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第91話 外伝 薔薇と爆轟

 晩秋の逢魔が時。

 商店街裏の路地は、もう夜と変わらない薄闇に沈んでいた。



 路地の奥で、地獄鬼・黒崎燐と凪嵐十字軍が、静かに火花を散らす。


 燐が、面倒そうに首を鳴らした。

「だいたい、分かった」

 その瞳には、恐れも焦りもない。

 ただ、“仕事の手順”を確認するような静けさ。

「終わらせる」


 夏菜が足をずらし、静が前に出ようとした、その瞬間だった。



 ——ヒュン。

 空気を裂く、高い音。

 赤い何かが、闇の中から一直線に飛び出してくる。


「……!」

 燐のこめかみを狙ったそれを、彼女は顔を傾けてかわした。


 耳の横を、深紅の輪がかすめる。

 空中で反転し、キュル、と音を立てて戻っていく。

 ヨーヨー。

 深紅のボディに、薔薇の刻印。


「っ…これ…!」

 鷹津が吃驚する。



 すぐに二発目が来た。

 今度は低い軌道。

 膝を狙って飛んでくるヨーヨーを、

 燐は前足を引き、内側から外へ払うように前腕を回転させる。


 円の軌跡で、ヨーヨーの軌道そのものをねじり、足元をすり抜けるように逸らす。

 金属音がアスファルトを跳ね、また糸に引かれて戻っていった。



 続けて三発目。

 今度は頭上から、弧を描いて落ちてくる。

 遠心力の乗った危険な一撃。


「……ふぅん」

 燐は一歩だけ下がる。

 足裏で地面を踏みしめ、上体をわずかに沈める。


 肩ごと回転させる動きで、降りてきたヨーヨーを前腕でなで上げた。

 ブレスレットとヨーヨーがぶつかり、火花が散る。

 糸がピン、と張り、ヨーヨーが闇に戻る。



 その先から、笑い声が届いた。

「——流石ですわね」

 ヒールの音が近づいてくる。


「お久しぶりですわ、燐お姉さま」

 ブレザーの上からケープを羽織り、首元には薔薇のブローチ。

 ——薔薇乙女會ヘッド、一条薫子。



「一条か…昔さんざん畳んでやったのに、まだ歯向かうっての?」

 燐が目を細める。


「わたくし、諦めが悪いんですの」

 薫子は笑い、そして一琉たちの方を向く。

「ここは譲ってもらってよろしいかしら?

 燐お姉さまとはちょっとした因縁がありますの」



 一琉はまっすぐ薫子の目を見て答える。

「来てくれたんですね。

 ——わかりました。 お任せします」


 夏菜は壁際に寄ると、少しだけ残念そうに口元を上げた。

「…ま、わざわざ動いてくれた先輩を無下にはできねえよな」


 七緒から受け取り、先ほど送った情報。

 三中からは受け取って即動かないと間に合わない距離だ。


「…えげつない不意打ちかましといてこの余裕。

 ……流石ね」

 鷹津の口元が引きつった。

 


「ありがとう、皆さん。

 ——お待たせいたしましたわ、燐お姉さま」

 薫子のカーテシー。

 燐は軽く首を回して答えた。

「…別に。でも、その呼び方やめてくんない?」

 

 薫子は全く気にしない。

「行きますわ。

 ——鬼道連時代《修羅のヤリかた》とは、一味違いましてよ!!」



 ヨーヨーが宙へ舞う。

 ——パンチング・バッグ。

 両手から独特のリズムのループが放たれる。


 燐は、その場からほとんど動かない。

 首をそらし、右腕をわずかに上げ、小さな円を描く。

 独特のリズムを刻み全身を狙う紅い円盤を、すべて捌き切る。



 深紅のループは燐の耳元をかすめて後ろへ抜ける。

 その糸に、燐の指輪が触れる。


 細い刃で、糸の表面を削ぐようになぞる。

 紙を裂く音。


「……!」

 薫子の眉が跳ねる。

 完全には切れていない。

 だが繊維の何本かが切られ、テンションが不安定になる。


 ——攻める前に、まず“削る”。

 間合い。

 武器。

 精神。

 全部を削ってから、最後に爆ぜさせる。

 鬼道連時代むかしから変わらない、地獄鬼の戦い方。



 薫子は、ふっと微笑む。

「……でしたら」


 かろうじて戻ったヨーヨーから、すっと指を抜く。

 掌の中で一度だけ軽く転がし——

 腰の回転を乗せて一直線に投げつける。


 同時に薫子の足が地面を蹴った。

 ヨーヨーが先行し、その影を追うように薫子のシルエットが迫る。


 燐は、飛来する紅い礫に右腕を合わせた。

 小さく円を描きながら、前腕でヨーヨーを払う。


 ——小纏。

 勢いのまま受け止めるのではなく、擦るように力をずらして軌道を外へ滑らせる。

 火花が散り、ヨーヨーは燐の肩越しに跳ねていった。



 その背後に、もう一つの影。


「ここからが本番ですのよ」

 薫子が、足を止める。

 距離は、踏み込めばすぐに触れられる中間。


 片足を半歩前に出し、腰を落とす。

 ヨーヨーを握った右手は、顎のあたり。


 左手は胸の前で立て、指先を相手へと向ける。

 塔手トウシュ

 八極拳でも使われる、手の甲が触れ合った状態での組手作法。


「一戦《一曲》——」

 薫子の声が、夜に溶ける。

殴りあい(オドリ)ましょう?」


 空いた手で塔手を差し出す動きは、

 まるで「ここまで来なさい」と招いているようだった。


 勝負を挑みながら、同時に礼を示す。

 エレガンスを崩さぬまま、正面から相手の“舞台”に上がる所作。

 薔薇の作法と、路地裏の暴力が矛盾なく混ざった立ち姿だった。



「……はぁ」

 燐が小さく首を傾げる。

「付き合ったら、今日一日じゃ終わんないやつだね、それ」


 薫子の目が細くなる。

 塔手の形は崩さないまま、ふっと肩の力を抜いた。

「本気を出すおつもりは、ないと?」


「ない」

 燐はあっさりと言う。

「任されたのは凪嵐十字軍だけだし」



 塔手から視線を外し、薫子の後ろへと目をやる。

「だいたい実力は分かった」

 視線が、一琉たちへ向く。


 “狂犬”はまだ息を荒げ、もう一人のは膝をつきながら立ち上がろうとしている。

 “虎閃”は今にも飛び出しそうな構え。


 ——“音無し”だけは、最初からほとんど動いていないのに、

 ずっとこちらを「間合いの中」に捉えていた。

 踏み込めば、いつでも切り返してくる位置。

(……こいつだけは、ちょっと測りづらい)


 確かに個々の実力はそこらの兵隊では相手にもならない。

 “音無し”みたいな“底なし”が混ざっていることも、分かった。



 それでも——

 燐は、内心で小さく息を吐く。

「これなら、いつでも潰せるかな」

 その言葉は、淡々としていた。

(勢力として見れば、ね)


 勝ち誇るでも、脅すでもない。

 ただの“事実”として置かれた宣告。

「今日はそれを確認しに来ただけ。任務完了」



「……逃がすと思うか?」

 夏菜が一歩踏み出しかけたその前に、薫子が手を広げた。

「夏菜さん」


 静かな声。

「ここで無理に追えば、誰かが折れますわ」


 夏菜は、きっと歯を食いしばる。

 燐は二人を一瞥し——最後に、静の眼だけを短く見た。

 静は、やはり何も言わない。



 燐は踵を返す。

 ただ、片手だけ軽く挙げた。

「じゃ、また」


 歩き出す。

 晩秋の夜風が、黒いコートの裾を揺らす。


「凪嵐十字軍、ね——」

 誰にも聞こえない声で、ぽつりと続けた。

「折れなければ、面白いことになりそう」

 ダウナーな表情に、わずかに愉しそうな色が浮かんだ。


 その背中が闇に溶けるまで。

 誰も、動けなかった。

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