第二話 『魔法の力』
「なあ、シア。いつまでここに留まる気なんだ?」
人混みの中で、地味な黒色の髪をした少年が言った。旅人の風体をしているが、帯剣もしていないし、武器の類を持ち合わせているようには見えない。
「依頼が達成できるまでよ」
そう返したのは人目を引く銀髪の少女だった。こちらは腰に小さな剣を二本吊るしており、いわゆる双剣だ。ただし普通の物でも十分小さいのに、さらに一回り小さい。
「めんどくさいな……こんなことなら、依頼を受けるべきじゃなかったか」
「グレン、飢えて死にたいの?」
「そういうわけじゃあないけどな。だって犯罪者を捕まえてくれだなんて」
依頼はだれかれでも頼めるもので、どんな内容でも構わない。旅人だろうと住人や商人だろうと、本人達の納得の意志があればそれで成立となる。
もちろん依頼した者はそれに応じて何かを支払わなければならない。
最近では無理難題をふっかけておきながら、その報酬を支払えないような額に設定する様な不目的な依頼も多発している。
この二人はどうやら依頼を受けた方らしかった。
しかも相手が犯罪者となると一筋縄ではいかないレベルであろう。最も、先ほどの自称他国人殺人者たちをのしたグレンにとってはそれは関係ないだろうが。
「犯罪者、か……。グレンが十秒で倒してくれることに期待するわ」
「前は分単位だったのになぁ……いつのまにか秒単位か」
なんて軽口を叩きながら進めば、叫び声が前方で上がった。
「うわああぁぁっ!」「あいつ刺しやがったぞ!」「早く逃げろ!」など続いて声が上がる。
「噂をすれば……やってくれるね」
逆側に逃げようとする群衆の隙間を無駄のない動きで抜けていく。地を這うようで滑る様な動きでグレンは最前線へ躍り出る。
どうやらナイフを振り回している男がそれらしかった。やけになってナイフを振り回している男の足元には血を流している青年がいて、既に息絶えている。
群衆は必要以上に距離を置いてグレンを見ていた……これなら、邪魔になることはないだろう。
「なあ、なんであんたそんなことしてんだ?」
いきなり問い掛けたグレンを不思議そうに眺める群集たち。
「人なんか殺しちまって……親とか兄弟とか悲しむんじゃないのか?」
離しかけながらグレンは少しずつ進んで行く。それに恐怖するように更に振り回す。
「そこらへんにしといたらどうだ? でなければ、もっと痛い目を見るが」
「う……うあああああああああぁぁっ!!」
グレンの説得を無視して、男は切り掛かる。
振り回すナイフを容易く避けて、グレンは蹴りを放つ。見事男の手からナイフを弾き飛ばし、回転して血に転がる。
手を押さえて蹲る男にグレンは寄って、右足を大きく振り上げ――容赦なき踵落としが男の意識を奪った。
あまりの出来事で動けなかった群集の中で最初に動いたのは、目立たなさそうな青年だった。
「ありがとう! 強いんだな、ナイフ持った奴に普通に立ち向かえるなんて」
グレンは訝しげな眼をしながら青年を見ていた。
「……普通だ。ナイフなんて攻撃のリーチが伸びただけにすぎないしな」
「なるほど、そういう考えか。なら――」
刹那に、グレンはその場から跳躍。
次の瞬間には先程グレンがいた位置を鋭利な氷柱が飲み込んでいた。
「これも避けるか、タイミングも完璧だと思ったのに」
「魔法で俺に攻撃しようとするのは愚かな行為だ。たかが殺傷能力にだけ特化した魔法なんか効きはしない」
一番初めに駆け寄った青年は、既にグレンを狙っていた青年へとなっている。今の攻撃もこの青年の手によるものだ。
「俺はビル。どこのやつか知らんが、俺に挑むことを後悔しろ」
「無理」
ビルが杖を取り出し、地面の至る所に魔法陣が出現する。
「地獄の業火で焼かれて死ねっ、『フレイム・エクスプロージョン』!」
魔法陣から次々に爆発が巻き起こり、炎を巻き上げて行く。破壊力もあり、広範囲の技のため扱いは難しい。だがビルの意志で、近くにある魔法もビルを巻き添えにはしなかった。
何回にも及ぶ爆発の連鎖で地面は激しく抉れ、付近にあった店なども原型を留めていない。
当然防御も何もない状態でそれを喰らったのだから、人が生きているはずがない。
「…………!?」
はずだった。
その魔法の威力は周囲の環境が証明している。
それなのにその中心にいて、無防備に喰らったはずのグレンには……傷一つついていなかった。
命など容易く奪う魔法を喰らって、それでも無傷な少年は
「効かないって言ったろ?」
屈託なく笑った。ただ笑っただけなのに、ビルには恐怖すら感じられた。
未だかつてこれほど恐ろしいと感じたことはあるだろうか?唯の笑みに、恐怖を感じたことが――?
「ついでに言えば、お前は誰も殺せてないよ。後ろ見てみな」
グレンに言われて振り返れば、かわらず人々の姿はそこにあった。ただその手前に蒼色の薄い壁のようなものがある。
「な……あん…………どう……?」
驚きのあまりか、口がうまくまわっていない。
「俺のパートナーの少女がやってくれただけだ。『シールド』でお前の魔法を防ぐなんて朝飯前だろうぜ」
グレンの言葉に、がくりとビルは膝をついた。