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ナスも牡蠣も大嫌いだった僕が、大人になって初めて知った本当の味

作者: さとるん
掲載日:2026/03/08

Aが小学五年生のときのことだった。

夏の暑い日、給食の時間が近づくと、教室の廊下からカレーの匂いが漂ってきた。子どもたちはざわざわし始めた。カレーは人気メニューだ。多くの児童が喜ぶ。

しかしその日、配膳が始まると、教室のあちこちから小さな悲鳴が上がった。

「ナスが入ってる……!」

誰かが叫んだ。

今日の献立は、夏野菜のカレーだった。鍋の中には、角切りの ナス がごろごろ入っている。

Aもその一人だった。皿をのぞき込み、顔をしかめる。

「うわ……ナスだ。大嫌いだ」

同じ班の友だちも顔をゆがめた。

「ナスってぐにゃぐにゃしてるんだよな」

「味も変だし」

子どもたちの声があちこちで上がる。

担任の教師は言った。

「好き嫌いを言っていたら、何も食べられなくなります。体にもよくありません。ちゃんと食べましょう」

その日の給食は、Aにとって長い時間だった。

それから半年後、給食に カキフライ が出た。

中身は 牡蠣 だ。

Aは顔をしかめた。

「カキ大嫌いだ。ナスよりひどい」

教師は言った。

「カキはこの地域の名産です。体にもいいんですよ。先生は大好きです」

しかしAにとって、その給食の時間は地獄のように長かった。

――

それから十年が過ぎた。

Aは大人になっていた。

あるとき、ふと思い立って 京都市 を旅行することにした。

夕方、小さな料理店に入り、メニューを見ていると、ある料理が目に止まった。

賀茂なす田楽。

Aは少し考えた。

子どものころ、大嫌いだったナス。

だが、なぜか今日は食べてみたい気がした。

料理が運ばれてくる。

香ばしい味噌の匂いが立ちのぼる。

Aは一口食べた。

「うまい……」

思わず声が漏れた。

味噌の甘さと、柔らかいナスの食感が絶妙だった。

こんなに美味しいものだったのか、とAは不思議に思った。

食べ終えたあと、Aは写真を撮り、 X に投稿した。

しばらくすると、たくさんの「いいね」がついた。

「ナスって美味しいよね!」

そんなコメントが並ぶ。

Aは少し笑った。

――子どものころは、あんなに嫌いだったのに。

旅行の帰り道、Aは 広島市 に立ち寄った。

夕方、駅の近くの店に入る。

鉄板の音が響く店だった。そこは 広島風お好み焼き の店だった。

カウンターに座ると、店員の女性が言った。

「何にしますか?」

Aはメニューを見て、あるものに目を止めた。

牡蠣入りのお好み焼き。

――牡蠣か。

昔は大嫌いだった食べ物だ。

だが今日は、不思議と食べてみたいと思った。

「それ、お願いします」

店員は鉄板の前に立ち、手際よく焼き始めた。

キャベツ、麺、卵。

最後に牡蠣を乗せる。

鉄板の上で香ばしい音が広がる。

やがて、皿がカウンターに置かれた。

Aは箸を取り、一口食べた。

その瞬間、目を見開いた。

「……うまい」

思わず声が出た。

もう一口食べる。

キャベツの甘さ、麺の香ばしさ、ソースの深い味。

そして牡蠣の濃い旨味が口いっぱいに広がる。

Aは思わず声を上げた。

「すごい……!

地元で食べる本場の広島のお好み焼きって、こんなに格別だったのか。

これは忘れられない味だ……。それに牡蠣も、信じられないくらいうまい!」

店員の女性が笑った。

「お客さん、ほんとに幸せそうに食べますね」

Aも笑った。

「実は、子どものころ牡蠣が大嫌いだったんです」

「そうなんですか」

「でも今食べたら、こんなに美味しくて……びっくりしました」

店員はうなずいた。

「大人になると、味覚が変わることありますからね」

Aは最後の一口を食べながら考えた。

子どものころ大嫌いだったナスと牡蠣。

あの嫌な思い出は、どこへ行ってしまったのだろう。

今ではどちらも、こんなに美味しい。

Aは鉄板の向こうの湯気を見ながら思った。

もしかすると、あの給食の時間も、悪い思い出ではなかったのかもしれない。

そんなことを考えながら、Aは店を出た。

夜の広島の空気には、少しだけ潮の匂いがした。

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