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貞操逆転ヤンキー世界のワケありヒロイン  作者: くにねむりと
第6章 血祓戯流、夜を越えて
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第97話 虎閃、路上仕様へ

 夏菜は、マットの中央まで歩いていくと、手首をぐるりと回した。

 ゴムマットの上に、ブーツのきしむ音が響く。


 向かい合うのは、血祓戯の若い女門下生。

 短髪にバンテージをぐるぐるまいて、ピアスを付けた女だ。

「男連れで道場遊びとか、舐めてんじゃねーぞ?」


「いやぁ、むしろ“本気で来い”って顔してるけど」

 夏菜はニヤリと笑い、軽く構えを取る。

 両手はやや下がり気味。

 それでも、足の重心は前でも後ろでもなく、いつでも跳べる位置だ。



「じゃ、始め!」

 昼奈の声と同時に、門下生が飛び込んできた。


 真っ直ぐのワンツー——ではない。

 フェイントでジャブを見せてから、すぐさまタックルへ下がる。


「最初からタックルかよ!」

 夏菜は一歩だけ後ろに引き、膝を軽く曲げた。

 頭から潜り込んでくる軌道を、感覚で読んだように――


「っと」

 そのままタックルの背中に足を乗せるようにして、ひょい、と飛び越える。

 門下生の体が前に流れ、空振りに終わったタックルでマットを滑った。


 夏菜は空中で体を丸め、着地と同時に振り向くと門下生に肉薄する。

 彼女が慌てて振り向いた瞬間には、夏奈は再び跳んでいる。



「お返しだ!」

 ——ローリングソバット。

 回転の遠心力を乗せたかかとが、門下生のガードごと側頭部をはじいた。


「っぐ!」

 よろめいた相手に、夏菜は間髪入れず前進。

 肩に手をかけ、その勢いのまますれ違うように——


「そら、受け身取れよ?」

 ——ネックブリーカー・ドロップ。

 首を巻き込むように、門下生の身体をマットへ叩きつけた。

 ドン、と鈍い音が響く。


「1本!」

 昼奈が手を上げる。


「い、今のなに……?」

「プロレス技じゃね……?」

「マジで実戦で使うのかよ……」

 門下生たちのざわめきを背中で聞きながら、夏菜は息を整えた。


「悪ぃな。受け身は綺麗だったぜ」

 笑って立ち上がり、相手に手を差し伸べる。


「……チッ、ありがとよ」

 ぶっきらぼうに手を取って立ち上がる門下生。

 周囲から小さなどよめきと、悔しそうな笑いが漏れた。



「次!」

 昼奈が手を叩く。

「そのまま連戦行ける? 夏菜ちゃん」


「上等」

 夏菜は袖で額の汗を拭い、ぐるりと首を回した。


 次に出てきたのは、さっきよりがっしりした体格の門下生。

 低い構え。

 前足が重く、最初からタックルを匂わせている。


「さっきの、たまたま避けられただけだろ」

「さて、どうかな」



「始め!」

 再び、ゴング代わりの声が響く。


 今度は真正面からのジャブ。

 夏菜は上体をスウェーでかわしながら、前足で距離を調整する。

 次の瞬間、相手の腰が沈んだ。


「来る!」

 床を蹴る音と同時に、夏菜はわずかに前へ跳んだ。

 タックルの突進を、今度は両足で踏み台にする。

 肩の上に一瞬、体重を乗せ——


「っとと!」

 相手の背中を駆けるようにして後方へ抜け、浅めの前転で着地した。

 マットがきしむ。


「お、おい今の……」

「また飛び越えやがったぞ……」

 門下生たちがざわつく中、夏菜は振り向きざまにステップイン。

 顔面めがけてのミドルキック――と見せかけて、膝を折る。


「下だ!」

 相手がガードを上げた瞬間、伸びるのは反対の足。

 踏み切った足を支点に、空中で体をくるりとひねり――


「だぁっ!」

 ミサイル気味の前蹴りが、胸部にドン、とめり込んだ。

 相手の体が仰け反り、後ろに転がって倒れる。

 ざわっ、と空気が揺れた。



「……2本」

 昼奈が肩をすくめる。

「やるじゃない。華があるわねえ、あんた」


 夏菜は肩で息をしながら、照れ隠しに鼻を鳴らした。

「ま、タイガー直伝ってことで」

「どこの世界線の話よ、それ」

 梨々花が即座にツッコミを入れ、一同の緊張が少しだけ和らぐ。


 門下生たちが倒れた仲間を起こしに行く間、昼奈がマット中央に歩み出た。

「はい、ここで一旦タイム」

 両手を上げて、夏菜に近づく。


「総評としては——」

 顎に手を当て、じろじろと夏菜の足先から頭までを眺める。

「空中技もプロレス殺法も、本物。

 小柄なのをよく活かしてるわ。

 その体重の乗せ方とタイミングで、

 あのサイズの子を沈め続けてきたのはよく分かった」


「……だろ?」

 夏菜がにやりと笑う。

 だが、次の一言で空気が少し変わった。

「でも、“感覚”に頼りすぎ」


「う」

 図星を刺され、夏菜の肩がぴくりと揺れた。

「タックル、二回とも飛び越えたでしょう。

 あれ、たまたま相手の癖とタイミングがハマったから成立した芸当よ」


 昼奈は、さっきの動きを真似るように腰を沈める。

「本職のレスラーや柔術家、あるいは爆轟閻魔あいつクラスのグラップラーだったら——

 “飛ぶ前”に軌道潰されて、空中で抱きかかえられて、

 そのままコンクリに叩きつけられて終わり」


「……ちっ」

 夏菜は頭をかきむしった。

「わかっては、いるんだけどさ」



「だからと言って、今の良さを潰せとは言わないわ」

 昼奈はふっと笑い、指を一本立てる。


「むしろ——その“空中戦”をちゃんと活かすための土台を入れたらどうかしら」

「土台?」


制圏道せいけんどうって聞いたことある?」

 その単語に、梨々花が目を瞬かせる。

「……初代タイガーマスクが作ったっていう、あの?」


「そう、よく知ってるわね」

 昼奈は楽しそうに頷いた。

「キックボクシングと実戦護身をミックスした、レンジ管理の格闘術。

 大袈裟に言えば、“飛ぶ前に自分のテリトリーを作るための道具箱”ね」


 床に、靴の底で円を描く。

「この円の外に相手を置くか、中に引き込むか。

 タックルにも寝技にも対応できる立ち位置とガード。

 それがちゃんと染み込んでれば——

 あんたの空中技は、もっと“選んで出せるカード”になる」


「今は?」

「ほぼ、“勘で切る賭け札”」

 昼奈は正直に言った。


「だから、制圏道まるっと学べとは言わない。

 うちのMMA基礎に、制圏道の“間合いの考え方”を少し混ぜる。

 その上で、タイガー流三次元殺法をやれば——」

 口の端を吊り上げた。

「“飛ぶ度に事故が起きる女”になれるわよ」


「……物騒な褒め方すんなよ」

 夏菜は吹き出しながらも、どこか楽しそうだ。


 胸の奥で、峠の夜風が蘇る。

 獣鬼のV−MAXを抜き去った瞬間の感覚。

 あの先で、もし地獄鬼みたいな相手が待っていたら――。


「……わかった」

 ポツリと呟いた。

「どうせレベル上げるなら、ちゃんと“本物”に通じる形にしてえし。

 講習くらいなら、付き合うよ」


「よろしい」

 昼奈は満足げに頷いた。

「じゃ、沙夜と一緒に制圏道“もどき”コースやりましょ。

 あの子も距離感は課題だしね」


「……地獄が増えた……」

 マット端で寝転んでいた沙夜が、タオルで顔を覆った。


 一琉はその横で、小さく笑う。

 血祓戯流の冬は厳しい。

 だが、その厳しさの中で——それぞれの“次のステージ”が、少しずつ輪郭を帯び始めていた。

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