場依頼が僕に来ていたのだ。

 僕は両親にその旨を説明した時、母親は


 「あんたバカじゃないの?親をからかう暇があるなら勉強でもしなさい」


 と一笑されたが、親父にその書面を見せたところ


 「まあ、春から色々やってるみたいだから何かあるかとは思ってはいたが……いい経験だ。行って来なさい」


 と存外、簡単に了承が得られた。

 僕は出発当日、早めに家を出ると空港に向かった。

 部員の皆には学校があるだろうから見送りは要らないと告げてきた。本当は少々気恥ずかしいのもあったからだ。

 僕は大きなスポーツバックを肩から下げながら空港のターミナルで飛行機を待っていた。

 僕はみんなに何をお土産で買って来ようか悩みながらぼんやりと時間を潰す。本場イギリス産のアンティークなアイロンあたりどうだろうと考えるところ、僕も相当アイロンに入れ込んでいる証拠だ。

 本当は英語のトラベルガイドでも読んで基本的な英会話でもマスターしておけばいいのだろうが、残念ながら二学期の中間試験も結果は酷い事になっていた。無論、そんなものだから勉学に対する向上心など皆無だ。

 現地に強い嶋本先生と一緒だから尚更だ。

場内アナウンスが流れ、僕が乗る便の搭乗手続きが開始されたようだ。

 僕は荷物をもって立ち上がると、ゆっくりと搭乗ロビーのゲートに向かった。

 人の少ないゲートで並んでいると、僕の突如携帯電話が鳴りだした。

 誰からだろう。僕が携帯電話に出ると、耳をつんざくような叫び声が聞こえた。


 「真一今どこにいるの!」


 きんきんと耳の中で響くその声は紛れも無くみかのものだった。


 「空港だよ。今日出発するって言ったじゃないか」

 「家に行っても居ないんだもん!空港のどこ?」

 「空港に来てるの?お前学校は?」

 「休んだに決まってるでしょ!バカじゃん!」

 「はあ!」

 「あ、居た居た!そこ動くな!」


 一方的に電話が切られると僕は辺りを見回す。遠く、小さな包みを抱えて駆け寄ってくるみかの姿を見つける事ができた。


 「真一いっつも大事な時には遅刻するくせにどうして今日は間に合ってるのよ!」


 みかが息を切らしながら僕を怒鳴りつける。

 遅刻した訳でも無いのに怒られるのは釈然としないがそれを言ったら今のみかの怒りの火に油を注ぐようなものだ。それだけみかは凄い剣幕で僕に詰め寄っていた。


 「っとにもうバカじゃん!」


 みかは顔を難しく歪めて頭を抱える。

 そして、ぞんざいに抱えていた小包を僕に手渡した。


 「これは?」

 「アイロン。今使ってるのもう大分痛んでるでしょ?日本の代表なんだからぼろぼろなの使ってたらみっともないでしょう?」


 僕が小包を開くと、そこには新品のコードレスアイロンがあった。丁寧に外国用コンセントでも対応できる変圧器まで入っている。


 「ありがとう、みか。助かるよ」


今使っているアイロンの外板がひび割れてたり、アイロン板が錆びていたりしてたから僕は心の底から感謝した。

もう搭乗時間まで間が無い。

だが、みかは何か僕に伝えたい事があるみたいだ。


「えとね、真一」


息を切らせたまま、顔を上気させてもじもじと呟く。多分走ってきたから喋りづらいのだろう。と僕は勝手に解釈していた。


 「おう。他のアイロン部員の分までしっかり頑張ってくるから」

 「そうじゃなくて……」

 「土産も忘れないって」

 「じゃなくって」

 「ああ、健康には気をつける。夜更かししないで早く寝るし」


 だが、みかは息を切らせたまま首を激しく左右に振る。


 「そうじゃなくて!ああ、もう!」

 「どうしたんだ?」


 みかは僕の襟首を掴むと、耳元で大きな声で怒鳴った。


 「わたしわぁ!真一の事が好きなの!」

 「はぁ?」


 僕は思わず素っ頓狂な声を上げる。

 周りにいる空港客が僕らのやり取りを見て吹き出している。

 そりゃそうだろう。若い女が男の胸倉掴んで告白するシーンなんて滅多に見られるモンじゃない。

 みかはその場で泣き出しながらわめき散らす。


 「本当は今日だって真一を家に迎えに行って空港で飛行機待ちながらゆっくりとムード作ってアイロン渡しながら告白するツモリだったのに全然台無しじゃない!どうしてくれるのさ!これじゃ私がバカじゃん!」


 みかはその場で俯いて泣き出してしまう。


 「あんたの頭の中にはアイロンのことばっかし!夏休み前からずっと告白しようとしてたのに全然聞いてくれないし!心配してる私の事なんか本当にどうでもいいくせに!告白の仕方だって昨日寝ないで色々考えたし、せっかく枕でキスの練習までしてたのにどうしてくれるのさ!」


 もう、ムードもへったくれもない告白に僕がハトが豆鉄砲をくらったような顔をしていると、みかが睨みつけてきた。


 「ほんっとにもう。これ以上やったら私本当のバカみたいだからやめる!あんたなんかアイロンと死ねばいいんだ!」


 目の端に涙を溜めて、顔を耳まで真っ赤にして怒鳴るみかの顔が面白くて、僕は吹き出してしまう。が、みかは更に怒ってしまう。


 「何がおかしい!」

 「おかしいだろう。遅刻してない事で逆ギレされて告白されるなんて多分、どんなドラマや小説でもありえないだろう」


 胸倉を掴み、もう少しで顔がくっつきそうな位置で僕は笑う。みかが憮然としたまま僕を睨みつけている。

 僕は笑いながら言う。


 「だけどさ。面白いのがそんな笑える告白されて素直に嬉しいのが面白いんだ」


 僕は憮然としているみかの唇に軽く、唇を重ねた。

軽く、唇同士が触れ合う程度のキス。

僕はアイロンをはじめてずっとこのおかしな幼馴染みに抱いていた感情を理解した。

 いつも突然だが、ずっと隣で僕を励ましてくれたこの娘に知らずに僕は恋をしてたんだ。


「みか。アイロンとは比べられないけど、お前の事好きだ」


 みかが憮然とした顔を一度、驚きに塗り替え、また憮然とする。


 「バカじゃん!」


 みかはそう言って今度は自分から僕の唇に唇を重ねてきた。

 胸倉を引き寄せられ、がつんと歯同士がぶつかるぎこちないキス。

 僕はクスクス笑うと、みかも怒っているんだか笑っているんだかわからないような表情で笑っていた。

 ひとしきり笑い合うとみかは僕の胸倉を離した。


 「真一!絶対、生きて帰ってきてよ!」


 少し、後ずさりながら、涙の残る顔のままみかが精一杯の笑顔を作る。

 僕は苦笑すると、貰ったアイロンを掲げて答える。


 「ああ。アイロンに恋に充実した青春送りたいからな?お互い」


 僕はたった今、認め合った不器用な彼女に対してアイロンを振ると搭乗手続きを済ませた。

 無論、アイロンは金属探知機にひっかかり、念入りにチェックをされる。本当は手荷物にしない方がいいのだろうが、みかの愛情がこもった、これから生死を共にする相棒を飛行機の腹で眠らせるなんて事はできない。

 僕はアイロンを受け取るとバックにしまうと飛行機に乗った。飛行機の中には先に嶋本先生が来ており、僕の指定された席の隣の席に座っていた。


 「よ。遠藤。金井との今生の別れは済んだのか?」

 「見てたんですか?」

 「あれだけ叫ばれればな?」


 先生は苦笑する。僕は気まずさに苦虫を噛み潰したような顔をしながら先生の隣、窓側の席に座った。

 先生は既にビールの缶を開けており、アルコールの匂いをさせていた。


 「俺も、本気にエクストリームアイロンを再開すっからな?負けねえぞ?」

 「望むところですよ」


 僕が苦笑すると、先生も苦笑した。

 しばらくして、飛行機が動き始める。

 滑走路を走り、離陸する。


「イギリスか……」


 僕が呟く。先生は苦笑する。


 「俺にとっちゃ因縁の地だけど、お前にとっちゃはじめてなんだもんな。でも何かお前にお前と一緒に行けるとワクワクするよ」

 「そっスかね?」

「まあ、死んだ友人にプレスしたシャツでも添えてやる事にするよ。それで俺も自分の中にケリをつける」

「エクストリームアイロナーらしいですね」

 「エクストリィム?」

 「アイロン、イェエ」


嶋本先生が握り拳を差し出す。僕がその拳に拳を軽く打ち付けると二人で親指を立てた。

 二人で苦笑した。

 僕が住んでいる街を眼下に離陸していく。


「何か、あっという間だったなぁ……」


飛行機が大地を離れたとき、僕はこれから日本を出るのだなという実感を覚えた。よく、思えば、随分と遠くまで行くものだ。

 僕は鞄の中からアイロンを取り出し、膝の上に抱いた。

 これに出会ってから僕の人生は急に輝くものになった。

 どんなドラマや小説にも無いような荒唐無稽な青春だが、どんなドラマや小説よりも輝いている青春である自信があった。

 そして、これからも考える暇なんて無いくらい忙しく、苦しくても、最高な毎日が僕を急き立てるのだろう。

 アイロンを握り締めながら、僕は苦笑する。先生が僕の横顔を眺めいたずらめいた笑みを浮かべて呟く。


 「もうすぐ、北星学園の上を通りすぎるな?面白いものが見れるぜ?」


 僕は窓を眺める。

 眼下に、ミニチュアのおもちゃみたいな街が広がり、そこに僕が激動の十七歳を過ごしている北星学園があった。


 「あ!」


 それは白いシャツだった。

 北星学園のグラウンドを白いシャツが沢山集まり、アイロンの形を作っていた。

 目をこらしてよく見ると、全校生徒が自分たちの着ているシャツを広げ、グラウンドにアイロンの絵を描いていた。

 風にはためき、揺れる白いシャツ。

 だが、僕は確かにそこに感じた。

 アイロンより熱い情熱を、白いシャツのような爽やかさを。 

誰もが今一瞬を、この一瞬が輝く為に生きることができる事を。

熱い風が、僕の頬を焼く。

 僕は聞こえる事の無い声を聞いた。


 「「エクストリイイイィィィィィィム」」


 僕はアイロンを掲げて答える。

 そう、これからも、多分、ずっと。

 アイロンより熱い情熱と、白いシャツの爽やかさを胸に。


 「アイロン!イヤァァァァァァァァッ!」

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