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第5章『アイロンと文化祭 前編』

 夏休みはあっという間に終わり、気がつけば二学期になっていた。

 あの海での一件依頼、二ノ宮は積極的になり、みかとは気まずくなった。

 みかに声をかけても何か意図的に僕を避けるような気がし、二ノ宮はこれを好機と積極的に僕に言い寄ってくる。

 僕は相談がてら昼食を一緒に食べるため、水下のクラスに来ていた。

 水下の席には既に先客がおり、伊藤っちゃんと珍しくみかが居た。

 みかは僕の姿を見るや、水下と伊藤っちゃんに手を振り


 「ありがとうね。じゃ、私、行くね」


 と逃げるように立ち去っていった。


 「みか」

 「真一、今日バスケ部あるからちょっと放課後アイロン部に行けそうにないから。ごめんね」


 みかは申し訳なさそうに目の前で手を合わせるとそのまま走り去る。

 僕が頭を掻いてそこで立ち尽くしていると水下が僕を座るように顎でしゃくった。


 「何か僕、避けられてるのかな?」

 「そこまでの自覚があるならまだ、見込みアリだな」


 僕が呟くと水下がにやにやと笑う。


 「何だよ。結構真剣に悩んでるんだぞ?」


 伊藤っちゃんが肩をすくめる。


 「どっちを選ぶかで悩める身分なんて羨ましいですねえ」

 「ホントによ。何か腹立つ」


 水下は僕の頭を小突く。僕は憮然とした。


 「だけど正直針のムシロに座ってるような気分だよ。だからこうして水に相談しに来たんじゃないか」


最近、伊藤っちゃんが水下の事を水っちゃんと呼ぶようになってから僕は水下の事を水と呼ぶようになっていた。

 水下は腕を組んで得意げな顔をすると答える。


 「じゃあどっちか選べばいいじゃないか。二ノ宮か金井か。もしくは両方選んで納得させるか、両方捨てて納得させるかだ」

 「それができれば苦労しないよ」


 僕は椅子にもたれかかり天井を仰ぐとため息をついた。伊藤っちゃんが笑う。


 「ミズっちゃん。それじゃ部長は選んだりできないよ。もうちょっと判断しやすいような言い方してあげないと」

 「そうか、じゃあ、どっちとヤリたい?」

 「はぁっ?」


 僕は素っ頓狂な声を上げる。水下が怪訝な顔をする。


 「何も難しい話してる訳じゃねえだろう。遠藤はセックスするなら金井と二ノ宮のどっちと、または、両方か、どっちともとやりたいのかって事で聞いてるんだよ。まあ、まず間違いなく俺なら両方だけどね」

 「そう来たか」


 僕は眉間を押さえ考える。水下はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる。

 そして、伊藤っちゃんに抱きつく。伊藤っちゃんも伊藤っちゃんで水下を抱きしめる。


 「真一!ハジメテだから優しくしてね!」

 「先輩!私をスキニシテ!」


 気持ち悪い裏声をあげながら、僕が当惑するのを見て楽しんで居た。

 その時丁度、二ノ宮が教室の戸をあけた。


 「あ、遠藤先輩みっけ」


 二ノ宮は僕の姿を見つけると満面の笑みを浮かべて僕の側に寄ってきた。手には大きめな弁当箱が提げられており、可愛らしいウサギのプリントがされたナプキンで包まれていた。


 「水下先輩、伊藤先輩、遠藤先輩を借りていいですか?一緒にお昼食べたいんで」

 「いいとも。二泊三日で三百円だ。毎月一のつく日は一週間で百円だ。だけど二ノ宮だからタダでレンタルしよう」

 「どこのレンタルビデオだよ」


 僕が水下に突っ込みを入れるが、それを待たずに僕の腕を二ノ宮が引っ張っていく。


 「じゃ、屋上に行ってますので」


 僕は二ノ宮に引きずられるように屋上へ運ばれる。

 僕の後ろで水下と伊藤っちゃんが確かにこう囁き合っていた。


 「でさ、この間ナンパした子がさー合コンしようって言ってるんだよね」

 「じゃあ遠藤部長はハブにしましょう。なんか腹立つから」


 僕はアイロン部の鉄の結束が存外もろかったのに気がついた。 


   ◆◇◆◇◆◇


秋の空は憎らしいほどに晴れ渡り、僕の胸を乾いた風が吹き抜ける。遠く見える赤く燃える山は僅かな秋の匂いと共に、駆け抜けた夏の終わりを僕の胸に運ぶ。

 思えばアイロンと出会ってから僕の日常は万華鏡の様にめまぐるしく回り、あっという間に過ぎ去っていった。

 アイロンに出会ってから僕は変わったのだろう。多分、それは僕だけでなく、水下や伊藤っちゃん、そして隣に座る小柄で愛らしいこの娘も変わったのだろう。


 「はい、先輩。どうぞ」

 二ノ宮は甲斐甲斐しく僕にお茶を汲む、

 僕は困惑した表情を浮かべるが二ノ宮は一向に気にしていない。


 「二ノ宮。あー……どうしてここまでしてくれるかな?」

 「だって、先輩は命の恩人ですから」


 言って二ノ宮ははにかみながら俯くと頬を桜色に染める。両手を胸の前に組みもじもじとする様は男の胸の中にある黒い欲望の鎌首をもたげさせるには十分な魅力を持っていた。

 僕は目をそむけ、理性でもってそれを抑えると渡されたお茶を口に含んだ。

僕はなるべく二ノ宮を傷つけないように言葉を選んだ。

 さっき、水下に相談して覚悟が決まった。

 僕には二ノ宮の気持ちを受けるだけの覚悟がない。そんなの詭弁かもしれないが、僕にとって二ノ宮の気持ちは重い物だった。


「でも、もし、あれが水下でもみかでも僕は同じ事をしたよ?」


遠まわしに、僕は二ノ宮を他の部員やみかと同じ立場の人間である事を示唆する。

 二ノ宮はちょっと傷ついたような表情をした。僕は良心がずきずきと痛む。

 二ノ宮は可愛い。正直僕なんかじゃもったいないくらいだ。正直、僕の心に先客が居なければ、二ノ宮と付き合ってしまいたいくらいだ。

 先客?僕は自分の考えていた事にはたと気づく。だが、それより早く、二ノ宮が顔を上げた。


 「私、バスケ部辞めてアイロン部に入ったの、遠藤先輩のせいですから!」


 目じりに涙を僅かに浮かべ、頬を染ながら睨みつける。


 「私、遠藤先輩の事、好きですから!」


 もはや半分やけっぱちのように告白され、僕の胸にずしんと響いた。


 「私、中学の頃からずっと金井先輩と笑ってる遠藤先輩が好きでした。金井先輩が憎くなるくらい……」


 僕が呆気に取られてると、二ノ宮は口早にまくし立てる。


 「いっつも金井先輩の後ろに居て、全然自分の気持ちを伝えられなかったですけど……私、先輩がアイロン部作るっていう話聞いた時、自分を変えようと思いました。厳しい訓練だって、先輩と一緒に居れれば耐える事ができました。正直、あの訓練は女子である私にっては辛かったですよ。でも、訓練の度に私に声をかけてくれる先輩の優しさがあったからここまで来れたんです」


 二ノ宮のどこにこんな勢いがあったのだろう。二ノ宮は泣きながら、それでも精一杯僕に思いをぶつけてきた。


 「たとえ先輩が今、私だけを見てくれなくても私、いつかきっと先輩を振り向かせてみせますから!前までは金井先輩の後ろで先輩を見てるだけでしたけど、今は金井先輩と違って水下先輩達と同じ仲間のラインでアイロンかけてますし、次は先輩の隣に入ってみせますから!」


 いじらしくもそう宣言する二ノ宮。僕はその思いを受け止め切れず、ただ、呆然とする事しかできなかった。

 その時、屋上に思わぬ闖入者が現れた。

 みかだ。


 「真一!……え、あ、遙?」


 血相を変えて屋上に駆け上がってきたみかは僕らの姿を認めるや、まるで金魚のようにパクパクと口を開ける。

 二ノ宮は弁当箱を閉じると、僕の隣を立ち上がり、ずんずんとみかに詰め寄る。


 「……私、金井先輩に負けませんから!」


 みかに指をつきつけ、宣戦布告する二ノ宮。僕は正直、どうしていいのかわからずそこで事の成り行きを見ていた。

 みかは目に涙を浮かべて、今にも泣き出しそうな二ノ宮を見て何かを言おうと口を開き、そしてそれを閉じる。そして、僕と二ノ宮を交互に見比べて、何かを言おうとした。


 「わ、わたしだって!……」

 「おい!金井!遠藤は居たか!……遠藤居るじゃないか!まだ伝えてないのか!」

 みかが何かを言うのを遮り、水下が駆け込んできた。先ほどのみかと同じように血相を変えてだ。

 水下は対峙する二ノ宮とみかに構わず僕のところに駆け寄ると、一気にまくし立てる。

 「遠藤大変だ!生徒会がアイロン部を潰しに来たぞ!」

 「……何だって?」


 僕は開いた口が塞がらなかった。


   ◆◇◆◇◆◇


生徒会室の前には人だかりができていた。

アイロン部は一学期でこそ認知のされていない部であったが、厳しすぎる訓練と、あまりにも常識はずれな活動、そして、商店街の金井クリーニングの宣伝のおかげで今やこの学園では知らない者の居ない部となっている。

アイロン部の活動は北星学園に居る者にとっては絶好のゴシップだった。


 「解散?アイロン部を?」


僕は人ごみを掻き分け、生徒会室の掲示板に掲示されたプリントを見て唖然とする。

 生徒会室の掲示板にワープロで印字されたゴシック体の文字にはこう書かれていた。


 「北星学園における同好会活動を実施中の『アイロン部』にあっては、その活動の危険性から早急に活動の停止を求める。これに従わず活動を継続した場合、活動に従事した生徒を退学処分とする所存……」


 そのプリントを眺め、僕は何がどうなっているのかさっぱり分からなくなった。

水下が説明する。


 「……伊藤っちゃんの両親がうちの理事長に直接かけあったらしい。で、生徒会を通じて解散命令が出たんだ」

 「そういえば伊藤っちゃんは?」

 「理事長室に一人で乗り込んだ」

 「バ……」


 馬鹿野郎と叫びそうになり、僕は言葉を飲み込んだ。僕が伊藤っちゃんの立場でも同じ事をするだろう。

 僕は騒ぎ立てる生徒の波を掻き分け、追いすがる水下と一緒に、理事長室に向けて一目散に走っていった。


   ◆◇◆◇◆◇


 「こんな事納得できない!僕らの活動にどんな問題があるんだッ!」


 理事長室に飛び込むと、そこには今まで見た事の無い、憤怒の形相を浮かべる伊藤っちゃんが嶋本先生に押しとめられながら、理事長に向かって唾を吐いていた。


 「ふざけんなよ!遊びでやってんじゃねえんだよ!命張って活動してんだよ!それを何で!」

 「やめろ伊藤!お前、自分の立場がわかってんのか」


 嶋本先生が必死に止める。


 「……お前は推薦で大学に行くんだろう。ここで問題を起こしたらお前の生涯に渡って大変な事になるぞ!」


嶋本先生の言う通りだ。伊藤っちゃんは優秀な成績で推薦入学を決めている。ここで問題を起こせば間違いなくそれは取り消しとなってしまう。

だが、伊藤っちゃんは咆えた。


 「だけど!僕はここで逃げたら一生逃げ続ける事になる!」

 「アイロンは大学に行ってからでも、いつでもできる!今やる必要は無いだろう!」

 「いつでもできると思ってやらないでいれば、いつまで経ってもやれる訳ないでしょう!先生、あんたが一番わかってるんじゃないですか?あんたが一番アイロンやりたくて!それでもいつでもできるからといって誤魔化してきたんじゃないんですか!」


嶋本先生が唇を噛む。そのやり取りを見ていた理事長が咳払いをする。

 榎本理事長。北星学園を総括する人物で生徒には理解のある人だ。アイロン部も当初は問題視されていたが、この人の鵜の一声で放置する事が決まったと、ちらりと耳にしていた。


 「あー、嶋本先生、いいかな?」


 嶋本先生は暴れる伊藤っちゃんを理事長室のソファに無理矢理座らせると、榎本理事長に向き直った。


 「確かに彼の言うところは分からないでもないが、アイロン部の活動は少々危険すぎる。一学期中に鳥山八景でロッククライミングをしたり、夏休み中にはスキューバダイビングもしたみたいじゃないか。ダイビング中に一年生の女子が事故を起こしたとも聞いている。幸い、大事に至らなかったからよかったものの、もし生徒の身に何かあれば君は責任を取れるかね?」

 「……理事長のおっしゃられる事は良くわかります。ですから、私は部の責任者として彼らに適切な訓練……本物のレスキュー隊員が実施しているような訓練を施し、事故の無いように万全を努めております」

 「それは私も認めよう。だが、事故はいつでも起こるものだ。野球やバスケットボールとは訳が違う。ともすれば人の命に関わる事になりますよ。私も君の過去を少し調べさせて貰ったが……どうだね、彼らにも同じ事が起こりえた場合、君は責任を取れるかね」


 嶋本先生は黙っていた。

 伊藤っちゃんが毒づく。


 「どうせ、うちの親に何か言われたんだろう?じゃなきゃ、急に部を無くせだなんて言うはずが無いじゃないか」

 「伊藤!」


 嶋本先生が短く叫び、それを制した。

 理事長室に飛び込んだまま、呆然と立ち尽くす僕らを見つけ、榎本理事長がため息をついた。


 「君が部長の遠藤真一君だね?」

 「はい」


 僕は憮然とした面持ちで答えた。


 「まあ、聞いての通りだ。北星学園としてアイロン部の解散は決定事項だ。これ以上の活動は他の生徒に対する煽動行為としてこちらも強制力を行使せざるを得ない。私は構わないが君達が懸命な判断をしてくれる事を祈るよ」


 榎本理事長ははっきりとそう言い放った。

 それは、アイロン部として活動を続けるなら学校を去らせる。手心や慈悲は全く加えないという宣告だった。

 嶋本先生は軽く頭を下げると、僕らを理事長室から追い出した。


 「……遠藤。俺はもう少し、理事長を説得してみる。お前たちは先に部室に行ってろ」


 先生は苦虫を噛み潰したような表情で僕にそう言った。その表情から、説得が難しいという事を悟った。


 「……大丈夫なんですか?」

 「頑張ってみる」


 弱々しく頷き、理事長室に戻る嶋本先生の後姿を見送り、僕は肩を震わせている伊藤っちゃんを連れて、部室へと足を向けた。


   ◆◇◆◇◆◇


 部室につくと、伊藤っちゃんは落ち着きを取り戻し、僕らに頭を下げた。

部室には僕をはじめ、アイロン部の部員、それとみかを入れた全員が集まり、伊藤っちゃんを囲むようにして机や椅子に思い思いに腰かけていた。


 「ウチの親が迷惑をかけます」


 そして、ぽつりぽつりと話し始める。


 「夏合宿の時から水っちゃんのところで世話になってたけど……どうやら限界みたいですね」


 昼間の弁当が同じビニ弁なので少し気にはなっていたが、あれからずっと伊藤っちゃんは水下のところで暮らしていたみたいだ。


 「この間、携帯に母親から連絡がありました。僕がこのままの生活を続けるのであれば親父が学校に掛け合ってアイロン部を無くしてしまうと。まさか本当にやるとは思いませんでしたけど、こうなってしまったら僕も腹をくくるしかないですね」


 伊藤っちゃんは優しく笑うと、僕の方を見つめてきた。

 伊藤っちゃんは部を自ら辞めるツモリだ。せめて、僕らに迷惑をかけないようにする為に。


 「んなの俺が認めないぞ?」


 伊藤っちゃんの肩を掴んで、水下が怒気を孕んだ声で言う。


 「伊藤っちゃんだってさっき理事長室で言ってたじゃないか。今やらないで諦めていればこれから先、ずっとはじめる事なんて無いんだって。それは本気でエクストリームアイロンをしてきたから言える事だろう?俺が伊藤っちゃんと逆の立場だったら俺だってあの場面でそう言うさ。俺も本気でエクストリームアイロンをしてきたから!」

 「だからこそ、本気でやってる水っちゃんに続けて欲しいから僕は自分で部を辞めるツモリだ。そうすれば最悪、活動は認められる。」

 「なら、逆の立場で俺や遠藤がそれを本心から願うかと思うか?一緒に反吐吐いて苦しんで、エクストリームアイロンをしてきた伊藤っちゃんだけをハイサヨナラで済ますと思うか?」

 「それはわかりますよ……でも、僕にとってもアイロン部は大切ですから」


 伊藤っちゃんは天井を見て、大きく息を吸い込むと、目の端に涙を浮かべた。


 「前にも言ったとおり、僕は高校生活の思い出が勉強しか無かったんです。それで推薦入学を決めてから、思い出の一つと思って部活をはじめようとしたんです。本当は、アイロン部でなくてもよかった。囲碁将棋クラブでもパソコン部でもよかったんだ。ただ、アイロン部って名前が文化系のクラブだと思って間違えて入部したんですよ」


 伊藤っちゃんがぽつりぽつりと語りだす。

 伊藤っちゃんは目の端の涙を拭うと辛そうな笑みを浮かべる。


 「実際は、運動部が裸足で逃げ出すような過酷な訓練ばっかりで辞めようとも思いましたけど、また、勉強だけの空っぽの生活に戻るくらいなら死んだ方がマシと思って死ぬ気で頑張りました。その苦労の先にあるエクストリームアイロンの達成感を知った時、正直涙が出ましたね。覚えてますか?一番最初。鳥山八景で部長と水っちゃんがやったエクストリームアイロン。シャッターを切りながら僕はこの世でもっともありえなく、馬鹿で、美しい光景があるとしたらあの瞬間だと思いましたよ。アイロンをかける為だけに血反吐を吐く訓練をして、命を懸けるんですからね」


 伊藤っちゃんが自嘲気味に笑う。


 「だけど、それを僕は誇りに思ってしまった。結果はただ、シャツにアイロンをかける事だったけど、その過程はまぎれも無く、本物の努力と研鑽で、その結果があの瞬間ですから」


 伊藤っちゃんは最後に、吐き出すように言った。


 「……でも、もう十分です。高校時代の思い出には十分な程、色々な物をいただきましたから」


 それはどこか悲しげで、切なく震えている声だった。

だが、その伊藤っちゃんの横面に、水下の拳が飛ぶ。

 盛大な音を立てて伊藤っちゃんが床に倒れ、水下が伊藤っちゃんの胸倉を掴み、今にも鼻先に噛み付きそうな勢いでまくしたてた。


 「何テメェで自己完結してんだよ!んな自分勝手許されっと思ってんのかよ!アア?オメエ本気でエクストリームアイロンやってたんじゃねえのかよ?こんな形で取り上げられてお前納得できんのかよ!」


 水下の目じりにも、僅かに涙が浮いていた。


 「俺は正直、エクストリームアイロンやるまで本気で何かに打ち込んだ事なんてなかった。でもよ!そんな自分が許せなくて俺はマジにエクストリームアイロンをやってきたんだよ!そこまでマジになってた物をこんな形で簡単に諦めれんのかよ!オマエはッ!」

 「僕だって諦めたくないよッ!でもしょうがないじゃないかッ!」


 今にも殴りあいそうな二人。目の端に浮かぶ涙を見て、僕は胸が張り裂けそうになった。


 「二人ともヤメロッ!」


 僕は叫んでいた。


 「アイロンはアイロンだけじゃ掛けられないんだ。台とシャツがないとアイロンはただの熱い鉄でしかないんだ……だから、伊藤っちゃんの居ないアイロン部はアイロン部じゃない」


 伊藤っちゃんが俯く。

 水下が何かを僕に言いかけたが、僕はそれを制し、先に口を開く。


 「絶対に廃部になんてさせない。こんな状況、崖や海の中でアイロンをかけるのに比べれば全然たいした事の無い状況だ」


 僕は精一杯の強がりを言ってみせる。だが、そんなものは水下や伊藤っちゃんにはわかってしまっている。


 「だから、せめてもう少し時間を僕にくれ。絶対に何とかする方法を考えるから……それまで、各自、自主トレだけは欠かさずやっておいてくれ……今日は、解散だ」


 僕はそれだけ言うと、泣き出しそうになるのを堪えて駆け出すように部室を後にした。


   ◆◇◆◇◆◇


誰も居なくなった自分のクラスに戻ると、嶋本先生が教壇の上に座って外を眺めていた。

 僕はその様子から榎本理事長の説得がうまくいかなかったものと判断した。案の定先生は僕の姿を認めると、疲れた顔をした。


 「ダメだった」

 「そうですか……」


 僕は短くそう答えると、嶋本先生の前の机に向かい合うように腰掛けた。


 「すまん。俺の力不足だ」

 「いえ、そんな事無いです……」


 僕は嶋本先生に何か声をかけるべきだと考えたが、いくら考えても何も声をかける事ができなかった。

 しばらく、教室を沈黙が支配していた。

 遠く、運動部の生徒の喧騒が聞こえる。ただ、それよりも壁の時計が時を刻む音の方がはっきりと聞こえていた。


 「なあ、遠藤」

 「はい」

 「これは俺の独り言だ。流して聞いてくれ」


 嶋本先生は膝の上に肘を乗せ、組んだ手に額を押し付け俯きながらぽつりぽつりと呟き始めた。


 「俺も一時期、エクストリームアイロンを辞めた時期があった。丁度、これと同じ理由で辞めさせられたんだ」


 僕はただ、黙って聞いていた。


 「その時は、エクストリームアイロンはいつでもできると思っていたんだ。だけど、そんな時間は二度と戻ってこなかった」


 嶋本先生はため息をつく。


 「俺はお前たちをそんな目にあわせたくはないが……どうにも、それだけの力が無い」


 嶋本先生は顔を上げて僕を見ると呟いた。


 「こんな事なら、興味本位でお前をエクストリームアイロンなんかに連れて行かなきゃよかったのかもな」

 「僕は先生を恨みませんよ」

 「だけど、遠藤、覚えておけ。あるとき、お前は突如としてエクストリームアイロンを恨む事に遭遇する可能性も」


 僕は先生が何を言おうとしているのかがわからなかった。


 「それは、エクストリームアイロンを辞めろという事ですか?」

 「そうじゃない……いずれ、そうだな、いずれわかる時が来る。でも、その時には遅い事だってあるんだ」


 嶋本先生が何を言わんとしているのかが僕には良くわからなかった。


 「嶋本先生、何を言おうとしているのかが良くわかりません」

 「……そうだよな。わからねえよな。俺だってわかんねえんだ。わかるわけないよな」


 嶋本先生は先生で迷ってるみたいだ。僕らにこのままエクストリームアイロンを続けさせるか、否か。


 「すまん、遠藤」


 嶋本先生のその言葉が全てを語っていた。

 答えも出せないくらい迷っている嶋本先生は僕らがいつも頼りにしていた嶋本先生とは違っていた。

 僕は鞄を持って立ち上がると教室を後にする。


 「先生、エクストリームアイロン好きですか?」

 「……ああ、大好きだ」

 「なら、大丈夫です」


 僕は何が大丈夫かわからないまま、そう答えた自分の全てがわからないまま、逃げるように教室を後にした。


   ◆◇◆◇◆◇


 「あんな事言って、どうにかできるアイデアなんてあるの?」

 「ねえよ、そんなモン」


すっかり日が沈み、暗くなったさくら公園のベンチで僕は吐き捨てるように言った。

 隣に座るみかが心配そうに僕の顔を見つめているが、僕には構ってやれるだけの余裕がなかった。

 状況は絶望的と言ってもいい。

 榎本理事長がああも強硬的な物言いをするのであれば、情に訴えて物事を進める事もできない。かといって、伊藤っちゃんが辞めて部の存続を取るのも、水下や二ノ宮が納得しないし僕も納得できない。

 かと言って魔法のように状況を改善できるアイデアなんて浮かんでこない。

 僕は冷たい風の中、鈍く暗い空を仰ぐ事しかできなかった。まるで、空からアイデアが降ってくるのをずっと待つ雨乞いのようだ。


 「真一……もう八時だよ。そろそろ帰ろう?」


 みかが心配そうにそう言ってくれる。公園の時計の短針は八時を回り、長針はまもなく二を指し示す。

 まだ夏の残暑が残るとは言え、季節は本格的な秋を向かえ、夜になると身を震わせる寒さが降りてくる。

 みかの吐く息が白み始め、組んだ指先が赤くかじかんでいる。

 そのうち、みかがぽつりぽつりと語りだした。


 「真一……この際、エクストリームアイロンやめちゃおうよ」


 僕は耳を疑った。僕が驚いてみかを振り返るとみかは俯いたまま、組んだ手をもじもじとさせる。


 「だって……本気でやってる真一には悪いけど……前まで私の側に居た真一が凄い遠いところに行っちゃった気がする」


 みかは体を預けるように僕の肩に頭を乗せると寂しそうに囁いた。


 「……これだけ近くてもさ?真一、私を置いてどっか遠くに行っちゃいそうで……どっか遠くで大怪我しそうで怖い」


 みかが僕の顔を見上げる。


 「知ってる?私、真一がエクストリームアイロンしてるところ、ずっと見てるんだよ?崖で水下君と一緒に落っこちそうになった時も、遙が危なくなった時も……あれがもし真一だと思ったら凄く怖くなった……伊藤っちゃんのご両親が部を無くそうとする気持ち、すごくわかっちゃう」


 みかが僕の肩に額を押し付ける。


 「ねえ真一……もし、やめてくれるなら、何でも言うこと聞くから、やめてくれる?」


 みかの表情は見えないが、その声は震えていた。

 僕は今まで周りが僕らをどんな目で見ているか考えた事が無かった。

 みかの言うとおり、僕らのやっている事は端から見ればとても危ういものだ。一つ間違えば命を落とす行為であり、その行為の結果がただのアイロンがけ等、馬鹿馬鹿しい行為に他ならない。

 もし、僕に息子が居ると仮定してエクストリームアイロンをしていれば僕は間違いなく辞めさせるに違いない。そう考えれば伊藤っちゃんの両親が強引にも部の廃止を求める理由もわかる。

みかが僕の着ているコートを握り締めてくる。みかのぬくもりと、肩にかかる吐息がじわじわと僕の心を締め上げる。それは打ちひしがれた僕の心を優しく手折る。


「……そうだな」


呟いた。だけど、僕は負けるわけにはいかなかった。

 僕はみかを振り払うように立ち上がると、ベンチの上に立った。そのまま背もたれの上に、バランス良く立った。


 「やっぱ無理。エクストリームアイロン辞めらんないよ」


 みかは俯き、顔を拭うと、笑顔で僕を見上げた。


 「……だよね。やっぱり真一ならそう言うと思った!私じゃちょっとアイロンに勝てなかったか……」


 無理におどけた笑顔が、痛い。僕はなるべくみかを見ないように空を見上げる。


 「みかがもうちょっと可愛ければ勝てたかもしれないけどな?」


 僕もおどけてみせる。


 「む、今でも十分可愛いじゃん。失礼な」


 膨れるみかの隣に座ると、僕は苦笑する。


 「何でだろうなあ。よりによってこんなイカレたスポーツにイカレちゃうなんて自分でもどうかしてるよ」

 「大丈夫。真一は十分イカレてるから」

 「……自分でもどうしょうもないのがわかってる。だけどどうしょうもないんだ。どうしょうもなくやめる事なんてできない」


 目を細め、吐き出すように呟く。

 僕は再び立ち上がり、公園を歩く。遅れてみかが僕の後ろを歩く。僕はバスケットコートに立っていた。

ひんやりとした空気がバスケットコートを包み、水銀灯の鈍い光がコンクリの上に描かれたコートのラインが浮かぶ。

 白い光に浮かび上がるバスケットのゴールは春、僕が登って曲げたまま、傾いたままだった。

 僕は苦笑する。


 「真一……?」

 「僕はここからエクストリームアイロンを始めたんだよな……みか、ボール」

 「え?」

 「ボールだよボール。バスケットボール」


 僕はきょとんとしているみかにバスケットボールを催促する。みかはサブバックの中からバスケットボールを出すと僕に投げてよこした。

 僕はバスケットボールをゴールに向かって放る。案の定、バスケットボールはゴールの板に当たって落ちる。地面を跳ねるバスケットボールはみかの足元に転がる。

 みかはそれを拾い上げると僕の方を見る。僕はみかに向かってゴールを示した。

 みかは僕より遠い場所からゴールに向けてボールを放る。それは綺麗な放物線を描いてゴールネットに突き刺さり、揺らす。


 「ないっしゅー」


 僕がおどけてそう言うとみかは困惑した表情で僕を見返してきた。僕は足元に転がるボールを拾い上げると、地面に叩きつけ、タムタムとドリブルを始める。

 そして、みかに対して指をくいくいと曲げてみせる。


 「来い、みか」

 「……っとにもう」


 みかは半ば諦めたようにため息をつくと、コートを脱いで僕の方に駆け寄ってくる。僕は半身を引いてみかをけん制する。

 みかは必死に僕からボールを奪おうとするが、僕は右に左にと体を振る。前と違い体力だけは作ってきてるからみかも簡単に僕からボールを奪えない。


 「真一の癖に生意気な」

 「昔のままだと思うなよ」


 だが、程なく僕の僅かな隙をついて、みかが僕のボールを奪う。そして、僕の脇をすりぬけ、ゴールにボールを放る。

 揺れるゴールを眺めて、僕は笑う。


 「ないっしゅー!」


 僕は親指を立てる。みかは小さくガッツポーズして答えた。


 「やっぱりバスケじゃみかには勝てないな」

 「そりゃ年季が違うからね」

 「そりゃそうだ」


僕は苦笑する。


「よ……っと!」


 僕は半年前と同じように、ゴールに登る。昔は上るのに苦労したが、今では簡単に登っていける。


「あれから半年、変わったようで変わってなくて、でもやっぱり変わってる」


 ゴール板の上に座り、ゴールリングの上に立つ。

 吹く風が心地良い。

 みかが呆れながらも微笑を浮かべ小さくため息をついた。


 「真一、また叫ぶの?」

「ああ」


 空に浮かぶ星が、僕の頭上で燦然と輝き僕の鈍く曇った心に差し込む。僕は力いっぱい叫ぶ。


 「ワアァァァァァァァァァァァァッ!」


 叫んで笑う。そうだ、単純な事なんだ。僕はあの時からずっと、そうだった。


 「僕はね!アイロンでね!生きている事を証明したかった!極限の興奮と清潔なシャツ!誰も感じたことの無い感動で僕が僕である事を証明するんだ!」  


僕は思い切り跳躍して飛び降りる。星空に近づき、そして風と一緒になって地面に迫る。

 地面を捉えた足から頭の芯にかけてびりびりと衝撃が走る。僕は精一杯踏ん張って腹の底から叫んだ。


 「ッシャァァァァァァァアアアアアッ!」


 痛みも、苦痛も、楽しさも、全部ひっくるめて今ここに生きている僕の証明なんだ。僕はこの感動を両手一杯抱えて行く。


 「よし、エクストリームアイロンやるぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 僕が叫んでいるとみかが後ろで苦笑する。

 僕もつられて笑う。

 僕らは二人で歩き出した。

 公園を出て家路に向かうその途中、みかがぽつりと呟いた。


「……あれから半年かぁ……早いね」

 「来年は受験だし、遊んでる暇も無いよ。だから、今のうちにやれる事をやらなくっちゃ」


 僕は大きく背伸びをする。こんな充実した日はもう、やってこないのだろう。そう思うと少し寂しくも、そして誇らしくもある。

 みかもクスリと笑う。


 「そっか、そうだよね……そういえば真一、来週の文化祭、誰と一緒に見て回るの?」

 「あれ?来週文化祭だったっけ?」


 僕は文化祭という単語に首を傾げる。みかはまた、呆れたような顔をして僕の肩を小突く。


 「本当に真一ってエクストリームアイロンならアイロンで一つの事しか頭にないよねぇ。ダメだよそんなんじゃ……ホラ?去年覚えてる?音響車借りてグラウンドで軽音楽部が野外バンドして盛り上がったじゃない。全校生徒で沸いたよねえ」


 その情景を思い出してかみかがクスクスと笑う。確かにあの時の喧騒は僕も覚えている。全校生徒が夜のグラウンドに集まり、ライトアップされた音響車の上で熱演する軽音楽部の音楽に負けないくらいの喧騒で騒ぎ立てる。

 音楽に騒ぐのではなく、ただ、そこに居る事に騒ぐあの様は今でも印象的に覚えている。


 「そうか……文化祭か……」


 僕は俯き考える。文化祭、ともすればそれは現状を打破できる唯一ともいえる機会かもしれない……

 隣でみかが俯きながら手をもじもじとさせ、口の中でごにょごにょと呟く。


 「真一……もし、よかったら……一緒に…」


僕は一つのプランを頭の中で練り上げ、それが明確な形となる前に叫んでいた。


 「……よしッ!もうこうなったらやるしかないか!」

 「はい?」

 「アイロン部を潰さないアイデアがひらめいた。みかのおかげだ」


僕はみかの手を握り、ぶんぶんと振るう。

 みかははじめあっけに取られていたが次第に本日何度目になるだろう、呆れた表情を作る。


 「……で、真一?文化祭、可哀想な真一と私が一緒に回ってあげようって打診してるんだけど、大丈夫なの?」

 「あん?何言ってるんだ。忙しくてそれどころじゃないよ。みかにも手伝って貰うからな?アイロン部マネージャー」


 僕が満面の笑顔でそう言うと、みかは顔を怒らせてわめき散らす。


 「バカじゃん!」


 僕の手を振り解き呆気に取られる僕に構わずまるで駄々っ子のようにわめく。


 「バカじゃん!バカじゃん!バカじゃん!」


 僕はその様を見ながら笑うと、家に向かって走りだした。


 「置いて行くぞ!みか!明日からめっちゃ忙しくなるから今日は早く寝ておけよ!」

 「バッカじゃーーーん!」


   ◆◇◆◇◆◇


 僕は次の日屋上に全員を集めてそのプランを説明した。あれから色々な策を考えたが僕らが最終的に実行できる策はこれくらいなものだった。


 「これ……マジでやんの?」


 水下が僕が渡したプリントを一読して驚く。

 僕は静かに頷くと一同の顔を見渡した。伊藤っちゃんあたりは愕然として声も出ないようだった。


 「部長……この計画ってひょっとして…」

 「そうだ、北星学園文化祭最終夜ライブをアイロン部でジャックする。そして全校生徒の前に理事長を引きずり出し、そこでアイロン部を存続させる事を確約させる」


 僕が厳かにそう告げると皆押し黙った。


 「……でも軽音楽部が許しませんよ」


 伊藤っちゃんの申し立てもまったくもってその通りだった。だが、僕はそれに対しても何も考えていない訳ではなかった。


 「水下、お前軽音楽部に友達居るだろう?」

 「ああ、居るけど……」

 「この別記計画書Aを軽音楽部に渡しておいて貰えるか?」

 「渡すのはいいけど……どうすんだよ?」

 「どうせなら、軽音楽部にも一役打ってもらう」


 僕は鞄の中から中身の詰まったA4の茶封筒を取り出すとそれを水下に手渡した。

 水下はその封筒の中からアイロン部に手渡した計画書とは別の計画内容が書かれた計画書に目を通し、驚く。


 「遠藤、コレ……本気でやるのか?」

 「ああ。軽音楽部にアイロン部の歌を歌ってもらう」 


 その場に居たみんなが唖然とした。

 だが、僕は次に二ノ宮に別の封筒を渡した。


 「遠藤真一ファンクラブ第一号の二ノ宮君」

 「はい?」

 「ナンバー十二から十六までは演劇部で構成されているそうじゃないか。だったら、この計画書を渡してもらえないかな?そして計画の確約をして欲しい」


 二ノ宮が僕から手渡された計画書を見て水下と同じように驚く。


 「これは……演劇部にアイロン部の歌でミュージカルをやれと?」

 「軽音楽部とは一度、打ち合わせ練習が必要だろうが、その日程も組んである。交渉は難しいが君ならできる。僕はそう信じてる」


 僕は二ノ宮の肩をバンバンと叩き、気合を入れてやると、伊藤っちゃんに振り返る。


 「伊藤っちゃんは一時期生徒会に在籍していたんだよね?」

 「ええ、まあ」

 「今でも生徒会に顔は利くのかい?」

 「まあ、少しは……」

 「なら、今回の計画、先生方に漏洩しないように生徒会内に内通者を置いて見張って貰えるかい?」

 「……生徒会内なら目は届いても、有象無象の生徒からの通報は阻止できませんよ?それに、各部だってアイロン部の実情を知ってなお協力してくれるかどうか……」

 「多少のチクリは覚悟の上だ。それに、この計画はあくまでアイロン部の活動ではなく他の部による活動であって、アイロン部の活動ではない。各部の独自の活動だ。軽音楽部がアイロン部の歌を歌って人を死なせる訳でもないし、演劇部がミュージカルをしたところで、同じく人は死なない……それに、今回は北星学園における生徒による自由を勝ち取る戦いだ」


 僕はまるでどこかの政治家のような熱弁を振るう。


 「教師や理事長の一方的な都合で我々生徒が憲法で保障されている精神の自由が制限され、部活動を制限される前例を作ってしまえば今後、事あるたびにこの事例を出し、教師達は我々生徒の活動を制限するだろう。そうなる前に我々は戦わねばならない。僕らアイロン部はたまたま一番最初にその事態に遭遇しただけだ。ならば、一番最初に戦い、そして、勝つまでだ!」


 だが、しかし、皆の表情は暗かった。

 二ノ宮がぽつりと呟く。


 「でも…これだけでうまく行くのでしょうか?」

 「多分、どの部活もこの話に乗ってこねえよ。だって乗ったって得しねえじゃん」

 「先生達に睨まれるような事になれば、今後の学校生活だって大変ですからね」


 僕はそこで不敵に笑う。

 そして、先ほどから黙って事の成り行きを見守っていたみかに振り返る。


 「みか」

 「はい?」

 「金井クリーニングはPTAに所属してるし、また、少年補導員や商工会議所にも繋がりがあるんだろう?」

 「ま、まあ、あるけど……」

 「なら、PTAに対してアイロン部の存続の件について水面下で団結するよう策を打って貰って、少年補導員の会合でアイロン部のポスターを配布し、補導員の方から連絡を入れさせるんだ。で、商工会議所にアイロン部のポスターを持っていって他のクリーニング店に対しポスターの掲示を依頼するんだ。で、電気屋のモニターテレビにこのエクストリームアイロンのデモテープを流して貰い商店街から、北星学園にアイロン部があるという事実を街に認知させる。で、この間の余った部費でアイロン部のイラストがプリントされた商品券を作り、それで他の部に買収工作をしかける」

 「ちょ、ちょっと待って真一。うちの親にそんな事させられないよ!」

 「なら、仕方ない、親御さんには悪いがこう伝えておいてくれ。アイロン部は今まで無断で使用されたポスターの写真について肖像権の侵害で訴える覚悟がある。と」

 「あんた!私を脅す気!」

 「……それほどこっちは必死なんだって事。みか、もう僕が頼れるのは君しかいないんだ。頼むよ」


 僕は切なそうな表情を作る。みかは憮然とした表情をしたまま口の中でごにょごにょと何かを呟いていたが、僕はそれを肯定の意思と受け止め、みかに別の計画書を手渡す。


 「これに、詳細な計画が書いてあるから。親父さんに渡せばわかるはずだ。わからなければ僕の携帯電話の番号載っけてるから連絡してくれ」


 僕は皆に計画書をそれぞれ渡すと、メモ長を取り出し、終わった工程にチェックをつける。


 「さてと、みんな下地が終わったらそれぞれ僕の携帯に報告してくれ。で、何か不備な点があったりしたらそれもそのままにしないでガンガン報告してくれ。もし、どうしても納得しない部とかがあれば、僕の方で空手部に掛け合って実力行使の算段を取るから」


 僕がそうまくしたてると、二ノ宮と水下が呆けたように呟く。


 「遠藤先輩って……こんな人でしたっけ?」

 「結構、あぎとい性格してたんだなぁ」


 僕は悪戯をする悪ガキのような笑みを浮かべる。


 「ま、高校時代ってのは一度しかないんだから、こんなバカな事できるのも今しかないんだ。やれるうちにやれるだけの事、やっておこう」


 僕はそう残すと、屋上を飛び出した。

 まだまだやらなきゃ行けない事は沢山ある。

 ぼんやりしている時間なんて僕には無かった。


 

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